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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ブラジル連邦共和国の労働法と近年の法改正の動向

ブラジルの労働法は、労働者保護の思想が強く反映されたものであり、日本の法制度に慣れ親しんだ経営者や法務担当者にとっては、ブラジルでの事業展開を行う際には事前の十分な理解が不可欠です。

ブラジル労働法の根幹を成すのは、1943年5月1日に制定された「労働法典(Consolidação das Leis do Trabalho, CLT)」です 。CLTは、労働者の権利を保障し、雇用関係を厳格に規制することを目的としており、こうした枠組により、ブラジルは、国際的にも労働市場が最も規制されている国の一つとなっています 。CLTは900以上の条文から成り立ち、雇用契約、賃金、労働時間、福利厚生、解雇手続き、労働安全衛生、労働組合組織など、多岐にわたる労働関係を規定しています 。また、1988年の連邦憲法によって、CLTの規定はさらに強化され、労働者の権利が拡充されました 。この労働者保護の強さが、日本企業がブラジルで事業を行う上で最も留意すべき点となります。

本記事では、CLTを基盤とした雇用契約、労働時間、賃金・福利厚生、解雇といった主要なテーマと、2017年の労働改革や2023年の同一賃金法、電子労働住所の義務化など、近年の重要な法改正とその実務への影響について解説します。

ブラジル労働法の基盤:CLT(労働法典)の概要

CLTの定義と成立

CLTは、ポルトガル語で「Consolidação das Leis do Trabalho」と称され、ブラジルにおける雇用関係を規制する主要な立法枠組です。この法典は、1943年5月1日にDecreto-Lei nº 5.452として制定され、同年11月10日に施行されました 。当時のブラジルは、労働者の権利保護を国家の重要な政策として位置付けており、この法律はそうした歴史的背景から成立されたものだと言われています。

CLTが適用される範囲と、その重要性

CLTは、ブラジルにおけるほとんどの「正式な雇用関係」に適用されます 。これには、ブラジル国民、ブラジル企業で働く外国人従業員、およびブラジルで事業を展開する国際企業が含まれます。CLTの適用範囲は非常に広範で、ブラジルが世界で最も労働市場が規制されている国の一つとされる理由となっています。

一方で、独立請負業者(Independent contractors)やフリーランサーは、CLTではなく民法によって規律され、CLTに基づく労働者保護の対象外となります。このため、労働者の誤分類(Misclassification)は、雇用主にとって重大なリスクとなります。企業が労働者保護の義務を回避しようと意図した場合、たとえ独立請負業者として契約書を締結していても、労働裁判所が実態を重視して雇用関係を認定する傾向が強く、過去に遡ってCLTに基づく全ての権利(FGTS、13ヶ月給与、有給休暇、社会保障など)の支払いを命じられる可能性があります。これは単なる罰金に留まらず、予期せぬ巨額の追加費用と企業の評判への悪影響に直結するため、契約形態の選択には慎重な法的検討が求められます。  

ブラジル連邦憲法(1988年)との関係

CLTは1988年のブラジル連邦憲法と連携して解釈・実施されます 。連邦憲法は、最低賃金、週44時間労働、賃金の不可減、失業保険、13ヶ月給与、利益分配、残業手当、年次休暇、産休・育休、解雇予告、退職金、労災保険、ストライキ権など、新たな労働者の権利を導入し、CLTの基準を強化しました 。これにより、ブラジルの労働者保護は憲法レベルで強固に保障されています。

日本の労働法が労働基準法、労働契約法、労働組合法など複数の個別法で構成されているのに対し、ブラジルはCLTという単一の強力な法典が基盤となっています。

ブラジルの労働法と日本の労働法の違いとしては、例えば、以下のようなポイントを挙げることができます。

  • 解雇について、日本では、解雇には「客観的合理的理由」と「社会的相当性」が必要で金銭解決は原則不可能だが、ブラジルでは「理由なき解雇」は可能だが高額な金銭的負担が必要
  • 社会保障の積立方式について、日本では退職金制度は企業の任意で雇用保険・年金は労使折半で拠出だが、ブラジルではFGTS(勤続期間保障基金)として雇用主が給与の8%を積立する必要

