写真と動画の公表は肖像権侵害か。2つの判例から紐解く肖像権侵害の基準とは
「肖像権」とは、「みだりに自己の容ぼう等を撮影され、これを公表されない権利」のことです。
著作権などと異なり、明文化はされておらず、判例によって確立されてきた権利ですが、SNSや動画サイトに自分が写っている写真や動画を勝手に投稿された場合、肖像権侵害が成立する可能性があります。
例えば、東京のストリートファッションを紹介するという目的で、
銀座を歩いていた原告の写真を無断で撮影し、被告が管理するウェブサイトに掲載した行為が肖像権侵害にあたるとして、損害賠償請求が認められた例があります(東京地方裁判所2005年9月27日判決)。
しかし、自分が写っている写真や動画を利用された場合、必ずしも肖像権侵害が成立するというわけではありません。
肖像権侵害がどのような基準で判断されるかを知っておくことは、現在のネット社会において重要になります。
本記事では、写真や動画を公表されても肖像権侵害が成立しないのはどういう場合であるかについて解説します。
この記事の目次
現在の肖像権侵害の基準となった事例
「和歌山毒物混入カレー事件」の法廷において、勾留理由開示手続が行われた際に、雑誌カメラマンが法廷にカメラを隠して持ち込み、裁判所の許可を得ることなく、かつ、被告に無断で被告の写真を撮影しました。
この写真が雑誌に掲載されたため、被告は、肖像権侵害に対する損害賠償を求めて提訴しました。
この肖像権侵害裁判は地裁で原告勝訴、高裁で原告敗訴となり、最高裁まで争われましたが、最高裁は判決文の中で、
人は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する。(中略)承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、撮影された被撮影者の、社会的地位、活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。
また、人は、自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有すると解するのが相当であり、人の容ぼう等の撮影が違法と評価される場合には、その容ぼう等が撮影された写真を公表する行為は、被撮影者の上記人格的利益を侵害するものとして、違法性を有するものというべきである。
最高裁判所2005年11月10日判決
として、撮影と公表に係る肖像権についての初めての判断を示しました。この判例が現在も、肖像権侵害の基準とされています。
写真による肖像権侵害が認められなかった事例
NHKの幹部職員である原告が、被告新潮社に対し、被告が発行する週刊誌「FOCUS」に掲載された記事が、名誉毀損・肖像権侵害等にあたるとして、不法行為に基づき、損害賠償金の支払を求めた事例があります。
東京地裁は名誉毀損を認めたものの、肖像権の侵害については認めませんでした。
本件記事は、マンションを購入し居住する原告につき、「ここまでやるか『NHK社会部長』の異常行動」、「マンション騒音で建設省幹部まで動かした職権濫用!?」という見出しで、
原告が、いびきの騒音程度の問題で、施工業者である熊谷組に過剰な調査を要求し、むしろ遮音性には優れているとの結果にもかかわらず、階上の住民に対し、鼻の手術などの一方的で不当な要求を繰り返して不安感を与えている異常な人物であること(本件第1名誉毀損部分)に加え、
熊谷組が通常ではあり得ないような対応をした背景に、原告がNHK社会部長の地位を利用し、個人的問題であるにもかかわらず、建設省を通じて熊谷組に圧力をかけるなどの職権濫用を行ったという事実があること(本件第2名誉毀損部分)を内容とするもので、原告の実名を記載し、1頁の約半分の大きさで、背広姿の全身写真を掲載しました。
裁判所は、記事の2つの部分が原告の社会的評価を低下させるものであるとし、しかしいずれも公共の利害に関する事実に係ることであり、また、本件記事は、原告の職権濫用の事実を報道するという、専ら公益を図る目的で掲載されたものであることも認められるとしました。
その上で、真実性・相当性の有無を検討し、記事の重要な部分が真実でなく、真実であると信じたことにつき相当な理由があるとは言えないとし、
また、意見・論評につき違法性は阻却されないとして、名誉毀損を認め、慰謝料500万円、弁護士費用50万円、合計550万円の損害賠償金の支払いを被告に命じました。
一方、肖像権については、撮影の様態を下記のように評価し、侵害を認めませんでした。
