フィリピンのコーポレートガバナンスを弁護士が解説

フィリピン共和国(以下、フィリピン)におけるコーポレートガバナンスは、近年の著しい法改正と規制当局による厳格な運用方針の転換により、劇的な進化を遂げています。同国は長らく、少数の財閥企業や家族経営企業が国家経済の大部分を牽引し、株式市場の時価総額においてもこれら大手企業が高い割合を占めるという特有の経済構造を有してきました。このような環境下において、少数株主の権利保護や経営の透明性確保は長年の課題とされてきましたが、2019年に全面改正されたフィリピン会社法(Republic Act No.11232、以下「改正会社法」)およびフィリピン証券取引委員会(SEC)が主導するコーポレートガバナンス・コードの導入により、国際標準に適合した強固なガバナンス体制の構築が強力に推し進められています。
日本の会社法も歴史的に大陸法を基盤としつつ戦後に米国法の影響を受けて発展してきましたが、フィリピンの法体系はコモン・ローの判例法理をより直接的に引き継いでおり、取締役の忠実義務や「会社機会の法理」に関する厳格な適用において日本法とは異なる重要な特徴を有しています。本記事では、取締役の忠実義務違反に関するフィリピン最高裁判所の最新の重要判例を取り上げ、現地の司法が企業統治をどのように解釈し、経営者の責任をどのように問うているかを紐解きます。
また、SECによる情報開示の強化策や、上場企業等に対するガバナンス・スコアカードの提出義務といった規制面のアプローチについても深く掘り下げます。特に、外部機関による客観的な評価を求める制度設計は、形骸化を防ぎ実効性を担保するための画期的な取り組みと言えます。さらに、日本企業がフィリピンでビジネスを展開するうえで不可欠な実務上の留意点として、発起人要件の大幅な緩和や一人株式会社(OPC)制度の導入、現地コンプライアンスの要となる会社秘書役(Corporate Secretary)の役割について詳述します。
加えて、外資企業による土地リース期間を最大99年まで延長する2025年の画期的な法改正や、2024年の納税容易化法(Ease of Paying Taxes Act)による税務手続きの近代化と電子化の動向など、現地法務・税務の最新動向も網羅的に解説します。これらの法制と実務慣行を深く理解することは、日本企業がフィリピン市場においてコンプライアンスを遵守し、持続的な成長を実現するための不可欠な基盤となります。
この記事の目次
フィリピンにおけるガバナンスの枠組みと法体系の特徴
大陸法とコモン・ローが交錯する混合法系の背景
フィリピンの法体系は、同国の複雑な歴史的背景を反映し、世界でも類を見ない独特な構造を持っています。約300年に及ぶスペイン統治時代にもたらされたローマ法に基づく大陸法(Civil Law)と、その後のアメリカ統治時代に導入された英米法(Common Law)が融合した混合法系(Mixed Legal System)を形成しています。家族法や財産法、相続法といった民事法分野においてはスペイン民法典の強い影響が残存している一方で、会社法、証券取引法、労働法といったビジネスに直結する法制は、アメリカ合衆国の法制を色濃く反映しています。
日本の法制も、明治期にドイツ法やフランス法を模範とした大陸法体系を構築した後、第二次世界大戦後にアメリカ法の影響を受けて会社法や証券取引法を改正してきた歴史があり、外形的にはフィリピンの法構造と似た発展を遂げてきました。しかしながら、フィリピンの会社法制においては、アメリカの判例法理であるエクイティ(衡平法)に基づく厳格なフィデューシャリー・デューティー(受託者義務)の概念が法令の文言のみならず実務や司法判断に深く根付いているという点で、日本とは根本的な差異が存在します。日本法における取締役の善管注意義務や忠実義務が、会社法典の条文解釈を中心に体系化されているのに対し、フィリピンでは英米法の判例法理に基づく動的かつ厳格な解釈が裁判所によって頻繁に展開されます。
取締役会を中心とする強大な最高意思決定機関
フィリピンの会社法において、会社の全権限を行使し、業務執行および財産管理を行う最高意思決定機関は取締役会です。改正会社法第23条においては、法律に別段の定めがない限り、会社のすべての権限、すべての事業の遂行、およびすべての財産の管理は、株式会社の取締役会または非株式法人の理事会を通じて行使される旨が極めて明確に規定されています。
