フィンランド共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

フィンランドは、その安定した政治経済、高い教育水準、そしてデジタル化が進んだ社会インフラから注目を集めています。特に、スタートアップエコシステムの活発さや、環境技術、情報通信技術(ICT)分野におけるイノベーションは、新たな市場機会を求める企業にとって大きな可能性を秘めていると言えるでしょう。
本記事では、フィンランドの法制度の全体像を概観し、特に日本企業が関心を持つであろう会社設立、外国投資、契約法、広告規制、個人情報保護、労働法、そして特定の産業分野における規制に焦点を当て、実務上の留意点を解説します。
この記事の目次
フィンランド法制度の全体像
フィンランドの法制度は、北欧諸国に共通する大陸法系に属し、特にスウェーデン法の影響を強く受けています。また、フィンランドの法制度は、透明性が高く、デジタル化が推進されており、国際的なビジネス環境に適応しやすいという側面が挙げられます。
フィンランドは成文法主義を採用しており、主要な法分野は法典化されています。司法制度は三審制を採用し、一般裁判所と行政裁判所が分かれている点も日本と類似しています。フィンランドの法制度は、その高い透明性とデジタル化によって特徴づけられており、法令や判例、行政手続きに関する情報がオンラインで容易に入手、法的な情報へのアクセスが比較的容易になっています。また、法的確実性と予測可能性が重視される傾向があります。
フィンランドにおける会社設立と外国資本の投資に関する法規制
フィンランドでの会社設立は比較的簡素化されており、外国資本による投資も積極的に奨励されています。日本企業がフィンランドに進出する際に最も一般的な形態は、日本の株式会社に相当する「Osakeyhtiö (Oy)」と呼ばれる有限会社です。
会社形態の種類と特徴
フィンランド会社法(Osakeyhtiölaki, 624/2006)に基づき、有限会社(Osakeyhtiö, Oy)が最も一般的な事業形態として利用されています。この形態は、日本の株式会社に類似しており、株主の責任が有限である点が特徴です。有限会社(Oy)の設立には、少なくとも1名の株主と1名の取締役が必要とされます。特筆すべきは、2019年以降、最低資本金要件が撤廃された点です。
会社設立手続
会社設立は、フィンランド特許登録庁(PRH)傘下のフィンランド貿易登録(Suomen kaupparekisteri)への登録を通じて行われます。必要な書類を提出し、登録料を支払うことで手続きが完了し、オンラインでの手続きも可能です。
フィンランドの会社設立手続きが貿易登録への「登録」を通じて行われることは、日本の法務局での「登記」と概念的には類似しています。フィンランドでは法制度のデジタル化が進んでいるため、物理的な書類のやり取りが減り、処理時間が短縮され、進捗状況の追跡が容易になっています。
外国資本からの投資規制
フィンランドは基本的に外国投資に開放的であり、特定の戦略的産業を除き、特別な事前承認や制限はほとんどありません。ただし、防衛や重要インフラなどの特定の分野では、国家安全保障上の観点から投資審査が行われる場合があります。投資計画を立てる上では、対象となる事業が「国家安全保障」の範疇に入る可能性があるかを早期に評価することが必要でしょう。
フィンランドの契約法
フィンランドの契約法は、契約の自由の原則を基盤としていますが、消費者保護や労働契約においては、当事者の保護を目的とした強行規定が多く存在します。
フィンランドの契約法は、契約法(Laki varallisuusoikeudellisista oikeustoimista, 228/1929)を主たる根拠とし、契約の自由の原則を重視しています。口頭での合意も原則として有効ですが、不動産の売買など、特定の契約については書面による合意が義務付けられています。契約の解釈においては、当事者の真の意思が重視され、信義誠実の原則が適用されます。これは日本の民法における原則と類似しています。
フィンランドにおける広告規制と消費者保護

