タンザニアの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

タンザニア(正式名称、タンザニア連合共和国)は、東アフリカの主要な経済国であり、2023年には実質GDPが5.3%成長するなど、堅調な経済成長を続けています。この成長は、農業、製造業、観光業といった主要産業の好調に加え、公共投資の拡大とビジネス環境を改善するための政府の改革努力によって支えられています。その結果、外国直接投資(FDI)も増加傾向にあり、生産能力の強化やインフラ開発への投資が活発化しています。
ただ、日本のような大陸法系の成文法主義に慣れた企業にとって、タンザニアの法制度は根本的に異なる特徴を有しています。タンザニアの法体系は、英国のコモンロー(Common Law)を基盤とし、制定法、判例法、そして慣習法が複雑に絡み合って形成されています。特に、土地所有権の概念、近年急速に厳格化された個人情報保護規制、そして外資参入を制限する事業活動禁止令などは、日本の法務戦略では想定しえない特有のリスクとなり得ます。
本記事では、タンザニア進出を検討する皆様が、これらの予期せぬ法的リスクを回避するための基礎知識を、日本法との比較を通じて解説します。
この記事の目次
タンザニアの法体系とコモンローの構造
法源構成と憲法の優位性
タンザニアの法体系は、歴史的に英国植民地時代の影響を強く受け、コモンロー(判例を法源とする体系)を基盤としています。日本が民法典や会社法典といった成文法を主要な法源とする大陸法系であるのに対し、タンザニアでは制定法に加え、過去の裁判所の判断である判例法(Case Law)が重要な役割を果たします。
主要な法源は以下の通り、階層的に構成されています。まず、連合憲法(Union Constitution)が全連合事項において最高法規であり、すべての国家機関および制定法はこの憲法の規定に準拠しなければなりません(連合憲法第64条5項)。その下に、議会によって制定された制定法(Acts of Parliament)や地方自治体による条例が位置します。さらに、植民地時代にイギリスから受け継がれたコモンローや衡平法といった受容法(Received Laws)が適用され続けている点も特徴的です。
特に、土地や家族法など特定の民事事件においては、制定法やコモンローだけでなく、慣習法(Customary Law)やイスラム法(Islamic Law)が法源として適用されることもあります。このように、複数の異なる起源を持つ法源が共存し、相互に作用している点が、タンザニア法体系の複雑さを形成しています。
日本企業の法務担当者にとって、コモンロー基盤の実務的な影響として留意すべき点は、制定法の条文だけを調査するだけでは不十分であるということです。過去の判例(Law Reports:TLR, HCD, EALRなど)を継続的に調査することが必須となります。制定法が詳細に規定していない場合、裁判所は既存の判例に基づいて判断を下すことになり、すなわち法的先例の探求が求められることになります。
司法制度と裁判所の専門化
タンザニアの司法制度は階層構造を採用しており、上訴構造を理解することが紛争解決戦略の立案において重要です。裁判所の階層は、下位から一次裁判所(Primary Courts)、地方裁判所(District Courts)および駐在判事裁判所(Resident Magistrate Courts)、高等裁判所(High Court)、そして最終審である控訴裁判所(Court of Appeal)で構成されています。
最も下位にある一次裁判所は、主に慣習法やイスラム法が適用される家族法や財産に関する民事事件を取り扱います。コモンローの国ですが、一次裁判所では裁判官が一般市民の査定人(lay assessors)とともに審理を行う点も特異であり、日本のような陪審制とは異なる形態で機能しています。
また、高等裁判所には、複雑な事案や専門知識を要する分野を効率的に処理するための専門部門が設けられています。これには、ビジネス紛争を専門的に扱う商事部(Commercial Division)、土地紛争を扱う土地部(Land Division)、労働紛争を扱う労働部(Labour Division)、そして汚職・経済犯罪を扱う汚職・経済犯罪部(Corruption Court / Economic Crimes Division)が含まれます。
タンザニア企業の設立・統治と外資参入規制
会社法に基づくコーポレートガバナンス
タンザニアの企業は、日本の会社法に相当するCompanies Act, 2002 によって主に規制されます。この法律には、取締役の権限と責任が明確に規定されています。
取締役は、誠実に行動し、会社の最善の利益のために行動する義務(Companies Act, 2002 第182条)を負いますが 、特に注目すべきは、取締役が従業員の利益を考慮に入れる義務も規定されている点です(Companies Act, 2002 第183条)。日本の会社法においても、企業価値向上の一環として従業員への配慮は議論されますが、タンザニア法ではこれを法令上の義務として明文化しており、ステークホルダー資本主義的な側面が強いコーポレートガバナンスが要求されていると言えます。
