介護事業者への行政処分と対応策:コンプライアンス強化で健全な事業継続を
少子高齢化が進み、高齢者への介護サービスの需要は年々高まってきています。介護サービスを提供する介護事業所は、介護保険法に基づく適正な運営を求められています。違反した場合は、行政処分を受けるリスクがあり、介護事業の継続が困難になってしまうのみならず、介護施設や介護事業所のサービス利用者や職員の生活にも大きな影響を及ぼします。
本記事では、介護事業者に対する行政処分の種類と内容について解説します。さらに、法令を遵守して行政処分を避けるためのポイントについても詳しく解説します。
この記事の目次
介護事業への行政処分の概要
介護事業の運営に関して、適正に運営されていない疑いがあると、行政から指導や処分を受ける可能性があります。行政処分の内容と、行政指導との違いを説明します。
介護施設の行政処分とは
介護施設の行政処分とは、介護保険法の定めに基づいて、行政機関が介護事業者に科す法的措置です。この行政処分は、介護サービスの質の確保と利用者の権利保護を目的としています。
介護サービスを提供する介護事業所にとっては、介護保険法上の指定の取消しや停止などが行政処分にあたります。
行政指導と行政処分の違い
行政指導とは、法令違反の疑いがある場合に行政機関が事業者に対して行う助言や指導です。一方、行政処分は法的拘束力を持ち、事業者に対して具体的な義務を課したり、権利を制限したりする措置です。
行政指導については、行政手続法の第32条と第32条第2項によって以下のように定義されています。
行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
引用:e-Gov 法令検索|行政手続法
2 行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。
行政指導を受けても改善が見られない場合には、法的拘束力を持つ行政処分を受けてしまうケースがあります。行政指導を受けた場合は、すみやかに問題点を見直して改善し、行政処分に至るのを回避することが大切です。
行政処分の種類と内容
行政指導と行政処分の違いを踏まえ、ここでは行政処分について具体的な種類と内容をさらに詳しく解説します。
指定取消し
介護事業者への行政処分で最も重い内容が「指定取消し」です。介護事業所は、行政機関から指定を受けて介護保険法にのっとって介護事業を運営しています。行政からの指定が取り消されてしまうと、介護事業所は介護報酬が受け取れず、事業の継続ができなくなります。
また、指定取消しの行政処分を受けてしまうと、取消しの日から5年間は新たな指定を受けられません。(介護保険法第70条第6項)さらに、法人である場合は、役員や事業所の管理者による指定も受けられません。(同条第6の2項)
指定の効力停止
指定取消しと同様に、指定の効力停止も介護事業の運営への強制力がある行政処分です。ただし、指定取消しと違って効力停止の制約は一定期間のみで、処分内容は新規利用者の受入れ停止や介護報酬の減額などです。効力停止の期間中でも、介護事業そのものは継続できます。
改善命令
改善命令とは、法令に基づいて行政機関が介護事業所に改善を命じる行政処分です。改善命令を受けると、行政機関から介護事業所に対して期限を定めて、改善報告書を提出して改善措置をとるように命じられます。
改善命令は行政処分の中では最も軽いものですが、行政処分であり法的拘束力を持っているため、従わなかった場合は指定の効力停止や取消しなどさらに重い処分を科せられてしまうケースがあります。
改善命令と類似する措置に改善勧告がありますが、改善勧告は行政指導のため法的拘束力はありません。しかし、改善報告書の提出を求められる点は改善命令と同じであり、勧告に従わなかった場合は行政処分である改善命令を出されるケースがあります。
行政処分の対象となる主な違反行為
法的拘束力を持つ行政処分の種類は、指定取消し、指定の効力停止、改善命令の3つです。これら3つの行政処分の対象となる主な違反行為について詳しく解説します。
人員基準違反
介護事業においては、必要な人員の数がサービス種類ごとに指定基準等に規定されています。規定された人員を介護施設や事業所内に確保・配置ができていない場合は人員基準違反となり、行政処分の対象です。
例えば、地域密着型通所介護(デイサービス)の定員が10人以下の場合は、看護職員または介護職員のいずれか1名を必ず配置しなければなりません。また、訪問介護では資格要件を満たした訪問介護員を常勤換算で2.5人以上配置しなければいけないとされています。
人員配置基準に満たない人数での運営方法や、資格要件を満たしていない人員を配置して事業運営をする行為は、人員基準違反で行政処分の対象となる違反行為です。
運営基準違反
運営基準違反とは、書類の記録・保管や運営方法など各事業の指定基準等に規定された運営基準に違反した行為です。
例えば、サービス計画書などの書類の不備がある、また訪問介護事業における訪問介護の回数・頻度について利用者への説明と理解に不備があるなどの行為が運営基準違反に該当します。
介護報酬の不正請求
介護事業で得られる介護報酬を不正に請求する行為も違反行為であり、行政処分の対象です。介護報酬の不正請求が発覚した場合は、介護保険法第22条第3項によって不正請求の金額を返還するほか、返還額の100分の40を加算金として徴収されます。
不正請求の具体例としては、以下が挙げられます。
- 実際には提供していないサービスを提供したと偽って請求する架空請求
- サービスの提供時間を実際より多く水増しして請求する水増し請求
- 加算要件の人員配置の要件を満たしていないのに満たしていると偽って請求する加算要件不備
虚偽申請
指定を受ける申請時や更新の監査を受ける際に、行政の担当者に対して虚偽の説明や報告をする行為は、虚偽申請となり行政処分の対象です。虚偽申請は、前述した人員基準違反や運営基準違反などの事実を把握していながらそれを隠蔽する行為であるケースが多いです。
