フィリピンの外国人投資規制を弁護士が解説

フィリピン共和国(以下、フィリピン)において事業展開を検討する日本企業の経営者や法務担当者にとって、同国の外国人投資規制の全体像を正確に把握することは、ビジネスを成功に導くための最も重要な前提条件となります。フィリピンは歴史的に自国産業の保護と国家安全保障の観点から外資に対して極めて厳格な制限を設けてきましたが、近年の急速な経済成長の維持とインフラ整備のための莫大な民間資本の必要性を背景に、歴史的とも言える大幅な規制緩和の転換期を迎えています。本稿では、この複雑に交錯する規制の基本構造から、最新の法改正による緩和の動向、そして実務上決して見落としてはならない厳格な司法判断に至るまで、具体的な法令と判例に基づき詳細に解説いたします。
フィリピンの外国人投資規制の根幹は、1987年憲法および1991年外国投資法(共和国法第7042号)によって形成されており、政府が定期的に更新する外資ネガティブリスト(FINL)によって、業種ごとに外国資本の出資比率の上限が0パーセントから40パーセントの範囲で厳密に定められています。日本においては、外国為替及び外国貿易法(外為法)が外資規制を統括しており、国の安全保障や公衆の秩序に関わる特定の指定業種を除いては、原則として事後報告のみで100パーセントの外国資本による投資が認められています。これに対し、フィリピンでは憲法レベルで外資の参入上限が固定されている分野が多く、議会の立法のみでは容易に変更できないという根本的な違いが存在します。特に土地の所有に関しては、外国人が個人名義で土地を取得することは一切禁止されており、法人が所有する場合であってもフィリピン人資本が60パーセント以上を占める必要があるという厳格なルールが維持されています。ただし、実務上の解決策として、コンドミニアム法に基づく区分所有の仕組みが広く活用されています。
このような厳格な規制環境の中で、近年、画期的な規制緩和が相次いで実現しました。小売業分野では、小売業自由化法が改正され、外資の参入時に求められていた莫大な最低払込資本金が大幅に引き下げられ、日本の中堅企業やスタートアップ企業にも進出の道が開かれました。また、公共サービス法の大幅な改正により、従来は憲法上の「公益事業」として60パーセントのフィリピン人資本が要求されていた電気通信、鉄道、航空、海運などの重要インフラ分野が「公共サービス」として法的に分離され、一定の安全保障上の条件を満たせば100パーセントの外資による所有と運営が可能となりました。さらに、再生可能エネルギー分野においても、司法省の新たな法解釈に基づき、太陽光や風力などの事業が天然資源の利用には当たらないとされ、エネルギー省の通達によって完全な外資参入が解禁されるなど、魅力的な投資環境が整備されつつあります。
しかし、こうした規制緩和の一方で、外資比率の制限を潜脱しようとする行為に対しては、アンチダミー法(コモンウェルス法第108号)という強力な法律によって厳罰が下される点に最大限の注意が必要です。名義借りの禁止だけでなく、規制業種における経営や運営への外国人の実質的な関与を禁じるこの法律は、最高裁判所の判例を通じて極めて厳格に適用されています。さらに、外資比率を算定する際の「資本」の定義についても、無議決権優先株を用いた潜脱を防ぐために、議決権を有する株式のみを基準とするという重要な最高裁判例が確立しており、証券取引委員会のガイドラインを通じて厳格な審査が行われています。
本記事では、これらの法規制の現状と日本法との異同を詳細に紐解き、フィリピンにおける安全かつ適法なビジネス展開のための指針を提供いたします。
この記事の目次
フィリピンにおける外資規制の基本構造と外資ネガティブリスト
フィリピンの外国人投資規制の枠組みを理解する上で、最も基本的かつ重要な法令が1987年憲法および1991年外国投資法(FIA:Republic Act No.)です。日本の法令では、外国投資家による国内企業への出資は外国為替及び外国貿易法(外為法)によって規律されており、武器製造や原子力、サイバーセキュリティなど国の安全保障等に重大な影響を及ぼす特定の指定業種に投資する場合にのみ事前の届出と審査が求められます。それ以外の一般事業においては、事後報告のみで100パーセントの外国資本による会社設立や企業買収が自由に行えるのが日本の原則です。これに対してフィリピンでは、輸出を主目的とする企業については原則として100パーセントの外資が認められるものの、国内市場に向けて商品やサービスを提供する「国内市場向け企業(Domestic Market Enterprise)」に対しては、広範かつ厳格な外資参入制限が設けられています。