ブラジルにおける雇用契約の種類と特徴

無期雇用契約(Celetista)が原則

ブラジルでは、書面による正式な雇用契約が義務付けられており、これは「Carteira de Trabalho e Previdência Social(CTPS)」と呼ばれる雇用手帳に登録されます。そして、その契約関係としては、原則として「無期雇用契約(Celetista)」が採用されます。ブラジルの「継続性の原則(principle of continuity)」に基づき、CTPSに登録された雇用は無期限であることが一般的です。これは、日本の「期間の定めのない労働契約」に相当し、従業員に長期的な雇用の安定を提供するものです。  

有期雇用契約(Fixed-term contracts)の例外的な適用条件と期間

有期雇用契約は、その性質が一時的な活動(特定のプロジェクトやタスクの完了、恒久的な従業員の代替、季節的な業務量の増加など)を正当化する場合に限り、例外的に認められます。期間は最長2年間で、更新も可能ですが、更新を含めた合計期間が2年を超えることはできません。

これは、日本の有期労働契約のルール(原則として反復更新による無期転換ルール)とは異なる明確な期間制限です。有期雇用契約の利用は厳しく規制されており、雇用主は一時的な性質の合理的な根拠を示す必要があります。有期雇用契約の従業員も、FGTS、有給休暇、13ヶ月給与など、無期雇用契約の従業員と同じ権利を享受します。  

試用期間の規定

ブラジルでは、試用期間は最長90日間と定められています。これは、日本の試用期間(一般的に3ヶ月〜6ヶ月、法的な上限なし)と比較して短い傾向にあります。試用期間中の解雇は、通常の解雇よりも寛容に審査される傾向がありますが 、それでも一定の法的基準を満たす必要があります。例えば、従業員の不適格性を客観的に示す証拠や、改善の機会を提供した事実が求められる点は、日本と同様です。ブラジルでは試用期間が短いため、企業は限られた期間内で従業員の適性を見極める必要があります。日本企業が「試用期間中に合わなければ解雇しやすい」という日本の感覚でブラジルに臨むと、期間の短さと解雇の難しさのギャップに直面し、予期せぬ法的紛争に発展するリスクがあります。  

その他の雇用形態とCLT適用外の注意点

ブラジルには、無期雇用契約や有期雇用契約以外にも、以下の雇用形態が存在します。

  • Trainees(研修生): 専門職の世界に入る新卒者で、多くの場合CTPSに登録され、将来の職務のための訓練を受けます 。  
  • Interns(インターン): 高校、専門学校、高等教育機関の学生で、パートタイムで雇用されます。1日6時間までしか働けず、学業に関連する職務である必要があります。有給休暇と交通費が支給されますが、その他の福利厚生は法的に義務付けられていません 。  
  • Independent Contractors / PJ(独立請負業者/法人契約): CLTの適用外であり、民法によって規律されます 。企業はFGTS、INSS、有給休暇、13ヶ月給与などのCLT関連費用を回避できると考えがちですが、実態が雇用関係と判断されると、法的責任を負うリスクがあります 。特に「PJ(Pessoa Jurídica)」は、個人が法人としてサービスを提供する形態で、長期または継続的な業務には推奨されません 。  

ただし、ブラジルの労働法は日本と比べても、形式よりも実態を重視する傾向があると言われています。このため、日本企業がブラジルで人件費を抑えるため・雇用リスクを避ける目的で、形式的に有期契約や独立請負契約(PJ)を選択することは危険です。たとえ契約書上で独立請負業者とされていても、指揮命令関係や従属性が認められれば、労働者として認定され、CLTに基づく全ての権利(未払い賃金、FGTS、13ヶ月給与、社会保障費用、解雇時の罰金など)を過去に遡って請求される可能性があります。これは日本の労働法における「偽装請負」リスクよりも、ブラジルの手厚い労働者保護と労働裁判所の傾向により、より深刻な金銭的・法的リスクを伴うと言われています。

