アイスランドの法体系と司法制度を弁護士が解説

北欧に位置するアイスランド共和国(以下、アイスランド)は、欧州経済領域(EEA)の一員として欧州単一市場に統合されており、豊富な再生可能エネルギーやデータ産業、観光業などで注目を集めるビジネス拠点です。日本企業が同国へ進出する際に直面する法的環境は、日本と同じ大陸法系の伝統を汲みつつも、独自の「北欧法」としての性格を色濃く有しています。最大の特徴は、日本のような包括的な「民法典」が存在せず、個別の制定法と「事物の本性(Eðli máls)」と呼ばれる独自の法源概念が実務を規律している点にあります。また、2018年の司法改革による三審制への移行や、労使関係を専門に扱う労働裁判所の存在など、紛争解決のメカニズムも独特です。
本稿では、アイスランドの法体系の基礎から、最新の司法制度、そしてビジネス展開において不可欠な会社法や契約法の実務的留意点について、日本の法制度との比較を交えながら詳細に解説します。
この記事の目次
アイスランド法の法体系と法源
大陸法系と北欧法の融合
アイスランドの法体系は、歴史的にデンマーク法やノルウェー法の影響を強く受けており、広義には日本と同じ大陸法系(Civil Law)に属します。しかし、フランスやドイツ、そして日本のように、民法典(Civil Code)や商法典といった体系的かつ網羅的な法典(Code)を制定する形式を採用していません。
日本の法務担当者が調査を行う際、まずは六法全書を開き、民法の条文にあたるのが一般的ですが、アイスランドではそのような単一の法典は存在しません。代わりに、特定の分野ごとに制定された個別の「制定法(Statutes/Acts)」が一次的な法源となります。例えば、契約に関しては「契約法」、物品売買に関しては「動産売買法」といった個別の法律を参照する必要があります。これらの個別法は非常に詳細に規定されており、実質的には法典の一部分のような機能を果たしています。
独自の法源概念:「事物の本性(Eðli máls)」
アイスランド法において、日本人にとって最も馴染みが薄く、かつ重要な概念が「事物の本性(Eðli máls / Nature of the Case)」です。これは、成文法や慣習法、判例といった明確な法源が存在しない「法の欠缺(けんけつ)」の場面において、裁判官が法的判断を下す際の根拠となるものです。
日本では「条理」に近い概念とも言えますが、アイスランドにおける「事物の本性」はより積極的な役割を果たします。これは単なる主観的な公平感ではなく、当該事案の性質や社会的な合理性、正義の要請から客観的に導き出される規範として機能します。例えば、新しいビジネスモデルやテクノロジーに関する紛争で、既存の法律が追いついていない場合、裁判所はこの概念を用いて法的空白を埋める判断を下すことがあります。したがって、明文の規定がないからといって規制が存在しないと即断することは危険であり、現地の法的感覚に基づいた慎重なリスク評価が求められます。
アイスランド司法制度の構造と役割

アイスランドの司法制度は長らく二審制でしたが、2018年1月1日に施行された司法法(Judiciary Act No. 50/2016)により、控訴裁判所(Landsréttur)が新設され、現在は日本と同様の三審制で運用されています。
通常裁判所の三層構造
現在の裁判所システムは、第一審の地方裁判所、第二審の控訴裁判所、そして終審の最高裁判所によって構成されています。それぞれの役割と規模は以下の表の通りです。
| 審級 | 裁判所名(日本語 / アイスランド語) | 構成と役割 |
| 第三審 | 最高裁判所 (Hæstiréttur) | 構成: 裁判官7名。 役割: 法律審として機能し、主に法の解釈や憲法適合性を判断します。上告は許可制(Leave to Appeal)であり、先例的価値がある事件や重大な公共の利益に関わる事件のみが審理されます。 |
| 第二審 | 控訴裁判所 (Landsréttur) | 構成: 裁判官15名。 役割: 2018年に新設された事実審の裁判所です。地方裁判所の判決に対する控訴を審理し、事実認定と法適用の両方を見直します。通常は3名の合議体で審理を行います。 |
| 第一審 | 地方裁判所 (Héraðsdómstólar) | 構成: 全国8ヶ所(レイキャビク、レイキャネス等)、裁判官計42名。 役割: 民事・刑事のほぼ全ての事件の第一審を管轄します。原則として裁判官1名で審理しますが、専門的な知見が必要な場合は専門家が補佐裁判官として加わることがあります。 |
参考:アイスランド司法行政庁 (The Judicial Administration)
最高裁判所の判例の重要性
アイスランドは大陸法系であり、形式的には判例拘束性(Stare Decisis)の原理を採用していません。しかし、実務上、最高裁判所の判決は極めて強い事実上の拘束力を持ちます。特に、個別の制定法の規定が抽象的である場合や、「事物の本性」による法解釈が必要な場合、最高裁の先例は下級審の判断を強く規律します。したがって、法令調査においては、条文の確認に加え、関連する最高裁判決(Hæstiréttur Judgments)の詳細な分析が不可欠です。
アイスランドの特殊な司法機関とその機能
通常の三審制の裁判所とは別に、特定の分野を専門的に扱う二つの特殊な裁判所が存在します。これらはアイスランドの社会構造、特に強力な労働組合の存在や政治的責任のあり方を反映しています。
労働裁判所(Félagsdómur)
労働裁判所は、1938年の「労働組合および労働争議に関する法律(Act No. 80/1938)」に基づいて設立された専門裁判所です。この裁判所は、労働組合と使用者団体(または個別の使用者)との間の集団的労使紛争、具体的には労働協約の解釈や違反、ストライキの適法性などを専属的に管轄します。
特徴的なのはその構成です。5名の裁判官のうち、2名は最高裁判所が指名する法律家ですが、残りの3名は労働組合総連合(ASI)、使用者団体連盟(SA)、および社会問題担当大臣によってそれぞれ指名されます。つまり、労使の代表が裁判官として審理に参加する仕組みとなっており、これにより現場の労使慣行に即した専門的な判断が可能となっています。
最近の事例としては、2025年2月10日の判決(Case F-2/2025)において、労働裁判所は教員組合によるストライキの一部を違法と判断しました。この判決では、ストライキ投票の手続きにおける不備(一部の組合員のみによる投票)が違法性の根拠とされました。このように、労働裁判所の判決は迅速に下され、原則として上訴ができないため(手続上の問題を除く)、ビジネスにおける労務リスク管理の観点からは、過去の労働裁判所の判例傾向を把握しておくことが極めて重要です。
弾劾裁判所(Landsdómur)
弾劾裁判所は、現職または元職の大臣の職務上の犯罪を審理するために設立される特別法廷です。1905年の設立以来、実際に開廷されたのは2008年の金融危機に関連してゲイル・ハーデ元首相が訴追された事例(2012年判決)のみです。ビジネス法務と直接の関連は薄いものの、政治家の法的責任を厳格に追及するシステムが存在することは、同国の統治機構の透明性を示す一例と言えます。
アイスランドのビジネス法務における重要法分野