この制限の具体的な内容を明示しているのが、「外資ネガティブリスト(Foreign Investment Negative List:FINL)」です。このリストは、外国資本の参入が完全に禁止される業種、または一定の割合までに制限される業種を網羅的に定めたものであり、大統領令によって定期的に更新されます。現在適用されている第12次外資ネガティブリストは、2022年6月に大統領令第175号(Executive Order No., s.)として公布されました。外資ネガティブリストは、規制の根拠に応じて「リストA」と「リストB」の二つのカテゴリに分類されています。
リストAは、1987年憲法および特定の法律によって外国資本の所有が直接的に制限されている分野を規定しています。このリストに掲載されている規制は憲法や特別法に根拠を持つため、単なる行政命令や一般的な法改正では変更が極めて困難です。具体的に外国資本の参入が全く認められない(外資比率0パーセント)業種としては、インターネットビジネス等を除くマスメディア、相互主義の適用がない特定の専門職の業務(会計士、建築士、エンジニアなど)、小規模鉱業、民間警備会社、そして後述する小規模な小売業などが挙げられます。また、部分的に外資が認められる分野として、広告業(外資比率30パーセントまで)、公共事業(公益事業)や天然資源の探査・開発・利用、私有地の所有、教育機関の運営(いずれも外資比率40パーセントまで)などが詳細に規定されています。
リストBは、国家の安全保障、国防、公衆衛生、公序良俗へのリスク対応、さらには地場の中小零細企業の保護という政策的観点から、外国資本の参加が制限される分野を定めています。ここには、防衛装備品や火器・爆発物の製造、サウナやマッサージクリニックなどの公衆衛生上の規制を受ける事業、そして特定形態のギャンブルなどが含まれます。さらに、外国投資法に基づく重要な規定として、外資比率が40パーセントを超える国内市場向け企業に対しては、原則として20万米ドル以上の払込資本金が要求されるという最低資本金要件がリストBの枠組みに組み込まれています。
日本においては、株式会社の設立資本金は1円から可能であり、外国投資家特有の最低資本金の上乗せ要件は存在しません。フィリピンにおけるこの20万米ドルという要件は、先進技術を使用することが科学技術省(DOST)によって証明された場合、または15名以上のフィリピン人従業員を直接雇用する場合には、10万米ドルへと要件が緩和される規定(共和国法第11647号による改正)が存在します。これらの規定からは、フィリピン政府が国内の中小零細企業を外資の競争から保護しつつ、雇用創出や技術移転に寄与する一定規模以上の投資のみを選別して受け入れようとしているという意図を読み取ることができます。
| 比較項目 | 日本の法令(外為法等に基づく枠組み) | フィリピンの法令(憲法・FIA等に基づく枠組み) |
| 原則的な外資参入ルール | 原則自由(事後報告制)。100パーセント外資可能。 | 輸出企業は自由だが、国内市場向け企業には厳格な制限あり。 |
| 規制の適用メカニズム | 安全保障上の指定業種のみ事前届出と審査を要求。 | 外資ネガティブリスト(FINL)により業種ごとに外資比率上限を明示。 |
| 出資比率の上限規定 | 放送法や航空法などの一部の個別法を除き、出資上限はない。 | 憲法および法律により0パーセント、25パーセント、30パーセント、40パーセントの上限が厳密に適用される。 |
| 最低資本金要件 | 外国人特有の法的な最低資本金要件は存在しない(1円から設立可能)。 | 外資比率が40パーセントを超える国内市場向け企業は原則20万米ドル以上の払込資本金が必要。 |
フィリピンの土地所有に関する厳格な制限とコンドミニアム法の活用

