アイスランドの会社設立手続きに関する法的解説

北大西洋に位置するアイスランド共和国(以下、アイスランド)は、再生可能エネルギーやデータセンター事業、水産業、観光業といった分野で独自の経済圏を構築しており、日本企業による進出や投資の対象としても関心が高まっています。アイスランドの法制度は大陸法(Civil Law)の系統に属し、欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国として欧州経済領域(EEA)協定を通じ、EUの単一市場と深く統合されています。そのため、会社法を含む商事法分野ではEU指令との調和が図られており、ガバナンスや透明性に関して欧州標準の厳格な法的枠組みが適用されます。
日本企業がアイスランドに進出する際に最も頻繁に選択される法人形態は、非公開有限会社(Private Limited Company, ehf.)および公開有限会社(Public Limited Company, hf.)です。これらは日本の株式会社や合同会社に類似する概念ですが、2006年の日本の会社法改正で撤廃された最低資本金制度がアイスランドでは依然として維持されている点や、現地のID番号制度(Kennitala)に基づく電子行政への対応など、実務上の重要な相違点が存在します。
本稿では、アイスランドへの進出を検討する日本の経営者および法務担当者を対象に、現地会社法の規定に基づく設立手続き、ガバナンス構造、および法的留意点について、最新の法令と判例を交えて解説します。
この記事の目次
アイスランド会社法における法人形態の選択
外国資本がアイスランドで事業を行う場合、有限責任が認められる会社形態を選択することが一般的です。アイスランドの会社法制は、主に「公開有限会社法(Act No. 2/1995)」と「非公開有限会社法(Act No. 138/1994)」によって規律されています。
非公開有限会社(ehf.)は、日本の譲渡制限会社や合同会社に近い性質を持ち、中小規模の事業や親会社が100%出資する完全子会社として最も広く利用されています。株式の譲渡に際して他の株主の同意や先買権を設定することが一般的であり、閉鎖的な所有構造を維持するのに適しています。一方、公開有限会社(hf.)は、株式を証券取引所に上場し、不特定多数の投資家から資金調達することを想定した形態であり、より厳格な資本維持規定や情報開示義務が課されます。
以下の表は、両形態の主な法的要件を比較したものです。
| 比較項目 | 非公開有限会社 (ehf.) | 公開有限会社 (hf.) |
| 日本の類似形態 | 株式会社(譲渡制限会社)、合同会社 | 株式会社(公開会社) |
| 最低資本金 | 500,000 ISK(約55万円) | 4,000,000 ISK(約440万円) |
| 設立者の人数 | 最低1名 | 最低2名 |
| 株主の人数 | 最低1名 | 最低2名 |
| 取締役の人数 | 1名以上(株主4名以下の場合) 3名以上(株主5名以上の場合) | 3名以上 |
| マネージャーの設置 | 任意(取締役との兼務可) | 必須(取締役会会長との兼務原則禁止) |
| 主な用途 | 子会社、中小企業 | 上場企業、大規模プロジェクト |
アイスランドの資本金制度と出資の要件
アイスランドの会社法において、日本法との顕著な違いの一つが最低資本金制度です。日本では会社法改正により最低資本金制度が事実上撤廃されましたが、アイスランドでは債権者保護の観点から明確な下限額が法定されています。非公開有限会社(ehf.)では50万アイスランドクローナ(ISK)、公開有限会社(hf.)では400万ISKの最低資本金が定められており、会社登記が完了する前に全額が払い込まれている必要があります。
資本金は金銭による払込みが原則ですが、不動産や知的財産権などの資産による現物出資も認められています。ただし、現物出資を行う場合には、弁護士または公認会計士による証明書(Declaration)の提出が必須となります。この証明書は、当該資産が実在し、その経済的価値が引受株式の価額に見合うものであることを第三者が保証するものであり、日本の会社法における検査役の調査やその例外規定と比較しても厳格に運用されています。また、外国からの送金を行う場合、アイスランドのマネーロンダリング防止規制(AML)に基づく厳格な本人確認が必要となります。
アイスランドにおける設立者および株主の構成と外資規制

