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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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アイスランドの労働法を弁護士が解説

アイスランドの労働法を弁護士が解説

北欧の島国であるアイスランド共和国(以下、アイスランド)は、世界経済フォーラムが発表する「ジェンダー・ギャップ指数」において長年にわたり世界首位を独走し続けており、ジェンダー平等の分野における「生きた実験室」として世界中の注目を集めています。同国の労働法制において、日本を含む他国の法制度と最も決定的に異なる点は、企業に対し「男女間の賃金格差が存在しないこと」の立証責任を課し、第三者機関による監査と認証を義務付ける「同一賃金認証制度(Equal Pay Certification)」を導入したことにあります。

日本においても、女性活躍推進法の改正により大企業に対する男女間賃金差異の公表が義務化されるなど、透明性を高める動きは加速していますが、アイスランドの法制度は「公表」にとどまらず、賃金決定のプロセスそのものを国際標準化機構(ISO)のマネジメントシステムと同様の手法で管理し、外部監査を受けることを「義務」としている点で、次元の異なる厳格さを有しています。

本稿では、アイスランドへの進出や現地企業との取引を検討している日本の経営者および法務担当者の方々に向けて、同国の労働法制の中核をなす「ジェンダーによらない個人の平等な地位及び権利に関する法律(Act No. 150/2020)」および関連規則について詳説します。特に、世界で初めて導入された同一賃金認証制度の仕組み、日本法との構造的な違い、違反時の制裁、そして実務上の留意点について、具体的な法令や判例に基づき解説を行います。

アイスランド同一賃金認証制度の法的根拠と構造

アイスランドにおける労働法制の最大の特徴は、2018年に施行され、現在は2020年制定の「ジェンダーによらない個人の平等な地位及び権利に関する法律(Act on Equal Status and Equal Rights Irrespective of Gender No. 150/2020、以下「本法」)」に統合された同一賃金認証の義務化です。この法律は、従来の「性別に基づく賃金差別の禁止」という消極的な禁止規定から一歩踏み込み、使用者が積極的に「差別がないこと」を証明しなければならないという、立証責任の転換を伴う画期的な制度設計がなされています。

本法第1条は、その目的を「ジェンダーに基づく差別を防止し、社会のあらゆる領域においてジェンダー平等と機会均等を確立・維持すること」と定めています。特筆すべきは、対象となるジェンダーが男女の二元論にとどまらず、国民登録(Registers Iceland)において性別を中立(neutral)として登録している人々も包括している点です。企業は、性別に関わりなく、同一の労働または「同一の価値ある労働」に対して、同一の賃金および雇用条件を提供しなければなりません。

参考:アイスランド政府:ジェンダー平等に関する法令一覧

日本の労働基準法第4条も男女同一賃金の原則を定めており、パートタイム・有期雇用労働法においても同一労働同一賃金が推進されています。しかし、日本法では、差別的取り扱いがあった場合の立証責任は原則として労働者側にあり、企業側が「差別がないこと」を定期的に外部機関に証明する義務までは課されていません。アイスランドの制度は、財務諸表の監査と同様に、賃金決定プロセスそのものを客観的な「システム」として構築し、監査を受けることを企業活動の必須要件としている点で、日本のアプローチとは根本的に異なります。

アイスランドの企業規模に応じた義務の内容と認証プロセス

アイスランドの企業規模に応じた義務の内容と認証プロセス

本法第7条および第8条に基づき、企業や機関はその規模に応じて異なる義務を負います。従業員数が年間平均で50人以上の企業は「同一賃金認証(Equal Pay Certification)」を取得する必要があり、25人以上49人以下の企業は「同一賃金確認(Equal Pay Confirmation)」を受けるか、認証を選択する義務があります。従業員25人未満の企業については法的義務はありませんが、任意で取得することが推奨されています。

認証を取得するためには、企業はアイスランド規格協会が定めた国家規格「IST 85:2012(同一賃金マネジメントシステム)」に準拠した賃金管理システムを導入しなければなりません。この規格はISO 9001などの品質マネジメントシステムと同様の構造を持っており、賃金決定の方針策定、職務の分類、賃金データの分析、内部監査、経営層による見直しというPDCAサイクルを回すことが求められます。

認証プロセスにおいて最も重要かつ実務的負荷が高いのが「職務分類(Job Classification)」と「賃金分析(Pay Analysis)」です。企業は、社内のあらゆる職務を、その内容、責任の重さ、求められるスキル、労働環境などの客観的基準に基づいて評価し、スコアリングを行う必要があります。これにより、全く異なる職種であっても、組織に対する貢献度や負担度が同等であれば「同一価値労働」とみなされ、同一の賃金レンジが適用されなければなりません。例えば、伝統的に男性が多い肉体労働と、女性が多い事務労働やケア労働を比較し、それらが「同一価値」であると評価されれば、両者の間に賃金格差があってはならないのです。

