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アイスランドの暗号資産規制を弁護士が解説

アイスランドの暗号資産規制を弁護士が解説

北大西洋に位置するアイスランドは、豊富な地熱エネルギーと冷涼な気候を背景に、ビットコインをはじめとする暗号資産のマイニング(採掘)拠点として世界的に重要な地位を確立しています。人口約38万人の小国でありながら、世界のハッシュレート(採掘速度)に無視できない影響を与える産業的実態がある一方で、その法的規制環境は長らくマネーロンダリング対策(AML)に特化した限定的な枠組みに留まってきました。日本の経営者や法務担当者にとって、アイスランドは安価なグリーンエネルギーによるマイニング事業の適地としての魅力がある反面、消費者保護や事業規制の観点では法的空白に近いリスクが存在する市場でもありました。

現在、欧州経済領域(EEA)の一員であるアイスランドは、欧州連合(EU)が定めた世界初の包括的暗号資産規制である「暗号資産市場規制(MiCAR)」の導入に向けた法制度の転換点に直面しています。しかし、国内法化のプロセスには遅れが生じており、EU域内との規制のタイムラグが発生しているのが現状です。

本記事では、アイスランドの現行法制である「マネーロンダリングおよびテロ資金供与対策法(Act no. 140/2018)」の詳細、同国を震撼させた「ビッグ・ビットコイン強盗事件」等の判例分析、そして2025年以降に本格化するMiCAR導入による法的環境の変化について、日本法との比較を交えながら解説します。

アイスランド現行規制の枠組みと暗号資産の法的地位

暗号資産の法的定義と通貨性

アイスランドにおいて、法務担当者が最初に理解すべき点は、暗号資産の通貨としての法的地位です。アイスランドでは、暗号資産は法定通貨(Legal Tender)ではありません。アイスランド中央銀行法(Act on the Central Bank of Iceland no. 36/2001)第5条第1項は、紙幣および硬貨を発行する権限をアイスランド中央銀行に独占的に付与しており、当局は一貫してビットコインやその他の暗号資産は法定通貨としての地位を有さないとの見解を示しています。

この点は日本の法的状況と類似しています。日本においても、資金決済に関する法律(資金決済法)において暗号資産は決済手段の一つとして定義されていますが、日本銀行法が定める強制通用力を有する法定通貨とは明確に区別されています。両国ともに法定通貨ではないという出発点は共通していますが、日本が2016年の法改正以降、投資家保護や事業者の健全性確保を法制化したのに対し、アイスランドは長らくAML規制のみで規律してきた点に決定的な差異があります。

以下の表は、日本とアイスランドにおける暗号資産の法的地位の違いをまとめたものです。

比較項目アイスランド (現行法)日本 (資金決済法等)
法定通貨性否定 (中央銀行の独占発行権)否定 (強制通用力なし)
規制の主眼マネーロンダリング対策 (AML/CFT)AML/CFT + 利用者保護 + 事業者健全性
電子マネー該当性否定 (発行体への請求権欠如)明確に区別 (前払式支払手段とは別)
預金保険の対象対象外対象外

マネロン対策法(Act no. 140/2018)による規制

アイスランドにおける暗号資産ビジネス規制の法的根拠は、2018年に制定され施行された「マネーロンダリングおよびテロ資金供与対策法 No. 140/2018(以下「法第140/2018号」)」です。この法律は、FATF(金融活動作業部会)の勧告およびEUのマネーロンダリング指令を国内法化したものであり、暗号資産サービスプロバイダー(VASP)を規制対象として明確に取り込んでいます。

法第140/2018号第3条第25項において、VASPは広範に定義されています。具体的には、暗号資産と法定通貨または電子マネーの交換、暗号資産同士の交換、暗号資産の保管・管理(カストディ)、暗号資産の発行・販売に関連する金融サービスの提供、デジタルウォレットサービスの提供を行う自然人または法人が規制対象となります。これらを業として行う者は、アイスランド中央銀行への登録が義務付けられています。

ここでの「登録」は、日本の資金決済法上の登録とは法的性質が異なります。日本の登録制が財務基盤や体制整備、利用者財産の保全などを求める実質的な認可に近い厳格な参入障壁であるのに対し、アイスランドの登録制は、あくまでAML/CFTの観点から事業者の所在と責任者を把握し、疑わしい取引の監視体制があるかを確認するための行政手続きとしての色彩が強いものです。中央銀行は、消費者保護や健全性規制は現在の監督範囲外であると明言しています。

登録されたVASPには、リスク評価の実施顧客の本人確認(KYC)実質的支配者の特定疑わしい取引の届出といった義務が課されます。これらの義務に違反した場合、行政処分に加え、刑事罰の対象となる可能性があり、関連するマネーロンダリング罪では最大で懲役6年の刑が科されるなど、金融犯罪としては比較的重い量刑基準が設けられています。

