イタリア共和国における会社形態と会社設立のプロセス

イタリアの会社法は、1942年制定の民法典(Codice Civile)に主要な規定が置かれており、その基本的な枠組みは市民法体系に属します。これは、日本の会社法が英米法や大陸法の影響を受けつつ独自の発展を遂げてきた経緯とは異なります。
イタリアには、日本の株式会社に相当するSocietà per Azioni(S.p.A.)や、日本の合同会社に似たSocietà a responsabilità limitata(S.r.l.)など、事業規模や経営の柔軟性に応じて使い分けられる多様な法人形態が存在します。本記事では、これらの会社形態がどのような違いを持ち、どのような場合にどの形態が適しているのか、どのような点に留意すべきかについて解説します。
なお、イタリア共和国の包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。
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この記事の目次
イタリアの会社形態
イタリア法における会社は、その法的性質から大きく「人的会社(Società di persone)」と「資本会社(Società di capitali)」に分類されます。
人的会社(Società di persone)
人的会社では、社員全員が会社の債務に対し、無限かつ連帯して責任を負うのが原則です。代表的な形態にSocietà in nome collettivo(S.n.c.)やSocietà in accomandita semplice(S.a.s.)があります。特にS.a.s.は、無限責任を負うaccomandatari(業務執行社員)と、有限責任のaccomandanti(有限責任社員)から成り、資本家と経営者を分離できる形態として、ファミリービジネスなどで利用されることがあります。しかし、事業の失敗が個人資産に影響を及ぼすリスクがあるため、利用されることは稀です。
資本会社(Società di capitali)
資本会社は、法人そのものが社員とは独立した法人格を有し、会社の債務については、その財産のみが責任を負います。これは、日本の会社法における「法人格」と「有限責任」の原則とほぼ同様の考え方です。代表的な形態として、株式会社(S.p.A.)と有限責任会社(S.r.l.)があります。
イタリアでは、1942年の民法典制定以来、S.r.l.はS.p.A.の補完的な位置付けとされてきました。しかし、2003年の会社法改革により、S.r.l.はより独立した、柔軟な制度として再構築されました。この改革の背景には、グローバルなビジネス環境の変化に対応し、特に中小企業やスタートアップの起業を促進するという明確な目的があるとされています。
イタリアにおける株式会社(S.p.A.)と有限責任会社(S.r.l.)の特性と選択

S.p.A.とS.r.lは、共通の有限責任原則を持つ一方で、その構造、ガバナンス、および資金調達能力において違いがあります。
S.p.A.(Società per Azioni)
S.p.A.は、日本の株式会社に相当する形態であり、その資本金はazioni(株式)に分割されます。この形態は、大規模な投資を必要とする事業や、多くの株主から資金を集めることを目的とする場合に最も適しています。銀行業や保険業など特定の規制業種では、S.p.A.での設立が義務付けられています。
最低資本金は50,000ユーロと定められており、設立時にその少なくとも25%を払い込む必要がありますが、単独株主で設立する場合は、全額の払い込みが求められます。株式は原則として自由に譲渡可能であり、市場で取引されることを前提とした構造です。この特性により、S.p.A.は株式の公募を通じて大規模な資金を調達する能力に優れています。
S.p.A.のガバナンスは、法令により厳格に定められています。経営を担う取締役会(Consiglio di amministrazione)と、それを監督する法定監査役会(Collegio sindacale)の設置が原則として義務付けられています。また、会計監査は外部の独立した監査法人に委託されます。2003年の会社法改革により、S.p.A.は以下の3つのガバナンスモデルから選択できるようになりました。
- 伝統的モデル(Sistema tradizionale): 日本の株式会社の典型的な機関設計に最も近く、取締役会、監査役会、および会計監査人から構成されます。
- 一元モデル(Sistema monistico): 英国法を参照するもので、取締役会内に監督機能を担う「管理監督委員会(Comitato per il controllo sulla gestione)」を設置します。