フィリピンに進出する日系企業が拠点設立や工場建設を行う際に最も直面しやすい強固な法的な壁が、土地の所有に関する規制です。日本においては、外国人や外国法人が日本の土地を含む不動産を所有することに対して法的な国籍制限はなく、日本人と全く同様に完全な所有権を取得し、不動産登記を行うことが可能です。これに対してフィリピンでは、国土の保全と主権の維持という歴史的かつ国家的な観点から、1987年憲法によって私有地の所有が極めて厳格に制限されています。具体的には、外国人が個人名義で土地の所有権を取得することは一切認められておらず、法人が土地の所有権を取得する場合であっても、その法人の発行済資本の60パーセント以上をフィリピン人市民が所有していなければならないという厳格な要件が課されています。
このため、日本企業がフィリピンで製造業の工場や大規模な商業施設を建設する場合、日本の感覚で土地付きの不動産を直接購入することはできません。実務上の対応策としては、フィリピン経済区庁(PEZA)などが管理する工業団地内において、地主との間で長期の土地リース契約(投資家リース法に基づき最長50年、さらに25年の延長が可能)を締結し、その借地上に自社の資金で建物を建設するという手法が一般的に採用されます。また、現地に信頼できるフィリピン人のパートナー企業が存在する場合は、フィリピン人資本が60パーセント、日本側資本が40パーセントとなる合弁会社(不動産保有会社)を設立し、その合弁会社の名義で土地を購入するというストラクチャーが組まれることもあります。
一方で、都市部におけるオフィススペースの確保や、駐在員向けの住宅、あるいは純粋な不動産投資を目的とする場合には、共和国法第4726号(通称:コンドミニアム法)の仕組みを活用することが極めて有効な手段となります。この法律は、建物の専有部分(ユニット)の完全な所有権と、その建物が建つ土地を含む共用部分の共有持分という二つの権利概念を分離することにより、一定の厳格な条件下において外国人による実質的な不動産所有を合法化するメカニズムを提供しています。
コンドミニアム法によれば、コンドミニアム・プロジェクト全体において、外国人が所有するユニットの割合が総数の40パーセントを超えない範囲内であれば、外国人は自己の名義でコンドミニアム権原証書(Condominium Certificate of Title:CCT)を取得し、そのユニットに対する完全な所有権を行使することが認められています。この枠組みの下では、土地そのものの所有権はコンドミニアム管理組合(Condominium Corporation)という法人が一括して保有します。ユニットを購入した各所有者は自動的にこの管理組合の株主または組合員となりますが、プロジェクト全体の外国人所有比率が40パーセント以下に保たれている限り、管理組合自体は「フィリピン人資本が60パーセント以上」という憲法上の土地所有要件を満たし続けることになります。
この40パーセントという外国人の所有上限は、開発業者による新規の分譲時のみならず、プロジェクトの存続期間中、将来の転売や相続の際にも常に継続して満たされる必要があります。そのため、コンドミニアム管理組合はユニットの売買や名義変更が行われるたびに、購入者の国籍を確認し、プロジェクト全体の外国人持分比率が法定の上限を超過しないよう厳格に監視する義務を負っています。仮に外国人が日本人同士でユニットを売買する場合であっても、事前に管理組合から外資枠に空きがあることの証明を取得しなければ、正式な名義変更の登記手続きを完了することはできません。
この枠組みは、外国からの莫大な不動産投資資金を国内の開発プロジェクトに呼び込みつつ、国土の根幹である土地の主権をフィリピン人によって維持し続けるという、極めて巧妙かつ精緻な法制度のバランスの上に成り立っているということが言えるでしょう。
フィリピンによる近年の主要な外資規制緩和の動向
フィリピンは長年にわたり、東南アジア諸国の中でも外資に対して特に閉鎖的な市場であるとの評価を受けてきました。しかし、周辺のASEAN諸国との熾烈な外国直接投資(FDI)の誘致競争を勝ち抜き、国内のインフラストラクチャーを近代化するためには、莫大な民間資本と高度な外国技術の導入が不可欠であるという政府の強い危機感が、近年の一連の抜本的な法改正を推進する原動力となりました。ここでは、日本企業のビジネス展開に特に大きな影響を与える「小売業」「公共サービス」「再生可能エネルギー」の三つの主要分野における歴史的な規制緩和の動向について詳述します。