この点は、日本の会社法における機関設計との重要な違いを示しています。日本の会社法では、取締役会設置会社であっても、株主総会が会社の基本構造に関する重要事項の決定権を留保しており、さらに非公開会社においては定款で株主総会の権限を広く定めることが認められています。つまり、日本では所有と経営の分離を原則としつつも、株主総会の決定権を相対的に広く認める余地があります。しかしフィリピンにおいては、取締役会が極めて強大な権限と責任を独占する機関として位置づけられており、株主総会による直接的な業務執行への介入は限定的です。これは、フィリピンの企業において取締役の選任がいかに重要であるか、そして選任された取締役がいかに重い受託者責任を負うかを示しています。
少数株主保護の要となる累積投票制度の義務化
強大な権限を持つ取締役会に対する牽制機能として、フィリピンのコーポレートガバナンスにおいて最も特徴的な仕組みの一つが「累積投票(Cumulative Voting)」制度の義務化です。累積投票とは、取締役の選任決議において、株主が自己の保有する株式数に選任すべき取締役の数を乗じた数の議決権を有し、そのすべての議決権を特定の1人の候補者に集中して投票すること、あるいは複数の候補者に任意に分配して投票することを認める制度です。日本の会社法第322条等でも累積投票制度自体は規定されていますが、日本の大多数の企業は定款によってこの制度を排除しており、実務上利用されることは極めて稀です。これに対し、フィリピンの改正会社法第23条は、株式会社においてこの累積投票の権利を定款で排除することを認めていません。
この制度が強制されている背景には、フィリピン特有の経済構造があります。フィリピンでは少数の財閥一族が巨大なコングロマリットを形成し、市場を寡占しているケースが多く見られます。もし単純な多数決のみで取締役を選任した場合、大株主である創業家がすべての取締役ポストを独占してしまう事態が生じます。累積投票制度が義務付けられていることにより、少数の株式しか保有していない株主であっても、票を一人に集中させることで自らの利益を代弁する取締役を最低でも1人は取締役会に送り込む機会が法的に保障されています。これは少数株主の権利保護と経営の透明性確保において極めて重要な役割を果たしており、日本企業が現地企業との合弁事業を行う際にも、出資比率に応じた取締役指名権を確保するための強力な法的根拠となります。
フィリピンにおける取締役の義務と厳格な責任追及の実態

善管注意義務と忠実義務の明文化
フィリピンの改正会社法は、取締役に対して極めて高いレベルの善管注意義務と忠実義務を要求しています。日本の会社法第330条および第355条においても同様の義務が規定されていますが、フィリピンの法令における利益相反や競業避止に関する規定はより具体的かつ厳格です。特に注目すべきは、改正会社法第30条および第33条に規定される損害賠償責任と「会社機会の法理(Doctrine of Corporate Opportunity)」の明文化です。同法によれば、取締役が会社と利益相反する個人的・金銭的利益を取得しようと試みた場合、あるいは実際に取得した場合、それによって生じた損害に対して連帯して責任を負わなければなりません。さらに、取締役がその職務上の地位を利用して、本来であれば会社に帰属すべきであったビジネスチャンスを個人的に取得し利益を得た場合、当該取締役は会社に対してその利益を全額返還する義務を負います。
日本の会社法においては、取締役が競業取引や利益相反取引を行う場合、事前に取締役会(取締役会を設置していない会社では株主総会)の重要な事実の開示と承認を得ることで、一定の免責や責任の制限が認められる枠組みとなっています。しかしフィリピンにおいては、取締役会内部での承認では不十分とされるケースがあります。改正会社法第33条は、取締役が会社の事業機会を奪ったことによる責任を免れるためには、単なる取締役会の承認ではなく、発行済株式数の3分の2以上を有する株主の賛成による正式な追認(Ratification)が必要であると厳格に定めています。
忠実義務違反に関するフィリピン最高裁判所の重要判例
