モンゴルの税法を弁護士が解説

近年、グローバル市場における企業活動は劇的な変遷を遂げており、新たな市場への進出を検討する企業にとって、現地の法制やコンプライアンス要件を正確に把握することは事業の存続を左右する極めて重要な課題となっています。特にモンゴル国(以下、モンゴル)は、豊富な鉱物資源と戦略的な地理的条件を背景に、長年にわたり外国直接投資の有望な対象国として注目を集めてきました。この海外投資をさらに促進し、国内経済の多角化と持続可能な成長を実現するため、モンゴル政府は税制の抜本的な見直しを行い、2019年に歴史的な大規模な税制改革を可決しました。この新たな税法パッケージは2020年1月1日から施行されており、国税通則法、法人所得税法、個人所得税法、付加価値税法に至るまで、多岐にわたる法整備が行われました。
第一に、法人所得税において累進税率の適用閾値が30億トゥグルグから60億トゥグルグへと大幅に引き上げられ、日本と比較して極めて低い税率で事業を展開できる環境が整えられました。
第二に、個人所得税において、銀行ローン利息、不動産購入、教育、医療費に関連する費用の控除対象化など、日本にはない独自の税額控除メカニズムが導入され、駐在員や現地従業員の生活基盤支援が強化されました。
第三に、付加価値税において、農業、医療、科学技術、越境貿易などの特定分野に対する減免措置が明確化された一方、越境サービスに対するリバースチャージ方式の適用など、日本企業が注意すべき実務上の義務が発生しました。
最後に、税務調査や税務争訟のプロセスにおいて、争いのある税額を事前に納付しなければならないエスクロー要件が導入されており、企業にとって重大な財務的リスクおよび法的リスクとなっています。
本記事では、モンゴルでのビジネス展開や現地法人の設立を検討している日本企業の経営者や法務部員に向けて、この2019年改正に基づくモンゴル税法の全体像と実務上の留意点を徹底解説します。想定される主要な読者が日本人であることを踏まえ、日本の税法体系との重要な違いに焦点を当てながら、実務上直面しやすい税務上のリスクや、税務争訟における行政裁判所の動向についても具体的な判例を交えて紐解いていきます。
この記事の目次
モンゴル税制改革の全体像と国税通則法における実務対応
モンゴルにおける2019年の税制改革は、1992年の民主化以降で最大規模の法体系のアップデートと言われています。この改革の根底には、国際的な租税回避行為への対策強化と、国内の中小企業および外国投資家に対するビジネス環境の最適化という2つの大きな目的が存在しています。
税務行政の標準化とコンプライアンス要件の高度化
モンゴルは経済協力開発機構が主導する税源浸食と利益移転プロジェクトの包括的枠組みに参加しており、これに伴い国税通則法等の抜本的な見直しが図られました。従来の法律では手続きが不明確であった部分が大幅に改善され、納税者登録、税額査定、納税義務、税申告、免除や減額、還付、報告などの日常的な税務手続きの標準化が行われました。これにより、外国企業が現地でビジネスを行う際の法的な予測可能性が向上しています。
また、税務当局による税務調査の権限が再定義される一方で、税務当局が納税者に対して税額を更正できる期間である消滅時効が従来の5年から4年に短縮されました。日本の国税通則法における更正の期間制限は原則として5年(偽りその他不正の行為がある場合は7年)と定められているため、モンゴルにおける4年という期間設定は、納税者にとって過去の税務リスクを抱える期間が短縮されるという実務上のメリットをもたらします。
移転価格税制の厳格化と日本企業への影響
今回の改革において日本企業が最も警戒すべき変更点の一つが、関連者間取引における移転価格税制の厳格化です。日本の多国籍企業がモンゴルに子会社や支店を設立し、グループ間で取引を行う場合、この移転価格税制への対応は避けて通れない法的義務となります。
新たな規定により、年間売上高が60億トゥグルグを超える企業、または売上規模にかかわらず外資系企業に該当する納税者に対しては、マスターファイル、ローカルファイル、および国別報告書の提出が義務付けられました。日本の移転価格税制においても文書化義務は存在しますが、モンゴルの法律では、この移転価格税制に関する文書化義務を怠った場合、対象となる取引額の2パーセントから4パーセントに相当する自動的な行政罰が科されるという極めて重いペナルティ規定が設けられています。
したがって、日本本社の法務部門および財務部門は、モンゴルの子会社との取引価格の算定根拠を客観的に証明するための厳格なガバナンスモデルを構築する必要があります。公式な税制改革の全体像や外資誘致政策に関する政府のガイドラインは、モンゴル国投資庁の公式ウェブサイトで確認することができます。
モンゴル法人所得税法の税率構造と外資系企業への適用