- 二元モデル(Sistema dualistico): ドイツ法を参照するもので、経営を担う「管理委員会(Consiglio di gestione)」と、それを監督し、取締役の選任や予算承認の権限も持つ「監督委員会(Consiglio di sorveglianza)」に権限が分かれています。このモデルでは、通常株主総会が有する権限の一部が監督委員会に委譲されます。
こうした複数のガバナンスモデルが導入された背景には、国際的なビジネス慣行(特に英米法とドイツ法)を取り入れることで、企業の組織設計に対する柔軟性を高め、国際競争力を向上させようとする意図があるようです。
S.r.l.(Società a responsabilità limitata)
S.r.l.は、日本の合同会社(GK)に類似した形態で、特に中小企業やスタートアップに適しています。その最大の特徴は、ガバナンスにおける高い柔軟性と、資本金要件の低さにあります。最低資本金は10,000ユーロですが、設立時に25%(2,500ユーロ)を払い込む必要があります。単独で設立する場合は全額の払い込みが求められます。
S.r.l.の持分は「quota」と呼ばれ、株式とは異なり、証券化することはできません。持分の譲渡は原則として公証人による公証証書(atto pubblico)作成を経て行われ、会社の商業登記簿に登録することで第三者に対抗可能となります。
S.r.l.の最もユニークな特徴の一つに、定款(statuto)で個々の社員に特定の個人的な権利(diritti particolari)を付与できる点が挙げられます。これは、経営権や利益配分に関するもので、持分が譲渡されても原則として引き継がれません。これは、日本の会社法にはない、個人と会社の関係性を重視した柔軟な制度です。
S.r.l.は、S.p.A.のような厳格な機関設計を要求されず、通常は単独の取締役または取締役会によって管理されます。重要な決議事項は、書面による協議や同意(consultazione scritta o consenso espresso per iscritto)によっても行うことが可能であり、株主総会の開催を必須としないため、迅速な意思決定が可能です。法定の監査機関の設置義務は、会社の規模や財務状況が一定の閾値を超えた場合にのみ生じます。
S.r.l.s.(Società a responsabilità limitata semplificata)
なお、2012年に導入されたSocietà a responsabilità limitata semplificata(S.r.l.s.)は、よりシンプルな有限責任会社構造です。最低資本金1ユーロで設立可能であり、設立時の公証人費用が免除されるなど、設立コストを大幅に抑えることができます。しかし、S.r.l.s.には、法令で定められた標準的な設立証書しか利用できず、定款のカスタマイズが大幅に制限されるという重要な制約があります。この点が、初期費用はかかるものの、事業の特性や出資者の意向に合わせて定款を細かくカスタマイズできる通常のS.r.l.との違いです。
イタリア法と日本法の株式会社・合同会社との比較
S.p.A.と日本の株式会社の比較
双方とも、多数の出資者から資金を募り、所有と経営を分離する大規模事業向けの形態であり、株式の発行により資金調達が可能で、株式の譲渡も自由が原則です。ただ、日本の株式会社は2006年の会社法改正以降、最低資本金要件が撤廃されていますが、イタリアのS.p.A.は、日本の株式会社とは異なり、最低資本金として50,000ユーロが義務付けられています。
S.r.l.と日本の合同会社の比較
どちらも社員の有限責任が認められ、ガバナンスに高い柔軟性を持つ点が共通しています。少数の出資者で構成される中小企業や、外国企業の完全子会社として設立されることが多く、所有と経営の一致が前提となるケースが一般的です。
ただ、日本の合同会社は定款の公証が不要であり、比較的簡易に設立できます。これに対し、イタリアのS.r.l.は、簡易なS.r.l.s.を含め、公証人による公証証書(atto pubblico)が設立に必須であり、設立にかかる手間とコストが日本より高くなります。
また、日本の合同会社は、原則として社員全員の同意なく持分の譲渡ができませんが、イタリアのS.r.l.は、定款で制限を設けない限り持分の譲渡が可能です。さらに、S.r.l.には個別の社員に特別な権利(diritti particolari)を付与できる制度が存在しますが、日本の合同会社にはこれに完全に相当する制度はありません。日本の合同会社では、社員間の合意により利益配分や議決権を柔軟に設定できますが、それはあくまで定款に基づく権利であり、個人の人格に紐づく権利ではありません。