小売業自由化法の改正と最低資本金の大幅な引き下げ
フィリピンにおいて、小売業は国民の日常生活に密着し、多数の零細事業者が存在する分野であるため、歴史的に完全にフィリピン人資本に留保されてきました。2000年に制定された小売業自由化法(Retail Trade Liberalization Act:RTLA、共和国法第8762号)により、初めて条件付きで外国資本への市場開放が行われましたが、当時の最低払込資本金要件は250万米ドル(当時の為替レートで数億円規模)と極めて高く設定されていました。日本においては、スーパーマーケットやコンビニエンスストア、アパレル等の小売業に外資が参入する際、酒類販売や医薬品販売など個別の業法に基づく許認可を除き、外国企業に対する特別な参入障壁や外資特有の最低資本金要件は一切存在しません。フィリピンの当時の厳しい要件下では、世界的なブランド力と巨大な資金力を持つ一部の多国籍チェーン企業以外には、事実上フィリピンの小売市場への直接参入は不可能な状態が続いていました。
この高い障壁を打破し、より多様な外国資本を誘致するために、2021年12月に小売業自由化法を改正する共和国法第11595号が成立し、翌2022年初頭に施行されました。この画期的な法改正により、外国資本の小売企業に求められる最低払込資本金は一律で2500万ペソ(約45万米ドル相当)へと劇的に引き下げられました。さらに、外国の小売企業がフィリピン国内で複数の実店舗を展開する場合、1店舗あたりに求められる最低投資額の要件も、従来の83万米ドルから1000万ペソへと大幅に緩和されています。
加えて、この法改正は手続き面での大きな負担軽減をもたらしました。従来、外国の小売業者が参入する際には、投資委員会(BOI)から事前に「事前資格証明書(Certificate of Prequalification)」を取得することが義務付けられていました。この証明書を取得するためには、親会社の純資産が2億米ドル以上であることや、世界で5つ以上の店舗を長期間展開している実績があることなど、極めて厳しい条件をクリアする必要がありました。しかし、改正法によってこの事前資格証明書の取得義務および関連する厳格な実績要件が完全に撤廃されました。この一連の緩和により、日本の中堅・中小規模の小売事業者や、革新的なビジネスモデルを展開する専門性の高いスタートアップ企業にとっても、莫大な初期投資を強要されることなくフィリピン市場へ直接参入することが現実的かつ魅力的な選択肢となったということが言えるでしょう。
公共サービス法の改正によるインフラ分野の外資解禁
フィリピンにおけるもう一つの歴史的な法制度の転換は、公共サービス法(Public Service Act)の抜本的な改正です。1987年憲法第12条第11項は、「公益事業(Public Utility)」のフランチャイズや運営権の付与を、フィリピン人市民、またはその資本の60パーセント以上をフィリピン人が所有する法人に限定しています。過去約80年間にわたり適用されてきた旧公共サービス法(コモンウェルス法第146号)の下では、「公益事業」の法的定義が極めて曖昧であったため、電気通信、交通機関、航空、国内海運、鉄道など、公衆の利便に供される広範なインフラ事業がすべて「公益事業」と解釈され、この憲法上の外資比率40パーセントの制限の対象となっていました。
しかし、2022年3月に成立した共和国法第11659号は、この古い枠組みを根本から再構築しました。改正法は、憲法上の厳格な外資規制の対象となる「公益事業」を、以下の6つの特定のセクターに限定して明確に定義し直しました。
- 配電(Distribution of Electricity)
- 送電(Transmission of Electricity)
- 石油および石油製品のパイプライン送電システム
- 水道パイプライン分配システムおよび廃水パイプラインシステム
- 港湾(Seaports)
- 公共事業車両(Public Utility Vehicles)
