弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ウズベキスタンのM&Aにおける競争法規制を解説

ウズベキスタンのM&Aにおける競争法規制を解説

ウズベキスタン共和国(以下、ウズベキスタン)は、近年、急速な経済自由化と市場開放を進めており、中央アジアにおける日本企業の新たな投資先として注目を集めています。特にM&Aや合弁事業(JV)の設立を通じた進出が増加していますが、これに伴い、現地の競争法(日本の独占禁止法に相当)に基づく企業結合規制への対応が、取引の成否を左右する重要な課題となっています。

2023年10月4日、ウズベキスタンでは旧法に代わる新たな「競争法」(Law No. ZRU-850)が施行されました。この新法は、アンチトラスト規制の枠組みを刷新し、企業結合に関する「事前届出」義務の要件を明確化しました。日本の法務部員や経営者が最も注意すべき点は、届出が必要となる株式取得の閾値が、日本の独占禁止法と比較して極めて低く設定されている点です。具体的には、株式会社(JSC)の議決権株式の25%超、または有限責任会社(LLC)の持分の3分の1超の取得が、一定の財務基準(500,000 BCV超)と合わせて審査対象となります。これは、経営権の支配を目的としない少数持分の取得であっても、ウズベク当局への事前届出が必須となることを意味し、日本のM&A実務における一般的な想定とは決定的に異なります。事前届出を怠った場合、売上高の最大2%に上る罰則が科されるリスクがあり、ウズベキスタンでのM&Aを計画する際は、初期段階からこの競争法リスクの評価が不可欠です。

本記事では、この新しい競争法ZRU-850の全体像を解説し、特に日本企業が留意すべき低い持分取得閾値、変動するBCVに基づく財務的基準、および手続きの詳細と違反時の罰則について、日本の法制度との違いを踏まえながら具体的に解説します。

ウズベキスタン競争法ZRU-850の全体像と M&A規制の根拠

新法の採用背景と法体系の明確化

ウズベキスタンにおける競争法の主要な枠組みは、2023年7月3日に署名され、同年10月4日に施行された「競争法」(Law of the Republic of Uzbekistan No. ZRU-850、以下「新競争法」)によって規定されています。この新法は、2012年の旧競争法(ZRU-319)および自然独占に関する旧法を置き換え、反独占規制に関する新たな定義やルールを導入しました。

新競争法の目的は、商品市場または金融市場における競争の制限につながる行為、またはそのおそれがある行為を管理・抑制し、消費者権益を保護することにあります(新競争法第1条)。新法は、従来の規制概念に加え、アンチトラスト・コンプライアンスの義務化、優越的交渉力(Superior Bargaining Power)の概念導入、デジタルプラットフォーム事業者に対する特別な規制など、現代的な市場の課題に対応するための広範な改正を含んでいます。

この法律の適用範囲(第3条)は、ウズベキスタン国内で行われた行為だけでなく、国外で行われた行為であっても、ウズベキスタンの商品または金融市場における競争を制限する、またはそのおそれがある全ての法人および個人の行動に及ぶと明確に定められています。この域外適用規定により、日本企業同士の海外でのM&Aであっても、ウズベキスタンに事業拠点を持つ、またはウズベク市場に影響を及ぼす場合、同国の競争法が適用されることになります。

管轄当局と経済的集中(M&A)の定義

新競争法に基づく企業結合審査を含む競争政策の執行は、ウズベキスタンの競争促進・消費者保護委員会(Competition Promotion and Consumer Protection Committee、以下「委員会」)が一元的に担っています。委員会内部には、経済集中および国家関与を管理するための専門部門が設けられています。

企業結合は、ウズベク法上「経済的集中」(Economic Concentration)として定義されます。経済的集中とは、事業体またはグループが市場における優位性を獲得する、またはその優位性を高めることにつながり、商品市場または金融市場における競争の状態に影響を与える取引やその他の行為を指します。M&A取引を行う日本企業は、この定義に該当する行為を実施する前に、委員会から事前同意を得る必要があります。

