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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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介護事業主が行うべき身体的拘束等適正化のための指針の策定と運用【2024年報酬改定対応】

今日の介護・福祉事業の現場では、高齢者や障害を持つ方々の人権と尊厳を守るという社会的使命を果たすと同時に、行政の厳格なコンプライアンス要件を満たすことが求められています。

その中でも、「身体的拘束等適正化のための指針」(以下、本指針)の策定と運用は、単なる法令遵守の域を超え、法人の事業継続を左右する最重要課題となっています。身体拘束は、利用者の自由を制限する行為であり、原則として介護保険法や障害者虐待防止法により厳しく禁止されているからです。特に2024年度(令和6年度)の介護報酬改定では、本指針の未策定や体制不備に対して「虐待防止措置未実施減算」が新設・強化され、コンプライアンスの不備が直接、事業所の収益に打撃を与えるリスクが顕在化しました。

本記事では、この法的脅威から事業所を守り、利用者の安全と尊厳を確保するために、本指針に絶対的に必要な条項と、行政監査や訴訟に耐えうる実務運用体制の構築方法について、詳細に解説します。指針を形骸化させることなく、実効性のある法的防御壁として機能させるための戦略をご提示します。

介護施設の身体拘束指針未整備が招く三つの重大リスク

本指針の策定や、策定後の運用管理を怠ることは、事業所の存続を脅かす以下三つの階層的な法的リスクに直結します。

行政上の経済的ペナルティ(減算リスク)

2024年度介護報酬改定により新設・強化された「虐待防止措置未実施減算」は、本指針の未策定や研修・委員会の未実施といった体制の不備が確認された場合に適用されます。この減算は、体制不備が確認された月の翌月から、改善が認められる月まで、利用者全員の基本報酬に対して適用されます。施設・居住系サービス(障害者支援施設、共同生活援助等)では所定単位数の10パーセント、訪問・通所系サービス(短期入所、就労継続支援A/B型等)では所定単位数の1パーセントが減算されます。この減算は、指導監督を通じて体制不備が発覚した時点で適用され、経営基盤に直接的な影響を与えるため、指針の「適切な実施」を記録をもって証明できることが、減算回避の絶対条件となります。

行政上の処分(指定取消しリスク)

不適切な身体拘束や不当な隔離行為は、「人格尊重義務違反」として高齢者虐待や障害者虐待とみなされ、指定取消し処分に至るリスクがあります。過去の事例では、利用者の居室からの不当な外出制限や、携帯電話の無断預かりによる心理的虐待が原因となり、指定取消処分が下された事例が報告されています。

特に、やむを得ないとして身体拘束を実施した場合に、事前の協議、日々の記録、または家族への説明を怠った場合、行政はこれを手続き違反とみなし、単なる個別のトラブルではなく、事業所の運営体制全体が不適正であると判断するリスクが著しく高まります。

民事上の損害賠償責任(安全配慮義務違反)

身体拘束の不適切運用は、利用者との契約に基づく債務不履行責任(安全配慮義務違反)または民法上の不法行為責任を負う可能性があります。訴訟に発展した場合、事業者が問われるのは、拘束が例外的に許容される厳格な3要件を満たしていたか、そして拘束中に適切なモニタリングと速やかな解除に向けた努力を尽くしたかという点です。これらの要件を裏付ける客観的な記録が残されていなければ、事業者の過失が認定され、多額の損害賠償請求が認められる可能性が高まります。

介護施設が指針に組み込むべき「理念」と「3要件」

本指針は、身体拘束を原則禁止とする事業所の理念を明文化し、例外的にやむを得ない場合の厳格な基準を定義するための法的基盤です。

理念と身体拘束の弊害に関する規定

指針の冒頭では、利用者の尊厳と主体性を尊重し、「身体拘束は緊急、やむを得ない場合を除いて原則行わない」というゼロアプローチの姿勢を明記する必要があります。加えて、身体拘束が利用者にもたらす具体的な弊害、すなわち関節の拘縮、筋力の低下、褥瘡といった身体的弊害に加え、不安、怒り、屈辱などの精神的苦痛、そして家族に与える罪悪感といった社会的弊害を指針内で言及することで、職員一人ひとりの身体拘束に対する意識を向上させる必要があります。

やむを得ない場合の厳格な法的基準(3要件)の定義

身体拘束が例外的に許容されるのは、厚生労働省が定める以下の「切迫性・非代替性・一時性」の3要件を全て満たす場合に限られます。これらの要件は、行政指導や訴訟における唯一の正当化根拠であり、指針にはこれらの定義とその立証責任が事業者にあることを明確に規定しなければなりません。

切迫性(Urgency)の定義と立証

切迫性とは、利用者または他の利用者の生命や身体に危険が及ぶ可能性が極めて高い状況にあることを指します。単に転倒リスクがあるというだけでなく、自傷・他害のリスク評価を客観的に実施し、拘束を決定するに至った緊急時の多職種協議記録として、具体的な危険の内容と判断日時を文書で残すことが求められます。

非代替性(Non-substitutability)の定義と立証

非代替性とは、身体拘束以外の代替する介護方法を全て尽くしても、他に方法がないことを意味します。行政や司法が身体拘束の適否を判断する際、最も厳しく問われるのがこの要件です。指針には、環境調整、声かけ、薬物調整、人員配置の変更など、過去に検討し実行した全ての代替策とその効果の有無、そしてそれらが不採用となった具体的な理由を文書で詳細に裏付ける義務を規定しなければなりません。代替策の検討を組織的に行う多職種チームの責務を明確に盛り込むことが重要です。