この限定的な列挙から意図的に除外された事業、すなわち電気通信(通信キャリア)、国内海運、鉄道、地下鉄、航空、有料道路、空港の運営などは、もはや憲法上の「公益事業」には該当せず、単なる「公共サービス(Public Services)」として法的に分類されることになりました。この解釈の分離により、これまで60パーセントのフィリピン人資本との共同事業が不可欠であったこれらの巨大インフラ分野において、外国資本による最大100パーセントの所有と運営が合法化されたのです。
ただし、国家の根幹に関わるインフラを完全に外資に開放することへの懸念に対応するため、改正法は国家安全保障の観点からの精緻なセーフガードを同時に導入しています。例えば、電気通信などの特定のセクターは「重要インフラ(Critical Infrastructure)」として指定されており、これらを運営する法人に外国人が50パーセントを超えて出資するためには、その外国投資家の母国が、フィリピン人に対しても自国の同種インフラにおいて同様の投資の権利を認めていること(相互主義の原則)が厳格な条件とされています。
また、外国の政府が支配する国有企業(Foreign State-Owned Enterprises)による公益事業や重要インフラへの出資は原則として禁止されており、例外として政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド)が全体で30パーセントを上限に出資することのみが許容されています。さらに、外資が支配的な公共サービスにおける企業買収が国家安全保障に脅威を与えると判断された場合、大統領がその取引を停止または禁止する権限も付与されています。このような安全保障を意識した外国投資の審査メカニズムの導入は、日本の外為法において導入されている、国の安全を損なうおそれのある対内直接投資に対する変更・中止勧告の制度と軌を一にする政策的配慮であるということが言えるでしょう。
再生可能エネルギー分野における完全外資の容認
国家の持続可能な成長に直結するエネルギー政策の転換も、外国投資家にとって極めて注目すべき重要なトピックです。従来、フィリピンにおいては、1987年憲法第12条第2項の規定により、国のすべての「天然資源(Natural Resources)」の探査、開発、および利用は、国家の完全な管理と監督の下に置かれ、これらの事業を行うことができるのはフィリピン人市民、または60パーセント以上のフィリピン人資本を有する法人に厳しく限定されていました。この憲法上の制限は、石油や鉱物などの枯渇性資源だけでなく、太陽光、風力、水力、海洋エネルギーといった再生可能エネルギーの開発プロジェクトに対しても同様に適用されてきました。
しかし、深刻な気候変動への対応と、化石燃料への過度な依存からの脱却を目指すフィリピン政府は、2022年末に大胆な政策転換を行いました。2022年11月、エネルギー省(DOE)は画期的な通達(Department Circular No. DC2022-11-0034)を発出しました。この通達の法理論的な根拠となったのは、同年に司法省(DOJ)が発表した公式な法解釈(DOJ Opinion No., Series of)です。司法省は、太陽光、風力、水力、海洋・潮汐エネルギーなどは、消費によって枯渇する一般的な「天然資源」ではなく、運動エネルギー(Kinetic Energy)または潜在的エネルギーの現れであると論じました。したがって、これらは憲法が規定する、国家による厳格な保護と外資排除の対象となる天然資源の枠組みには該当しないという画期的な判断を下したのです。
この司法省の解釈の転換を受け、エネルギー省の通達を通じて、再生可能エネルギー法の施行規則が改正され、太陽光、風力、水力、海洋・潮汐エネルギー資源の探査、開発、利用に関する事業への100パーセントの外国資本の参入が正式に許可されるに至りました。日本においては、太陽光や風力などの再生可能エネルギー発電事業に対する外資の参入規制は存在せず、固定価格買取制度(FIT)などの枠組みを活用して多数の外資系企業が発電事業を営んでいます。今回のフィリピンの規制緩和により、日本の高度な再生可能エネルギー技術や豊富なプロジェクトファイナンスの資金力を持つ企業が、単なる技術供与やマイノリティ出資にとどまることなく、事業の完全な支配権を握って自らの経営判断で現地プロジェクトを強力に推進できるようになったという点において、画期的な進展であると言えるでしょう。
