【令和6年4月施行】労働条件通知書による労働条件明示のルール改正を解説
近年、多様な働き方が認められるようになっています。その一方で、令和5年(2023年)3月の研究者大量雇い止め事件、医師の過労自殺、外国人労働問題など、日本の労働問題は増加傾向にあります。
こうした中、令和6年(2024年)4月、「労働基準法施行規則(労基則)」と「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準(雇止めに関する基準)」の改正に伴い、労働条件の明示事項等が変更されることとなりました。この改正の目的は、「有期契約労働者を無期契約に転換するルール」への対応と「多様な正社員の雇用ルール」の明確化です。この改正により、労使が労働条件を確認し合う契機となり、トラブルの未然防止、キャリア形成やワーク・ライフ・バランスを図りやすくなると考えられます。
本記事では、労働条件の明示のルールの改正点について、労働条件通知書を発行する対象者とタイミングおよび説明義務等、注意すべきポイントを解説します。
この記事の目次
労働条件通知書とは
労働条件通知書とは、労働基準法第15条に基づき、使用者が労働者に対して労働条件を明示するために交付する書面です。労働条件には、賃金、労働時間、休憩時間、休日、社会保険、福利厚生など、労働に関するさまざまな事項が含まれます。
この「労働条件通知書」は、法令で使用者が労働者に対して通知する書面であり、合意による書面ではありません。一方雇用契約書は、使用者と労働者の合意により締結される書面ですが、法律上要求されている書面ではありません。
下記の1〜6のような、働き始めるにあたって、極めて大切な条件や事項は「絶対的明示事項」とされ、書面の交付による明示が必要です。この書面のことを「労働条件通知書」といいます。なお、労働者が希望した場合は、書面の交付によらず、FAXや電子メール等の電磁的方法により明示することも可能です。
7〜14は「相対的明示事項」とされており、口頭による明示も可能です。
- 労働契約の期間
- 有期労働契約を更新する場合の基準(通算契約期間又は更新回数)
- 就業の場所及び従事すべき業務(変更の範囲を含む)
- 始業及び終業の時刻、時間外労働の有無、休憩時間、休日、休暇等(シフト制・変形労働時間制・フレックス制・裁量労働制・事業場外みなし労働時間制等)
- 賃金、昇給
- 退職(解雇の事由を含む)
- 退職手当
- 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く)、賞与及び最低賃金額等
- 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他
- 安全及び衛生
- 職業訓練
- 災害補償及び業務外の傷病扶助
- 表彰及び制裁
- 休職
- その他(社会保険制度等)
労働条件を明示する書式は自由ですが、厚生労働省では、「労働条件通知書」のモデル様式を公開していますので、ご参照ください。
令和6年(2024年)4月1日施行の改正では、労働条件明示事項として、新たに3つの項目が義務付けられました。改正された労働条件明示事項は、募集をする際にも、同様に義務付けられています。
労働条件明示事項に追加された3つの項目と説明義務
労働条件明示事項と説明義務についての改正により、3つの事項が「絶対的明示事項」に追加されました。個別に解説をしましょう。
就業場所・業務の変更の範囲
改正法では、現行の就業場所及び従事すべき業務に加え、変更の範囲も明示することが義務付けられました(改正労基則第5条1項1号の3)。
「就業場所と業務」とは、労働者が雇用直後に従事する就業場所と業務のことを指します。
「変更の範囲」とは、労働契約期間中に、変更が見込まれる就業場所や業務の範囲のことをいいます。配置転換や在籍型出向先の就業場所・業務も明示義務の対象となりますが、臨時で対応する他部門への応援業務等の一時的に変更される就業場所や業務はこの対象ではありません。
雇用直後の就業場所や業務から変更がない場合には、「変更の範囲」でその旨を明示します。
例えば、労働者が雇用直後からテレワークを行う場合には、「就業場所」として、労働者の自宅やサテライトオフィス等、テレワークが可能な場所を明示します。労働契約期間中にテレワークを行うことが想定される場合には、「変更の範囲」としてそれらを明示する必要があります。
一方、就業場所や業務に限定がない場合(総合職等)には、全ての就業場所や業務を明示する必要がありますが、トラブル防止のためできる限り「変更の範囲」を明確にするとともに、労使間の認識を共有することが重要です。
更新上限の有無と内容
「更新上限の有無と内容」とは、わかりやすく言えば、パートや契約社員の労働者に対して、不利になる契約内容の変更を行う際には書面で明示しなければならない、という意味です。
変更有期契約労働者(任期制公務員・パート・アルバイト・契約社員・派遣社員・定年後再雇用などの有期雇用契約を更新する際に、労働条件を変更された労働者)を雇用する場合、更新上限(通算契約期間・更新回数の上限)がある場合には、その内容の明示が義務付けられました(改正労基則第5条1項1号の2)。
また、有期労働契約期間中に、更新上限を新設・短縮しようとする場合には、あらかじめその理由を労働者に説明することも義務付けられました(改正雇止めに関する基準第1条)。
一方、更新上限を撤廃・延長する場合には、不利益とならない為、その理由を説明する義務は課されていません。
無期転換申込機会と無期転換後の労働条件
有期契約労働者の「無期転換申込権」が発生する有期労働契約の更新時に、無期転換を申込むことができる旨(無期転換申込機会) の明示と無期転換後の労働条件の明示が義務付けられました(改正労基則第5条5項,6項;労働契約法第18条;労基法第15条;改正労基法規則第5条1項1号~11号(第5条1項1号の2を除く))。
その際、使用者には、労働契約法第3条2項の趣旨を踏まえ、就業の実態に応じて均衡を考慮した事項(業務の内容・責任の程度・変更範囲など)について説明することも義務付けられました(改正雇止めに関する基準第5条)。
参考:厚生労働省|2024年4月からの労働条件明示のルール変更 備えは大丈夫ですか?