フィリピンにおける取締役の忠実義務がいかに厳格に解釈されているかを示す決定的な判例として、フィリピン最高裁判所が2021年12月7日に下した「Total Office Products and Services (TOPROS), Inc. v. Chang」事件(G.R. Nos. 200070-71)が挙げられます。この事件の当事者であるTOPROS社は、複写機の代理店としてTy家(オーナー一族)によって設立され、その経営は社長兼ゼネラルマネージャーに任命されたJohn Charles Chang, Jr.氏に委ねられていました。
Chang氏はTOPROS社の取締役および役員としての地位にありながら、同社と完全に競合する事業を行う企業を密かに複数設立(Identic International Corp.、Golden Exim Trading and Commercial Corporation、TOPGOLD Philippines, Inc.など)し、自身やその親族で株式の大部分を保有していました。さらにChang氏は、TOPROS社の既存顧客との契約を自らの所有する別会社に付け替えたり、会社の資源や広告フォーマットを私用したりするなど、露骨な事業機会の簒奪を行いました。
訴訟においてChang氏側は、「会社を実質的に一人で切り盛りし、自らの資金も投入して会社を危機から救った」と主張するとともに、「Ty家(オーナー一族)は自らが別会社を設立し運営している事実を知っており、これを黙認していた」と反論し、責任の免除を求めました。しかし、最高裁判所はこの抗弁を完全に退けました。最高裁判所は、「人は不利益をもたらすことなくして二人の主人に仕えることはできない」という法格言を引用し、会社機会の法理の重要性を強調しました。そして、フィリピンの会社法制下においては、取締役が会社の事業機会を奪った場合、それを合法化し責任を免れるための唯一の手段は「発行済株式数の3分の2以上を有する株主による正式な追認の投票」であると厳格に解釈しました。単に大株主が事実を知っていたことや、暗黙の了解(黙認)があったことだけでは、法的に要求される手続きを満たしていないため、忠実義務違反の責任は免れないと判示したのです。
この判決から、フィリピンにおいては日本的な「阿吽の呼吸」や「事後的な黙認」といった曖昧な合意形成は法的に一切保護されず、会社法が定める厳格な手続き要件を形式的かつ実質的に満たさない限り、経営トップであっても巨額の損害賠償と利益返還の義務を負うということが言えるでしょう。日本企業がフィリピンで合弁企業を運営したり、現地の経営者を起用したりする際には、この厳格なフィデューシャリー・デューティーの法理を念頭に置き、利益相反行為に対する社内手続きを極めて厳密に運用する必要があります。この重要判例に関する公式な記録は、フィリピン最高裁判所の公式電子ライブラリーで確認することができます。
また、これに先立つ2017年1月11日の「Ient v. Tullet Prebon (Philippines), Inc.」事件(G.R. No.)においても、最高裁判所は取締役が会社に対して負う信認義務の範囲について詳細な判断を示しており、取締役が個人的利益と会社の利益が衝突する状況において、会社の利益を犠牲にしてはならないという基本原則を再確認しています。
フィリピンの証券取引委員会(SEC)によるガバナンス強化策
コーポレートガバナンス・コードの適用と「Comply or Explain」アプローチ
フィリピン証券取引委員会(SEC)は、企業の透明性を高め、投資家からの信頼を獲得するために、ガバナンス規制の強化を強力に推進しています。その中核となるのが、企業規模や性質に応じて段階的に適用されるコーポレートガバナンス・コードです。2016年には上場企業(Publicly-Listed Companies)向けに「SEC Memorandum Circular No. 19, series of 2016」が発行され、さらに2019年には公開会社および登録発行体向けに「SEC Memorandum Circular No. 24, series of 2019」が公布され、新たなコードが施行されました。これらのコードは、G20/OECDのコーポレートガバナンス原則などの国際的なベストプラクティスに準拠して策定されています。
フィリピンのコーポレートガバナンス・コードは、日本のそれと同様に「Comply or Explain(遵守せよ、さもなくば理由を説明せよ)」という柔軟かつ透明性を重んじるアプローチを採用しています。企業はすべての原則を必ずしも一律に適用する必要はありませんが、要件を満たさない場合には、なぜそれが自社の状況に適合しないのか、代替としてどのようなガバナンス措置を講じているのかを年次報告書等で詳細に説明し、公表する義務を負います。
