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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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EUの薬機法制と医療機器・体外診断用医療機器規則(MDR/IVDR)

EUの薬機法制と医療機器・体外診断用医療機器規則(MDR/IVDR)

EU(欧州連合)の医療機器市場は、世界有数の規模を誇り、多くの日本企業にとって魅力的なビジネス機会を提供しています。しかし、この市場に参入するためには、2021年5月26日から適用された医療機器規則(MDR)と、2022年5月26日から適用された体外診断用医療機器規則(IVDR)という、抜本的に変更された法的枠組みへの理解と対応が不可欠です。これらの規則は、従来の指令(MDD/AIMDD)と異なり、各加盟国で直接適用されるため、EU単一市場内での規制の調和(ハーモナイゼーション)をかつてないほど強力に推進しています。 

EUのこの制度は、複数の主権国家からなる特殊な構造を背景に、広範な法的調和を追求する「国際調和型」の典型です。これは、国内基準に厳密に従い、審査の迅速性を重視する日本の「ベンチマーク型」の制度とは根本的な設計思想を異にします。EUの制度は、ノーティファイドボディと呼ばれる第三者機関が審査の中心的な役割を担い、単一の認証で広大な市場へのアクセスを可能にする一方で、加盟国間の意見調整が長期化の一因となる傾向も持ちます。

本稿では、MDRとIVDRの主要な変更点を日本の法制度との比較を通じて詳細に解説し、欧州市場への展開を検討する日本企業の経営者や法務部員が直面するであろう実務上の課題と、その対応策を提示します。

EUのMDRとIVDRの目的と概要

規則(EU)2017/745(MDR)および規則(EU)2017/746(IVDR)は、従来の指令(MDD/AIMDD)を置き換える形で導入されました。これらの規則が掲げる主要な目的は、欧州市場に流通する医療機器の品質、安全性、信頼性を高め、消費者や医療従事者に対する情報透明性を強化し、使用中の機器に対する市販後監視を強化することにあります。特に、従来の指令が各加盟国の国内法への転換を必要としたのに対し、MDRとIVDRは規則として直接適用されるため、EU単一市場全体で一貫した基準を強制する強力な手段となります。 

MDR/IVDRの最も重要な変更点の一つは、その適用範囲が拡大されたことです。MDRは、従来の医療機器の定義に加え、美容目的のコンタクトレンズ美容整形用インプラントなど、医療目的を持たない特定の製品も新たに規制対象に含めました。これは、規制の隙間を埋め、患者やユーザーの安全保護を強化するための意図的な措置です。また、IVDRにおいては、従来の指令下ではノーティファイドボディ(NB)による監視の対象が約8%の機器に過ぎなかったのに対し、規則適用後は約80%の機器がNBの監督下に置かれることになりました。この適用範囲の拡大は、単なる規制の形式的な変更ではなく、EU全体で医療機器の安全性を均一に高めようとする、超国家的な統合への強い意思を示していると言えます。 

MDRとIVDRが指令から規則へと変わった背景には、加盟国間での解釈のばらつきや、過去の機器の安全性問題に対する反省があります。この法形式の変更は、従来の市場分断を排し、EU全体で一貫した安全基準を確立するという明確な方針を示しています。この統一された志向が、ノーティファイドボディへの権限集中や、市販後監視の厳格化といった具体的な要求事項の強化に繋がっています。日本企業がこの根本思想を理解せずにEUの要求事項を「単なる手続きの増加」と捉えると、本質的な対応を誤るリスクがあります。

EUと日本の承認制度の違い

EUと日本の医療機器規制における最も顕著な違いは、審査プロセスの主体にあります。

EUのノーティファイドボディ(NB)制度

EUでは、ノーティファイドボディ(NB)と呼ばれる、加盟国政府から指定された民間第三者機関が審査の中心的な役割を担います。NBは、リスクレベルが高い医療機器(クラスI滅菌、クラスIIa, IIb, III)および体外診断用医療機器(クラスA滅菌、クラスB, C, D)の適合性評価、技術文書のレビュー、製造施設の監査、そして認証書の発行を行います。NBが発行した認証書は、EU単一市場の全ての加盟国で有効です。また、NBは認証書を発行した後も、定期的な監査や抜き打ち監査を通じて、メーカーが継続的に法的要件を満たしているかを確認します。これは、認証書の取得がゴールではなく、NBとの継続的な関係を維持し、製品のライフサイクル全体にわたるコンプライアンスを確保することが求められるという点で、日本の制度と大きく異なります。 

日本のPMDAと登録認証機関(RCB)

日本の医療機器の承認は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)が科学的・技術的な審査を行う体制で運営されています。日本の制度では、リスクレベルに応じて審査ルートが分かれます。リスクの高い機器(クラスIII、IV)および認証基準のないクラスII、III機器は、PMDAによる厳格な承認(Shonin・承認)審査が必要です。一方、認証基準のある比較的低リスクの機器(クラスII)は、PMDAの代わりに、登録認証機関(RCB)が認証(Ninsho・認証)を行います。 