労働条件明示ルール改正の対象者
労働条件明示ルール改正は、全ての労働者に適用されるものと、有期雇用契約労働者に適用されるものがあります。
全ての労働者
全ての労働者とは、職種(一部公務員を除く)や雇用形態を問わず、事業または事務所に使用される者(同居の親族でも使用従属性・報酬の労働性があれば適用)で、賃金を支払われる者を指します。
上記の改正された労働条件明示事項のうち、「就業場所・業務の変更の範囲」については、全ての労働者に適用されます。
有期雇用契約労働者
上記の改正された労働条件明示事項のうち、「更新上限の有無と内容」と「無期転換申込機会と無期転換後の労働条件」については、有期雇用契約労働者に適用されます。
有期労働契約とは、契約期間に定め(期限)のある労働契約のことをいいます。1回の契約期間は、原則3年が上限とされています。高度専門職と、満60歳以上の労働者との労働契約については、上限が5年となります(労基法第14条1項)。
一方、無期労働契約とは、契約期間に定めのない労働契約のことをいいます。
通常、定年(60歳未満は禁止)が定められており、その年齢に達するまで雇用が継続されることを意味します(高年齢者雇用安定法では、65歳まで希望者を雇用する義務、70歳までは努力義務とされています)。
以下に、それぞれ労働条件通知書を発行するタイミングについて、解説します。
労働条件通知書を発行するタイミング
労働条件通知書を発行するタイミングには、以下の3つのケースがあります。
全ての労働契約の締結時と有期労働契約の更新時
改正された労働条件明示事項のうち、「就業場所・業務の変更の範囲」の労働条件通知書を発行するタイミングは、全て(契約期間を問わない)の労働契約の締結時と有期労働契約の更新時です。
有期労働契約の締結時と更新時
改正された労働条件明示事項のうち、「更新上限の有無と内容」の労働条件通知書を発行するタイミングは、有期労働契約の締結時と更新時です。
無期転換申込権が発生する契約の更新時
改正された労働条件明示事項のうち、「無期転換申込機会と無期転換後の労働条件」の労働条件通知書を発行するタイミングは、無期転換申込権が発生する有期労働契約の更新時です。
平成25年(2013年)4月の労働契約法の改正により新たに導入されたのが、無期転換制度です。
無期転換制度とは、一定の要件を満たすと、労働者の希望により有期労働契約から無期労働契約に転換する制度で、「使用者による有期労働契約の濫用的な利用(雇止めやクーリング)を抑制し、雇用の安定を図ること」を目的としています。
具体的には、同一の使用者との有期労働契約が、「1回以上更新されていること」と「契約期間が通算5年を超えていること」の2つの要件を満たした有期契約労働者が申込をすれば、無期労働契約に転換されるというルールです(労働契約法第18条)。
無期転換申込権を行使できる有効期間は、その権利が発生した有期契約の期間内(1年間)であるため、注意をする必要があります。
無期労働契約に転換するタイミングは、申込を行った有期労働契約の満了日(6年目)の翌日(7年目)からとなります。なお、使用者は、この労働者の申込を拒むことはできません。
無期転換後の労働条件については、契約期間を除き、「別段の定め(変更)」がない限り、同一の労働条件となります。
無期転換制度には、次の3種類の特例が設けられています。
- 大学や研究開発法人等の研究者・教員等
- 高度専門職
- 継続雇用の高齢者
以下に、それぞれの特例の要件について解説します。
大学や研究開発法人等の研究者・教員等の特例
大学や研究開発法人等の研究者・教員等は、特例で無期転換ルールの要件2「通算の契約期間」が「10年を超えていること」とされました(任期法第7条)。
通算の契約期間の起算日は、2013年4月1日からスタートしましたが、無期転換申込権が発生する2023年4月を前に、研究者の大量雇い止めが社会問題となりました。
高度専門職(年収要件と範囲が規定)の特例
高度専門職に関する特例とは、第一種認定事業主の5年を超えた特定有期業務(プロジェクト)に従事した場合に、無期転換ルールの要件2「通算の契約期間」が、プロジェクトの期間(プロジェクトにより異なる)となり、その期間は無期転換申込権が発生しないとする特別措置です。
1つのプロジェクトにいつから従事したかによって、無期転換申込権が発生するタイミングも変わってきますので、注意が必要です。無期転換申込権が発生しない期間は、10年を上限としています。(有期特措法第8条1項)。
継続雇用の高齢者の特例
無期転換ルールには年齢の上限が定められていません。そのため65歳以上の高齢労働者でも一部の特例を除き、その対象となります。
継続雇用の高齢者に対する特例とは、第二種認定事業主の下で、定年後に継続雇用される有期雇用労働者については、同一の事業主かグループ企業との雇用期間中は無期転換申込権が発生しないとする特別措置です(有期特措法第8条2項)。
まとめ:労働条件通知書については弁護士に相談を
ここでは、令和6年(2024年)4月に施行された、労働条件通知書における労働条件明示ルールの改正法について、改正の背景や注意すべきポイントを解説しました。
労働契約締結時や更新時に、労働者に対してその労働条件を明確にして労働通知書を交付することは、トラブル防止のためにも重要なことです。労働契約に関する労使トラブルのリスクマネジメントについては、企業法務に強い弁護士に相談することをおすすめします。
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