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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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アイスランドのM&A法制度と実務的留意点を解説

アイスランドのM&A法制度と実務的留意点を解説

アイスランド共和国(以下、アイスランド)は、人口約38万人という小規模な市場でありながら、豊富な地熱・水力資源を背景とした再生可能エネルギー産業、持続可能な水産業、そして近年急成長を遂げるバイオテクノロジーやゲーム産業など、世界的に見てもユニークな競争優位性を有しています。2023年にデンマークの医療機器大手コロプラスト(Coloplast)がアイスランドの水産バイオテック企業ケレシス(Kerecis)を最大13億米ドル(約1,800億円)で買収した事例は、同国のスタートアップ・エコシステムが成熟し、グローバル企業の買収対象となり得ることを鮮烈に印象づけました。

日本企業がアイスランドでのビジネス展開やM&Aを検討する際、同国が欧州経済領域(EEA)に加盟しており、原則としてEU法に準拠した法制度を持っていることは安心材料となります。しかし、EUには非加盟であるため、漁業やエネルギー資源といった重要産業においては独自の保護主義的な規制が色濃く残っており、法的な「落とし穴」が存在することも事実です。特に、外国人役員の居住要件や、国民識別番号(ケニタラ)の取得義務、低い競争法届出基準などは、実務上のボトルネックとなりやすいポイントです。

本稿では、アイスランドへの進出を検討する日本の経営者および法務担当者に向けて、現地の会社法制、M&Aの手法、外資規制、および最新の法改正動向について、日本の法制度との比較を交えながら体系的に解説します。

アイスランドの会社法制と日本法との比較

日本企業がアイスランドに進出する際、または現地のM&A対象企業を理解する上で、まず把握すべきは会社形態の分類です。アイスランドの会社法はEU会社法指令の影響を受けており、日本の会社法とも多くの共通点を持ちますが、統治機構や役員の資格要件には重要な差異があります。

アイスランドにおける主要な会社形態は、公開有限責任会社(Hlutafélag – hf.)私的有限責任会社(Einkahlutafélag – ehf.)の2種類です。これらは日本の株式会社(KK)における「公開会社」と「譲渡制限会社」の関係に類似していますが、ehf.であっても株式(Share)を発行する法人であり、日本の合同会社(GK)とは法的性質が異なります。多くのM&A案件や現地子会社設立においては、手続きが簡素なehf.が利用されます。

以下の表は、両形態の主な特徴と日本法との対比をまとめたものです。

比較項目公開有限責任会社 (hf.)私的有限責任会社 (ehf.)日本の株式会社 (KK) との比較
根拠法公開有限責任会社法 (Act No. 2/1995)私的有限責任会社法 (Act No. 138/1994)会社法
最低資本金4,000,000 ISK (約430万円)500,000 ISK (約54万円)日本は1円から設立可能だが、アイスランドは一定額が必要
株主数最低2名1名から設立可能日本も1名から設立可能
株式譲渡原則自由(定款で制限可)原則として制限あり(先買権が一般的)日本の譲渡制限会社と同様の性質
取締役会最低3名 + マネージング・ディレクター必須1名から可能(株主4名以下の場合)日本も1名から可能

役員の居住要件とID取得の壁

実務上、日本企業が最も苦慮するのが取締役の居住要件です。アイスランド法では、取締役の過半数およびマネージング・ディレクター(CEO相当)は、アイスランド国内またはEEA/OECD加盟国の居住者でなければならないと定められています。日本はOECD加盟国であるため、法文上は日本居住者も要件を満たす可能性がありますが、実務手続きにおいてはEEA居住者が優先される傾向があり、非EEA居住者の就任には商務大臣の免除許可が必要となるケースがあります。

また、役員就任にはアイスランドの国民識別番号である「ケニタラ(Kennitala)」の取得が必須です。これは日本のマイナンバー以上に社会インフラとして機能しており、法人登記や銀行口座開設に不可欠です。外国人役員の場合、「システムID」としてのケニタラを取得する必要がありますが、これにはパスポートの認証コピーの提出や、場合によっては現地登録局(Registers Iceland)での対面確認が求められるなど、取得までに約10営業日以上を要することがあります。M&Aのクロージング直前になってID未取得が発覚し、登記が遅延するという事態を避けるため、早期の着手が求められます。

アイスランドのM&A手法と法的手続き

アイスランドのM&A手法と法的手続き

アイスランドにおけるM&Aの手法は、日本と同様に株式譲渡、事業譲渡、合併などが用いられます。ここでは、特に日本法との違いが顕著な「合併手続き」と「スクイーズアウト」について解説します。

合併プロセスと債権者保護

アイスランド企業との合併を行う場合、Act No. 2/1995(公開会社法)またはAct No. 138/1994(私的会社法)に基づく手続きが必要です。日本法との大きな違いは、債権者保護手続きにおける「公告」の扱いです。

日本では官報公告と個別の催告を行い、異議申立期間は最低1ヶ月とされています。一方、アイスランドを含む北欧諸国では、企業登録局への届出後、官報(Legal Gazette / Lögbirtingablað)にて公告が行われます。この公告に基づく債権者の異議申立期間や待機期間は、日本の実務感覚よりも長く設定されることが一般的であり、案件によっては数ヶ月を要する場合もあります。特に、合併計画書(Merger Plan)が株主総会で承認される前に、その計画書自体を公開し、しかるべき期間をおくことが求められます。実務上は、官報公告から合併登記の完了まで、日本よりも長いリードタイムを見込んでおく必要があります。

