名誉毀損訴訟と反訴の流れを解説
2020年9月、Twitterに投稿した内容をめぐり、自民党参院議員から名誉毀損で訴えられた大学教授が、嫌がらせ目的のスラップ訴訟だとして、損害賠償150万円を求めて東京地裁に反訴を提起しました。
このように、ある訴訟(本訴)の被告が、その訴訟の原告に対し、訴訟の手続内での同一裁判所による審理を求めて提起する訴えのことを反訴といいます。
ここでは、名誉毀損訴訟でも見られることがある反訴は、実際の裁判ではどのように処理されているかを解説します。
この記事の目次
本訴と反訴とは
訴訟の被告となった人は、本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求を目的とする場合に限り、口頭弁論の終結に至るまで、本訴の係属する裁判所に反訴を提起することができます(民事訴訟法146条1項柱書本文)。
「本訴と関連する請求を目的とする場合」とは、例えば、ある交通事故における原告の被告に対する損害賠償請求に対し、逆に被告が原告に対して損害賠償請求を行う場合等があげられます。
また、「防御方法と関連する請求を目的とする場合」の例としては、原告が被告に対して金銭を支払えと請求する訴訟において、被告が原告に対して相殺抗弁を主張し、その相殺後の残額の支払いを請求する場合等があげられます。
反訴は、名誉権侵害の訴訟においても見ることができます。冒頭であげた事例のように、不当な提訴だと思ったら反訴することを考慮してもいいでしょうし、激しい喧嘩状態になっているのなら、被告とされて権利侵害責任を一方的に追及されるままにしておくことはありません。
ここで、反訴の提起は、「口頭弁論の終結に至るまで」、すなわち、事実審である控訴審(通常は高等裁判所における審理)が終了するまでに行う必要があり、さらに、「著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき」は、反訴の提起は許されないことに注意が必要です(民事訴訟法146条1項2号)。そのような場合には、反訴は不適法なものとして却下されます。
名誉毀損・懲戒処分申請と反訴
投稿記事により名誉を毀損されたとして、懲戒処分を申請し、損害賠償を請求した原告に対し、反訴を提起した弁護士の事例があります(東京地方裁判所2018年10月16日判決)。
裁判の推移
原告は、仮設宿舎の設計・施行・販売及び運営をする株式会社。被告は、自身の所属する法律事務所のブログを運営する弁護士。
被告弁護士が、このブログにおいて、東日本大震災復興作業用宿泊施設を「除染が本格化する中で、従業員のための宿舎が不足しており、1室9万円が入るので、320戸建てれば毎月2880万円が入る。建築費は6億円だが、40カ月で13億円になるから元はすぐに取れる」として投資を募っている原告会社を名指しして、「詐欺というのは流行に敏感なものです」、「いかにもありそうな話ですが、全くのでたらめで、実体のない話です。間違って資金提供などしたら二度と帰って来ません」と投稿したことに対し、原告会社は、当該弁護士の所属弁護士会に懲戒請求を行い、同時に、社会的評価を低下させ、業務を妨害したとして、訴えを提起しました。
これに対し、被告となった弁護士は、原告は詐欺会社であり、原告の投資勧誘は金を騙し取るために行われた詐欺行為であるが、原告は、そのことを当然認識していたにもかかわらず、これを指摘した本件ブログへの投稿が違法であるとして、本件懲戒請求等の行為を行ったものであり、こうした原告の行為は不法行為に該当するとして、反訴を提起しました。
本訴に対する裁判所の判断
裁判所はまず被告による投稿記事は、原告が福島第一原発事故に関連する除染事業に従事する従業員のための宿舎について、実体のない投資話を持ちかけており、この投資話が詐欺である旨の事実を摘示するものであり、こうした摘示事実は原告の信用・名誉を毀損するものであると認められる、としました。
一方、本件記事の投稿目的は、本件記事を目にした読者が同記事において摘示されるような詐欺被害に遭わないように啓発することにあると認められ、すると、被告が本件記事を投稿した目的は、専ら公益を図ることにあり、摘示された事実は、公共の利害に関するものであると認められる、としました。
その上で、本件記事において摘示した事実は真実であるか、被告にはこれを真実であると信じることについて正当な理由があるか否かを検討し、原告が持ちかけた投資話に係る事業は、実体のない賃貸借契約を前提とするものであり、およそ出資金の回収の見込みがないものであったと認められ、原告はこのことを認識しながら、出資金をすぐに回収でき、その上利益が見込まれるかのように装って事業への出資を勧誘したものであるから、詐欺行為に該当するものと認められるとして、本件記事による名誉毀損については違法性が阻却され、不法行為は成立しないとして、本訴に係る原告の請求を棄却しました。
反訴に対する裁判所の判断
裁判所はまず、所属弁護士会への懲戒請求につき、本件懲戒請求は法律上の根拠を欠くものであると認められ、原告は自ら詐欺を行った主体としてそのことを当然に認識していたと認められ、すると、原告は本件懲戒請求が法律上の根拠を欠くことを知りながら、あえて懲戒請求を行ったものと認められるものであり、このような懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠く違法なものであることは明らかであるとして、本件懲戒請求について、原告の被告に対する不法行為が成立する、としました。