イタリアにおける会社設立プロセス

ここでは、S.p.A.とS.r.l.の設立に共通するプロセスと、その際の留意点について解説します。
必要情報の決定と書類準備
会社名、事業目的、イタリア国内の本社所在地、資本金、役員構成、会計年度など、設立に必要な基本情報を決定します。同時に、発起人や役員のパスポートのコピー、イタリアの税務番号(Codice Fiscale)など、各種書類を準備します。
公証人による公証証書(atto pubblico)の作成と署名
イタリアの会社設立では、公証人(Notaio)の立ち合いのもと、公証証書を作成・署名することが必須とされています。公証証書には、会社の基本的なルールを定めた定款(statuto)が含まれます。この手続きは、日本の合同会社が公証を必要としない点と大きく異なります。日本の経営者や法務担当者がこの公証手続きを行う際には、イタリアへ渡航するか、アポスティーユまたは公証人による認証を受けた委任状(Power of Attorney)を現地代理人に付与するか、または仮想会議形式で手続きを進めるという選択肢があります。
資本金の払込
公証証書への署名前に、法律で定められた最低資本金の払込を行います。S.p.A.(最低50,000ユーロ)と、資本金10,000ユーロ以上のS.r.l.では、資本金の少なくとも25%を会社の銀行口座に払い込む必要があります。設立者が単独の場合は、全額の払込が義務付けられます。また、現物出資(不動産、知的財産権など)も可能ですが、S.p.A.では裁判所が指定した独立した専門家による評価鑑定が義務付けられます。
商業登記所(Registro delle Imprese)への登録
公証証書への署名後、公証人が関連書類とともに、会社所在地を管轄する商業登記所に会社設立の登録申請を行います。これにより、会社は正式に法人格を取得し、事業活動を法的に開始できるようになります。この一連の手続きは、一般的に1〜3週間で完了するとされています。
設立コストの目安
S.r.l.設立の総費用は、公証人費用を含めて約2,500ユーロが目安とされており、S.p.A.の設立費用は、より複雑な手続きと高い最低資本金要件から、約5,000ユーロからとされています。S.r.l.s.(簡易有限会社)の場合は、設立時に公証人費用が不要となるため、設立コストを大幅に抑えることができます。
イタリアにおけるその他の会社形態
支店(Branch)
支店は、本社とは独立した法人格を持たず、本社の一部として事業を行います。設立に資本金は不要ですが、本社と同じ事業目的しか遂行できません。設立には、本社の定款など多数の書類の法定翻訳が必要となり、現地法人設立より時間がかかる場合もあります。また、現地市場での信用度は現地法人に比べて低い場合があります。
革新的中小企業(PMI innovativa)
イタリアには、特定の要件を満たす革新的中小企業(PMI innovativa)に対する優遇措置が存在します。これには、研究開発への投資比率、高スキル人材の雇用、特許所有などが含まれます。これらの企業は、税制優遇や簡素化された規制など、スタートアップの成長を促進するインセンティブが提供されます。
イタリアにおける会社設立時の留意点
イタリアにおける会社設立プロセスは、公証人による公証証書の作成に始まり、商業登記所(Registro delle Imprese)への登録を経て、法的効力を持ちます。代表取締役などの役員は、イタリアのCodice Fiscale(納税者番号)の取得が必須となります。EU域外の個人や企業が出資する場合、相互主義の原則が適用されるため、イタリアと日本との間で相互に設立が認められるかどうかの確認が必要です。
オンラインでの設立手続きが主流となりつつある国々と比較すると、公証人の関与や、役員個人に紐づく納税者番号の取得が必須である点は、イタリア進出における実務上のハードルとなりえます。現地での設立手続きを円滑に進めるためには、信頼できる現地の公証人や法律事務所との連携が不可欠です。
まとめ
S.p.A.は日本の株式会社に類似し、大規模な資金調達や厳格なガバナンスを志向する企業に適している一方、S.r.l.は日本の合同会社に似た柔軟な運営が可能で、中小企業やスタートアップに理想的な選択肢です。しかし、最低資本金要件、公証人制度、そして個々の社員に特別な権利を付与するdiritti particolariの概念など、イタリア法に重要な違いが存在します。また、設立手続においては、公証人の関与が不可欠であり、現地の法務・税務制度に適合した準備が求められます。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務