参考:競争促進・消費者保護委員会 公式ウェブサイト

ウズベキスタンにおける企業結合の事前届出要件

ウズベキスタンにおける企業結合の事前届出要件

企業結合を伴う取引は、新競争法第26条に基づき、以下の二つの条件、すなわち構造的閾値と財務的閾値の両方を満たす場合に、委員会への事前届出が義務付けられます。

届出対象となる構造的トリガー

事前届出が必要となる「経済的集中」行為は、主に以下の三つの類型に分類されます。

  1. 合併または買収による事業体の組織再編。
  2. ウズベキスタンに登記された株式会社(JSC)の議決権株式の25%超を取得する場合。
  3. ウズベキスタンに登記された有限責任会社(LLC)の授権資本における持分の3分の1超を取得する場合。

日本法との決定的な差異:少数持分取得の捕捉

日本の独占禁止法(AMA)における株式取得の届出基準と比較すると、ウズベク法の構造的閾値は極めて低く設定されており、日本の法務実務担当者は特に注意が必要です。

日本のAMAでは、一般的に、買収者グループの国内売上高が200億円超、対象会社グループの国内売上高が50億円超という財務基準を満たした上で、取得後の議決権比率が20% または 50% を超える場合に届出義務が発生します。日本の制度は、取引が市場集中度を高め、実質的な支配権の移転や経営への影響力を重視していることが読み取れます。

これに対し、ウズベク法は、JSCの25%超、LLCの1/3超という、経営権の支配に至らない少数持分取得を届出対象としています。特にLLCにおける1/3(約33.3%)という比率は、多くの会社法制において、定款変更や資本増減など、会社にとって重要な事項に対する拒否権(否決権)を行使できる基準として用いられます。ウズベキスタン当局は、株式保有率が低くても、企業結合当事者が対象会社の重要な戦略的意思決定に潜在的に影響を及ぼす可能性を、競争規制の対象に含めようとしていることが分かります。

この低い閾値の存在は、日本企業が戦略的パートナーシップやマイノリティ投資を目的として、経営支配権を持たない少数株主となる場合であっても、財務的閾値を超えれば事前届出が必須となることを意味します。日本のM&A慣行では、20%未満の株式取得は通常、競争法上の届出対象外と判断されがちですが、ウズベクにおいては、この日本の感覚をそのまま適用すると、意図せぬ重大な法令違反を招くリスクが生じます。

したがって、ウズベキスタンでの取引を検討する際は、投資の初期段階、すなわちデューデリジェンスの開始時または意向表明書の提出時などから、競争法上の届出義務の有無を精緻に評価することが不可欠となります。

届出義務を決定づけるウズベキスタンの財務的閾値(BCV基準)

構造的閾値を満たす取引は、以下のいずれかの財務的基準を満たす場合に、事前届出が必須となります。これらの基準は、ウズベキスタンの標準的な計算単位である基本計算値(BCV:Basic Calculation Value)に基づいて設定されています。

財務的基準の具体的な要件

新競争法第26条および関連する法規によれば、以下のいずれかの財務的基準を満たす場合に、届出義務が発生します。

  • 合計基準:企業結合の当事者全員の合計資産のバランスシート価額、または直近の暦年における商品売上高の合計が、500,000 BCVを超える場合。
  • 個別基準:当事者のうち一方の資産のバランスシート価額、または直近の暦年における商品売上高が、250,000 BCVを超える場合。

BCV(基本計算値)の変動と実務上の換算

BCVは、ウズベキスタン国内で罰金、手数料、そしてこの競争法上の閾値を決定するために政府によって用いられる標準的な計算単位です。政府の決定により定期的に増額される特徴があり、この変動性が実務上のコンプライアンス判断を複雑にします。

財務的閾値を評価する際には、取引を実行する時点または届出を行う時点の最新のBCVを適用する必要があります。BCVはしばしば調整されており、例えば、2024年10月1日時点では1 BCVが375,000 ウズベキスタン・ソム(UZS)ですが、2025年8月1日には412,000 UZSへの増加が予定されています。

この変動性に対応するため、日本企業は、国際財務基準(IFRSなど)で作成された財務諸表を、BCV換算のために現地通貨(UZS)建ての資産または売上高情報に適切に変換し、最新のBCVを適用して評価しなければなりません。

