特許権侵害とはどのような場合を言うのか
特許制度は、産業の発展に寄与する発明をした人に対し、公開する代償として、その発明を独占的に実施できる特許権という権利を国が与える制度ですが、これが侵害されることがあります。
いわゆる特許権侵害ですが、特許権侵害とはどういう行為を指し、具体的にはどのような場合が特許権侵害にあたるのでしょうか。
この記事の目次
特許権侵害とは
「特許権侵害」とは、正当な権限を持たない者が、事業として特許が認められた発明(特許発明)の「技術的範囲」にあるといえる物や方法を実施することをいいます。
発明を実施する
発明は物(プログラム等を含む)の発明・方法の発明・物を生産する方法の発明に分類できますが、「実施」とは、
- 物の発明にあっては、その物の生産、使用、譲渡等、輸出もしくは輸入または譲渡等の申出をする行為
- 方法の発明にあっては、その方法の使用をする行為
- 物を生産する方法の発明においては、その方法の使用をする行為に加えて、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出もしくは輸入または譲渡等の申出をする行為
のことを言います。
ただ、特許権侵害となるのは、事業として発明を実施した場合です。だから、
- 試験または研究のための発明の実施
- 個人または家庭内での発明の実施
といった場合には、特許権侵害にはなりません。
特許の技術的範囲
特許権の侵害にあたるかどうかの判断に際しては、特許発明が保護される技術的範囲を決定する必要があります。もし特許発明が保護される範囲が不明確であったら、第三者はどのような行為が特許権の侵害にあたるのか予測することができず、自由な発明や産業の発達を委縮させてしまいます。
そこで、特許法は、特許発明の技術的範囲について、
特許法第70条(特許発明の技術的範囲)
特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。
2 前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。
と、定めています。
特許権侵害の判断
特許権侵害を判断する「特許発明が保護される範囲」は、特許出願の際に特許庁に提出した願書に添付した「特許請求の範囲」(「クレーム」と言います)の記載を基準に定められ、そこに記載された文言によって限定されるのが原則です。
特許請求の範囲
特許登録の申請をする際には、出願人は特許庁に以下の5つの書面を提出しなければなりません。
- 願書
- 特許請求の範囲
- 明細書
- 図面
- 要約書
上の5つの書面のうち特許発明の技術的範囲を見極めるうえで最も大切な書面は特許請求の範囲です。特許請求の範囲には、その発明の全容が記載されているからです。
特許権侵害が成立するためには、特許請求の範囲に記載された構成要素のすべてを充足することが必要であり、侵害態様が特許発明の構成要件を一部でも欠く場合には、特許権侵害(直接侵害)は成立しません。対象製品が特許侵害にあたるかどうかは、文言の解釈によって判断されます(「文言侵害」と言います。)。特許権侵害においてはこの文言侵害が原則となっています。
具体的に特許権侵害にあたるか否かを検討するにあたっては、
- 特許請求の範囲を技術的要素(構成要素)に分解する
- 特許権侵害の疑いのある製品を1と同じように分解する
- 1と2の各構成要素を比較する
という流れで判断していきます。
明細書や図面
特許権侵害を判断するにあたっては、「特許請求の範囲」を中心に判断しますが、明細書や図面などの出願書類も影響を与えます。
特許の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められるので、「特許請求の範囲」に記載されておらず、明細書や図面にのみ記載されている事項については、誰もが自由に使ってよい技術となります。
しかし、たとえば「特許請求の範囲」に使われている用語の定義が明細書や図面に記載されていた場合には、明細書や図面の定義を参考にして特許権侵害を判断することになります。そのため、特許権侵害の判断にあたっては、「特許請求の範囲」が最も重要な書面ですが、明細書や図面などのその他の出願書類のチェックも行う場合があります。
出願経過の内容
特許登録の出願から登録完了までスムーズに進むことはほとんどありません。多くの場合、特許庁の審査官から、「ここがダメだから登録できない」という拒絶理由通知を受けることになります。
この拒絶理由通知を受けても、登録が不可能になるわけではなく、出願人は、拒絶された理由を覆す反論を、意見書として提出できます。この反論が認められれば、特許の登録が可能となります。