日本の制度にもRCBという民間機関が存在しますが、その役割はEUのNBとは根本的に異なります。日本のRCBは「認証基準がある」特定の機器の「認証」を行うに過ぎず、PMDAという中央官庁が最終的な権限を握る構造は変わりません。一方、EUのNBは、個々の加盟国に代わり、より広範なリスククラスの機器に対して、適合性評価から市販後監視までの一貫した認証プロセス全体を担います。

EUと日本の比較

この比較から、EUの「国際調和型」モデルが、加盟国が規制権限をNBに委託することで、単一の認証で広大な市場にアクセスできる効率的なシステムを構築していることが分かります。一方で、この体制はNBの信頼性が市場全体の安全性に直結するため、NBに対する厳格な指定・監視プロセスが必要となります。対照的に、日本の「ベンチマーク型」モデルは、PMDAが迅速な国内審査を優先し、国内承認を迅速に得ることを目指しています。 

EUにおける技術文書作成と市販後監視

EUにおける技術文書作成と市販後監視

MDR/IVDRは、メーカーに包括的な「技術文書(Technical Documentation)」の作成を義務付けており、これは従来の指令下の「テクニカルファイル」や「デザインドシエ」よりもはるかに詳細で広範な情報を求めます。要求される文書には、機器の概要、設計および製造情報、安全要件への適合性を示す証拠、ベネフィット・リスク分析、そして製品の検証および妥当性確認のデータなどが含まれます。 

特に重要なのが、臨床的根拠の提出要件です。MDR/IVDRでは、臨床評価(Clinical Evaluation)が機器の安全性と性能を検証するための継続的なプロセスとして位置づけられ、その結果は「臨床評価報告書(CER)」としてまとめられます。この要求は、従来の指令と比較して大幅に厳格化されました。 

さらに、MDR/IVDRは市販後のメーカーの責任を大幅に拡大しました。メーカーは、市場に出た機器の性能と安全性を継続的に監視するための積極的なシステムを確立し、そのデータを用いてリスク評価や臨床評価を継続的に更新する義務があります。このプロセスは「市販後監視(PMS)」と呼ばれ、特に臨床データの収集・分析は「市販後臨床フォローアップ(PMCF)」として位置づけられます。 

日本の薬機法においても、製造販売承認申請書には「リスク分析」や「臨床評価」の概要を記載した添付資料が求められます。しかし、MDR/IVDRが求める「製品ライフサイクル全体にわたる継続的なコンプライアンス」へのコミットメントは、日本の法制度が迅速な審査を志向する「ベンチマーク型」であるのとは対照的です。EUのMDR/IVDRは、技術文書の継続的な更新やPMCFを通じて、承認後も当局やNBの監視下に置かれるという点が大きく異なります。MDR/IVDRの技術文書要件は、単なる申請書類の増加ではなく、 

メーカーのビジネスモデル全体に影響を与える変革です。特に、PMCFの要求は、承認後も継続的な臨床データ収集・分析体制を社内に構築することを意味し、これは研究開発、マーケティング、法務、品質保証といった部門横断的な協力体制を必要とします。この体制構築は、特に中小企業(SMEs)にとって大きな負担となり、コンプライアンスコストの増大を招く可能性があります。 

EU医療機器情報のデジタル化とEUDAMEDの段階的導入

EUは、医療機器に関する市場監視と透明性を強化するため、EUDAMEDと呼ばれるデータベースを構築しています。このデータベースの目的は、加盟国間の協調を強化し、最終的に患者の安全性を向上させることです。EUDAMEDは、以下の6つのモジュールで構成されます。 

  • 事業者(製造業者、輸入業者等)の登録
  • UDI(固有機器識別子)と機器の登録
  • ノーティファイドボディと認証書の登録
  • 臨床調査および性能調査
  • 市販後監視(Vigilance)
  • 市場監視(Market Surveillance)

EUDAMEDの機能を支える基盤が、UDI(Unique Device Identification)システムです。すべての機器に固有の識別子が付与され、これがラベルやパッケージに表示されることで、機器のライフサイクル全体にわたる追跡可能性(Traceability)が確保されます。これにより、リコールや安全上の問題発生時に迅速な対応が可能となります。 

EUDAMEDは、当初、全モジュールが完成して欧州委員会が宣言した時点で初めて強制適用される予定でした。しかし、技術的な遅延のため、最新の改正規則(EU)2024/1860に基づき、個別のモジュールが準備できた段階で順次強制化される方針に変更されました。この段階的導入の決定は、EUの規制当局が、理想主義的な「オール・オア・ナッシング」のアプローチから、現実的な「実用的」なアプローチへと方針転換したことを示しています。これは、規制の完全な運用をこれ以上遅らせることなく、喫緊の課題である市場監視と透明性向上を加速させるための、EU当局の適応戦略であると言えます。この変更により、メーカーは各モジュールの強制化に個別に適応する必要が生じ、規制の動向を継続的に注視し、柔軟な対応計画を立てなければなりません。 

