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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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インド共和国の広告規制と消費者保護法を弁護士が解説

インドの広告規制と消費者保護法を弁護士が解説

インド市場は、その巨大な人口とデジタル経済の急成長により、日本企業にとって無視できない魅力的な市場となっています。しかし、その市場参入には、日本とは質的に異なる法的リスクが潜んでいます。かつてインドの商慣習を支配していたのは「買い手注意(Caveat Emptor)」の原則でしたが、2019年消費者保護法の施行以降、そのパラダイムは完全に「売り手注意(Caveat Venditor)」へと転換しました。企業は自らの発信する情報に対して、かつてないほど厳格な説明責任と立証責任を負うことになっています。

本記事では、インドにおける広告規制の全体像を、最新の法令、ガイドライン、および重要な判例に基づいて解説します。特に、日本の景品表示法や薬機法(旧薬事法)に馴染みのある日本企業が、インド法独自の厳しさと執行のメカニズムを理解できるよう、日本法との比較を交えて詳述します。

なお、インドの包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。

インドの広告規制の法的基盤と日本法との相違

インドにおける広告規制の中核を成すのは、2019年に制定され2020年から施行されている消費者保護法(Consumer Protection Act)です。この法律は、従来の1986年法を抜本的に改正したものであり、特に「誤解を招く広告(Misleading Advertisement)」に対する規制が強化されました。

日本の景品表示法における「優良誤認」「有利誤認」の概念と同様に、インドでも製品の品質、数量、価格、効能に関する虚偽表示は禁止されています。しかし、インド法の際立った特徴は、規制当局である中央消費者保護局(CCPA)の権限の強さにあります。日本の消費者庁が措置命令を出すプロセスと比較して、CCPAは「職権探知(Suo Moto)」の権限を持っており、被害届が出ていなくとも、新聞記事やSNSの投稿を端緒として独自に調査を開始し、製品のリコールや広告の中止、さらには最大500万ルピー(約875万円相当)の罰金を科すことができます。

また、特筆すべき日本法との違いとして、広告出演者(エンドーサー)への罰則規定が挙げられます。日本では広告に出演したタレントが法的責任を問われることは稀ですが、インドでは、誤解を招く広告に出演した著名人に対して、CCPAは最大1年間(再犯時は最大3年間)の広告出演禁止命令を出すことができます。これにより、企業はタレント起用契約において、コンプライアンス遵守条項や損害賠償条項をより厳格に規定する必要に迫られています。

インド広告基準評議会(ASCI)の役割と法的地位

インド広告基準評議会(ASCI)の役割と法的地位

インドの広告規制を理解する上で、インド広告基準評議会(Advertising Standards Council of India:ASCI)の存在は極めて重要です。ASCIは形式上は民間の自主規制機関であり、日本のJARO(日本広告審査機構)に似た組織ですが、その権限と影響力はJAROとは比較にならないほど強力です。

ASCIが定めた「広告自主規制コード(ASCI Code)」は、1995年ケーブルテレビネットワーク規制法(Cable Television Networks (Regulation) Ac)および同規則において明示的に参照されています。具体的には、同規則第7条(7)において「ASCIのコードに違反する広告は、ケーブルサービスにおいて放送してはならない」と規定されています。つまり、ASCIのガイドラインに違反することは、即ちケーブルテレビ法違反となり、放送禁止処分に直結するのです。これは、自主規制が法律によって「引用」されることで、実質的な「法」として機能していることを意味します。日本では業界団体の自主基準がここまで直接的に法令違反と結びつくケースは稀であり、この点がインド市場の大きな特徴といえます。

ASCIコードは主に「真実性と正直さ」「良識と品位」「有害性の排除」「公正な競争」の4原則に基づいています。特に「公正な競争」の観点では、比較広告は許容されていますが、競合他社を不当に中傷する(Disparage)表現は厳しく制限されており、デリー高等裁判所などでも頻繁に争点となっています。

この法的地位に関する詳細は、以下の資料で確認できます。

参考:インド広告基準評議会コード
参考:インド法務省 ケーブルテレビネットワーク規制法規則

インドのデジタル市場におけるダークパターン規制の詳細

2023年11月、CCPAは「ダークパターンの防止および規制に関するガイドライン2023(Guidelines for Prevention and Regulation of Dark Patterns)」を公布しました。これは、ユーザーインターフェース(UI/UX)のデザインを通じて消費者の意思決定を操作する行為を規制するものです。日本でもステルスマーケティング規制などが導入されていますが、インドのガイドラインは、禁止されるデザインパターンを13項目にわたって具体的に定義しており、世界的に見ても非常に進んだ規制内容となっています。

日本企業がインド向けにアプリやECサイトを構築する際、日本の商慣習で「親切な機能」や「マーケティング手法」とされているものが、インドでは違法な「ダークパターン」とみなされる可能性があります。以下に、特に注意すべき禁止パターンを表にまとめました。