モンゴルの法人所得税法は、日本の法人税法と比較して、税率構造がシンプルでありながら、特定の売上規模や産業に対する優遇措置が非常にダイナミックに設定されている点が特徴です。
累進税率の閾値引き上げと日本法との構造的差異
2019年の法人所得税法改正においてビジネス界から最も歓迎された変更が、第20条等に基づく累進税率の適用閾値の大幅な引き上げです。改正前の法律では、年間課税所得が30億トゥグルグを超える部分に対して高い税率が適用されていましたが、改正後はこの閾値が60億トゥグルグへと引き上げられました。
具体的には、年間課税所得の最初の60億トゥグルグまでは10パーセントの税率が適用され、60億トゥグルグを超える部分についてのみ、6億トゥグルグに加えて超過分の25パーセントの税率が課されるという構造になっています。日本の法人実効税率が各種地方税を含めておおむね30パーセント前後であることを考慮すると、モンゴルの10パーセントという基本税率は、現地で事業を展開する日本企業にとって極めて強力な投資インセンティブとなります。
さらに、小規模企業を育成する目的から、年間売上高が3億トゥグルグ以下の企業に対しては税率を1パーセントとする特例が設けられています。また、年間売上高が15億トゥグルグ以下の企業に対しては、一度10パーセントの税率で納付した後にその90パーセントが還付されるという実質的な減税措置も導入されました。ただし、これらの強力な優遇措置は、鉱業、石油、アルコール飲料、タバコ産業など、政府が特別に規制するセクターには適用されません。資源国であるモンゴルにおいて、鉱業分野とそれ以外の分野で税務上の取り扱いが明確に区別されている点から、政府が産業の多角化を強く推進しているということが言えるでしょう。
非居住者への源泉徴収税と日蒙租税条約の実務的活用
日本企業がモンゴルに進出する際、現地法人からの利益還流や、日本から提供するサービスに対する対価の回収において、源泉徴収税の問題が必ず発生します。モンゴルの国内法では、非居住者がモンゴル国内から得る配当、利子、使用料、および直接または電子的に提供されたサービスに対する対価に対して、原則として20パーセントの源泉徴収税が課されます。日本法においても非居住者に対する源泉徴収税は原則20.42パーセントであり、表面上の税率基準は類似しています。
しかし、日本とモンゴルの間には二重課税の回避と脱税の防止のための租税条約が締結されており、適切な手続きを踏むことでこの源泉徴収税率を大幅に軽減することが可能です。
| 所得の種類 | モンゴル国内法における税率 | 日蒙租税条約に基づく制限税率 |
| 配当 | 20パーセント | 5パーセントまたは15パーセント |
| 利子 | 20パーセント | 10パーセント |
| 使用料 | 20パーセント | 5パーセントまたは10パーセント |
配当に関して、日本の親会社がモンゴルの子会社の議決権株式を10パーセント以上直接保有している場合、条約に基づく制限税率は5パーセントとなります。また、特許権、商標権、ソフトウェアの著作権などの使用料に関する制限税率も5パーセントに軽減されます。モンゴルで得た利益を日本に還流させるにあたり、この租税条約の適用を受けるためには、モンゴルの税務当局に対して日本の居住者証明書や実質的支配者であることを証明する書類を事前に提出し、免税または減税の承認を得る実務的対応策が不可欠です。
この日蒙租税条約の公式な条文は、日本の外務省の公式ウェブサイトで確認することができます。
参考:外務省公式ウェブサイト
モンゴル個人所得税法の控除メカニズムと駐在員への影響
日本企業がモンゴルに駐在員を派遣する場合や、現地で優秀な人材を採用する場合、個人所得税法の理解も企業法務において重要となります。モンゴルの個人所得税は、日本の複雑な超過累進税率制度とは異なり、比較的フラットな構造を持ちつつ、特定の支出に対する税額控除制度が拡充されています。
フラットな税率体系と居住者の定義
モンゴルの居住者に対する給与所得の基本税率は10パーセントから始まり、所得が特定の閾値(1億2000万トゥグルグ等)を超えるごとに15パーセント、最高で20パーセントとなる段階的な構造を持っています。日本の所得税が5パーセントから最高45パーセントまでの累進税率を採用し、さらに10パーセントの住民税が一律に課されることと比較すると、モンゴルの個人所得税の負担は著しく低い水準に抑えられています。
非居住者に対しては、モンゴルの源泉所得に対して一律20パーセントの税率が適用されます。駐在員がモンゴルに滞在する期間が継続する12ヶ月の間に183日を超えた場合、税務上の居住者として扱われ、全世界所得に対して課税されることになります。
住宅、教育、医療に関する独自の税額控除制度
2019年の税制改革により、個人の生活基盤を支援するための控除制度が大幅に強化されました。日本法では「所得控除」として課税標準を減額するアプローチが一般的ですが、モンゴルの個人所得税法第23条等では、算出された税額から直接差し引く「税額控除」の形式をとるものが多く、納税者にとって非常に有利な制度設計となっています。
