弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

スロバキア共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

スロバキア共和国は、中央ヨーロッパの中心に位置し、堅固な製造業を基盤としながら、積極的な技術革新と未来の産業育成に舵を切る国として、近年日本のビジネス界から注目を集めています。特に、EU単一市場へのアクセスと、日本と多くの共通点を持つ大陸法体系を法制度の基盤としている点は、スロバキアへの事業展開を検討する上で重要な要素となります。

スロバキア経済の最も顕著な特徴は、自動車産業がその根幹をなしている点にあります。IMFの統計によれば、2023年の国内総生産(GDP)は1,321億米ドルに達し、着実な経済成長を続けています。スロバキアは人口1,000人あたりの自動車生産台数が世界一であり、国内外の有力自動車メーカーが生産拠点を設けています。2022年には、自動車産業が国内の工業生産の50.3%を占め、工業製品輸出の42%を担うなど、その影響力は極めて大きいものがあります。しかし、政府は自動車産業への過度な依存が構造的なリスクとなりうることを認識しており、イノベーションと研究開発を推進することで、経済の多角化を目指す方針を明確にしています。自動車以外では、電子機器、機械、冶金などの製造業や、情報通信産業、金融サービスなども重要な産業として経済を支えています。

本記事では、スロバキアの経済・産業構造と、ビジネスを行う上で不可欠な法制度の概要を、日本の法制度との異同を踏まえながら詳細に解説します。

スロバキアの法体系とビジネスを取り巻く環境

スロバキアは八つの自治地域に分かれる単一国家であり、立法権は一院制の国民議会(Národná rada Slovenskej republiky)に付与されています。その法体系は、制定法を主たる法源とする大陸法に属し、判例法は原則として法源とはなりません。しかし、高等裁判所の判決は法の解釈に影響を与えることがあります。

スロバキアの法制度は、日本と同じく大陸法に分類されます。法典を主要な法源とし、憲法を頂点とする厳格な法源の階層構造を有している点が、判例法を主とする英米法とは大きく異なります。このため、日本の法務担当者や経営者にとっては、その基本的な概念やロジックが比較的理解しやすいと言えます。しかし、スロバキアの法体系は、かつての社会主義体制下の法文化の名残と、EU加盟国としてのEU法の実装によって形成されており、独自の発展を遂げています。特に、EUの指令や規則は国内法に大きな影響を与え続けており、常に最新の動向を把握することが、スロバキアでのビジネスを成功させる上で不可欠となります。

ビジネス活動の基盤をなす主要な法典としては、私法全般の基礎を定める民法典(Act No. 40/1964 Coll.)と、企業や商取引を規律する商法典(Act No. 513/1991 Coll.)が存在します。これらの法典は、日本の民法や会社法、商法に相当する役割を担っています。また、雇用関係については、労働法典(Act No. 311/2001 Coll.)によって包括的に規定されており、スロバキアでの事業展開を検討する企業にとって、これらの法典の理解は不可欠となります。

スロバキアでの会社設立と事業形態

スロバキアでの会社設立と事業形態

スロバキアで事業を始める際、外国企業は子会社を設立するか、支店を登記するかのいずれかの形態を選択できます。子会社を設立する場合、最も一般的な形態は有限責任会社(spoločnosť s ručením obmedzeným, s.r.o.)であり、これは日本における合同会社(GK)に最も近い性質を持っています。一方、より大規模な事業や株式市場への参入を視野に入れる場合は、株式会社(akciová spoločnosť, a.s.)が選択肢となります。

有限責任会社(s.r.o.)は、1名から最大50名の設立者によって設立が可能です。設立には最低5,000ユーロの資本金が必要であり、各出資者は最低750ユーロを出資しなければなりません。この資本金は設立手続きの前に銀行口座に預託する必要があり、その証明書を登記時に提出します。非EU・非OECD国籍の者を取締役や株主とする場合、政府の承認が必要となることもあります。

日本の合同会社(GK)は、最低資本金の定めがなく、1円から設立できる点が大きな特徴です。これに対し、スロバキアの有限責任会社(s.r.o.)には最低5,000ユーロという資本金要件が課せられています。この違いは、両国における会社設立の思想の違いを反映していると解釈できます。日本が起業のハードルを極力下げ、多様な事業の創出を促しているのに対し、スロバキアでは、最低限の資本基盤を法的に要求することで、設立後の事業の信用性や財務健全性を一定レベルで確保しようとしていると言えます。日本の経営者にとっては、この最低資本金要件が、設立時の資金計画における具体的なコストとして事前に見込んでおくべき重要な要素となります。

比較項目スロバキアの有限責任会社(s.r.o.)日本の合同会社(GK)スロバキアの株式会社(a.s.)日本の株式会社(KK)
最低資本金5,000ユーロ1円25,000ユーロ1円
設立者数1名以上(上限50名)1名以上1名以上1名以上
出資者の責任有限責任有限責任有限責任有限責任
出資の種類現金、現物現金、現物、労務、信用現金、現物現金、現物(現物出資は裁判所の評価が必要)
機関設計・意思決定社員全員の合意が原則社員全員の同意が原則株主総会と取締役会株主総会と取締役会