ただし、発電施設を建設するための土地の所有に関しては、前述の通り依然として60パーセントのフィリピン人資本が必要となるため、土地の長期リース契約と発電事業会社を切り離すなど、現地の法務に適合した事業ストラクチャーの構築が不可欠となります。
フィリピンのアンチダミー法による厳格な制裁と実務上の留意点

フィリピンにおける外資規制を語る上で、企業の経営陣や法務担当者が絶対に避けて通ることができないのが、「アンチダミー法(Anti-Dummy Law、コモンウェルス法第108号)」という強力な刑事罰を伴う法律の存在です。日本においては、特定の許認可事業を除き出資比率の制限自体が極めて少ないため、外国人が日本人を「名義人(ダミー)」として立てて外資規制を意図的に潜脱しようとする行為を直接的かつ一般的に取り締まる特別な刑事法規は存在しません(ただし、公正証書原本不実記載等の刑法犯に問われる可能性はあります)。しかし、フィリピンでは、憲法や法律による厳格な外資比率の制限を実効的に担保し、国家経済の主導権を自国民の手に留め置くため、名義借りをはじめとするあらゆる潜脱行為が極めて厳しく罰せられます。
名義借りの禁止と経営関与の制限
アンチダミー法は、フィリピン人市民にのみ留保されている権利、特権、または事業(外資の参入が部分的に制限されている事業を含みます)において、外国人がフィリピン人の名義を不当に借用すること、あるいはフィリピン人が自己の名義を外国人に貸与することを明確な犯罪として規定しています。これに違反した場合、個人に対しては5年以上15年以下の懲役および高額な罰金という非常に重い刑事罰が科されるほか、事業に用いられた財産やフランチャイズ権の没収、さらには外国人である場合には刑期満了後の国外退去処分となる重大なリスクがあります。法人が関与した場合には、事業の解散命令が下されることもあり、企業の存続そのものを揺るがす事態となります。
さらに、日本企業の現地合弁事業のストラクチャー構築において実務上極めて重要なのが、同法第2-A条の規定です。この条項は、外資の参入が一部制限されている企業(例えば、外資比率が40パーセントに制限されている不動産保有会社や特定インフラ企業)において、外国人がその許容された出資比率を超えて、企業の経営、運営、管理、または支配に実質的に関与することを厳しく禁じています。具体的には、外国人は自らの出資比率に比例した数の取締役を会社の取締役会に送り込むことしか許されません。また、代表取締役社長、最高執行責任者、あるいは実質的な経営管理者といった、企業の日々の業務や方針を決定づける役職に外国人が就くことは、法令により明示的に禁じられています。
例えば、日本企業がフィリピン人パートナーと40対60の出資比率で合弁会社を設立した場合、日本側が事業の立ち上げ資金を実質的にすべて拠出していたとしても、株主間契約書や非公式なサイドレターを通じて日本側が経営の全権を握るような取り決めを行えば、それはアンチダミー法に直接的に違反する行為と見なされます。そのような契約は、現地の裁判所において公序良俗違反として無効と判断され、権利の執行が不可能になるだけでなく、関与した日本側およびフィリピン側の役員双方が刑事訴追の対象となる深刻なリスクを内包しています。
重要な判例から読み解くアンチダミー法の適用範囲
このアンチダミー法の適用範囲がいかに広範かつ厳格であるかを示す歴史的な判例として、「Macario King, et al. v. Pedro S. Hernaez, etc., et al.(フィリピン共和国最高裁判所、1962年3月31日判決、G.R. No. L-14859)」が存在します。この事件では、帰化フィリピン人であるマカリオ・キング氏が、フィリピン・コールド・ストアーズ社から食肉等の卸売・小売事業を買収した際、以前の所有者の下で長年働いていた3名の中国人従業員(仕入担当者1名、販売員2名)をそのまま継続して雇用しようとしたことが発端となりました。