BCVに基づく企業結合審査の財務的閾値は以下の通りであり、BCVの変動に伴い、取引規模の基準も変動することに留意が必要です。

BCVに基づく企業結合審査の財務的閾値(競争法第26条準拠)

基準BCV倍率UZS換算額 (2024年10月1日以降:1 BCV = 375,000 UZSに基づく)適用条件
合計基準500,000 BCV超1,875億 UZS超当事者グループの合計資産または合計売上高
個別基準250,000 BCV超937.5億 UZS超当事者のうち一方の資産または売上高

BCVの増加は、実質的な閾値がインフレや経済成長に合わせて上昇していることを示唆します。取引当事者にとっては、クロージング直前にBCVが引き上げられた結果、当初届出免除と判断していた取引が届出義務の対象となるリスクも考慮し、契約書においてBCV変動による届出義務の発生をクロージング条件(C.P.)に組み込むなど、柔軟な対応策を講じる必要性が高まります。

ウズベキスタンでの合弁事業(JV)設立における規制の適用

ウズベキスタンにおける合弁事業(JV)の設立は、競争法上の「経済的集中」の一つとして認識されますが、日本の独占禁止法のようにJV設立のための特別な届出枠組みは設けられていません。JV設立は、既存企業の株式または持分を取得する行為として、一般の企業結合規制の枠組みの中で審査されます。

JV設立の届出要件

既存のウズベキスタン企業(JSCまたはLLC)の株式や持分を取得し、JVを設立する場合、その取得持分がJSC 25%超、LLC 1/3超の構造的閾値と、前述の財務的閾値の両方を満たす場合、事前届出が必要です。

一方、グリーンフィールドJV、すなわち親会社がゼロから新たな事業体を設立するケースでは、通常、競争法上の届出要件は適用されません。しかしながら、この新規設立されたJVが設立後に第三者から事業や資産を取得する場合、あるいは親会社間での競争制限的な合意がJV契約に含まれている場合、競争委員会による審査対象となる可能性が存在します。

競争制限的合意に対するリスク

合弁事業の設立に際して締結されるJV契約や株主間契約には、親会社間の競業避止義務や、排他的な供給・販売義務など、競争を制限する可能性のある条項が盛り込まれることがあります。新競争法は、このような合意が不当な競争制限的と判断された場合、是正命令や罰則の対象となるリスクを内包しています。JV設立時には、競争法専門家による契約書レビューを実施し、親会社間の協定が不当にウズベク市場の競争を歪めないことを確認することが重要です。

ウズベキスタンの企業結合審査手続きと実務的スケジュールの検討

ウズベキスタンの企業結合審査手続きと実務的スケジュールの検討

2023年の新競争法ZRU-850施行後、2024年5月1日には、閣僚決議No. 256が採択され、反独占規制に関する手続きがより詳細に規定されました。

届出方法と提出情報

届出義務が発生するM&AやJV設立は、当該行為の実行前に、委員会に対して事前届出を行う必要があります。申請は、オンラインシステム(「License」情報システム)、統一公共サービスポータル、または公共サービスセンターを通じて電子的に提出されます。

届出申請時には、当事者の名称、所在地、活動内容、過去2年間の財務・統計報告、そしてグループ・オブ・パーソンズ(関連する全ての企業群)の詳細な構成情報を含める必要があります。このグループ構成の正確な開示は、財務的閾値(500,000 BCVなど)の計算の基礎となるため、非常に重要です。虚偽の、または不正確な情報を提供することは、後述の罰則の対象となり得ます。

審査期間と迅速な決定

競争委員会による申請の検討期間は、標準で8営業日と定められています。この期間は、欧米や日本のM&A審査手続きにおける標準的な初期審査期間と比較しても非常に迅速です。

ただし、委員会が当該取引が競争を制限する、またはそのおそれがあると判断する合理的な理由がある場合には、審査期間は最大1ヶ月間延長されます。延長が適用される場合、申請者にはその旨が通知されます。