コードが要求する具体的な基準は多岐にわたります。例えば、取締役会の多様性の確保、過半数の非業務執行取締役の配置、少なくとも3分の1(または最低2名)の独立社外取締役の設置義務などが定められています。また、利益相反を回避し権力の集中を防ぐため、取締役会会長(Chairperson)と最高経営責任者(CEO)の役割を分離すべきであるという原則も明確に打ち出されています。日本の多くの企業で依然として代表取締役社長が取締役会議長を兼任している状況と比較すると、フィリピンのコードはより明確に監督と執行の分離を志向しています。
情報開示の強化とガバナンス・スコアカードの義務化
SECによるガバナンス強化のもう一つの柱が、情報開示要件の抜本的な強化です。企業は旧来の財務情報に加え、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関連する非財務情報の開示や、取締役および主要役員の報酬方針、自社株取引の履歴などを詳細に公開することが求められています。また、事業活動に潜む様々なリスクに対処するため、コードに準拠した内部統制システムや包括的なリスクマネジメント・フレームワークの構築が強く求められています。
さらにフィリピン独自の強力なガバナンス担保措置として、金融機関や上場企業を含む特定の企業に対する「ガバナンス・スコアカード」の提出義務があります。企業は自社のガバナンスの実施状況を詳細な指標に基づいて自己評価し、統合年次コーポレートガバナンス報告書(I-ACGR)としてSECに提出しなければなりません。
このスコアカード制度において特に注目すべき点は、自己評価の客観性と透明性を担保するための仕組みです。SECのガイドラインに基づき、企業は少なくとも3年ごとに、外部の専門機関を起用して取締役会の評価プロセスを支援させることが求められています。実際に、フィリピンの大手企業は「Good Governance Advocates and Practitioners of the Philippines (GGAPP)」などの外部の独立したガバナンス専門機関に依頼し、その評価結果の証明書を年次報告書に添付して開示しています。
日本のコーポレートガバナンス・コードにおいても取締役会の実効性評価は求められていますが、外部機関の起用は推奨に留まり、多くの企業がアンケートベースの自己評価で済ませているのが現状です。対してフィリピンでは、外部の専門家の介入を制度として組み込むことで、身内同士の甘い評価によるガバナンスの形骸化を未然に防ごうという強い意図が感じられます。関連するSECおよび各企業の開示文書の例は、以下の公開資料等で確認することができます。
参考:Universal Robina Corporation I-ACGR 開示資料
日本企業がフィリピン進出に際して知るべき注意点

フィリピンにおけるビジネス展開を検討する日本企業は、これらのガバナンス規制の強化を踏まえつつ、現地特有の法制や実務慣行に適切に対応する必要があります。以下に、設立、運営、税務、法務コンプライアンスの観点から特に重要な留意点を解説します。
発起人要件の抜本的緩和と一人株式会社(OPC)制度の導入
2019年の改正会社法による最も大きな恩恵の一つは、会社設立プロセスにおける著しい規制緩和です。旧会社法の下では、株式会社の設立には最低5人以上の発起人が必要であり、その過半数がフィリピン居住者でなければならないという極めて煩雑な要件が存在していました。そのため、日本企業が現地に子会社を設立する際、無理に現地の名義借り役員(ノミニー)を用意せざるを得ず、これが後々の経営権を巡るトラブルの火種となるケースが散見されました。しかし、改正会社法第10条により最低発起人数の要件が完全に撤廃され、発起人は1人から最大15人までと大幅に緩和されました。さらに、日本企業の進出戦略を根本から変え得る制度として「一人株式会社(One Person Corporation:OPC)」の設立が新たに認められました。
日本では1990年の商法改正以降、発起人1名での会社設立が当然の実務となっていますが、フィリピンにおいてもついにこの制度が導入されたことで、日本企業は信頼できない第三者を介在させることなく、100%単独出資による現地法人の設立が容易になりました。ただし、OPC特有の規制にも注意が必要です。OPCの唯一の株主は、自動的に同社の単独の取締役および社長に就任することになりますが、ガバナンスの牽制機能を維持する観点から、会社秘書役(Corporate Secretary)を兼任することは法律上固く禁止されています。