当時の小売業法(共和国法第1180号)により、小売業は完全にフィリピン人市民に限定された事業分野であったため、キング氏は念のため、アンチダミー法の手続きに則り大統領府に対してこの中国人従業員の継続雇用の許可を求めました。しかし、政府側は、小売業において外国人を雇用することは法律違反であるとして、この要請を拒否しました。これに対しキング氏側は、これらの中国人従業員は単なる販売員や仕入担当者であり、事業の「管理、運営、行政、または支配」には一切関与していないため、アンチダミー法の禁止対象にはならないと主張して提訴しました。
最高裁判所は、キング氏側の主張を退け、政府側の判断を全面的に支持する判決を下しました。裁判所は、小売業の完全なフィリピン人化という法律の国家的な目的に照らせば、外国人が経済の重要動脈を陰から支配することを完全に防ぐ必要があり、役員や経営陣だけでなく、単なる従業員や労働者であっても、非管理職であるか否かを問わず、フィリピン人専用の事業において外国人を雇用することは一切禁じられると明確に判示しました(法務省が特別に認めた高度な技術系職員を除く)。この判例から、フィリピンの司法は、アンチダミー法における「経営や運営への関与」という概念を極めて広範に解釈し、規制業種における外国人の活動を徹底的に排除するという確固たる姿勢を貫いているということが言えるでしょう。
フィリピンにおける資本の定義と議決権の取り扱いに関する司法判断
外資規制を遵守する上で、「外資が最大40パーセントまで許容される」という法定の要件における「40パーセントの資本」が具体的に何を意味するのかという点も、長年にわたり激しい法廷闘争の的となってきました。多くの外国企業が、議決権を持たない優先株(Non-voting Preferred Shares)などを巧妙に活用して、フィリピン人パートナーには議決権のない株式を大量に保有させる一方で、外国側が議決権のある株式の過半数を握ることで、外見上の出資比率(60対40)を保ちつつ、実質的な会社の支配権を外国人が掌握するというストラクチャーを多用してきたためです。
Gamboa v. Teves事件による資本概念の再定義
この複雑な問題を決定づけ、フィリピンのコーポレート実務に激震を走らせたのが、「Wilson P. Gamboa v. Finance Secretary Teves(フィリピン共和国最高裁判所、2011年6月28日判決、G.R. No.)」というランドマーク判例です。この事件では、当時フィリピン国内の通信インフラの要であったフィリピン長距離電話会社(PLDT)の株主であるウィルソン・ガンボア氏が、政府系ファンド等が保有していたPLDTの持株会社(PTIC)の株式が香港を拠点とするファースト・パシフィック社に売却された取引について、外国資本の保有割合が実質的に憲法の規定する公益事業への上限(40パーセント)を超過する結果をもたらすとして、売却の無効を求めて提訴しました。
この裁判における最大の争点は、1987年憲法第12条第11項が規定する外資比率の基準となる「資本(Capital)」という語が、普通株や無議決権優先株を含む『すべての発行済株式の総数』を指すのか、それとも取締役の選任において議決権を有する『議決権株式(通常は普通株)』のみを指すのかという点でした。PLDTの資本構造を見ると、無議決権優先株の多くはフィリピンの一般市民や従業員が広く保有していましたが、会社の支配権に直結する議決権のある普通株の過半数は外国法人が保有していました。つまり、全株式ベースで計算すれば60パーセントのフィリピン人所有要件を余裕で満たすものの、普通株のみをベースに計算すると外国資本が60パーセントを超過し、完全に違憲状態となる構造にありました。
最高裁判所は、憲法上の「資本」とは、取締役の選任において議決権を有する株式のみを意味すると明確に判示しました。裁判所は、仮に全株式の合計を対象とした場合、外国人が少数の普通株を握って会社を完全に支配しながら、フィリピン人に大量の無議決権優先株を持たせることで外資規制をいとも簡単に潜脱できるという「明白な異常事態」が生じると厳しく指摘しました。したがって、フィリピン人による会社の「実質的な支配」を確保するという憲法の真の趣旨を達成するためには、単なる経済的な配当の受け取りだけでなく、完全な実質的利益の所有と、それに付随する議決権の行使という双方の要件が満たされなければならないと結論付けました。