長期化するEU医療機器の審査と移行期間の延長

長期化するEU医療機器の審査と移行期間の延長

MDR/IVDRへの移行は、ノーティファイドボディのキャパシティ不足という重大な問題を引き起こしました。厳格化されたMDR/IVDRの要件を満たすNBが少なく、審査能力が需要に追いついていません。調査によると、品質マネジメントシステム(QMS)および技術文書評価(TDA)の認証には平均で18〜22ヶ月を要し、そのうち約半分はレビュー前の準備や認証書発行に費やされています。 

このEUの審査期間長期化の傾向は、日本の審査期間と明確な対比をなします。日本のPMDAは、医療機器の審査期間について、高リスク機器の承認申請でも、7-16ヶ月程度の目標を掲げ、これを達成しています。特に、イノベーション促進を目的とした「先駆け審査指定制度」や「SaMD優先審査」では6ヶ月を目指すなど、審査の迅速性を追求しています。 

この審査長期化と供給不足のリスクに対応するため、EUは規則(EU)2023/607および最新の規則(EU)2024/1860により、従来の指令下で認証を受けた「レガシー機器」の移行期間を延長しました。この延長措置は、EU当局が当初の計画のままでは医療機器の供給が途絶えるという 

深刻な危機を認識していることの明確な証拠です。この措置は、厳格な規制が市場の供給安定性を損なうという、規制設計におけるジレンマを示していると言えます。 

延長の恩恵を受けるには、いくつかの重要な条件を満たす必要があります。具体的には、機器の設計や使用目的に重大な変更がないこと、2025年5月26日までにIVDRに準拠したQMSを構築済みであること、そしてデバイスのクラスに応じた期限までに、ノーティファイドボディへの正式な申請を完了し、書面による契約を締結していることです。 

規則(EU)2024/1860に基づくIVDRレガシー機器の移行期間は、以下の通りです。

デバイスのクラスIVDR準拠QMSの設置期限NBへの正式申請期限NBとの契約締結期限移行最終期限
IVDD認証済みデバイスおよびクラスD(自己宣言)2025年5月26日 2025年5月26日 2025年9月26日 2027年12月31日 
クラスC(自己宣言)2025年5月26日 2026年5月26日 2026年9月26日 2028年12月31日 
クラスBおよびクラスA滅菌(自己宣言)2025年5月26日 2027年5月26日 2027年9月26日 2029年12月31日 

この延長措置は、単なる「期間延長」ではなく、「特定の条件を満たしたメーカーにのみ与えられる猶予期間」であるという本質を理解することが重要です。

EUの「国際調和型」と「ベンチマーク型」

EUと日本の医療機器制度の設計思想は、それぞれの市場が直面する課題を反映しています。EUの制度は、複数の主権国家からなる単一市場という特殊な構造を背景に形成されており、加盟国間の貿易障壁をなくし、患者やユーザーの安全を均一に保つために、規則による強力な法的調和を追求しています。この目的を達成するため、EUは加盟国間の意見調整を通じて、パンデミック等の健康危機時に医療物資を確保するための共同調達(Joint Procurement Agreement)のような超国家的な政策も打ち出しています。これは、サプライチェーンの脆弱性対策という点で、個別の国家が中心となる日本とは異なるアプローチです。また、国際機関や第三国との協力も重視し、サプライチェーンの健全性を確保しようとしています。 

一方、日本の法制度は、単一国家の枠組みの中で、国内基準に厳密に従い、迅速な審査を追求することを特徴とします。イノベーション促進を目的とした「先駆け審査指定制度」や「SaMD優先審査」は、審査期間の短縮を明確な目標としています。 

EUと日本の制度設計思想の違いは、それぞれの市場が直面する最も重要な課題を反映しています。EUは多国家市場ゆえの「規制の分断」と「供給の不安定性」を、日本は単一国家市場ゆえの「迅速なイノベーション導入」を最優先課題として捉え、それぞれの制度を構築しています。この違いは、審査期間の長さや、超国家的な共同調達という政策に如実に表れています。

まとめ

EUのMDR/IVDRへの対応は、単なる規制変更への対処ではなく、事業運営とコンプライアンスに対する戦略的な見直しを必要とします。欧州市場進出を検討する日本の経営者や法務部員は、日本の迅速性重視のモデルとは異なる、EUの「継続的なコンプライアンス」と「市場全体の透明性」を追求する思想を深く理解しなければなりません。

強固な技術文書と市販後監視体制を構築し、ノーティファイドボディとの戦略的な関係を早期に築くことが、欧州市場での成功の鍵となります。EUDAMEDの段階的な導入や、移行期間の延長といった最新の動向を常に把握し、柔軟な事業計画を立てることも不可欠です。

この複雑なプロセスにおいて、モノリス法律事務所は、EU市場への円滑な進出を法務面から力強くサポートします。複雑な要件の解釈から、技術文書のレビュー、ノーティファイドボディとの交渉戦略に至るまで、お客様のビジネスが新たな市場機会を掴むための最適な道筋を提案できるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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