タイ王国の会社法が定める会社形態と会社設立(2023年改正法対応)

タイ王国は、その安定した経済成長から、日本企業にとって長年にわたり重要な投資拠点であり続けています。2023年2月7日、タイの会社法制を定めるタイ民商法典(The Civil and Commercial Code of Thailand, 以下「CCC」)が改正され、会社の設立要件が大きく見直されました。この改正は、特に非公開会社(Private Limited Company)の設立に必要な最低発起人および株主数が、これまでの3名から2名に引き下げられた点で、日本企業がタイで合弁会社(ジョイントベンチャー)を設立する際などに、株主構成をより柔軟に設計できるようになったという点で重要な意味を持っています。
しかし、この改正後も、日本の会社法で認められている「一人会社」(株主が1名の会社)はタイでは認められていません。株主数が2名未満になった場合、CCC第1237条に基づき、裁判所による会社の解散命令事由に該当する可能性があるため、株主構成には常に細心の注意を払う必要があります。
本記事では、この重要な改正点を中心に、タイにおける会社設立の全体像を、日本の法律との比較を交えながら、最新の法令と実務上の注意点を踏まえて詳細に解説します。
なお、タイ王国の包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。
この記事の目次
タイにおける主要な会社形態と事業体
タイでの事業展開を検討する際、まずは目的や事業内容に応じて最適な事業体を選択することが必要です。外国人投資家が利用できる主な事業体には、非公開会社、公開会社、支店、駐在員事務所などがあります。
非公開会社(Private Limited Company)
海外資本がタイで最も一般的に設立する会社形態が、プライベート・リミテッド・カンパニーです。この会社形態は、株主の責任が、保有する株式の未払込額に限定される「有限責任」を享受できる点が大きな特徴です。非公開会社は、そのシンプルなガバナンス構造から、クローズドな事業や少数の株主による運営に適しています。
2023年2月7日のタイ民商法典改正により、この非公開会社の設立要件が大幅に緩和されました。これまでは最低3名の発起人(promoters)および株主が必要でしたが、CCC第1097条の改正により、その最低数が2名に引き下げられています。この変更は、特に2つの主体による合弁事業の設立を容易にするものです。
日本の会社法では、株式会社は1名の発起人および株主で設立が可能であり、発起人、株主、取締役の三役を同一人物が兼任する「一人会社」が広く認められています。タイの法制度では、日本の会社法とは異なり、依然として複数人(2名以上)を維持しなければなりません。
この要件は、日本の会社法にはない潜在的なリスクを生じさせます。例えば、合弁相手との関係悪化や、一方の株主による株式の全譲渡などにより、株主数が1名に減少する事態が起こり得ます。この場合、CCC第1237条第4項に基づき、裁判所による会社の解散命令事由に該当する可能性があるため、株主構成には常に細心の注意を払う必要があります。
公開会社(Public Limited Company)
公開会社は、株式を一般公募できる会社形態であり、株式をタイ証券取引所(SET)に上場させることが可能です。この形態は、大規模な資金調達に適していますが、設立には最低15名以上の発起人が必要となり 、取締役も最低5名以上必要とされます。非公開会社と比較して、より厳格な公開会社法やガバナンス要件が課せられます。
その他の事業体:支店と駐在員事務所
タイでは、親会社の延長としての支店や駐在員事務所も設立可能です。これらの事業体は独立した法人格を持たず、親会社が無限責任を負うため、法的リスク管理に注意が必要です。
- 支店(Branch Office):収益活動が可能であり、親会社が直接タイで事業を行う形式です。設立には、親会社の定款や取締役会議事録などの書類を提出する必要があります。
- 駐在員事務所(Representative Office):非収益活動(市場調査、情報収集、製品の紹介など)に限定されます。事業活動は収益を伴わないものに厳格に制限されており、タイ国内で商品を販売したり、サービスを提供したりすることはできません。
タイにおける会社設立の具体的なステップ
タイで会社を設立する一般的な手続きは、商務省事業開発局(Department of Business Development, DBD)が所管しており、以下の5つのステップで構成されます。
設立手続きの主要な流れ
- 会社名予約:まず、DBDのウェブサイトで会社名を予約します。会社名は「limited」で終わる必要があります。通常1〜3日で承認され 、有効期間は30日間です。複数の候補を提出することが推奨されます。
- 覚書(Memorandum of Association, MOA)提出:会社名、目的、資本金、発起人の情報などを記載した覚書を作成し、提出します。2023年改正により、この覚書の有効期間は従来の10年から3年に短縮されました。これにより、手続きを怠ると設立が不可能になるリスクを伴うため、より厳格な期限管理が求められます。