また、公開上場会社(Public Listed Company)においては、権力の均衡を図り、一人の個人に権限が集中することを防ぐため、原則として会長(Chairman)と最高経営責任者(Chief Executive)の役割と責任を明確に分離すべきとされています。
特定のセクター、例えば銀行業においては、さらに厳格なガバナンス要件が適用されます。銀行機関の取締役会会長は非業務執行取締役でなければならず、また、取締役会に最低2名のタンザニア国籍者を任命することが義務付けられています。これは、日本の銀行法や金融商品取引法におけるガバナンス規制と同様に、セクターの特性に応じた厳しい要件が課されていることを示します。
外国投資家の最低資本要件と買収の枠組み
タンザニアは外国投資(FDI)を誘致していますが、投資家が優遇措置や法的な保護を受けるためには、Tanzania Investment Act, 2022によって定められた最低資本要件を満たす必要があります。外国投資家に対しては、最低500,000米ドルの資本が求められ、これは現地投資家(50,000米ドル)と比較して非常に高額です。日本企業が現地法人を設立または買収する際、この資本閾値以上の投資を行うかどうかが、Tanzania Investment Actに基づく投資保護やインセンティブを享受できるかを決定します。
日本の資本によるタンザニア法人の買収(M&A)は、主にCompanies ActおよびTanzania Investment Actの枠組みの中で進められます。ただし、買収対象の事業内容によっては、独占禁止法やセクター別規制(通信、金融など)による追加の承認や許認可が必要となります。
一方で、投資環境に関する報告書では、投資保護の枠組みがあるにもかかわらず、間接的収用のリスクが指摘されています。具体的には、没収的な税制(confiscatory tax regimes)や、投資家が投資から得られる実質的な経済的利益を奪う規制措置といった間接的な収用の事例が存在すると言及されています。これは、日本企業が現地法人を買収した後、予期せぬ税制変更や規制強化によって、事実上の経済的損害を被る可能性があることを示しており、M&A契約における安定化条項の導入や、デューデリジェンスにおける規制リスクの評価が不可欠となります。
非市民事業活動禁止令
タンザニアでのビジネス展開を検討する上で、日本の経営者が直面する最も重大かつ新しい規制リスクの一つが、2025年7月28日に発効したBusiness Licensing (Prohibition of Business Activities for Non-Citizens) Order, 2025 (G.N. No. 487A)です。この命令は、非市民(タンザニア国籍を持たない個人)が特定の中小規模の事業を行うことを禁止するものです。
この規制は、現地の中小企業家からの強い要請を受けて導入されました。特に、非市民が卸売・小売業などの小規模ビジネスに進出し、現地の事業者と比較して低価格で商品を販売することで、不公平な競争環境が生まれているという苦情が背景にあります。
この命令の附属書(Schedule)には、非市民が禁止されている具体的な事業活動が列挙されています。特に、外国資本による進出形態によっては、事業計画全体が影響を受ける可能性があります。
禁止される事業活動の概要 | 適用除外事項 | |
---|---|---|
1. | 卸売業および小売業(商品の販売) | スーパーマーケット、専門製品販売店、現地生産者向け卸売センターを除く |
2. | モバイルマネー送金サービス | なし |
3. | 携帯電話および電子機器の修理 | なし |
4. | サロン事業 | ホテル内または観光目的で実施される場合を除く |
5. | 小規模鉱業 | なし |
6. | ブローカーまたは代理店業(不動産、一般ビジネス) | なし |
7. | 国内の郵便活動および小包配達 | なし |
8. | 娯楽目的のラジオおよびテレビの設立と運営 | なし |
9. | マイクロおよび小規模産業の所有と運営 | なし |
この禁止令は、単に外国人が個人として事業を行うことを制限するだけでなく、日本資本が現地法人を設立または買収する際の戦略に根本的な影響を及ぼします。例えば、タンザニアで急速に発展しているフィンテック分野において、「モバイルマネー送金サービス」は中核事業となり得ますが、非市民はその直接的な運営が禁止されます。日本企業が現地事業を立ち上げる際、事業計画が禁止リストに抵触しないかを厳格に確認する必要があります。
さらに、この命令は非市民を「タンザニア国籍を持たない個人」として定義していますが、日本資本が株式を支配する現地法人(body corporate)が「非市民」と同様に扱われるか、あるいは現地法人のタンザニア市民役員や従業員が「非市民の禁止活動を支援・幇助した」として罰則(500万シリングの罰金など)を受けるリスクがあるかについては、今後の執行状況を通じて明らかになるでしょう。進出企業は、罰則が最低1,000万シリングの罰金、懲役、そしてビザ・居住許可の取り消しを含む非常に厳しいものであるため、事業活動が禁止リストに抵触しないことを、厳格に確認しなければなりません。