第一に、住宅に関する優遇措置です。モンゴルの市民が居住目的で初めて不動産を購入する場合、または自ら建設する場合、最大で600万トゥグルグまでの税額控除を受けることができます。さらに、銀行の住宅ローンを利用して不動産を購入した場合には、政府が定める基準金利と納税者が実際に支払った割引金利との差額に相当する額が税額控除の対象となります。これは日本の住宅借入金等特別控除に似た性質を持ちますが、政府の基準金利と連動させている点で、モンゴル独自の不動産市場と金融政策の状況を色濃く反映しています。
第二に、教育費に関する控除です。納税者本人が大学や専門学校で最初の学位を取得するための学費を支払う場合、あるいはその実子や養子が国内外の教育機関で最初の学位を取得するために支払った学費は、文書による証明があることを条件として税額控除の対象となります。日本法には直接的な学費の税額控除制度が存在しないため、これはモンゴル固有の教育支援策であり、現地の従業員に対する大きなインセンティブとなります。
第三に、医療費に関連する費用です。モンゴルの法律では、雇用主が従業員やその家族の医療機関への支払いに対して支給する手当やサポートは、間接的な所得とみなされるものの、特定の条件下で課税の対象からは除外されます。また、雇用主が従業員のために支払う任意の健康保険や生命保険の保険料も、課税所得から控除可能な費用として認められています。これらの優遇措置は、企業が従業員の福利厚生を充実させるための法的な後押しとして機能しています。
モンゴル付加価値税法の課税標準と特定分野における免税措置

モンゴルにおける付加価値税は、日本の消費税に相当する間接税であり、事業運営において日常的に関わる重要な法制です。
登録義務の基準とリバースチャージ方式の適用
モンゴルにおいて、連続する12ヶ月間の売上高が5000万トゥグルグに達した個人または法人は、付加価値税の源泉徴収義務者として登録する義務を負います。税率は国内で販売される商品、提供されるサービス、および輸入される商品に対して一律10パーセントが課されます。輸出される商品については、国際的なルールに則り0パーセントの税率が適用されます。
日本法との重要な違いの一つが、リバースチャージ方式の適用範囲の広さです。モンゴルの付加価値税法では、非居住者から提供されるサービスや労働に対しては、それがモンゴル国内で提供されたか否かにかかわらず、サービスを受けるモンゴル国内の個人または法人がリバースチャージ方式により付加価値税を申告し納付する義務を負います。日本の消費税法におけるリバースチャージ方式は「電気通信利用役務の提供」などに限定される傾向がありますが、モンゴルではより広範な越境サービスに適用されます。したがって、日本からモンゴルの現地法人にコンサルティングサービスやシステム開発を提供する際、この付加価値税の負担と精算の実務プロセスを契約書上で明確にしておくことが、後々のトラブルを防ぐための実務的対応策となります。
農業、医療、科学技術分野における広範な免税措置
政府の産業育成政策を反映し、付加価値税法第13条等において特定の分野に対する免除措置が詳細に規定されています。日本の消費税法が非課税取引を医療、福祉、教育などに限定し、食料品には軽減税率を適用しているのに対し、モンゴルではより直接的な産業振興を目的とした免税措置がとられています。具体的には、農業および畜産業に関連する製品が広く免税の対象となっています。国内で栽培された小麦、じゃがいも、野菜、果物、および国内で生産された小麦粉が付加価値税から免除されます。また、農業・畜産関連製品である肥料、種子、農薬、獣医薬などの輸入関税の免除も関連法規で定められており、第一次産業の近代化を図る政府の意図が明確に表れています。
さらに、医療分野や科学技術分野も強力に保護されています。医療サービスの提供だけでなく、特定の医療機器の輸入などが免税の対象となるほか、イノベーション法に基づくスタートアップ企業が製造する科学技術の実験的製品や、国内外の市場で革新的な製品を製造するために必要な非国産の原材料や試薬についても、付加価値税が免除されます。文化芸術やスポーツのイベントから得られる特定の収入、そして国境を越えた貿易における人道支援物資なども免税措置の恩恵を受けます。
これらの免税措置の詳細な適用要件に関する公式なガイドラインは、モンゴル国税務局の公式ウェブサイトで確認することができます。
モンゴルにおける税務争訟プロセスと行政裁判所の判例動向
モンゴルにおいて事業を展開する際、最も注意すべき重大な法的リスクの一つが、税務当局との見解の相違から生じる税務争訟です。モンゴルの司法制度は大陸法系に属しており、税務上の処分に対する不服申し立ては専門の行政裁判所において争われます。