日本企業が現地法人を設立し取引を行う上で、特に留意すべき法分野について解説します。
会社法と役員の居住要件
アイスランドの会社法制は、主に「公開株式会社(hf.)」と「私有限会社(ehf.)」の二つの形態を規定しています。日本企業の子会社設立においては、設立手続きが簡便で資本金要件が低い「私有限会社(ehf.)」が一般的に選択されます。
| 会社形態 | アイスランド語表記 | 最低資本金 | 特徴 |
| 私有限会社 | Einkahlutafélag (ehf.) | 500,000 ISK (約55万円) | 株主1名から設立可能。株式の譲渡制限が可能。中小規模または子会社向け。 |
| 公開株式会社 | Hlutafélag (hf.) | 4,000,000 ISK (約440万円) | 株主2名以上が必要。株式の自由譲渡性あり。上場企業または大規模企業向け。 |
特に注意が必要なのが、取締役の居住要件です。アイスランドの会社法では、取締役および経営者(CEO)の過半数(または少なくとも1名)は、アイスランド国内に居住している必要があります。ただし、EEA(欧州経済領域)、EFTA(欧州自由貿易連合)、またはOECD(経済協力開発機構)加盟国の国民かつ居住者であれば、この居住要件を満たすものとして扱われます。したがって、日本在住の日本人が取締役になることは可能ですが、その場合でも取締役会の過半数が要件を満たす必要があるため、現地居住者やEEA居住者の登用、あるいは産業・イノベーション省(Ministry of Industries and Innovation)への免除申請が必要になるケースがあります。
契約法と不公正条項の規制
契約法(Act No. 7/1936)は、北欧諸国で共通のモデルに基づいており、口頭契約も有効とする「諾成契約主義」を採用しています。ビジネス契約において最も警戒すべきは、同法第36条の一般条項です。この規定は、契約の内容が「不公正(unfair)」である場合、裁判所がその条項を無効化または修正することを認めています17。
契約法第36条の要旨:契約条項が、契約締結時の事情やその後の状況変化に照らして、不公正または信義誠実の原則に反すると認められる場合、その全部または一部を無効とし、または変更することができる。
日本の消費者契約法に類似していますが、アイスランドではこの規定が事業者間(B2B)の取引にも適用される余地があります。特に、一方当事者に過度なリスクを負わせる条項や、免責範囲が広すぎる条項は、後に裁判所によって無効と判断されるリスクがあります。
競争法とEEAルールの適用
アイスランドはEU加盟国ではありませんが、EEA協定を通じてEU競争法(独占禁止法)とほぼ同一のルールが適用されます。アイスランド競争当局(Icelandic Competition Authority)は強力な執行権限を持っており、国内市場のみならず、EEA域内の貿易に影響を与える行為については厳しく監視しています。
Byko事件(Case No. 42/2019)では、建設資材販売会社間のカルテルに対し、最高裁判所はEEA競争法(EEA協定第53条)の適用を認め、巨額の罰金を確定させました。これは、アイスランド国内の取引であっても、欧州全体の競争法基準で判断されることを示唆しています。
参考:アイスランド競争当局 (Icelandic Competition Authority)
まとめ
アイスランドでのビジネス展開においては、包括的な民法典が存在しないという前提に立ち、個別の制定法と「事物の本性」などの法源を丹念に調査する姿勢が求められます。また、三審制の裁判所や、労使関係に特化した労働裁判所など、紛争解決の場も事案の性質に応じて使い分ける必要があります。特に、契約法第36条による契約条項の修正リスクや、厳格な競争法の適用は、契約交渉やコンプライアンス体制の構築において重要な検討事項となります。
モノリス法律事務所では、アイスランド法および欧州法に精通した知見を活かし、現地法人の設立から契約書のレビュー、労務管理、紛争解決に至るまで、貴社のビジネスを法務面からサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