スロバキアの労働法:雇用契約と解雇のルール

スロバキアの雇用関係は、主に労働法典(Act No. 311/2001 Coll.)によって包括的に規律されています。雇用契約は書面で締結することが義務付けられており、雇用主は従業員に契約書の写しを渡す必要があります。雇用契約には、職務内容、勤務地、業務開始日、賃金条件などの必須事項を記載しなければなりません。

法定労働時間は週40時間、一日8時間と定められており、超過分は残業と見なされます。また、年次有給休暇は、33歳未満の従業員で最低20日(4週間)が保証されています。これは日本の法定最低日数(6ヶ月勤務で10日)を大きく上回るものであり、労働者の権利保護が手厚いことを示しています。

スロバキアの労働法において、日本企業が最も注意すべきは、厳格な解雇規制と法定の退職金制度です。雇用主が従業員を解雇できる理由は、労働法典に明記された特定の事由に限られます。解雇予告期間は勤続年数に応じて1ヶ月から3ヶ月と定められていますが、特に重要なのは、雇用主都合の解雇の場合、従業員に法定の退職金を支払う義務がある点です。

日本の法制度では、解雇事由を厳格に限定する「解雇権濫用法理」は存在するものの、雇用主都合の解雇に対する退職金の支払いを法的に義務付ける一般的な規定は存在しません。一方、スロバキアの労働法典では、勤続年数に応じて、退職金の最低額が明確に定められています。例えば、勤続2年以上5年未満の従業員には月給1ヶ月分、5年以上10年未満では2ヶ月分が退職金として保障されます。この制度は、事業の撤退や人員削減を計画する際に、日本にはない重要なコスト要因となります。そのため、スロバキアで人員整理を行う際には、労働法務に精通した専門家と連携し、法的リスクと必要なコストを正確に把握しておくことが不可欠です。

スロバキアの契約法とビジネス法

スロバキアの契約法は、大陸法体系に属するため、英米法において契約成立の要件とされる「約因」(consideration)の概念は必要とされません。契約は、当事者間の意思の合致によって成立し、その内容が有効である限り、法的な拘束力を持ちます。

ビジネス取引に適用される商法典(Act No. 513/1991 Coll.)の規定は、民法典と比べて、当事者の契約自由を尊重する非強行法規の性質を多く含んでいます。これにより、事業者間の取引では、個別の事情に応じた柔軟な契約条件を定めることが可能です。売買契約や請負契約など、特定の契約類型については詳細な規定が存在しますが、当事者が異なる合意をした場合には、その合意が優先される場合が一般的です。

スロバキアの主要産業に特化した法規制

スロバキアの経済を牽引する主要産業には、その特性に応じた独自の法規制が存在します。

自動車産業と未来のモビリティ

スロバキアの堅調な自動車産業の成長は、慢性的な労働力不足という課題を伴っています。これに対応するため、スロバキア政府は非EU国籍の労働者に対する一時滞在許可の審査期間を90日から30日に短縮するなどの対策を講じ、労働力の確保を支援しています。また、EUの「Fit for 55」政策に則り、スロバキアは2035年までにCO₂排出量ゼロの新車のみを販売する方向へ法的にコミットしており、電気自動車(EV)への移行を強力に推進しています。これに伴い、EVは登録税や道路税で優遇され、充電インフラ整備に対する大規模な投資も行われています。こうした政策は、単に環境目標を達成するためだけでなく、将来の産業競争力を高めるための戦略的措置と捉えられています。

IT・テクノロジー産業と規制動向

IT・テクノロジー分野では、EU加盟国としてGDPR(一般データ保護規則)が直接適用されます。これにより、個人データの処理には厳格なルールが課されます。加えて、スロバキア独自のサイバーセキュリティ法(Act No. 69/2018 Coll.)が存在し、金融、エネルギー、医療などの「必須サービス事業者」には、サイバーセキュリティ対策、事件報告、定期監査などが義務付けられています。スロバキア政府は、金融分野におけるFinTech企業への参入障壁を低減するため、「金融イノベーションセンター」(CFI)を設立するなど、技術革新を後押しする積極的な政策的アプローチをとっています。これは、単に規制によって産業を管理するだけでなく、規制当局と事業者が対話を通じて、新しい技術に対応した柔軟な法制度を構築しようとする意欲の表れです。日本のITやFinTech企業がスロバキア進出を検討する際、現地の政府や規制当局を、イノベーションを共に推進するパートナーとして捉えることは、事業展開を有利に進める上で重要な視点となります。

まとめ

スロバキアは、自動車産業を中心とする強固な製造業を経済の柱としつつ、電気自動車やITといった未来の産業へ積極的に投資し、法制度の整備を進めている国です。日本の法体系と共通点の多い大陸法を基盤としているため、その基本的な概念は理解しやすい反面、厳格な解雇規制や法定の退職金制度、最低資本金要件など、日本とは異なる独自のルールも存在します。これらの違いを理解し、適切に対応することが、スロバキアでのビジネスを成功させる上で不可欠となります。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る