この「同一価値労働」の概念は日本でも議論されていますが、アイスランドでは規格(IST 85)として評価基準が標準化され、さらにそれが法令で強制されている点が実務上の大きな違いです。企業は、回帰分析などの統計的手法を用いて、性別以外の正当な要因(教育、経験、労働時間など)で説明できない賃金格差(unexplained pay gap)が存在しないことを、数値で示さなければなりません。一般的に、説明できない格差が5%以内であり、かつ統計的に有意でない、あるいは是正計画がある場合に適合とみなされます。

参考:アイスランド政府:同一賃金認証制度とÍST 85規格の概要

アイスランド同一賃金認証制度違反時の制裁と監督機関の権限

この制度の実効性を担保しているのが、強力な制裁規定です。本法の実施状況を監督するのは、首相府管轄下の独立行政機関である「平等局(Directorate of Equality / Jafnréttisstofa)」です。企業が定められた期限までに認証または確認を取得しなかった場合、あるいは監査で指摘された不適合を是正しなかった場合、平等局は是正命令を出します。

本法第18条等の規定に基づき、平等局は命令に従わない企業に対し、1日あたり最大50,000アイスランド・クローナ(約5万円相当)の日歩罰金(per diem fines)を科す権限を有しています。この罰金は、違反状態が解消されるまで毎日累積するため、企業にとっては看過できない財務的リスクとなります。また、平等局は認証を取得した企業のリストをウェブサイトで公開しており、未取得企業は「法的義務を果たしていない」という社会的評価を受けることになります。これは、ESG投資や優秀な人材の確保が重要視される現代において、罰金以上のダメージとなり得るレピュテーションリスクです。

日本の労働法制においても、是正勧告や企業名公表の制度は存在しますが、行政機関が直接的に、しかも日単位で累積する罰金を科す権限を持つ例は稀です。アイスランドの法制度は、経済的制裁をテコにして、企業の行動変容を強力に促す仕組みとなっています。

参考:アイスランド政府:同一賃金認証(Jafnlaunavottun)の実務と手続き

アイスランド労働裁判所の判例および紛争解決メカニズム

アイスランド労働裁判所の判例および紛争解決メカニズム

アイスランドには、労働協約の解釈などを扱う専門の「労働裁判所(Félagsdómur)」や、ジェンダー平等に関する苦情を処理する「平等裁定委員会(Complaints Committee on Equal Status / Kærunefnd jafnréttismála)」が存在します。

同一賃金認証制度は比較的新しい制度であり、認証プロセスそのものを争った裁判例はまだ多くありませんが、同一賃金の原則に関する重要な判断は蓄積されています。例えば、かつて女性が多数を占める看護師等の職種と、男性が多数を占める技術職等の職種との間の賃金格差が争点となったケースにおいて、裁判所や委員会は「市場原理(他社が高い給与を出しているから高く払う等)」を安易な正当化事由として認めることに慎重な姿勢を示しています。

特筆すべき裁定機関として、平等裁定委員会の役割は重要です。Act No. 150/2020に基づき、従業員は賃金差別を受けたと考える場合、裁判所への提訴だけでなく、この委員会に申し立てを行うことができます。委員会の裁定は法的拘束力を持ち、違反が認定された場合、是正措置が命じられます。

例えば、2017年の「Félagsdómur(労働裁判所)」の判決(Judgment No. 10/2016など)や関連する紛争では、労働協約の解釈において、特定の職務手当が性別に関わりなく公平に適用されているかが厳格に審査されました。また、ランズバンキン銀行(Landsbankinn)などの大手企業は、法制化以前から自主的に監査を受け、わずかな格差でも是正する姿勢を示してきましたが、これは法的なリスク管理であると同時に、ブランド価値を高める戦略でもあります。

参考:【企業事例】ランズバンキン銀行の同一賃金・平等施策への取り組み (Landsbankinn Annual Report 2021 / 英語)

日本の企業がアイスランドで活動する場合、単に現地の最低賃金や労働時間を守るだけでは不十分です。「自社の賃金体系がジェンダー中立であること」を論理的かつ統計的に説明できる準備(Accountability)が不可欠となります。

まとめ

アイスランドの同一賃金認証制度は、世界で最も進んだジェンダー平等施策の一つであり、企業に対して「公正さの証明」という重い責任を課すものです。この制度は、単なる形式的なコンプライアンスにとどまらず、組織内の職務評価基準を見直し、無意識のバイアスを排除することを強制します。日本企業がアイスランドへ進出する際には、IST 85規格への準拠や、認証機関による監査対応など、初期段階から緻密な労務管理体制の構築が求められます。

モノリス法律事務所では、アイスランドの労働法制や認証制度に関する最新情報の提供、現地専門家との連携を通じた認証取得プロセスの助言、そして日本企業が直面しやすい法的リスクへの対応について、包括的にサポートいたします。同一賃金の実現は、法的義務の履行であると同時に、企業の持続可能性と競争力を高める重要な経営課題です。アイスランドでの事業展開をご検討の際は、ぜひお気軽にご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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