原告の容貌が鮮明に写った全身写真であり、本件写真説明により原告が被写体であることを明確に認識できるものであり、原告は本件写真の撮影や公表について承諾していないものの、
本件記事が、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものであることは前記2で判示したとおりであり、本件写真は、そのような本件記事の一部を構成し、本件記事の内容を効果的に伝達する役割を果たしているものである。
そして、本件写真は、背広姿の原告の全身写真であって、それ自体が原告に格別な羞恥、困惑等の不快感を与えるものではなく、撮影場所や撮影方法も、原告が居住する本件マンションの建物玄関から出るところを屋外から撮影したものであり、公道に準ずる公共性の高い場所での撮影であって、社会通念上不相当であるとまではいえない。
東京地方裁判所2001年12月6日判決
として、肖像権侵害による不法行為の成立は認めませんでした。
公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た記事の一部を構成し、格別な羞恥や困惑等の不快感を与える姿でなく、公道に準ずる公共性の高い場所での撮影である場合には、肖像権侵害が認められない可能性が高くなります。
動画による肖像権侵害が認められなかった事例
マンション管理組合構成員である被告らが、居住するマンションの建築工事を受注した建設会社の執行役員等である原告の動画を撮影し、YouTubeに投稿して公開した事案です。
この動画は、住民集会において原告らが当該工事に関する謝罪等を行う様子が冒頭から動画撮影され、当該動画データをマンション住民がインターネット上で閲覧可能な状態になっていました。
原告は、撮影及びインターネット上での公開が肖像権を侵害し、不法行為に当たるとして、慰謝料を請求。さらに投稿動画の削除、撮影動画のクラウドサービス上からの削除及びこれらのデータの廃棄を求めました。
この動画の撮影と公開につき、原告らは個人の容ぼうが映し出されているものであるから、撮影及び公開が原告らの肖像権を侵害するものであると主張しました。
一方、被告らは、法人としての謝罪等を行う場面を撮影したものであって、当事者は法人としての建設会社である。
また、動画の内容は、建設会社の対応を批判する趣旨のものであり、原告らが映っている場面には、建設会社の責任者として各肩書が明記されている。したがって、本件動画の撮影等による原告ら個人の肖像権侵害は生じていない、と主張しました。
これに対し、裁判所は、動画は原告ら個人の容ぼうが撮影され、それと分かる状態でインターネット上で公開されているものであるから、その撮影等が原告ら個人の肖像権の侵害の問題を生じさせることは明らかであるとしました。
しかし、マンションの雨水排水設備やくい施工の問題に関して住民に謝罪し、説明を行うために開催された集会であり、その際の様子を、集会に参加できない他の住民が後日に集会の状況を確認できるようにし、また、原告らの発言内容を正確に記録するために、原告らの目の前で、その冒頭から集会の様子を撮影したものであるとして、
本件集会の内容、目的や開催場所、原告らがこれに参加した経緯及び立場、撮影の態様及びその目的、必要性に照らすと、本件動画には原告らが立ったまま謝罪し、住民らから糾弾される様子が映っている部分が存在しているとはいえ、撮影が原告らの承諾なく行われたか否かにかかわらず、これにより原告らの人格的利益が社会生活上の受忍限度を超えて侵害されたと評価すべきものであるとは認め難い。
東京地方裁判所2019年12月19日判決
として、肖像権侵害を認めず、原告の請求を棄却しました。
裁判所は、動画撮影についても下記のように評価しました。撮影は集会の冒頭から行われているが、原告らはこれに何ら異議を唱えることなく集会の開始に応じており、また撮影は建設会社と住民らとのやり取りの場面を中心に、目的を達するために必要な限度内にとどめたものであり、テロップを付したり、書面を示す映像を差し込むなどして、投稿目的や趣旨が明確となるような編集が施されている。
「被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮」して判断すれば、肖像権侵害が認められない場合があります。
まとめ
自分が写っている写真や動画を公表されたりした場合に、必ず肖像権侵害が成立するというわけではありません。
肖像権侵害の判断は難しい場合も多いので、経験豊かな弁護士にご相談ください。
カテゴリー: 風評被害対策