出願から登録完了までに行われた、このような意見書などの書面も技術的範囲の判断に影響を与えます。実際の裁判でも、意見書など出願経過での出願人の主張をもとに構成要素の解釈や、技術的範囲に限定を加えることが行われています。
そのため、特許権侵害の有無について判断する際には、審査の過程で提出された書面などもあわせてチェックする必要があります。
以上の判断基準に照らして、特許権侵害がないかを判断していくことになります。そのうえで、両製品においてひとつでも合致しない構成要素があれば、原則として特許権侵害は成立しません。
例外的に特許権侵害となる場合
もっとも、注意しなければならないのは、両製品の構成要件が合致していない場合においても、例外的に特許権侵害が成立する場合があるということです。
両製品の構成要素が合致しない場合においても例外的に特許権侵害が成立するのは、
- 均等侵害
- 間接侵害
という2つのケースです。
均等侵害
「均等侵害」とは、両製品の構成要素において一部合致がない場合にも、一定の条件をみたせば特許権侵害の成立を認めることをいいます。
たとえば、構成要素がほぼ同じなのに、構成要素のわずかな相違があることを理由に特許権侵害ではないと判断されてしまったら、特許権侵害が横行してしまう可能性があります。
このような場合にまで特許権侵害の成立を否定するのはおかしいのではないか、ということから、均等侵害については、特許権侵害の成立を認めることとなっています。
均等侵害が成立するための条件は、
- 異なる構成要素が特許発明において本質的な内容ではないこと
- 異なる構成要素に置き換えても特許発明の目的を実現することができ、また、同じ効果を生むこと
- 当該特許発明の分野において通常の知識をもつ者が、置き換えた時点において、構成要素を置き換えることを用意に思いつくこと
- 置き換えた構成要素が特許出願時に公知の技術ではないこと
- 置き換えた構成要素が特許出願時に容易に思いつくものではないこと
- 特別な事情がないこと(たとえば、特許発明の特許出願の際に意図的に「特許請求の範囲」から除外されていた場合など)
となっていて、以上の条件をすべてみたす場合には、たとえ構成要素が合致していない部分があっても、例外的に特許権侵害が成立する可能性があるとされています。
間接侵害
「間接侵害」とは、特許権侵害を誘発するおそれの高い行為のうち、一定の条件を満たした行為を特許権侵害とみなすことをいいます。
たとえば、特許発明のうち、その一部を構成する部品を作ることは特許権侵害(直接侵害)とはなりません。なぜなら、特許発明の一部を構成する部品を生産することは構成要素の一部にしか合致しないからです。
しかし、その部品が特許権侵害となる製品にしか使用されない、専用の部品だとしたら、その部品を作ることは、特許権侵害を誘発するおそれが非常に高く、何の規制もなかったら、特許権者は特許権侵害が起きそうであるのに、事態を静観するしかないことになってしまいます。
そこで、特許権侵害を誘発するおそれが高い行為の一部を間接侵害として特許権侵害とみなし、特許発明を保護することになっています。
間接侵害として特許権侵害とみなされるのは、
- 専用品の生産、譲渡
- 発明による課題の解決に不可欠な物の生産、譲渡
- 特許侵害製品を譲渡目的での所持
といった行為です。
このように、直接侵害とならない場合にも、均等侵害・間接侵害のように例外的に特許権侵害となる場合があります。特許発明の構成要素のすべてに合致していないから、特許権侵害には絶対にならないというわけではないのです。
特許権侵害事例
特許権を侵害すると、何億もの損害が認定される可能性があります。実際の裁判例を見てみます。
カビキラー事件
ジョンソンによる家庭用かび取り剤「カビキラー」の製造販売行為が、花王が有する「芳香性液体漂白剤組成物」の特許権を侵害するかどうかが争われた事例があります。
花王の特許権は、特許請求の範囲に記載された多数の香料の一種又は二種以上を含有することを特徴とする次亜塩素酸ナトリウムを有効成分とする芳香性液体漂白剤組成物に関するものですが、ジョンソンは、(1)自社製品には右の特許請求の範囲に記載されていない香料も含まれていること、(2)自社製品に含まれる特許請求の範囲記載の香料の量が微量であることなどを理由に、特許権の侵害を争いました。
裁判所は、(1)の特許請求の範囲に記載された香料だけから成る場合に限定されているかについては、
(特許請求の範囲に記載された)「含有する」との記載は、通常の国語の用法からすれば、当該成分を含んでいることが必要であり、かつ、特許発明の要件を満たすためにはそれで足りるという意味であって、それ以外の成分が含有されている場合を排除する意味を有するものではない。