タンザニアの不動産法と契約法

土地の「占有権(Right of Occupancy)」制度
タンザニアでは、Land Act(1999年)およびVillage Land Act(1999年)に基づき、すべての土地が公有地(Public Lands)と宣言されており、土地の最終的な所有権は公的な管理下に置かれています。したがって、企業が土地を取得する場合、それは「所有権の移転」ではなく、大統領から許諾される占有権(Right of Occupancy, ROO)の付与、またはそのROOの移転となります。
占有権とは、土地を占有し利用する権利であり、その期間は最大99年間が設定されます。これは、日本における所有権とは異なり、利用期間が限定された権利であり、政府によって定められた利用目的の範囲内でなければなりません。
この占有権制度より、土地を担保とする際の評価や、長期的な開発計画において、期間満了時の更新リスク、および政府による利用目的の変更や管理を受けるリスクが発生します。この土地制度が、土地紛争の発生件数を増やし、高等裁判所に専門の土地部(Land Division)が設置されている一因であると言えます。日本企業は、ROOのデューデリジェンスを徹底し、許諾期間、利用条件、慣習法の潜在的な適用範囲を詳細に調査する必要があります。
契約法(Law of Contract Act)の適用
タンザニアの契約法は、Law of Contract Act (Cap. 345 R.E. 2023) によって規定されています。この法律は、契約の成立、提案の伝達・承諾・撤回、契約の履行義務、保証、代理など、契約に関する幅広い側面をカバーしています。
この契約法は、コモンローの伝統に基づいており、その解釈においては、日本の民法のように条文の文言を厳密に解釈する大陸法的なアプローチだけでなく、過去の判例(Case Law)に基づく解釈が極めて重視される傾向があります。契約の有効要件や違反に対する救済措置の原則は日本法と共通するものが多いですが、具体的な紛争が発生した場合、日本の法務部員は、契約条項の解釈について現地の判例を参照するアプローチを取る必要があると言えます。
タンザニアの各規制法分野におけるコンプライアンス
個人データ保護法(個人情報保護法相当)
タンザニアでは、2022年に制定されたPersonal Data Protection Act (PDPA)が個人データの保護を規制する主要な法律です。PDPAは、EUの一般データ保護規則(GDPR)と類似したグローバルなデータ保護の傾向と整合しており 、日本の個人情報保護法(APPI)と比較しても、データ主体の権利保護に関して厳格なフレームワークを提供しています。2024年4月には、PDPAの執行機関である個人データ保護委員会(Personal Data Protection Commission, PDPC)が正式に発足し、規制の運用が本格化しています。
PDPAの最大の特徴であり、日本法との決定的な違いは、個人データの国外移転に対する規制の厳格さです。PDPAは、個人データが法律の規定に反してタンザニア国外に移転されてはならないと定めています。
具体的には、データ管理者または処理者は、タンザニア国外への個人データの移転に先立ち、PDPCから許可を取得しなければなりません。この事前許可の要件は、日本のAPPIと比較して非常に厳格であり、日本の親会社が現地従業員や顧客のデータを日本国内のサーバーで集約・処理する場合であっても、コンプライアンス上の大きなハードルとなります。
許可申請時には、以下のいずれかの条件を満たす証拠を提出する必要があります。
- 受領国が個人データの保護に関する国際協定を批准していること。
- タンザニアと受領国の間で個人データ保護に関する協定が存在すること。
- データ要求者とタンザニア国外の受領者との間で契約上の合意(contractual agreement)があること。
PDPCからの事前許可制は、国際的なデータ移転を伴うビジネスモデルにおいて、コンプライアンス体制の構築と運用コストを大きく左右する重要な要素となります。
広告・表示規制(景表法、薬機法、医療広告ガイドライン相当)
タンザニアには、日本の景表法のような包括的な不当表示防止法制に関する明確な情報はありませんが、分野別の規制が存在します。特に電子通信分野においては、Electronic and Postal Communications Act, 2010 (EPOCA) およびその関連規制が適用されます。例えば、デジタルネットワーク規制の改正では、加入チャンネルが商業広告を流すことができる時間を1時間あたり5分間に制限するといった規定があります。
