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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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マルタ共和国における観光関連法制度の解説

マルタ共和国は、その豊かな歴史、文化、そして地中海の美しい自然に恵まれた欧州連合(EU)加盟国であり、観光業は経済の重要な柱として成長を遂げています。そして、マルタの観光関連法制度は、EU法の枠組みに準拠しつつも、独自の詳細な規制を有しており、日本の法制度とは異なる点が多々見られます。

本記事では、マルタの観光関連事業における主要な法的枠組みに焦点を当て、特にマルタ観光局(Malta Tourism Authority: MTA)が観光サービスの促進、規制、運営を管轄している点や、宿泊施設、飲食施設、旅行代理店といった特定のセクターに適用される具体的な規則について解説します。

なお、マルタの法律の全体像とその概要については、以下の記事で解説しています。

マルタ観光局(MTA)の役割と権限

マルタ共和国の観光産業を統括する主要機関は、マルタ観光局(Malta Tourism Authority: MTA)です。MTAは、マルタ観光・旅行サービス法(Malta Travel & Tourism Services Act)により1999年に正式に設立されました。マルタ観光・旅行サービス法は、MTAの組織構造、役割、および機能を明確に定義しており、観光促進、観光サービスの規制と運営、その他関連事項を管轄しています。MTAは、単なる観光プロモーション機関に留まらず、国内の観光産業のモチベーター、ビジネスパートナー、ブランドプロモーターとしての役割も担い、観光関連のあらゆる問題に対する助言や支援を提供しています。

MTAの主要な役割には、宿泊施設、飲食施設、旅行代理店、インカミング観光代理店、デスティネーション・マネージメント・カンパニー(DMC)、企画旅行業者、観光ガイドのライセンス発行、監視、および管理が含まれます。MTAのコンプライアンス・規制部門は、観光業界が基準を満たしていることを確認するために、観光事業の監視とレビューを行い、定期的な検査を実施しています。違反が確認された場合には、行政罰金の通知、執行通知の発行、警察への案件照会、タイムシェア関連の違反における保証金からの引き出しといった法的措置を講じる権限も有しています。MTAの決定に不服がある場合、利害関係者は観光不服審査委員会(Tourism Appeals Board)に上訴することができます。

日本の観光関連省庁との比較

マルタにおけるMTAの存在は、日本の観光関連法制度の枠組みと比較すると、その権限の包括性と一元性において大きな特徴があります。日本では、観光業の振興は国土交通省観光庁が所管し、旅館業の許可は都道府県知事(保健所設置市など)が、食品衛生は厚生労働省が、旅行業は国土交通大臣または都道府県知事が所管するなど、複数の省庁や地方公共団体に権限が分散しています。これに対し、MTAはマルタ観光・旅行サービス法に基づき、観光促進からサービス規制、ライセンス発行、監視、執行、さらには苦情調査や立法策定に至るまで、観光関連業務を一元的に管轄しています。

このMTAの一元的な権限は、マルタの観光産業における規制の一貫性を高め、事業者が複数の異なる規制機関と交渉する必要性を低減する効果を産むものと思われます。事業者はMTAという単一の窓口を通じて、観光関連のほぼ全ての法的要件に対応できるため、手続きの簡素化や情報の入手が容易になるというメリットがあると思われます。

マルタの観光関連主要法令一覧

法令名(英語正式名称)章/補助法令番号管轄範囲/主要内容関連する主要機関
Malta Travel & Tourism Services ActChapter 409MTAの設立、観光促進、サービス規制、運営、ライセンス発行の基本法Malta Tourism Authority (MTA)
Tourism Accommodation Establishment RegulationsSubsidiary Legislation 409.04宿泊施設のライセンス要件、分類基準、品質管理、申請手続きMalta Tourism Authority (MTA)
Catering Establishments RegulationsSubsidiary Legislation 409.15飲食施設のライセンス要件、分類(等級)、申請手続きMalta Tourism Authority (MTA)
Travel Operators and Organized Excursion Operators RegulationsSubsidiary Legislation 409.09旅行代理店、企画旅行業者、DMCのライセンス要件、事業範囲、観光ガイドの義務Malta Tourism Authority (MTA)
Package Travel Insolvency Fund RegulationsSubsidiary Legislation 409.18旅行主催者の倒産時の旅行者保護(返金、帰国)のための基金設立と運営Insolvency Fund Managing Board (MTAが関与)
Package Travel and Linked Travel Arrangements RegulationsSubsidiary Legislation 409.19EU指令に基づくパッケージ旅行および関連旅行手配の消費者保護規定Malta Tourism Authority (MTA)
Food Safety ActChapter 449食品安全全般に関する基本法、食品安全委員会の設立、食品施設の登録義務Food Safety Commission
Hygiene of Food RegulationsSubsidiary Legislation 264.02食品施設の衛生基準、検査、管理に関する詳細規定Food Safety Commission, Health Authority