介護施設が行政処分を受けた場合の影響
違反行為を指摘されて行政処分を受けてしまうと、事業そのものだけでなく職員や利用者へも影響が及びます。ここでは、行政処分を受けた場合に起こる影響について詳しく解説します。
事業継続への影響
介護事業所が行政処分を受けてしまうと、介護事業の継続そのものが困難になります。特に、指定取消しは介護保険法にもとづく介護施設の運営ができなくなる上に、介護報酬を受け取れなくなります。さらに、取消しの日から5年間は新たな指定を受けられなくなってしまいます。
指定の効力停止の場合は、一定期間サービス提供ができなくなり、事業に大きな影響を及ぼします。改善命令であったとしても、事業所名が公表されてしまうため、事業への悪影響があるリスクは否定できません。
職員への影響
行政処分を受けた介護事業所は、事業継続への影響によって職員の雇用継続が困難になる場合があります。また、管理者にとっても行政処分を受けたことが公表されてしまうことで、他の介護事業所での就業にも影響が及んでしまいます。
利用者への影響
介護事業や事業所の職員への影響があるほか、事業所のサービス利用者にも影響が大きいです。行政処分によって指定の取消しを受けると保険の適用がなくなり、サービス利用者は利用料金の全額を自己負担することになるので、支払いが困難になります。
利用者の支払いが困難になって、介護サービスが提供できなくなる状況に陥ってしまうと、利用者が十分なサービスを受けられず生活が一変してしまう可能性もあります。
介護施設への行政処分を回避するための対策
介護事業を安定して運営するには、行政処分を受けることは極力回避しなければなりません。ここでは、行政処分を回避するために重要なポイントを解説します。
コンプライアンス体制の構築
行政処分を回避するためには、介護事業所でのコンプライアンス方針を明確に定め、組織全体でコンプライアンスを重視する体制を整えることが重要です。コンプライアンスとは、企業が法令や社会的ルールを守り、適正な体制で運営することを意味しています。
コンプライアンスに基づいて、ルールや規定を一元化して内容を明確化することで、職員が適切な行動をとれます。
職員教育の徹底
行政処分を受けないようにするには、職員全体でのコンプライアンス意識を高めることが大切です。定期的にコンプライアンス研修を開催することで、職員が法令遵守する意識と倫理観を高められて、正しい知識と対応スキルを身につけられます。
適切な記録管理
介護事業を継続的に運営していくにあたり、介護サービス提供の記録や介護報酬を請求する根拠となる書類を適切に管理し、常に確認できる状態にしておくことが重要です。適切な記録管理を徹底しておくことで、書類の不備などを防いで過失による違反行為も防げます。
介護施設への行政処分への対応策
行政処分を受けることは回避しなければなりませんが、ここまで述べたような対策をしていても、予測できない過失や不測の事態が起こるリスクはゼロではありません。もし、行政処分の対象となる違反行為の疑いが指摘された場合には、すみやかに適切な対応策を迅速にとる必要があります。
正しい対応策を適切なタイミングでとることは、介護事業の運営において必要不可欠です。ここでは介護施設が違反行為を介護事業所に行政処分の疑いが指摘された場合の対応策について解説します。
弁護士への相談
介護事業所の違反行為が指摘された場合は、介護保険法に詳しい弁護士への相談を迅速に検討してください。行政処分の根拠となる法令は複雑で難解な内容も多く、行政処分の理由を明確に理解できないまま手続きが進められてしまうケースもあります。
弁護士は法律のプロであり、指摘された行政処分の原因を的確に突き止めて適切な対応策をアドバイスしてもらえます。必要な対応策や手続きを適切なタイミングで取ることが重要であるため、できるだけ早めに弁護士に相談することをおすすめします。
改善計画の策定と実施
行政処分の対象となる違反行為の内容や原因がはっきりしたら、問題点に対する改善計画を策定して実施する必要があります。具体的な改善計画を作成して行政機関に報告し、確実に実施することで予期せぬ不利益処分をなくせます。
弁護士に相談すると、改善計画の書類を作成する際に形式や文面などについて専門的なアドバイスを受けることができ、さらに行政機関への提出などの手続きをスムーズに進めやすくなります。
再発防止策の確立
改善計画を策定・実施すると同時に、問題の根本を解決して再発防止にも努める必要があります。違反行為の再発を防ぐためには、職員全体の意識や倫理観をさらに高めるなど、コンプライアンス体制やシステムを確立することがとても重要です。
弁護士に相談すると、コンプライアンス体制やシステムの確立のための専門的なアドバイスを受けられます。再発防止を図るためには、専門家の意見やアドバイスは有用です。
まとめ:弁護士のサポートで健全な介護事業運営を
介護事業は介護保険法に基づき運営されるべきものであり、行政処分等を受けることなく健全な事業運営を継続することが大切です。介護サービスを提供するにあたり、常日頃から組織全体でのコンプライアンス体制や倫理観を高めることは必要不可欠です。
行政処分の種類や内容を押さえておき、コンプライアンス体制や行政指導を受けた際の対応策などをあらかじめ備えておけば、行政処分を回避して健全な介護事業を継続して運営できます。また、もし違反行為の疑いが指摘されたとしても、すみやかに適切な対応をとることが可能です。
当事務所による対策のご案内
介護事業は、介護保険法や老人福祉法、会社法など、さまざまな法律の規律が張り巡らされた業界です。モノリス法律事務所は、一般社団法人 全国介護事業者連盟や、全国各都道府県の介護事業者の顧問弁護士を務めており、介護事業に関連する法律に関しても豊富なノウハウを有しております。
モノリス法律事務所の取扱分野:IT・ベンチャーの企業法務
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務