フィンランドの広告規制と消費者保護は、EU法(特に不公正取引慣行指令)に準拠しており、日本の景品表示法や関連ガイドラインよりも広範かつ厳格な側面があります。特に、広告の真実性、誤解を招く表示の禁止、消費者の権利保護が重視されます。
広告規制の概要
フィンランドの消費者保護法(Kuluttajansuojalaki, 38/1978)は、広告における不公正な商慣行を禁止しており、特に誤解を招く表示や不当な優位性を与える行為が厳しく規制されます。日本の景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)と同様に、消費者を欺くような表示は禁止されますが、EU指令に基づく規制はより包括的で、デジタル広告やインフルエンサーマーケティングにも適用範囲が広がっています。フィンランドにおける広告は真実で誤解を招かないものでなければならず、消費者への透明性が強く求められます。
消費者保護の強化
フィンランドでは、消費者契約における不公正条項の禁止、返品権、保証責任など、消費者の権利が手厚く保護されています。これらの消費者の権利は、しばしば契約上の合意を上回る効力を持つことがあります。
フィンランドにおける個人情報保護とデータプライバシー
フィンランドはEU加盟国であるため、個人情報保護に関しては、世界で最も厳格なデータ保護法の一つである一般データ保護規則(GDPR: General Data Protection Regulation, Regulation (EU) 2016/679)が直接適用されます。これは、日本の個人情報保護法と比較して、適用範囲、データ主体の権利、企業の義務、罰則の点で大きな違いがあります。
GDPRは、EU域内のデータ主体の個人データを処理する企業に適用され、その処理がEU域外で行われる場合でも適用される「域外適用」の原則があります。これは、フィンランド市場をターゲットとする日本企業にとって特に重要な考慮事項です。日本の個人情報保護法も域外適用がありますが、GDPRは、同意の取得、データ主体の権利(忘れられる権利、データポータビリティの権利など)、データ保護影響評価(DPIA)、データ侵害通知、データ保護責任者(DPO)の設置義務など、より厳格な要件を課しています。
フィンランドと日本の労働法制における主要な相違点
フィンランドの労働法は、従業員の権利保護に重点を置いており、労働組合の影響力が強いことが特徴です。日本の労働基準法や労働契約法と比較して、労働時間、解雇規制、団体交渉の役割において顕著な違いが見られます。
労働契約と労働条件
フィンランドの労働契約法(Työsopimuslaki, 55/2001)は、個別の雇用関係を規定しています。フィンランドでは、労働組合と使用者団体が締結する団体労働協約(Collective Bargaining Agreements, CBA)が極めて重要な役割を果たしており、法定基準よりも有利な労働条件を定めることが一般的で、労働者の大部分をカバーしています。
したがって、日本企業がフィンランドで従業員を雇用する際は、単に労働契約法や労働時間法などの個別法規だけでなく、該当する産業分野のCBAの内容を詳細に確認することが不可欠です。日本の労働法が主に個別法規と就業規則に重点を置くのとは異なり、フィンランドではCBAが実質的な最低基準となるため、予期せぬ人件費増加や労働条件の厳格化に直面するリスクがあります。したがって、日本企業はフィンランドでの雇用計画において、CBAの調査と専門家によるアドバイスを、日本以上に重視すべきです。
解雇規制
フィンランドにおける雇用契約の終了には、「正当かつ合理的な理由」が必要とされます。これは日本の解雇権濫用法理に類似しますが、フィンランドでは労働組合の影響力が強く、CBAによる保護も加わるため、実務上は日本よりも解雇のハードルが高く、企業にとって人員削減や組織再編の柔軟性が制限される可能性があります。フィンランドでは、労働組合の力が強く、CBAが広範に適用されるため、解雇の正当性に関する判断基準がより厳格になり、企業が一方的に解雇を行うことが困難になる傾向があります。
フィンランドの医薬品・医療機器の規制と医療広告ガイドライン

フィンランドでは、医薬品法(Lääkelaki, 395/1987)が医薬品の製造、販売、輸入、流通を規制しており、EUの医薬品規制枠組みに準拠しています。医療広告についても、厳格な規制があり、日本の医療広告ガイドラインと同様に、虚偽・誇大広告、誤解を招く表示が禁止されます。特に、処方薬の一般向け広告は厳しく制限されています。
フィンランドにおける資金決済サービスの規制
フィンランドの資金決済サービスは、EUの決済サービス指令(PSD2)に基づき、資金決済サービス法(Maksupalvelulaki, 297/2010)によって規制されています。これは、日本の資金決済法と同様に、決済サービスの提供者にライセンス取得を義務付け、利用者保護を強化するものです。特に、オープンバンキングの推進や、第三者決済サービスプロバイダー(TPP)への銀行口座情報アクセス許可など、日本よりも進んだ規制環境が見られます。フィンランドの金融監督庁(FIN-FSA)が決済サービスプロバイダーのライセンスを監督しています。
まとめ
フィンランドへの事業展開のためには、現地の法制度への深い理解と適切な対応が不可欠です。本稿で解説したように、フィンランドの法制度は日本法と共通の基盤を持つ一方で、会社設立、契約、広告規制、個人情報保護、労働法、特定の産業分野の規制において、実務上重要な相違点が存在します。特に、GDPRの域外適用、団体労働協約の広範な影響、そして厳格な消費者保護・広告規制は、日本企業が事前に十分に検討し、対策を講じるべき主要なポイントです。
モノリス法律事務所は、日本企業の海外進出支援において豊富な経験と実績を有しています。現地の法制度に関する詳細な調査、会社設立手続、各種契約書の作成・レビュー、GDPRを含む個人情報保護体制の構築、労働法務アドバイス、広告規制に関するコンプライアンス支援など、多岐にわたるリーガルサービスを提供可能です。フィンランドの法律専門家とのネットワークも活用し、貴社のビジネスが現地で円滑かつ法的に安全に展開できるよう、最適なソリューションをご提案いたします。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務