租税紛争解決委員会の役割とエスクロー要件による財務的リスク
税務調査によって追徴課税の処分を受けた場合、企業は直ちに裁判所に訴えを提起することはできず、まずは税務当局内に設置されている租税紛争解決委員会に対して不服申し立てを行う前置手続きが要求されます。ここで日本企業が直面する最大の壁が、2020年の法改正によって厳格化されたエスクロー要件です。新しい法律の下では、納税者が税務評価に対して異議を申し立てるための前提条件として、争いのある税額全額をエスクロー口座に預託するか、事前に納付しなければならないと規定されています。
日本の国税不服審判所への審査請求や税務訴訟においては、担保の提供等により徴収の猶予が認められる余地があり、事前に全額を没収されるような強制力は通常働きません。しかしモンゴルでは、この法律により企業は莫大なキャッシュフローの悪化という重大な財務的リスクを負うことになります。米国務省の投資環境報告書などでも、このエスクロー要件が企業の事業継続を脅かし、不本意な和解を強要する結果を招いているとの強い懸念が示されています。
外国投資企業を巡る行政裁判所および最高裁判所の判例
モンゴルの行政裁判所は、手続き的には適格かつ公平に機能していると評価される一方で、国家予算に直結する大規模な税務争訟においては、予測困難な判決が下されるリスクが常に存在します。以下に、近年の重要な判例の動向を示します。行政裁判所におけるライセンス譲渡益課税に関する事例として、カナダの鉱山企業である「Entrée Resources Ltd.」のモンゴル子会社が当事者となった事件があります。同社は、Oyu Tolgoi鉱山プロジェクトに関連する共同事業ライセンスの譲渡にあたり、税務当局が算定したライセンス価値の評価方法および課税額を不服として、2025年8月1日にモンゴル行政裁判所に対して訴えを提起しました。
この事件では、2019年に制定された大蔵大臣令第302号に基づく鉱業ライセンスの価値算定の手法が法的に妥当であるかが争点となっています。ライセンスの移転登記を行う前に税金の全額納付が要求されるため、行政裁判所における適正な課税標準の確定は、企業の財産権保護において極めて重要な意味を持ちます。この訴訟に関する公式なプレスリリースは、同社の公式ウェブサイトで確認することができます。
参考:Entrée Resources Ltd. 公式ウェブサイト
また、最高裁判所における行政処分に関する歴史的な判例として、巨大鉱山プロジェクトである「Oyu Tolgoi LLC」が当事者となった事件が挙げられます。この事件では、ゴビ地域における地下水利用の条件に関連して政府が発出した決議第175号の適法性が問われました。外国投資家側は当該決議が「明らかに違法」であるとして行政裁判所に提訴しましたが、最終的にモンゴルの最高裁判所は2017年6月に、決議第175号を明らかに違法とみなす法的根拠はないとの判決を下しました。
この最高裁判所の判決は、環境や水資源といった国家の戦略的利益に関わる行政処分において、司法が政府の裁量権を広く認める傾向があることを示しており、税務上の特別免税措置や安定化契約の解釈においても同様に国家側のロジックが尊重される可能性があるということが言えるでしょう。したがって、日本企業がモンゴルでビジネスを展開するにあたっては、事後的な裁判による救済に頼るだけでなく、事前指示の取得や、投資法に基づく安定化証明書の取得など、行政機関との書面による明確な合意形成を先行させる実務的対応策が企業の存続を守る鍵となります。
まとめ
モンゴルの税法は、2019年の大規模な改革を経て、法人所得税の累進税率の閾値引き上げや多様な優遇措置の導入により、外国直接投資を誘致するための極めて魅力的なインセンティブを多数備えています。農業や科学技術分野における付加価値税の免税、そして個人所得税における住宅や教育に関する独自の税額控除は、企業活動のコスト削減および現地従業員の生活環境の向上に直結します。一方で、移転価格税制の厳格化や、税務争訟時におけるエスクロー要件など、コンプライアンス上の要求水準と財務的リスクは日本国内とは比較にならないほど高まっています。
こうした複雑な法制と実務上のリスクを乗り越え、モンゴルというダイナミックな新興市場で成功を収めるためには、現地法令の正確な解釈と、行政機関の動向を先読みした戦略的な法務体制の構築が不可欠です。モノリス法律事務所では、モンゴルでのビジネス展開を目指す日本企業の皆様に対し、現地の税制や行政手続きに対応するための法的サポートを提供いたします。国際的なコンプライアンス要件を満たしつつ、事業の利益を最大化するための実務的なアドバイスを通じて、皆様の海外進出をしっかりとサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