ブラジルにおける労働時間・残業・休憩に関する規定

労働時間、残業、休憩の規定

標準労働時間と休憩時間の義務

ブラジルでは、CLTにより標準労働時間は週44時間、1日8時間と定められています。1日6時間を超える労働時間の場合、最低60分間(1時間)の休憩が義務付けられています 。これは、日本の労働基準法における休憩時間(6時間超で45分、8時間超で1時間)と類似しています。従業員は週に1日の休息日(通常は日曜日)が保証されています。

残業時間の上限と割増賃金率

従業員は1日あたり最大2時間まで残業が可能です 。残業手当は、通常の時給の最低50%増しで支払われる必要があります 。休日や週末の労働には、通常の賃金の2倍(100%増)が支払われます 。団体交渉協定(Collective Bargaining Agreements, CBAs)によって、労働時間や残業に関する規定がさらに影響を受ける可能性があります。

日本の労働基準法では、法定労働時間を超える労働(残業)には25%以上の割増賃金が、月60時間を超える残業には50%以上の割増賃金が義務付けられています 。深夜労働(22時〜5時)には25%増、法定休日労働には35%増の割増賃金が必要です。

ブラジルの残業割増率(平日50%増、休日100%増)は、日本の法定割増率よりも高い水準にあります。特に休日労働の割増率の高さは、日本企業が留意すべき点です。ブラジル企業は、ブラジルでの残業発生を極力抑制するような労働体制の構築が求められます。高い割増賃金率に加え、労働裁判所が労働者寄りの判断を下す傾向があるため、不正確な時間管理や未払い残業代は、高額な賠償金や罰金に繋がりやすいのです 。したがって、厳格な勤怠管理システムの導入、残業の事前承認プロセスの徹底、そして必要に応じた人員配置の見直しなど、残業を最小限に抑えるための戦略的な運用が、コスト管理と法的リスク回避の両面で極めて重要となります。

団体交渉協定(CBA)の重要性

ブラジルの労働法はCLTと連邦憲法によって規定されていますが、団体交渉協定(CBA)によってさらに労働者の権利が拡大・具体化されることがあります 。CBAは定期的に交渉され、労働組合の権利は憲法で保護されています 。CBAは、年次昇給、法定外福利厚生、労働時間などの労働条件を定めることが一般的です。

日本企業は、ブラジルでの事業運営において、CLTや連邦憲法の規定だけでなく、各産業や地域で締結されるCBAの内容を常に把握し、遵守する必要があります。CBAは法定基準を上回る労働条件を定めることが多く、これを見落とすとコンプライアンス違反となります。

ブラジルにおける賃金と主要な福利厚生

賃金と主要な福利厚生

最低賃金制度

ブラジルでは全国的な最低賃金が定められており、2025年時点では月額BRL 1,518です 。州によってはさらに独自の最低賃金が設定される場合があり、雇用主はこれらを遵守する必要があります 。  

13ヶ月給与(Décimo Terceiro Salário)

ブラジル労働法の最も特徴的な福利厚生の一つが「13ヶ月給与(Décimo Terceiro Salário)」、通称「クリスマスボーナス」です。これは、日本におけるボーナスとは異なり、法律で義務付けられた追加の給与で、通常、2回に分けて支払われます。1回目は2月から11月の間、2回目は12月20日までに支払われます。年間を通して勤務した従業員には1ヶ月分の給与が支払われ、年度途中で入社した従業員には勤務期間に応じて按分された金額が支払われます。解雇された従業員も、按分された13ヶ月給与を受け取る権利があります。計算式は「(月給 × 勤務月数) ÷ 12」が基本となります 。この制度は、年末の消費を促進し、経済を活性化させる目的も持っています。

FGTS(勤続期間保障基金)