- 法定会議(Statutory Meeting):覚書提出後、法定会議を開催し、定款(Articles of Association)、取締役、監査役などを承認・任命します。この会議は設立手続きにおいて重要な節目となります。法定会議では、発起人が締結した契約や費用、取締役の権限などを承認する事業も行われます。
- 会社登記:法定会議の開催後、90日以内にDBDに会社設立登記を申請します。この登記が完了することで、会社は法的な実体(法人格)を得ます。
- 税務登録:会社設立後、60日以内に歳入局に法人税およびVAT(付加価値税)の登録を行います。年間60万バーツ以上の売上が見込まれる場合は、VAT登録が必要です。
オンライン登録の義務化
タイの会社設立手続きはデジタル化が進んでおり、2026年1月1日以降、非公開会社の設立登記は新たなオンラインプラットフォーム「DBD Biz Regist」を通じてのみ可能となり、物理的な申請は原則として受け付けられなくなります。これにより、海外にいる外国人投資家も、デジタルID認証や電子署名を利用して、物理的な移動を伴うことなく手続きを完了できるようになります。
最低資本金要件
タイの外国事業法(Foreign Business Act, FBA)は、多くの事業分野で外国人による株式保有を49%以下に制限しています。この法律に基づき、外国人が非制限事業を行う場合は200万バーツ 、制限事業を行う場合は300万バーツ以上の法定資本金が必要とされます。また、外国人従業員を雇用する場合、1人につき最低200万バーツの資本金を保有することが推奨されます。
名義貸し(ノミニー)株主問題と規制動向
FBAの制限を回避するため、タイ人パートナーが外国人投資家の名義人(Nominee Shareholder)として株式を保有する実態のない「名義貸し」がしばしば行われてきました。しかし、タイ当局は、この名義貸しを厳しく取り締まっており、違反した外国人投資家や名義人には、懲役、罰金、そして会社解散といった刑事罰が科される可能性があると警告しています。
近年、規制はさらに強化されており、外国人が50%未満の株式を保有する会社の場合、タイ人株主に対して、その出資資金源が正当なものであることを証明する書類(銀行取引明細書、納税申告書など)の提出が求められる可能性があります。これは、資金源を証明できない株主は、名義人と見なされるリスクあります。
取締役の法的責任
タイのCCC第1168条は、取締役に対して「注意深い事業家の勤勉さ」を要求しており 、株主や会社に対して責任を負うべき義務を定めています。具体的には、株主からの株式払込みの要求、法令で定められた帳簿・書類の正確な維持、適正な配当の分配、および株主総会決議の適正な執行に対する共同責任が規定されています。
タイ最高裁判例No. 2191/2541は、取締役がその会社の事業内容について十分な知識と理解を持つことが、この「注意深い事業家の勤勉さ」を適用するために不可欠であると判断しています。
タイにおける会社解散・清算に関する法的枠組み
会社が事業を継続できないと判断された場合、解散と清算という法的手続きを経る必要があります。
会社解散の事由
タイの会社は、特別決議、破産などにより法的に解散することができます。また、CCC第1237条は、以下のような事由に該当する場合、裁判所により解散が命じられる可能性があると定めています。
- 法定報告書の提出または法定会議の開催を怠った場合。
- 会社設立から1年以内に事業を開始しない、または1年間事業を休止した場合。
- 会社の事業が損失を出すのみで、回復の見込みがない場合。
- 株主数が法律で定められた人数未満に減少した場合(現在は2名未満)。
清算手続きと清算人の法的責任
会社が解散すると、その法人格は直ちに消滅するわけではなく、清算を目的として存続します。この清算フェーズでは、清算人が会社の法的代理人となり、債務の弁済、資産の換価、残余財産の株主への分配といった職務を遂行します。
この点について、タイ最高裁判例(大法院判例)No. 778/2547は重要な示唆を与えています。この判例の事案では、会社が解散登記を完了した後に、元取締役が会社を代表して訴訟を提起しました。裁判所は、会社が解散登記を完了した時点で取締役の法的代理権は終了し、訴訟提起の権限は適切に任命された清算人に移転するため、元取締役による訴訟は棄却されるべきであると判断しました。この判例は、タイにおける「会社解散」は単なる事業終了ではなく、清算という新たな法的プロセスへの移行を意味することが明確にわかります。解散後の法的行為は、適切に任命された清算人によってのみ行われる必要があり、この手続きを怠ると、法的行為が無効となる重大なリスクがあることが示唆されます。
まとめ
タイの会社法制は、2023年のCCC改正により、設立要件の緩和や手続きの現代化が進み、外国人投資家にとってより柔軟で魅力的なものへと変化しました。
しかし、日本の「一人会社」が認められていないこと、厳格化する名義貸し規制など、日本の法律とは依然として重要な相違点が存在します。これらの違いを理解し、潜在的なリスクを事前に特定することは、タイでの円滑な事業展開にとって不可欠です。株主間の関係、資本構成、そして日常的なコンプライアンスに至るまで、タイの法制度は多くの専門的な判断を要求していると言えます。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務