また、PDPAの導入前から、広告における個人の肖像権やプライバシーに関する法的紛争が裁判所で発生しており、ビジネス広告において個人の画像や肖像を無許可で使用したことに対する訴訟事例が見られます。PDPAの運用開始により、広告における個人データの利用に関する規制は、今後さらに厳格化されることが予想されます。
資金決済法制(資金決済法相当)
タンザニアの資金決済システムは、National Payment Systems Act, 2015 (NPS Act) に基づき、タンザニア中央銀行(Bank of Tanzania, BoT)が規制および監督権限を持っています。この法律は、決済システム、電子決済手段、電子マネー、決済サービスプロバイダーの規制と監督、およびネッティング取決め(Netting Arrangements)の有効性と執行可能性を規定しています。
日本の資金決済法と同様に、決済サービスを提供する事業者はBoTの監督下でライセンスを取得する必要があります。しかし、前述の非市民事業活動禁止令により、モバイルマネー送金サービスは非市民の活動が禁止された分野に含まれます。これは、日本のフィンテック企業やIT企業が、たとえ技術的な専門知識を持っていても、この分野において直接的なサービス運営を行うことが事実上不可能であることを意味し、進出戦略の大きな制約となります。
労働法制(労働法相当)と紛争解決
労働関係は、Employment and Labour Relations Act, 2004 によって包括的に規制されています。この法律は、経済効率性、生産性、社会正義を通じて経済発展を促進し、効果的かつ公正な雇用関係のための法的枠組みを提供することを目的としています。
この法律は、基本的な雇用基準(最低賃金、労働時間など)、団体交渉の枠組み、そして紛争の防止・解決手順を定めています。労働紛争の解決については、調停、仲裁、および裁判による解決の枠組みが提供されています。特に、Labour Institutions Act, 2004に基づき設立された調停・仲裁委員会(Commission for Mediation and Arbitration, CMA)が、解雇や賃金などの紛争において、迅速で公平な代替的紛争解決(ADR)の中心的な役割を果たします。これは、日本の労働審判制度に近しいものであり、企業はCMAを通じた紛争解決プロセスへの対応を準備しておく必要があります。
税法
タンザニアの税法は、進出企業にとって収益性に直結する最も重要な分野の一つです。法人税、付加価値税(VAT)、源泉徴収税などの国内税制に加えて、日本・タンザニア間で締結されている租税条約の適用関係を詳細に検討することが不可欠です。特に、配当、利子、使用料(ロイヤルティ)などの国際取引にかかる源泉徴収税率が条約によって優遇される可能性があるため、進出形態(現地法人、支店、恒久的施設認定)を決定する前に、税務専門家による正確なシミュレーションを行うことが必須となります。前述のように、予測不可能な税制の変更や適用が、間接的な収用リスクにつながる可能性についても留意する必要があります。
海事法
タンザニアは東アフリカの主要な港湾国であり、海事関連法制は経済的に重要です。海事活動は主にMerchant Shipping Act, 2003によって包括的に規制されています。この法律は、タンザニア籍船舶の所有資格、登録、測量、安全規制、衝突防止規則、遭難信号など、多岐にわたる事項を規定しています。
特に、船員の雇用に関して、タンザニア籍または外国籍の船舶にタンザニア国籍の船員を雇用または募集する場合、事前に船員登録官(Registrar of Seafarers)からライセンスを取得する必要がある(Merchant Shipping Act, 2003 第110条3項)という規制が存在します。
まとめ
タンザニアは、着実な経済成長と投資環境の改善が期待される、日本企業にとって有望な市場です。事業展開の初期段階においては、特に以下の3つの相違点に対する対応が、法的リスクを最小限に抑える鍵となります。
- 土地利用の制約:土地の「占有権(ROO)」制度は私有権とは異なり、利用期間や目的に制約を伴うため、長期的な不動産戦略および担保設定に影響を及ぼします。
- 外資参入規制の強化:2025年に発令された非市民事業活動禁止令は、卸売・小売やモバイルマネーといった特定の中小規模事業への参入を事実上不可能としています。この規制はM&A戦略に重大な影響を与えるため、事業領域を慎重に選定する必要があります。
- 個人データ国外移転の許可制:個人データ保護委員会(PDPC)の事前許可が必要となる厳格なデータ国外移転規制は、国際的なデータガバナンス体制とデータフローの設計に大きな制約を課します。
これらの複雑な法規制環境において、日本企業が予期せぬリスクを回避し、現地でのコンプライアンスを確保するためには、現地の法律およびコモンローの実務に精通した専門家による支援が不可欠です。モノリス法律事務所では、タンザニア法が定める要求事項と日本企業の実務の橋渡しを行い、クライアントの堅実な事業展開をサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: タンザニア連合共和国海外事業