「勤続期間保障基金(Fundo de Garantia do Tempo de Serviço, FGTS)」は、雇用主が従業員の給与から控除するのではなく、追加で支払う形で、従業員名義の銀行口座(Caixa Econômica Federal)に毎月積立を行う制度です。積立額は、月額総給与の8%に相当します 。FGTSは、不当な理由による解雇から労働者を保護するための金融準備金として機能し、労働者が失業した場合の経済的安定を目的としています。従業員は、不当な理由による解雇、退職、重病、住宅購入などの特定の状況でFGTS口座の資金を引き出すことができます。不当な理由による解雇の場合、雇用主はFGTS口座の総残高の40%に相当する追加の罰金を支払う義務があります。この制度は、日本の退職金制度とは異なり、雇用主が毎月強制的に積立を行う点が大きな特徴です。

有給休暇と休暇手当

従業員は、1年間の勤務を完了すると、30日間の有給休暇を取得する権利があります。この休暇は最大3つの期間に分割することができ、そのうち1つは最低14日間連続、残りは最低5日間連続でなければなりません。有給休暇に加えて、従業員は月給の3分の1に相当する「休暇手当(Vacation bonus)」を受け取る権利があります。これは休暇開始の2日前までに支払われる必要があります 。

ブラジルの有給休暇は、日本の制度と比較して付与日数が多く、さらに休暇手当が義務付けられている点が特徴です。  

社会保障制度(INSS)の雇用主・従業員負担

ブラジルの社会保障制度(INSS)は、健康、年金、失業保険、産休、病気休暇などをカバーする拠出制のシステムで、雇用主と従業員双方が拠出します。雇用主は従業員の総報酬の20%(上限なし)を毎月社会保障に拠出することが義務付けられています。これに加え、労災保険(GILRAT)として従業員の報酬の1%から3%を、さらに早期退職給付の財源として6%から12%を追加拠出する必要があります。従業員は収入に応じて7.5%から14%を拠出します。

日本の社会保険制度では、健康保険、厚生年金保険、雇用保険などが労使折半で拠出されます。ブラジルの社会保障負担は、雇用主にとって日本の制度と比較して高いコスト要因となる傾向があります。特に、雇用主の社会保障負担率が従業員の報酬総額に対して20%と定められ、上限がない点は、日本の制度との大きな違いです。

ブラジルにおける雇用契約の終了と解雇

解雇の種類と手続

ブラジルでは、雇用契約の終了は日本の制度と比較して複雑であり、労働者保護が手厚いため、雇用主にとって潜在的に高額な費用が発生する可能性があります。主な解雇の種類は以下の通りです。

正当な理由による解雇(Demissão por Justa Causa)

従業員がCLT第482条に定められた重大な不正行為(例:不誠実、不服従、職務放棄、常習的な飲酒・薬物使用、企業秘密の漏洩、身体的暴力など)を犯した場合に適用されます。この場合、雇用主は解雇予告期間の義務や退職金(FGTSの40%罰金など)の支払いを免除されます。従業員は、解雇日までの未払い賃金と、未消化の有給休暇(過去の期間分のみ)を受け取る権利があります。日本の懲戒解雇に相当しますが、ブラジルではその要件がCLTに具体的に列挙されており、厳格に適用されます。企業は、正当な理由による解雇を行う場合、その理由を明確に書面で通知し、CLT第482条に基づいていることを明記する必要があります。

不当な理由による解雇(Demissão sem Justa Causa)

雇用主の裁量により、従業員を解雇する場合に適用されます 。日本の整理解雇や普通解雇に相当しますが、ブラジルでは「客観的合理的理由」や「社会的相当性」といった厳格な要件は課されず、雇用主の判断で解雇が可能です。しかし、その代わり、雇用主は高額な金銭的義務を負います。主要な金銭的義務は以下の通りです。