証券取引委員会覚書回状とRoy v. Herbosa事件
最高裁判所のこの厳格な判断を受け、フィリピン証券取引委員会(SEC)は企業のコンプライアンスを徹底するため、2013年に「覚書回状第8号(SEC Memorandum Circular No., s.)」を発行し、外資規制要件の遵守状況を判定するための新たな二段階のテスト(Voting Control Test)を正式に導入しました。このSECのガイドラインでは、要求されるフィリピン人の所有割合(例えば60パーセント)が、(a)取締役の選任において議決権を有する発行済株式の総数、および(b)議決権の有無にかかわらず、すべての発行済株式の総数の双方に適用されなければならないと明記されました。これにより、外国企業は議決権株の割合だけでフィリピン人に過半数を譲るのみならず、経済的な価値を持つ全株式の合計においても、フィリピン人資本が60パーセント以上を維持するように資本構造を設計することが義務付けられました。
しかし、このSECのガイドラインに対して、最高裁判所のGamboa判決の趣旨を不当に狭く解釈している(本来であれば、すべての種類株式のそれぞれのクラスごとに60パーセント要件を満たすよう厳格に要求すべきである)として、SECのガイドラインの無効を求めてさらなる訴訟が提起されました。これが、「Jose M. Roy III v. Chairperson Teresita Herbosa, et al.(フィリピン共和国最高裁判所、2016年11月22日判決、再審請求棄却2017年4月18日、G.R. No.)」です。最高裁判所は、原告の主張を退けました。裁判所は、SECの覚書回状第8号はGamboa判決の主文と趣旨を忠実かつ正しく反映したものであり、SECによる行政上の裁量権の逸脱や乱用は一切認められないとして、原告の請求を棄却し、SECのガイドラインを合法と認定しました。この判決により、SECの二段階テストがフィリピンにおける外資比率計算の確定的なルールとして実務に定着することとなりました。
参考:Roy v. Herbosa事件に関する最高裁判所の判断
これらの極めて厳格な司法判断や規制当局のガイドラインから、フィリピンに進出する外資系企業は、単に書類上の出資比率を表面上調整するだけでなく、議決権の配分や会社の意思決定構造そのものが憲法の趣旨に合致しているかを綿密に検証する必要があるということが言えるでしょう。日本法の下での自由な種類株式の設計や、少数株主に対する強力な拒否権(黄金株)の設定といった感覚をそのままフィリピンの合弁事業に持ち込むと、アンチダミー法違反や憲法違反に直結する重大な法的リスクを孕むことになります。
まとめ
本稿で詳細に見てきたように、フィリピンにおける外国人投資規制は、小売業の資本金要件の大幅な引き下げ、通信や鉄道といった巨大公共インフラの100パーセント外資解禁、そして再生可能エネルギー分野の完全開放など、近年、歴史的とも言える劇的な自由化の波を迎えています。しかしながら、その一方で、土地所有における憲法上の絶対的な制限や、ネガティブリストによる細分化された業種ごとの出資上限、さらには「アンチダミー法」による名義借りの厳罰化と、議決権・資本に関する最高裁判所の極めて厳格な解釈が依然として強固に存在しています。
事後報告を原則とする日本の外為法の実務と比較すると、フィリピンでのビジネスにおいては、依然として高度に複雑で厳格なコンプライアンスが求められる構造にあることが理解できます。進出を検討する日本企業にとっては、事業スキームの初期段階から、対象業種の正確な法的定義の確認、資本と議決権の精緻な設計、そしてフィリピン人パートナーとの合弁契約構造を慎重に精査することが、事業の成否を分ける極めて重要な要素となります。
こうした最新の法改正の動向や複雑な判例法理の解釈、現地における合弁事業の適法な組成とリスク管理など、フィリピンでのビジネス展開に不可欠な法務事項について、モノリス法律事務所が皆様の円滑な事業進出を強力にサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