コンプライアンスの要となる会社秘書役(Corporate Secretary)
フィリピンでの会社運営において、日本の経営者が最も戸惑う特有の役職が「会社秘書役(Corporate Secretary)」です。日本語の「秘書」という言葉から受ける単なる事務的アシスタントというイメージとは裏腹に、フィリピンにおける会社秘書役は、法務責任者とコンプライアンス・オフィサーを兼ね備えたような極めて重い法的責任を伴う役職です。
改正会社法第24条は、会社秘書役は必ずフィリピン国民(Citizen of the Philippines)であり、かつフィリピンの居住者(Resident)でなければならないと厳格に規定しています。日本の会社法には直接相当する法定の役職が存在せず、取締役会の運営や法務手続きは代表取締役や総務・法務部門が包括的に担うのが一般的です。しかしフィリピンでは、会社秘書役が法定の独立した機関として存在します。
会社秘書役の主な職務は、株主総会や取締役会の適法な招集と議事録の正確な作成、SECへの各種報告書の期限内の提出、株式名簿の厳格な管理など多岐にわたります。特にOPC(一人株式会社)においてはその役割がさらに重みを増し、唯一の株主が死亡または能力喪失に陥った場合には、5日以内に代替候補者に通知を行い、SECへの報告手続きを主導するという重大な任務が法律で課されています。
日本から駐在員を社長として派遣し、実質的な経営をすべて日本側でコントロールしようとする場合であっても、会社秘書役には現地の法律やSECの規制に精通したフィリピン人の専門家(多くの場合、現地の弁護士)を選任することが法的に要求されます。この要職に不適切な人物を据えると、重大なコンプライアンス違反を引き起こすリスクがあるため、人選には細心の注意が必要です。
外資規制の制約と土地リース期間の大幅な延長(最大99年)
フィリピンでは、憲法の規定に基づく厳格な外資規制(ネガティブ・リスト)が存在します。小売業など一部の業種では近年外資100%での参入が解禁されつつありますが、依然として土地の所有に関しては極めて高い壁が存在します。フィリピンにおける土地の所有権は、フィリピン国民、またはフィリピン資本が60%以上を占める内国法人にのみ認められています。
したがって、外資100%で進出する日本企業が現地で製造工場や物流拠点を設立する場合、土地を購入することはできず、現地の地主から土地をリース(賃借)する手法に頼らざるを得ません。このリース期間について、外資誘致を強力に推進するフィリピン政府は、画期的な法改正を行いました。
2025年9月に施行された「Republic Act No. 12252(投資家リース法改正法)」により、外国投資家に対する私有地のリース期間の制限が大幅に緩和されました。旧法(RA)の下では、リース期間は初回50年、さらに1回に限り25年の更新が可能(最長合計75年)とされていました。しかし改正法により、更新の手間を省き、単一の契約として「最大99年」という長期のリース契約を締結することが可能になりました。
| 項目 | 旧投資家リース法 (RA 7652) | 新投資家リース法 (RA 12252) |
| 対象 | 外国投資家による私有地のリース | 外国投資家による私有地のリース |
| リース期間 | 初回50年 + 更新25年(最長75年) | 最大99年(単一契約) |
| 政策的意図 | 外資導入の促進 | 長期的・安定的な投資環境の確固たる保障 |
この99年という期間は、事実上の永久使用権に近いものであり、インフラ投資や大規模な工場建設など、投資回収に長期間を要するプロジェクトにおいて日本企業に極めて大きな安心感を与えるものです。この法改正から、フィリピン政府が外国資本の長期的かつ安定的な投下を国家戦略として強力に後押ししているということが言えるでしょう。この画期的な法改正の内容は、フィリピンの公式官報等に基づく条文で確認することができます。
参考:Republic Act No. 12252 公式文書
納税容易化法(Ease of Paying Taxes Act)による税務手続きの近代化