マルタにおける宿泊施設に関する法規制

宿泊施設に関する法規制

マルタにおいて、ホテル、アパートメントホテル、サービスアパートメント、ホステル、ゲストハウス、ブティックホテル、観光村など、あらゆる種類の集合宿泊施設を開発・運営するには、マルタ観光局(MTA)からのライセンスが必須となります。これは、マルタ観光・旅行サービス法(Chapter 409)および観光宿泊施設規制(Tourism Accommodation Establishment Regulations: Subsidiary Legislation 409.04)によって定められています。

ライセンス申請はオンラインで提出可能であり、申請前にはMTAとの事前協議が推奨されています。申請には、多岐にわたる書類の提出が求められます。これには、申請者および運営者の身分証明書、履歴書、直近の警察証明(過去5年間マルタに居住していない場合は出身国の警察証明)、法人やパートナーシップの場合は定款や役員会議事録などが含まれます。さらに、承認済みの都市計画開発許可証、敷地計画図、建築家による施設が許可証と計画に準拠している旨の宣言書、公共下水排出許可証、保健局/食品安全ユニットの承認、残飯処理契約、最低25万ユーロの第三者賠償責任保険の加入証明なども必要です。MTAは、完全な申請書の受領から45日以内にライセンス発行の可否を決定しますが、この期間は最大60日間延長される可能性があります。

分類基準と品質管理

マルタの宿泊施設は、その種類に応じて厳格な分類基準が適用されます。ホテルは5段階、観光村も5段階、ゲストハウスは2段階、ホステルは1段階に分類されます。これらの分類は、各施設が満たすべき特定の基準(例えば、ホテルの場合は第一付表に示される基準)に基づいて行われます。MTAは、エコ認証スキームを導入しており、新規にホテルライセンスを申請する事業者は、ライセンス発行から6ヶ月以内にエコ認証の要件を満たす必要があります。これは、マルタが持続可能な観光を重視していることを示しています。

日本法の旅館業法との比較

マルタの宿泊施設ライセンス制度は、日本の旅館業法と比較して、事業の「運営者の適格性」と「持続可能性」に重きを置いていると思われます。マルタでは、宿泊施設ライセンス申請時に、申請者および運営者の「警察証明」の提出が義務付けられています。これは、過去の犯罪歴がないか、事業運営に不適格な要素がないかをMTAが審査する目的です。また、新規ホテルライセンス取得後6ヶ月以内に「エコ認証」の取得が義務付けられている点も特徴的です。これは、環境への配慮が事業継続の必須条件とされていることを示しています。

一方、日本の旅館業法に基づく許可制度は、主に施設の構造設備基準(建築基準法、消防法、食品衛生法などとの連携)や衛生管理基準に重点を置いています。申請者の適格性については、破産者で復権を得ない者や禁固以上の刑に処せられた者など、限定的な欠格事由が定められていますが、マルタのような詳細な警察証明の提出は一般的ではありません。また、エコ認証のような環境基準の義務化は、法的には存在しません。

マルタにおける飲食施設に関する法規制

マルタにおいて、レストラン、スナックバー、バー、キオスク、ディスコ、ナイトクラブなど、報酬を得て飲食物を提供するあらゆる施設(キオスクを含む)は、「飲食施設」と定義され、マルタ観光局(MTA)からのライセンス取得が義務付けられています。これは、マルタ観光・旅行サービス法(Chapter 409)および飲食施設規制(Catering Establishments Regulations: Subsidiary Legislation 409.15)に基づいています。