一時性(Temporality)の定義と立証

一時性とは、身体拘束はあくまで一時的なものであり、継続的なモニタリングを通じて、速やかに解除するための取り組みを続けていることを指します。拘束の開始・解除時刻を厳密に記録し、日々の経過観察記録に基づき、拘束継続の要否を定期的に判断する体制を明記することで、拘束が漫然と継続するリスクを排除しなければなりません。

リスク回避のための介護事業所の組織的体制整備

身体拘束適正化検討委員会の設置と運営

指針には、「身体拘束適正化検討委員会」の設置を必須とし、その開催頻度、構成員、役割を明確に定めなければなりません。委員会は最低でも年1回以上開催し、拘束の実施状況の調査、個別事例の検討、および指針自体の見直しを行うことが主要な役割です。委員会はサービス管理責任者や管理者、看護職員などをメンバーとして組織し、その議事録を確実に残すことが、行政指導における体制証明の重要な証拠となります。

職員に対する研修計画と実施の義務

全従業者に対し、身体拘束の適正化及び廃止に向けた研修を定期的に実施する義務があります。この研修は、年1回以上の定期研修に加え、新任者研修、および拘束事例発生時やヒヤリハット事例に基づく検討を含む必要があります。研修内容には、身体拘束がもたらす弊害と、拘束を回避するための具体的な代替ケアの方法論に焦点を当てるべきです。研修の実施記録(日時、参加者名、内容)は、行政実地指導で必ず提出を求められるため、委員会議事録と合わせて厳重に保管する必要があります。さらに、社会福祉協議会等が提供する身体拘束適正化に関する外部研修へ、管理者や従業者が積極的に参加し、常に研鑽を図る体制を確立することも、指針の実効性を高める上で重要です。

利用者等に対する指針の閲覧に関する基本方針

本指針は、利用者及びその家族がいつでも内容を理解し、自由に閲覧できる状態に置く義務があります。実務上は、事業所のウェブサイトに掲載し公表すること、または事業所内の誰もがアクセスしやすい場所に備え付けることで、閲覧の容易性を確保する必要があります。

介護施設の拘束実施時のプロセスと記録の法的効力

拘束実施時のプロセスと記録の法的効力

身体拘束は、その判断がやむを得ない措置であったとしても、実施後のプロセス管理と詳細なドキュメンテーション(文書化)が不十分であれば、法的責任に直結します。

実施判断前の個別支援計画への記載義務

身体拘束の実施は個人の判断ではなく、多職種による事前協議を経て、組織として決定されなければなりません。この決定内容、理由、期間、態様、および解除に向けた具体的な取り組みは、必ず個別支援計画書に明記されなければならないという点が、行政監査上の極めて重要な焦点となります。個別支援計画に記載がない拘束行為は、原則として正当性を欠くと判断されます。

身体拘束実施中の詳細な記録とモニタリング

身体拘束を実施する際には、以下の項目を網羅した詳細な記録(拘束記録、経過観察記録)を徹底的に保存する義務があります。記録には、拘束の開始・終了時刻、拘束の態様、3要件を判断した具体的な根拠に加え、拘束中に利用者の状態、体位変換、栄養・水分補給、排泄ケアをどのように実施したかを克明に記す必要があります。

特に、拘束の解除に向けた代替策の試行と効果を記録し続けることが、「一時性」の要件を立証する上で決定的な役割を果たします。判例でも、職員が深夜に長時間にわたり代替努力を尽くし、入眠確認後に速やかに拘束を外した事実が、記録によって証明されたことで、損害賠償責任の防御材料となった事例があります。形式的な記録だけでなく、安全配慮義務の履行を示す詳細なケア努力を文書化することが、法的防御の要となります。

利用者・家族への説明と同意の文書化

身体拘束を実施する、または継続する場合、事業者はその目的、理由、期間、方法等を記録に基づき利用者またはその家族に対して丁寧に説明する義務を負います。緊急性が高い場合でも、拘束実施後、速やかに事後説明を行い、説明内容、説明日時、説明相手方の氏名、そして相手方の理解・同意の有無を文書で確実に残すことが不可欠です。この説明プロセスを怠ると、拘束行為自体が適切であっても、手続き違反として行政指導や虐待と誤解されるリスクが著しく高まります。

まとめ:介護施設での身体的拘束等適正化は弁護士に相談を

身体的拘束等適正化のための指針は、単なる行政への提出書類ではなく、利用者様の尊厳を守り、事業所が行政処分や民事訴訟といった致命的な経営リスクから免れるための、重要な内部統制文書です。

指針の策定にあたっては、身体拘束を原則禁止とする理念を組織全体で共有し、切迫性・非代替性・一時性の3要件を厳格に運用するための体制を組み込むことが不可欠です。特に、委員会の定期的開催、全職員への研修実施、そして個別支援計画書と整合性のとれた詳細な記録を残すという実務上の運用こそが、行政指導や訴訟において事業所の正当性を証明する生命線となります。記録の「形骸化」は、減算や指定取消しを招く最大の要因です。

モノリス法律事務所は、複雑化する介護・福祉分野の法務要件を理解し、最新の法令改正や行政の指導動向を踏まえ、貴社の実情に合わせた実効性の高い身体拘束等適正化のための指針の策定、および関連文書(記録様式、研修計画等)の整備を通じて、法人全体の法的防御を早期に確立し、事業の安定的な継続と成長を可能にするための支援を提供いたします。

当事務所による対策のご案内

介護事業は、介護保険法や老人福祉法、会社法など、さまざまな法律の規律が張り巡らされた業界です。モノリス法律事務所は、一般社団法人 全国介護事業者連盟や、全国各都道府県の介護事業者の顧問弁護士を務めており、介護事業に関連する法律に関しても豊富なノウハウを有しております。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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