株式の強制取得(スクイーズアウト)

買収後に完全子会社化を目指す場合、アイスランド法では「90%ルール」が適用されます。親会社が対象会社の全株式の90%以上を保有し、かつ全議決権の90%以上を支配した場合、残りの少数株主に対して株式の売渡しを請求する権利(Redemption right)が発生します。

これは日本の会社法における「株式売渡請求」制度(90%以上保有が要件)と非常に似通っています。2023年のコロプラストによるケレシス買収においても、クロージング条件の一つとして「株主の90%以上の同意」が設定されました。これは、買収完了後速やかにこの強制取得権を行使し、完全子会社化を実現するための法務戦略であったと言えます。

アイスランドの外資規制と投資スクリーニング

アイスランドは開放的な経済政策をとっていますが、国家の存立基盤に関わる「漁業」と「エネルギー」については、Act No. 34/1991に基づき、強力な外資規制を敷いています。

漁業およびエネルギー分野の参入障壁

漁業分野では、外国人が漁業権を持つ企業や水産加工企業の株式を直接保有することは原則禁止されています。間接保有の場合でも、外国資本比率は25%(特定の条件下で33%)以下に制限されています。したがって、日本企業がアイスランドの漁業会社を買収し、子会社化することは法的に不可能です。

エネルギー分野(水力・地熱の開発利用権)については、アイスランド市民またはEEA加盟国の法人にのみ所有権が認められています。日本はEEA非加盟であるため、日本企業が直接投資することはできません。ただし、日本企業が欧州(EEA圏内)に設立した子会社を通じて投資を行うスキームは、法文上は可能です。しかし、実質的支配者(Ultimate Beneficial Owner)の透明性が強く求められる現在、規制当局がこれを「規制逃れ」とみなすリスクについては慎重な検討が必要です。

投資スクリーニング法の強化

近年、経済安全保障の観点から投資審査が厳格化されています。2024年に提出された新たな法案(2025年に再提出・施行見込み)では、重要インフラ、エネルギー、重要技術等の「機微なセクター」への外国投資について、事前届出と審査が義務付けられる方向です。

この新法は「国家安全保障」を広範に定義しており、従来の漁業・エネルギー規制に加え、データセンターや通信インフラなども審査対象となる可能性があります。M&A契約においては、この投資審査に基づく承認(Regulatory Approval)を取引実行の前提条件(Condition Precedent)として明記することが不可欠です。

アイスランドの競争法と労務の留意点

アイスランドの競争法と労務の留意点

競争法:極めて低い届出基準

アイスランドは市場規模が小さいため、わずかなシェア変動でも市場支配力が生じやすく、競争法(独占禁止法)の運用が活発です。特筆すべきは、企業結合届出の基準額(Thresholds)が日本と比較して極めて低い点です。

基準金額要件備考
合算売上高30億 ISK 以上(約32億円)当事会社全員のアイスランド国内売上高
個別売上高3億 ISK 以上(約3.2億円)当事会社のうち少なくとも2社の国内売上高

上記のように、対象企業の国内売上が数億円規模であっても届出義務が発生する可能性があります(Act No. 44/2005)。届出から承認までの待機期間(ガン・ジャンピング規制)も厳格に適用されるため、小規模案件であってもスケジュールの遅延要因となり得ます。

労務:事業譲渡における従業員の自動承継

労務分野では、EU指令に基づくAct No. 72/2002により、事業譲渡や合併に伴う従業員の権利保護が徹底されています。事業の所有者が変わる場合、雇用契約に基づく全ての権利義務は、原則として新所有者に自動的に承継されます。

日本の会社法では、会社分割等の際に労働者の個別同意や協議が必要となるケースがありますが、アイスランド法では「事業の同一性」が維持される限り、従業員は自動的に移籍扱いとなり、解雇は認められません。また、労働組合との協議義務も日本以上に厳格であり、M&Aの初期段階から組合対応を計画に組み込む必要があります。

アイスランド税制および観光産業の最新動向

最後に、アイスランド経済の柱である観光産業に関連する新たな課税の動きについて触れます。政府はオーバーツーリズム対策と環境保護を目的として、観光関連税制の強化を進めています。

2024年1月より宿泊税が再導入され、ホテル等では1室あたり600 ISKが課税されています。また、2025年からはクルーズ船の乗客に対する新たな料金徴収(1人あたり2,500 ISK程度)も議論・導入が進んでいます。さらに、観光地への入場料徴収や、需要に応じて価格を変動させる「変動料金制」の導入も検討されており、観光・ホテル関連のM&Aを検討する際には、これらの追加コストが事業計画に与える影響を精査する必要があります。

まとめ

アイスランドにおけるM&Aは、再生可能エネルギーやバイオテクノロジーといった高成長分野へのアクセスを可能にする一方で、EEA法と独自規制が交錯する複雑な法的環境への適応を求められます。特に、外資規制の対象となる「漁業・エネルギー」と、それ以外の「ハイテク・観光」とでは、参入の難易度が大きく異なります。ケレシスの買収事例が示したように、自社が規制対象(漁業そのもの)ではなく、その周辺領域(加工・技術)に位置することを明確に定義づけることが、成功の鍵となります。

モノリス法律事務所では、デュー・ディリジェンスから契約交渉、当局対応に至るまで、貴社のアイスランド進出を包括的にサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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