飲食施設は、その業態に応じてレストラン(ファースト、セカンド、サードクラス)、スナックバー(ファースト、セカンドクラス)、バー(ファースト、セカンドクラス)、ナイトクラブ・ディスコ(スタンダード)、キオスク(スタンダード)といった等級に分類されます。ライセンス申請には、宿泊施設と同様に、申請者および運営者の身分証明書、履歴書、警察証明、法人・パートナーシップの書類、承認済みの都市計画開発許可証、建築家による準拠宣言書、公共下水排出許可証、保健局/食品安全ユニットの承認、残飯処理契約、最低25万ユーロの第三者賠償責任保険の加入証明など、詳細な書類が求められます。MTAは、申請書の審査を5日以内に行い、その後の書類提出や検査を経て、承認まで約10日間のタイムフレームを設けていますが、申請者の対応状況によっては期間が変動する可能性があります。

衛生基準と食品安全

MTAによる飲食施設のライセンスとは別に、マルタでは食品安全に関する独立した規制が存在します。食品安全法(Food Safety Act, Chapter 449)および食品衛生規制(Hygiene of Food Regulations, S.L. 264.02)に基づき、すべての食品施設は食品安全委員会(Food Safety Commission)への登録が義務付けられています。この登録は、事業運営のライセンスとは異なり、定期的な検査を通じて食品安全基準への準拠を確認するためのものです。食品衛生規制は、食品の安全と健全性を確保するために必要なすべての措置を定義しており、手洗い設備、トイレ、換気、排水設備、更衣室など、施設の衛生要件を詳細に定めています。

日本法の食品衛生法との比較

マルタの食品関連事業においては、MTAによる「観光関連事業としてのライセンス」と、食品安全委員会による「食品衛生上の適合性」の登録という、二つの異なる規制が並行して存在する「二重規制構造」が特徴です。飲食施設はMTAからライセンスを取得する必要がある一方で、同時にすべての食品施設は食品安全法に基づき、食品安全委員会に登録し、食品衛生規制に定められた衛生基準を遵守する必要があります。この食品安全委員会への登録は、事業運営のライセンスとは異なるものです。  

一方、日本の食品衛生法に基づく営業許可制度は、都道府県知事(保健所設置市など)が一元的に食品衛生に関する許可を発行し、HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)に沿った衛生管理の義務付けなど、衛生基準もこの許可制度の中で管理されます。

マルタの制度は、日本のように一つの許可で衛生面もカバーされる制度とは異なり、事業者はMTAと食品安全委員会の両方の要件を理解し、それぞれの手続きを適切に進める必要があります。これは、観光部門の監督機関であるMTAによる「観光事業としての適合性」の審査と、食品安全を専門とする機関による「食品衛生上の適合性」の審査という、二つの異なる視点からの規制が並行しているためです。

マルタにおける旅行代理店・企画旅行業者に関する法規制

旅行代理店・企画旅行業者に関する法規制

マルタでは、旅行代理店部門も厳しく規制されており、インカミング、アウトゴーイングの旅行代理店、企画旅行業者、またはデスティネーション・マネージメント・カンパニー(DMC)として事業を行うには、ライセンスが必須です。これは、マルタ観光・旅行サービス法(Chapter 409)に加え、旅行業者および企画旅行業者規制(Travel Operators and Organized Excursion Operators Regulations: Subsidiary Legislation 409.09)、パッケージ旅行倒産保護基金規制(Package Travel Insolvency Fund Regulations: Subsidiary Legislation 409.18)、およびパッケージ旅行および関連旅行手配規制(Package Travel and Linked Travel Arrangements Regulations: Subsidiary Legislation 409.19)といった補助法令によって詳細が定められています。

ライセンス申請には、申請者および運営者の身分証明書、履歴書、警察証明、法人・パートナーシップの書類、承認済みの都市計画開発許可証、建築家による準拠宣言書、最低25万ユーロの第三者賠償責任保険、そしてDMCの場合は最低100万ユーロの専門職賠償責任保険の加入証明が求められます。MTAは、完全な申請書の受領から45日以内にライセンス発行の可否を決定し、最大60日間の延長が可能です。また、企画旅行業者は、旅行を企画する際に必ずライセンスを持つ観光ガイドのサービスを提供しなければならないという義務も存在します。

消費者保護規定と倒産保護基金

マルタの旅行業界における消費者保護は、EU指令2015/2302(Package Travel Directive)を国内法化したパッケージ旅行および関連旅行手配規制(S.L. 409.19)によって強化されています。この規制は、旅行パッケージ(2種類以上の旅行サービスを組み合わせ、24時間以上または宿泊を含むもの)および関連旅行手配(単一の旅行目的で2種類以上の旅行サービスを個別に購入するが、特定の条件を満たすもの)に対して消費者保護を行っています。旅行者は、契約前の情報提供、契約変更や解除の権利(例えば、大幅な変更や不可避かつ特別な状況下での14日以内の全額返金)、および主催者の履行責任に関する保護を受けます。