  • 解雇予告手当(Aviso Prévio): 最低30日分の賃金、勤続年数1年ごとに3日加算され、最大90日分まで増加します 。これは、日本における解雇予告手当(30日分)と比較して、勤続年数に応じた加算がある点が特徴です。解雇予告期間は、労働させるか、賃金を支払うかを選択できます 。  
  • FGTS残高全額の引き出し: 従業員はFGTS口座の全額を引き出す権利があります 。  
  • FGTS罰金(40%): 雇用主は、FGTS口座の総残高の40%に相当する追加の罰金を支払う義務があります 。  
  • 比例配分された13ヶ月給与、有給休暇(+1/3ボーナス): 解雇日までの期間に応じた13ヶ月給与と、未消化の有給休暇(+1/3ボーナス)が支払われます 。  

なお、解雇通知は書面で行う必要があります 。  

従業員による辞職(Resignation)

従業員が自ら雇用契約を終了させる場合です 。  

従業員は解雇予告期間を提供する必要があります 。日本における自己都合退職と同様に、従業員は未払い賃金、比例配分された13ヶ月給与、未消化の有給休暇(+1/3ボーナス)を受け取る権利があります 。ただし、FGTSの引き出しやFGTS罰金は原則として対象外です。 

合意による解雇(Termination by Mutual Agreement)

2017年の労働改革によって導入された新たな解雇形態です 。労使双方が合意して雇用契約を終了させる場合です。この場合、従業員は以下の権利を受け取ります。

  • 解雇予告手当の50%(金銭補償の場合)
  • FGTS罰金の20%(通常の40%ではなく)
  • FGTS残高の80%を引き出す権利
  • 比例配分された13ヶ月給与、有給休暇(+1/3ボーナス)

ただし、失業保険は受給できません 。この形態は、雇用主の金銭的負担を軽減しつつ、従業員もある程度の補償を得られるため、労使双方にとって柔軟な選択肢となります。  

解雇保護と不当解雇

ブラジル労働法は、不当解雇に対する強力な保護規定を設けています 。特定の従業員は、以下の期間中、正当な理由なく解雇されることが禁止されています。

  • 妊婦: 妊娠確認時から出産後5ヶ月まで 。日本の産前産後休業中の解雇制限と類似しています 。  
  • 労災・職業病による負傷者: 職場復帰後12ヶ月間(社会保障給付を受けていた場合) 。  
  • 労働組合代表者: 立候補時から任期終了後12ヶ月まで 。  
  • 内部事故防止委員会(CIPA)の委員: 立候補時から任期終了後1年まで 。  

これらの「安定性(Estabilidade)」を持つ従業員を正当な理由なく解雇した場合、雇用主は従業員の原職復帰を命じられるか、残りの安定期間に相当する高額な補償金の支払いを命じられる可能性があります。

また、年齢、性別、人種、宗教、性的指向、病状などに基づく差別的な解雇は違法であり、原職復帰命令や多額の損害賠償につながる可能性があります 。法的権利を行使したことへの報復的な解雇も禁止されています。

日本の労働法では、「解雇権濫用」の法理により、解雇は客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は無効とされます 。ブラジルの「理由なき解雇」が可能であるものの、その金銭的負担は日本の解雇規制の厳しさと異なる形で企業に重くのしかかります。特に、労働裁判所は労働者保護に強い傾向があるため、解雇手続きの不備や、正当な理由の立証不足は、企業にとって大きなリスクとなります。

近年の労働法改革と日本企業への影響

近年の労働法改革と日本企業への影響

ブラジルの労働法は近年、経済状況や社会の変化に対応するため、重要な改革が行われています。これらの改革は、日本企業がブラジルで事業を行う上で、常に最新の情報を把握し、適応していくことの重要性を示しています。

2017年労働改革(Lei nº 13.467/2017)

2017年の労働改革(Lei nº 13.467/2017)は、CLT制定以来、数十年間で最も大きな変更の一つとされています 。この改革の主な目的は、労働市場の柔軟性を高め、労使関係を簡素化することでした 。  