8営業日という短期間は、競争上の懸念がない取引を迅速に承認するための効率的な措置と言えます。一方で、提出資料に不備があったり、対象市場におけるシェアが競合していたりする案件の場合、委員会は直ちに1ヶ月の延長を適用する可能性が高くなります。したがって、日本企業は、審査の遅延を避けるためにも、競争制限効果がないことを裏付ける市場分析や経済データを含め、届出書類を「完全な状態」で提出するよう準備を徹底する必要があります。

届出費用と許可取得手数料

事前届出には以下の二種類の手数料が必要です。

  1. 申請審査料:1 BCV(基本計算値)の1回払い。
  2. 許可証発行手数料:当事者の直近1暦年の商品販売収益(または資産価額)の0.05%が徴収されます。ただし、この手数料には最低額(7 BCV)と最高額(1,000 BCV)が設定されています。

ウズベキスタンにおける法令違反時の重大な罰則と執行リスク

事前届出義務の懈怠(いわゆるガン・ジャンピング)や、競争法に違反する行為は、重大な罰則の対象となります。

届出義務違反の制裁

新競争法に基づき、届出義務が発生する経済的集中行為を事前届出なしに実行した場合、違反期間における商品(サービス)売上高の2%を上限とする罰金が科される可能性があります(ただし、罰金の算定期間は最長で過去3年間とされます)。

売上高の2%という罰金は、日本の独占禁止法における課徴金制度と同様に、違反行為による経済的利益の剥奪を目的としており、国際的な大企業グループが関与する取引では、巨額の財務リスクとなり得ます。

また、競争委員会から要求された情報を提供しなかった場合、または虚偽の情報を提供した場合にも、別途、罰則が科されます。正確な情報開示はコンプライアンスの絶対条件となります。

競争法の執行動向と司法審査

新競争法ZRU-850はまだ施行されて間もないものの、競争委員会は積極的な市場監視を行っています。近年の執行例を見ると、M&A取引そのものよりも、国内市場における独占的地位の濫用や不公正な行為、特に国有企業や公共サービス分野における消費者の過剰請求や公共調達における違反の是正に注力していることが分かります。これは、ウズベキスタン政府が経済の透明化と公正な市場環境の整備を喫緊の課題としていることを示しており、外資系企業によるM&Aについても、競争制限効果が懸念される場合は厳格な審査が行われることが予想されます。

委員会の決定に不服がある場合、当事者は経済裁判所へ申し立てることが可能です。しかし、ウズベキスタンの司法プロセスは、第一審から控訴審、監督控訴審を経て、さらに最高経済裁判所への上告に至る場合、決定を覆すまでに最長で6ヶ月以上かかる可能性があります。迅速な取引実行を目指す日本企業にとって、行政段階で競争委員会との合意形成を図ることが、最も現実的な戦略となります。

まとめ

ウズベキスタンにおけるM&AおよびJV設立に関する競争法規制は、2023年施行の新競争法ZRU-850によって大幅に明確化・強化されました。しかし、その構造は、日本の独占禁止法に基づく慣行とは大きく異なっています。

日本企業がウズベキスタンでの事業展開や投資を行うにあたり、競争法コンプライアンスの観点から最も重要なポイントは、株式会社(JSC)の25%超、または有限責任会社(LLC)の3分の1超という、低い持分閾値が届出義務のトリガーとなり得ることです。これにより、経営支配権の取得を伴わない戦略的な少数持分投資であっても、BCVに基づく財務的基準を満たせば、事前届出の義務が生じます。

また、届出に際しては、変動性の高いBCV(基本計算値)の最新値を適用して財務的閾値を正確に評価し、完全かつ正確なグループ構成情報を添えて申請する必要があります。審査期間は標準8営業日と短期間ですが、競争上の懸念がある場合は延長され、法令違反時には売上高の2%を上限とする重大な罰則が科されるため、コンプライアンスを怠ることは許されません。

これらのクロスボーダーM&A取引における複雑な競争法規制の検討、正確な届出義務の判断、BCV変動リスクの評価、および競争委員会への申請手続きの実行について、モノリス法律事務所が専門的な知見をもって包括的にサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る