特に重要なのは、パッケージ旅行倒産保護基金規制(S.L. 409.18)によって設立された「倒産保護基金」です。この基金の目的は、旅行主催者の倒産によりサービスが履行されない場合に、旅行者が支払ったすべての費用の返金、および必要に応じた帰国費用を保証することです。この基金は、FATTA(旅行業界団体)、MTA、観光大臣が任命する議長で構成される運営委員会によって管理されます。ライセンスを持つ旅行代理店は、販売するすべてのパッケージ旅行に対してMTAライセンス番号を含む証明書を発行する義務があり、消費者は倒産時にこの証明書を提示することで請求を行うことができます。倒産保護はEU加盟国に義務付けられている要件であり、マルタは民間保証と公的基金を組み合わせた混合型スキームを採用しています。

日本法の旅行業法・消費者契約法等との比較

マルタのパッケージ旅行関連法制度は、EU指令に直接準拠しているため、「パッケージ旅行」や「関連旅行手配」の定義がより明確であり、消費者保護の範囲が広範かつ詳細に規定されている点が特徴です。特に、旅行主催者の倒産時に旅行代金の返金と帰国を保証する「倒産保護基金」が、法的義務として設置されています。消費者は、ライセンスを持つ旅行代理店が発行する証明書を提示することで、この基金から保護を受けることができます。これにより、マルタの旅行市場は消費者にとってより安全な環境であると認識される可能性が高いと言えます。

一方、日本の旅行業法には「弁済業務保証金制度」が存在し、旅行業者が倒産した場合に旅行者に弁済を行う仕組みがありますが、これは旅行業協会に加入している業者に限定されますし、また、例えば14日以内の返金期限といった具体的な消費者保護規定は、日本の旅行業法単体ではあまり明示されていません。日本の消費者保護は、消費者契約法や特定商取引法といった一般的な消費者保護法規によって補完されているケースが大半です。

マルタと日本の主要観光関連法制度比較

セクターマルタの主要法令/規制日本の主要法令/規制マルタ法の主な特徴(特に日本法との差異点)
全体的な監督機関MTA (Malta Travel & Tourism Services Act, Chapter 409)観光庁、厚生労働省、都道府県等に分散観光関連事業の促進から規制、執行までMTAが一元的に管轄。単一窓口で対応可能。
宿泊施設Tourism Accommodation Establishment Regulations (S.L. 409.04)旅館業法、住宅宿泊事業法(民泊新法)申請者・運営者の警察証明提出義務、新規ホテルへのエコ認証義務付けなど、運営者の適格性や持続可能性への重点が強い。
飲食施設Catering Establishments Regulations (S.L. 409.15), Food Safety Act (Chapter 449), Hygiene of Food Regulations (S.L. 264.02)食品衛生法MTAによる「観光事業」としてのライセンスと、食品安全委員会による「食品衛生」としての登録・監督という二重規制構造。
旅行代理店・企画旅行業者Travel Operators and Organized Excursion Operators Regulations (S.L. 409.09), Package Travel Insolvency Fund Regulations (S.L. 409.18), Package Travel and Linked Travel Arrangements Regulations (S.L. 409.19)旅行業法、消費者契約法、特定商取引法EU指令に基づく「パッケージ旅行」および「関連旅行手配」の明確な定義と広範な消費者保護。倒産時の返金・帰国を保証する「倒産保護基金」が法的義務付け。

まとめ

マルタ共和国の観光関連法制度は、EU加盟国としての共通の枠組みと、マルタ独自の歴史的・地理的背景に根ざした詳細な規制が融合した、多層的な構造を有しています。マルタ観光局(MTA)が観光産業の促進から規制、執行までを一元的に管轄している点は、日本の複数の省庁や地方自治体が関連法規を所管する体制とは大きく異なります。

日本の経営者や法務担当者の皆様がマルタでの事業展開を成功させるためには、特に、日本の法制度との差異を明確に認識し、マルタ特有の要件に適切に対応することが必要です。例えば、飲食事業におけるMTAのライセンスと食品安全委員会の登録という二重の規制構造や、EU指令に準拠したパッケージ旅行の消費者保護規定は、日本企業にとって特に注意すべき点です。

関連取扱分野:国際法務・マルタ共和国

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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