  • 個別交渉の強化: 改革により、団体交渉協定(CBA)や個人間の合意が、CLTの規定よりも優先される範囲が拡大されました 。これにより、労使間の合意に基づく労働条件の柔軟な設定が可能となりました。しかし、一部の専門家は、この改革が労働者の権利を弱め、非公式雇用や不安定な雇用を増加させる可能性があると指摘しています。
  • アウトソーシングの合法化: 従来のブラジル労働法では、企業の「コア業務」のアウトソーシングは厳しく制限されていましたが、2017年改革により、すべての企業活動におけるアウトソーシングが広く合法化されました 。これは、企業がより柔軟な人材戦略を採ることを可能にしました。ただし、ブラジルの最高裁判所(STF)は、アウトソーシングが雇用関係を偽装したり、労働者の権利(有給休暇、13ヶ月給与、FGTSなど)を回避するために利用されたりしてはならないと明確にしています。

2024年には、ブラジル最高労働裁判所(TST)が、2017年労働改革が施行日(2017年11月11日)以降に発生した事実にのみ、進行中の雇用契約に即時適用されるという重要な判決を下しました。これは、改革以前に発生した権利については、旧法が適用されることを意味し、法的安定性を提供しつつも、企業が過去の労働債務に対して引き続き責任を負う可能性があることを示唆しています。

2023年同一賃金法(Lei nº 14.611/2023)

2023年7月3日に制定されたLei nº 14.611/2023は、ブラジルにおける男女間の同一賃金と報酬基準の平等を確立することを目的とした重要な法律です。

  • 透明性報告書の義務化: 従業員100人以上の企業は、半期ごとに賃金透明性報告書を作成し、公開することが義務付けられました 。この報告書には、同等の職務における男女間の賃金、福利厚生、ボーナスなどの格差に関する詳細が含まれます 。  
  • 是正措置の義務: 賃金格差が特定された場合、企業は格差是正のための行動計画を策定し、実施しなければなりません 。  
  • 罰則: 法令不遵守の場合、差別された従業員に支払われるべき新たな賃金の10倍に相当する罰金が科され、再犯の場合は倍増します 。  

この法律は、企業に報酬構造の見直しと性別平等を促進するための内部ポリシーの実施を促しています 。

電子労働住所(Domicílio Eletrônico Trabalhista, DET)の義務化

2024年には、ブラジル労働省からの公式な労働関連通知を受信するための必須プラットフォームとして、「電子労働住所(Domicílio Eletrônico Trabalhista, DET)」が導入されました 。これにより、従来の通知手段は廃止され、労働関連の通知の送受信が一元化・効率化されました。

すべての雇用主(大企業から個人事業主まで)がDETの利用を義務付けられています 。適切なアクセスを維持しない場合、期限の遵守漏れや法的問題につながる可能性があります。日本企業は、このデジタル化への移行に適応し、DETへの登録と定期的な確認を怠らないようにする必要があります。

まとめ

ブラジル連邦共和国の労働法は、1943年に制定されたCLT(労働法典)と1988年連邦憲法を基盤とし、労働者保護を極めて重視する独自の体系を築いています。日本の労働法に慣れ親しんだ経営者や法務部員にとっては、無期雇用契約が原則であること、有期雇用契約や独立請負契約(PJ)の適用が厳しく制限され、実態が重視されること、13ヶ月給与やFGTSといった日本にはない義務的な福利厚生が存在すること、そして解雇には高額な金銭的負担が伴うことなど、多岐にわたる相違点が存在します。

特に、ブラジルの労働裁判所が労働者保護に強い傾向があるため、契約形態の誤分類、不正確な労働時間管理、解雇手続きの不備などは、予期せぬ巨額の法的責任につながるリスクがあります。また、2017年の労働改革による柔軟化、2023年の同一賃金法、電子労働住所の義務化など、近年の法改正も継続的に発生しており、常に最新の情報を把握し、迅速に適応していく必要があります。

モノリス法律事務所の取扱分野:国際法務・ブラジル連邦共和国

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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