東京地方裁判所1999年11月4日判決
とし、(2)の含有されたジメチルベンジルカルビノールの量が微少であることを理由に、本件特許発明一の構成要件を充足しないといえるかについては、
特許請求の範囲には、含有されるべき香料の量について何らの数値的限定も付されていないから、そこに記載された香料が含有されていれば、その量のいかんにかかわらず、本件特許発明構成要件を充足すると解するのが相当である。
同上
として、特許請求の範囲を基礎にして特許権の侵害(直接侵害)を認め、約2億7,000万円の損害賠償金の支払いを命じました。
切り餅訴訟
本サイトの別記事「弁護士が教える特許と特許権取得のメリット」で紹介した、餅に切り込みを入れるという特許を巡って、業界2位の越後製菓が業界1位のサトウ食品を提訴した事例があります。
越後製菓は切り餅の側面に長手(水平)方向の切り込みを入れることで、焼いて膨らんだ時に表面が破れないようコントロールする、という特許を2002年10月に出願し、2008年4月に登録されていました。
一方でサトウ食品も、側面に加え、上下面にも切り込みを入れた商品「サトウの切り餅」で特許を出願し、登録されています。出願は越後製菓から遅れること9ヵ月後の2003年7月でしたが、翌2004年11月には早くも特許として登録されました。
そこで、越後製菓は、「サトウの切り餅」が自社の特許を侵害しているとして、製造・販売の差止めと損害賠償を求めたのです。
切り餅訴訟の1審判決について
特許権侵害を判断するにあたっては、特許請求の範囲を中心に判断すると記しましたが、以下の越後製菓が提出した特許請求の範囲にある文章を読んでみてください。
「…切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、…切り込み部又は溝部を設け」
この文章は2通りの解釈が可能であるように思われます。
- 上下の面には切り込みを設けず、側面だけに切り込みを設ける
- 側面に切り込みを設ける、というだけの意味
1審の東京地裁は、サトウ食品が提出した特許請求の範囲には「長い方の側面2面に各2本、上下面に十字形の切り込みを設ける」とあるが、越後製菓特許請求の範囲は「側面だけに切り込みを設けて、上下の面には切り込みを設けない」と読むことができ、「上下に切り込みを設けない」ことにも技術的特徴があるとしました。
そうすると、上下の面にも切り込みを設けるサトウ食品の製品は、越後製菓の特許の構成要件を満たしていないことになり、「文言侵害なし」と判断されます。
その結果、1審はサトウ食品の製品は特許権侵害には当たらないとしました。
切り餅訴訟の控訴審判決について
控訴審である知財高裁は、これに対し、
「載置底面又は平坦上面ではなく」の直後には、「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」と、“読点(、)”が付けられずに文章がつなげられていて、そのような構文に照らすならば、「載置底面又は平坦上面ではなく」という記述は、その直後の「この小片餅体の上側表面部の立直側面である」という記述とともに、「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然だ
知財高等裁判所2011年9月7日中間判決
として、サトウ食品による特許権侵害(直接侵害)を認め、2012年3月22日の本判決では、切り餅製品と製造装置の廃棄、損害賠償金約8億円の支払いを命じました。
整理すると、「切餅の載置底面又は平坦上面ではなく、この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」であるなら、「側面にだけ切り込みを入れる」こととなるが、“読点(、)”がないのだから、「側面に切り込みを設けること」だけに技術的特徴があり、上下の面に切り込みを設けていようとも、そんなことは関係なく、側面に切り込みを設けているだけで、「文言侵害あり」となるというわけです。
いかに特許裁判において、特許請求の範囲と文言の解釈が重要視されているのかがわかる好例といえるでしょう。
まとめ
特許権侵害にあたるか否かの判断は、非常に難しい、高度な問題です。
特許権侵害のリスクは大きいので、侵害されているかもしれない、侵害しているかもしれない、どちらの場合であっても、この問題に詳しい弁護士に相談し、状況に応じた最適な対応をすることが必要です。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務