フィリピンにおけるビジネスの大きな障壁の一つとして、複雑かつペナルティの厳しい税務行政が長年指摘されてきました。特に、フィリピン国税局(BIR)が指定する認定印刷所で発行された公式領収書(Official Receipt)のみを税務上の証拠書類として認めるという硬直的な実務は、企業のコンプライアンスコストを著しく押し上げていました。しかし、2024年1月に施行された「Ease of Paying Taxes Act(納税容易化法、Republic Act No. 12252)」により、税務手続きの抜本的な近代化と電子化が図られました。日本企業の実務に直接影響を与える主要な変更点は以下の通りです。
- 納税者の規模別分類の導入:企業の総売上高(Gross Sales)に基づいて、納税者を「Micro(マイクロ)」「Small(小規模)」「Medium(中規模)」「Large(大規模)」の4つのカテゴリーに明確に分類しました。マイクロおよび小規模納税者に対しては、申告書の簡素化(最大2ページ)や、申告漏れ時の罰則金・遅延利息の大幅な減額(例えば民事罰則金は20%から10%へ引き下げ)といった特別措置が導入され、スタートアップ企業や新規進出企業への負担が軽減されています。
| 納税者区分 | 適用基準(総売上高) |
| Micro(マイクロ) | 300万ペソ未満 |
| Small(小規模) | 300万ペソ以上、2,000万ペソ未満 |
| Medium(中規模) | 2,000万ペソ以上、10億ペソ未満 |
| Large(大規模) | 10億ペソ以上 |
- 付加価値税(VAT)の証拠書類の「請求書(Invoice)」への一本化:従来、物品の販売には「セールス・インボイス(Sales Invoice)」、サービスの提供には「公式領収書(Official Receipt)」を発行するという煩雑な二重基準が存在していました。新法では、サービスの提供に関するVATの課税ベースを従来の「総収入(Gross Receipts、代金回収時)」から「総売上(Gross Sales、請求発生時)」に変更し、すべての取引において「VAT請求書(VAT Invoice)」を唯一の証拠書類として一本化しました。これは、日本のインボイス制度に似た透明性の向上と事務処理の簡素化をもたらす重要な変更です。
- File-and-pay anywhere(場所を問わない申告・納付)の実現:従来は、法人が登録されている管轄の税務署(RDO)またはその管轄内の指定銀行でしか納税ができず、間違った管轄で納税すると25%の重いサーチャージ(割増金)が課されていました。新法により、税務署の管轄に関わらず、電子システム、任意の指定銀行、または公認の税務ソフトウェア・プロバイダーを通じて、どこからでも申告と納付が可能となりました。
まとめ
フィリピンのコーポレートガバナンス体制は、会社法改正とSECの厳格な指導の下、透明性の確保と少数株主の保護を重視する方向へ急速に進化しています。特に、取締役会に集中する強大な権限に対する牽制として、累積投票制度の義務化や、外部機関による客観的なガバナンス評価の導入は、日本の法制度には見られない強力な仕組みです。また、「会社機会の法理」をめぐる最高裁判所の判例が示すように、取締役の忠実義務違反に対しては、株主の特別多数による正式な追認がない限り免責を許さないという、極めて厳格な司法的アプローチがとられています。
一方で、発起人要件の撤廃や一人株式会社制度の創設による設立の簡素化、外資に対する土地リース期間の最大99年への延長、さらには納税容易化法による税務手続きの電子化とペナルティの緩和など、外国企業がビジネスを展開しやすい環境整備も着実に進展しています。日本企業がフィリピン市場で成功を収めるためには、法定の「会社秘書役」などの独自のコンプライアンス実務を深く理解し、日本的な曖昧な合意形成を排した厳密な法務体制を構築することが求められます。モノリス法律事務所では、フィリピンの複雑なコーポレートガバナンス構造の理解や、最新の現地法規制への適応に関するサポートいたします。読者の皆様が法的リスクを適切に管理し、成長著しいフィリピン市場において安全かつ円滑にビジネスを推進できるよう、専門的知見に基づく助言を提供してまいります。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