また、本件告訴についても、原告は、本訴において主張する原告の権利が法律的根拠を欠くものであることを知りながら、あえて本訴の訴えを提起したものと認められるから、その提起行為は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとして、不法行為上違法であるとの評価を免れないとして、懲戒請求と本件告訴に対する慰謝料として、100万円の支払いを命じました。
本訴が認められて反訴が棄却される場合も多くありますが、この事例のように、本訴が棄却されて反訴が認められる場合もあります。不当な訴訟を提起されたら、当該訴訟で争うだけでなく、反訴して相手の責任を追及するというやり方も可能です。
名誉毀損と反訴
インターネット上でアクアリウム(海洋生物の飼育設備)に関するサイトを運営する原告が、同種のサイトを運営する被告に対し、2ちゃんねるにおいて原告の名誉・信用を毀損する記事を投稿したと主張して提訴し、これに対して被告が原告に対し、原告が同人運営のサイトにおいて本訴の経過等に関して被告の名誉及びプライバシーを侵害する記事を投稿したなどと主張して、反訴を提起した事例があります(金沢地方裁判所2019年3月20日判決)。
裁判の推移
原告は、被告は「ヤドカリ+ハゼ+藻だらけの水槽をFBで晒している」「身から出た錆。自分を棚に上げて人を叩くからこうなる」「バカ」「ボケ」「人間として失格」「人を舐めてます」などの過激かつ下劣な表現を用いて、閲覧者に、原告が情報流通において不適切ないし不相当な行為を行う道義観念の低い者であるかのように認識させ、原告の社会的評価を著しく低下させた、と主張しました。
これに対し、被告は、原告が本訴の経過について同人運営のサイトにおいて、被告の実名、居住市町村、業者名を晒したことにつき、裁判の公開の趣旨は、訴訟手続の公正の担保にあり、国民に当該訴訟の内容を周知させることではない。
そして、実際に個々の訴訟の内容が広く一般に知られているわけでもないため、訴訟手続における当事者の実名や内容を具体的かつ詳細に記載する行為は名誉権侵害ないしプライバシー侵害に該当する。として、本件について損害賠償を求め、反訴しました。
本訴に対する裁判所の判断
本訴について、裁判所は、原告の販売するLEDライトにPSEマーク表示がなく法律上問題があるのではないかなどの自己の営業活動に不利な疑問に対しては直ちに回答しない一方で、被告の営業を妨害する「荒らし」を行う人間であるとする被告の投稿等を、原告の社会的評価を低下させるものと認め、「バカ」「人間として失格」などの人身攻撃に及んでいる表現振りに照らしても、専ら公益を図る目的に出たと認めることもできないとして、名誉毀損を認め、慰謝料70万円、経費36万7200円、弁護士費用7万円、合計113万7200円の支払いを被告に命じました。
反訴に対する裁判所の判断
反訴について、裁判所は、原告は本件掲示板上で原告及び本件原告サイトを「誹謗中傷」した「犯人」が同業会社代表である被告であると特定した上で「名誉毀損及び信用毀損及び営業誹謗行為に対する損害賠償請求を提訴」「当方が迷惑行為(成り済ましによる荒らし行為)を行っている」という虚偽の記述を執拗に繰り返し書きこんだ」「非常に強い悪意を込めた虚偽の記述を執拗に何度も繰り返し書きこんだ」「あまりに被告の妄想と言動が過ぎる」などとする記事を投稿したことが認められ、一般人の普通の注意と読み方をもってすれば、被告が、原告に対する名誉毀損、信用毀損又は営業誹謗行為にあたる民事上又は刑事上違法な行為を繰り返した者として訴えられたとの印象を与え、被告の社会的評価を低下させる表現といい得るとして、被告に対する名誉毀損に該当すると認められる、としました。
しかし、被告が本件FB被告投稿記事で「妄想癖」「嘘だらけ」等と投稿した事実は真実と認められ、「非常に強い悪意を込めた虚偽の記述」「想像しがたい両極端の二面性」「あまりに被告の妄想と言動が過ぎる」等の表現も、「妄想癖」「嘘だらけ」などの被告の投稿内容と対比すると、一方的に人身攻撃に及んでいるとまではいえず、本件サイト原告投稿記事による原告の意見ないし論評の表明は、仮に名誉毀損にあたるとしても違法性若しくは故意又は過失まではないと認められるとして、被告の反訴請求のうち名誉毀損とする部分については理由がない、としました。
一方、本件原告サイト投稿記事は名誉毀損等に基づく損害賠償請求訴訟の相手方として被告の氏名、ハンドル名、居住都道府県名及び市町村名をインターネット上に公開するものであり、一般人がみだりに公開を欲しない内容であり、被告が事業上の必要から氏名、ハンドル名、住所をインターネット上で公開していたとしても、これと名誉毀損等の損害賠償請求訴訟とを結び付けて公開されることを欲しないことは明らかであり、被告がみだりに公開を欲しない利益を放棄したとみることはできないとして、プライバシー侵害を認め、慰謝料20万円、弁護士費用2万円、合計22万円の支払いを原告に命じました。
本件のように、本訴と反訴が、それぞれ認められる場合もあり、その際、本件とは逆に、本訴が一部しか認められず、反訴が全面的に認められる場合もあります。
まとめ
本訴が提起され、審理が相当進んでから被告が反訴を提起した場合は、その反訴が苦し紛れのものであるかのように見られることもありますし、適切な請求権を被告が原告に対して有する場合には、本訴の初期の段階で反訴を提起するのが妥当な場合が多いと言えます。
訴えを提起された場合には、反訴を提起すべきかどうか、早いうちに経験豊かな弁護士に相談するのがよいでしょう。
カテゴリー: 風評被害対策
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