会社の所有構造に関しても、法人形態によって異なる要件が課されています。非公開有限会社(ehf.)は最低1名の設立者および株主で存続が可能であるため、日本企業が単独の発起人となって100%子会社を設立することができます。これに対し、公開有限会社(hf.)は最低2名の設立者および株主が必要となります。
アイスランドでは原則として外国資本による会社設立に制限はありませんが、「非居住者による事業企業への投資に関する法律(Act No. 34/1991)」に基づき、漁業およびエネルギー分野に関しては重要な例外が存在します。特に漁業権を持つ企業については、外国人の所有比率に厳格な上限が設けられており、日本企業がこれらの分野へ参入する際には、現地パートナーとの合弁スキームなどを慎重に検討する必要があります。
アイスランドのガバナンス構造と役員の居住要件
会社法における機関設計において、日本企業が特に留意すべき点は取締役会の構成と役員の居住要件です。非公開有限会社(ehf.)の場合、株主が4名以下であれば取締役は最低1名で足ります。したがって、日本企業が完全子会社を設立する場合、取締役を1名のみ選任するシンプルな構造が可能です。一方、公開有限会社(hf.)の場合は、株主数に関わらず3名以上の取締役で構成される取締役会を設置する義務があり、さらに日々の業務執行を担当するマネージャー(CEO)を1名以上任命しなければなりません。
役員の居住要件については、アイスランドの会社法(Act No. 2/1995 第66条および Act No. 138/1994 第42条)により、原則としてマネージャーおよび取締役の過半数はアイスランドに居住していることが求められます。しかし、この規定には重要な例外があります。EEA加盟国、EFTA加盟国、または経済協力開発機構(OECD)加盟国の市民であり、かつそれらの国に居住している者には、この居住要件が適用されません。
日本はOECD加盟国であるため、日本国籍を持ち日本に居住している者が、アイスランド法人の取締役やマネージャーに就任することは法的に可能であり、アイスランドに実際に居住する取締役を必ずしも選任する必要はありません。ただし、後述するID番号の取得や銀行口座開設の実務においては、現地に物理的に居住している代表者がいない場合、手続きが長期化するリスクがある点には留意が必要です。
アイスランドにおける会社設立の具体的プロセスと必要書類
アイスランドにおける会社設立は、国税庁(Skatturinn)の管轄下にある企業登記局に対して行います。日本の定款(Teikan)に相当する基本規則は、欧州の伝統的な二層構造を採用しており、「設立覚書(Memorandum of Association)」と「定款(Articles of Association)」の2つの文書を作成する必要があります。
設立覚書(Stofnsamningur)は、会社を設立すること自体への合意契約書であり、設立者の氏名や住所、引き受ける株式数、設立時取締役の選任などを記載します。一方、定款(Samþykktir)は会社の運営に関する恒久的な内部規則であり、商号、本店所在地、事業目的、資本金の総額、株主総会の招集手続きなどを定めます。これらの文書はアイスランド語で作成される必要があり、外国企業が設立する場合でも登記所に提出する正本は現地語でなければなりません。
登記申請には、これらの憲章書類に加え、設立通知書(RSK 17.21)、設立総会議事録、実質的支配者届出書(RSK 17.27)、および資本金払込証明書が必要です。申請方法はオンラインと紙媒体の2通りがありますが、オンライン申請を利用するためには署名者全員が現地の電子IDを所持している必要があるため、日本居住の役員のみで設立する場合は、紙媒体での物理的な署名と郵送による手続きが一般的となります。
アイスランド特有の事務的課題:ID番号(Kennitala)と電子認証

アイスランドでのビジネスにおいて、外国人が直面する最大の障壁の一つが「Kennitala(ケニタラ)」と呼ばれるID番号制度です。これは国民および居住者に付与される個人識別番号であり、行政手続きや銀行取引において必須となります。
日本に居住する日本人が役員に就任する場合、通常の居住者用IDは取得できないため、代わりに「システムID番号(System ID Number)」を申請します。これは会社設立登記と並行してフォーム(RSK 17.62)を提出することで取得できますが、あくまで行政識別用の番号であり、居住権を付与するものではありません。
さらに実務的な課題となるのが「電子ID(Electronic ID)」です。アイスランドの電子政府サービスやオンラインバンキングは電子IDによる認証を基盤としていますが、これは通常、現地のSIMカードおよび居住者用IDに紐づけられて発行されます。システムIDしか持たない非居住者役員は電子IDの取得が困難であるため、会社設立のオンライン申請ができず、設立後のインターネットバンキング利用にも制約が生じることがあります。このため、現地のアドバイザーと連携し、銀行口座へのアクセス権限設定などを事前に調整することが不可欠です。
アイスランド会社設立後のコンプライアンスと役員の責任
会社設立後は、速やかにVAT(付加価値税)の登録を行う必要があります。アイスランドの標準VAT税率は24%と高率であり、適切な税務処理が求められます。また、取締役は会社に対して善管注意義務および忠実義務を負いますが、特にグループ会社間取引においては「法人格否認の法理」に注意が必要です。
最高裁判所の判例(Hæstiréttur 2004年3月4日判決、事件番号292/2003、TL-rúllur事件)では、親会社が子会社を完全に支配し、子会社の資産を不当に移転させた行為について、法人格の独立性を否定し、親会社に対して直接的な損害賠償責任を認めました。この判決は、日本企業が現地子会社を運営する際、親会社としての指揮命令権を行使しすぎると、子会社の独立性が否定され、親会社が子会社の債務について直接責任を負うリスクがあることを示唆しています。
まとめ
アイスランドにおける会社設立は、EEA市場へのアクセスや豊富なエネルギー資源を活用できる魅力的な選択肢ですが、日本法とは異なる独自の法的要件と実務的課題が存在します。
主なポイントは以下の通りです。
- 法人形態:一般的には最低資本金が低い「非公開有限会社(ehf.)」が推奨されます。
- 居住要件:日本はOECD加盟国であるため、役員の現地居住義務は免除されます。
- 実務手続:ID番号(Kennitala)と電子IDの壁により、非居住者のみでの設立には紙媒体申請が必要となり、時間がかかる傾向があります。
- 法的リスク:親会社による過度な支配は法人格否認のリスクを招くため、子会社の独立性を尊重したガバナンスが必要です。
モノリス法律事務所では、現地法令の調査から定款のドラフティング、現地当局への対応まで、アイスランドへの進出に伴う法的課題を包括的にサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