規制項目(英語)規制項目(日本語)禁止される具体的な行為と日本企業の注意点
False Urgency偽の切迫感在庫が十分にあるにもかかわらず「残りわずか」「あと10分で終了」と表示し、購入を急かせる行為。日本のECサイトでよく見られる「タイムセール」演出も、事実に基づかない場合は違法となります。
Basket Sneakingカゴへの忍び込みユーザーの同意なく、寄付金、保険、追加オプションなどを自動的にカートに追加する行為。決済前にチェックを外さないと課金される「オプトアウト方式」は禁止されており、明示的な同意(オプトイン)が必要です。
Confirm Shaming確認シェイミング保険やメルマガへの加入を断るボタンに「いいえ、私はリスクを冒します」「いいえ、お得な情報を逃します」といった、ユーザーに罪悪感や恥辱を感じさせる文言を使用すること。
Subscription Trapサブスクリプションの罠サービスの解約手続きを意図的に複雑にすること。オンラインで簡単に加入できたのに、解約は電話のみとする場合などが該当します。「解約は加入と同程度に容易でなければならない」という原則が適用されます。
Drip Pricingドリップ価格最初に安価な価格を表示し、決済プロセスが進むにつれて手数料や送料などを徐々に追加し、最終価格を釣り上げる行為。最初から総額を表示する必要があります。
SaaS BillingSaaS課金無料トライアル終了後、ユーザーへの通知なしに自動的に有料プランへ移行し、課金を継続する行為。更新や課金開始前には明確な通知が義務付けられています。
Rogue Malware悪意あるマルウェア「ウイルスに感染しました」等の偽の警告を出し、駆除ツールの購入やソフトのダウンロードを誘導する行為。

これらのパターンは、消費者保護法における「不公正な取引慣行」の一形態として扱われ、違反した場合はCCPAによる罰則の対象となります。

ダークパターン規制に関する公式ガイドラインの解説は以下を参照してください。

参考:インド政府プレスリリース

インドの特定業界における規制の激変:ゲーム、酒類、医薬品

インドの特定業界における規制の激変:ゲーム、酒類、医薬品

インド市場では、特定の業界に対する規制が近年劇的に変化しています。ここでは、特に影響の大きい3つの分野について解説します。

オンラインゲーム業界:2025年法によるRMGの全面禁止

インドのオンラインゲーム市場は、長らく「スキルのゲーム(合法)」と「チャンスのゲーム(賭博)」の区別を巡る議論が続いてきましたが、2025年8月に成立した「オンラインゲーム振興・規制法(Promotion and Regulation of Online Gaming Act)」により、状況は一変しました。

この新法は、スキルかチャンスかを問わず、金銭を賭ける要素のある「オンラインマネーゲーム(Online Money Games)」の提供および広告を全面的に禁止しました。これにより、いわゆるリアルマネーゲーム(RMG)はインド国内で完全に違法となりました。違反した場合、最大3年の懲役および1,000万ルピー(約1,750万円)の罰金が科されるという非常に重い刑事罰が規定されています。日本企業がインドでゲームを展開する場合、eスポーツやソーシャルゲーム(金銭的報酬なし)として、新たに設立された国家オンラインゲーム委員会(NOGC)の認証を受ける必要があります。

酒類・タバコ業界:代理広告とブランド拡張の厳格化

インドでは酒類やタバコの直接広告が法律で禁止されています。これに対し、多くの企業は同じブランド名の水や音楽CDなどを販売し、その広告を通じて間接的に酒類ブランドを宣伝する「代理広告(Surrogate Advertising)」を行ってきました。しかし、2023年12月のASCIガイドライン改定により、この手法に対する規制が大幅に強化されました。

現在、酒類ブランドと同じ名称の商品(ブランド拡張製品)を広告するためには、その製品が単なる隠れ蓑ではなく、実態のあるビジネスであることを証明しなければなりません。具体的には、以下のいずれかの基準を満たすことが求められます。

  • 全国での売上高が年間5,000万ルピー以上であること。
  • その製品のための固定資産への投資が1億ルピー以上であること。
  • 広告費が売上高の一定比率(発売1-2年目は200%以内、以降逓減)を超えないこと。

これらの証明は独立した公認会計士によって行われる必要があります。この基準を満たさない場合、その広告は違法な代理広告とみなされ、撤去命令の対象となります。

参考:ASCIブランド拡張ガイドライン

医薬品・健康食品:Patanjali判決と自己申告証明書(SDC)

2024年、インド最高裁判所は、アーユルヴェーダ大手Patanjali Ayurved社が「糖尿病や高血圧を完治させる」といった科学的根拠のない広告を繰り返した事件に対し、非常に厳しい判断を下しました。この事件において、最高裁は同社に対し法廷侮辱罪の手続きを進めただけでなく、すべての広告主に対し、新たな義務を課しました。

それが「自己申告証明書(Self-Declaration Certificate:SDC)」の提出義務です。現在、医薬品や健康食品に限らず、あらゆる広告を掲載する際、広告主は政府のポータルサイトで「この広告は誤解を招く表現を含んでいない」ことを宣言する証明書を発行しなければなりません。Patanjali事件は、伝統医学であっても現代的な科学的根拠(エビデンス)なしに効能を謳うことが許されないという司法の強い意志を示したものであり、日本企業が「健康維持」などの曖昧な表現を用いる際にも、十分な裏付けデータが求められることを意味しています。

この判決に関する詳細は以下の通りです。

参考:最高裁判決文 Indian Medical Association v. Union of India

まとめ

本稿で解説したように、インドの広告規制は、2019年消費者保護法、ASCIによる準法的な自主規制、そして2025年のオンラインゲーム規制法などに代表されるように、急速かつ厳格に進化しています。特に「職権探知による調査権限」や「ダークパターン規制」、「自己申告証明書の義務化」といった仕組みは、企業に対して受動的な対応ではなく、能動的かつ予防的なコンプライアンス体制の構築を求めています。日本市場での経験則や「他社もやっているから」という理屈は、インドの規制当局や裁判所には通用せず、ひとたび違反と認定されれば、巨額の罰金だけでなく、ブランドイメージの毀損やインド市場からの撤退を余儀なくされるリスクがあります。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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