ケーススタディ:判例から見るアイスランドの暗号資産法理

ケーススタディ:判例から見るアイスランドの暗号資産法理

アイスランドの法制度を理解する上で、実際に発生した事件に対する司法判断を参照することは有益です。特に、世界的な注目を集めた「ビッグ・ビットコイン強盗事件」は、暗号資産ビジネスにおける物理的セキュリティの重要性と法執行の限界を浮き彫りにしました。

ビッグ・ビットコイン強盗事件の司法判断

2017年末から2018年初頭にかけて、シンドリ・トール・ステファンソン(Sindri Þór Stefánsson)を首謀者とする犯罪グループが、レイキャヴィーク近郊等のデータセンター計4カ所に組織的に侵入し、約600台のビットコインマイニング用サーバーを盗み出す事件が発生しました。被害総額は当時の評価額で約2億円以上に上り、アイスランド史上最大の刑事事件の一つとなりました。

この事件の裁判において、レイキャネス地方裁判所は当初、主犯格のステファンソンに対し懲役4年6ヶ月の実刑判決を言い渡しました。その後、2021年2月19日に下された控訴審判決(Landsréttur)では、刑期が3年6ヶ月に減刑されました。減刑の理由は、拘留期間の算入や一部の事実認定における関与の度合いの再評価によるものです。

この判決から読み取れる日本企業への重要な示唆は、マイニング事業における物理的資産保護の重要性です。裁判所は、マイニング機器の窃盗を刑法上の窃盗罪として裁きました。これはサイバーハッキングではなく、物理的なサーバーの強奪という古典的な犯罪類型です。アイスランドでマイニング事業を行う場合、サイバーセキュリティ以前に、データセンターの物理的防犯(警備員の配置、監視カメラ、入退室管理)が極めて重要であることが示されました。実際、本件では警備員が共犯として逮捕されています。また、盗まれたサーバーは発見されず、犯罪収益(マイニングされたビットコイン)の追跡も困難を極めました。これは、物理的資産が失われた場合の損害回復の難しさを物語っています。

MiCAR導入によるアイスランドの法的環境の変化

アイスランドの暗号資産規制は現在、EUの「暗号資産市場規制(MiCAR)」の導入という大きな転換期を迎えています。MiCARは、暗号資産の発行、取引、サービス提供に関するEU統一のルールブックであり、これまで規制の空白地帯であった暗号資産市場に証券規制に匹敵する厳格な規律を持ち込むものです。

導入プロセスと現状の遅れ

アイスランドはEU加盟国ではありませんが、EEA協定に基づきEUの金融規制を国内法に取り込む義務があります。しかし、そのプロセスには遅れが生じています。EU域内では2024年12月からMiCARが完全適用されていますが、アイスランドにおいては、MiCARを国内法化するための法案(Case no. 228)が2025年3月29日にアルシング(国会)に提出されたものの、会期内での成立には至りませんでした。現在は、2025年9月の次期国会での再提出が予定されています。

このタイムラグにより、EU域内ではMiCARが適用されているにもかかわらず、アイスランドでは未だ旧来のAct no. 140/2018のみが適用されるという規制の不一致期間が、少なくとも2025年後半まで続く見込みです。

日本法との比較およびMiCAR導入後の変化

MiCARが導入されると、アイスランドの規制環境はマネロン対策のみから、世界最高水準の金融規制へと高度化します。以下の表は、現在のアイスランド法、MiCAR導入後のアイスランド法、そして日本法の主な違いを比較したものです。

規制項目現在のアイスランド (Act 140/2018)MiCAR導入後のアイスランド (予定)日本 (資金決済法・金商法)
参入規制登録制 (要件はAML体制中心で緩やか)認可制 (財務、ガバナンス、適格性審査あり)登録制 (実質は認可並みに厳格)
顧客資産保全法的義務なし (契約任せ)分別管理義務 (顧客資産流用禁止、倒産隔離)分別管理 + 信託保全 (金銭)
ステーブルコイン規制なし厳格規制 (電子マネー機関または銀行のみ発行可)電子決済手段として規制 (銀行、資金移動業者等)
市場行為規制なし市場乱用防止 (インサイダー取引等の禁止)デリバティブ取引等で禁止
越境サービス国内のみEEAパスポート (EU全域へ展開可能)原則国内のみ

アイスランド税制における暗号資産の取り扱い

アイスランド税制における暗号資産の取り扱い

アイスランドでビジネスを行う上で、規制と並んで重要なのが税制です。アイスランドの税務当局および独立行政委員会であるYfirskattanefnd(YSKN)の裁定によれば、暗号資産の売却益は、事業所得またはキャピタルゲインとして課税されます

具体的には、暗号資産は税法上「通貨」ではなく、一般的な「動産(movable property)」として扱われます。したがって、個人が暗号資産を売却して得た利益は、通常、キャピタルゲイン税の対象となります。ただし、マイニング事業のように組織的かつ継続的に行われる活動から生じる収益は、事業所得としてより高い税率が適用される可能性があります。付加価値税(VAT)に関しては、暗号資産の販売自体にはVATが課されない傾向にありますが、関連するサービス提供には課税される場合があるため、個別の確認が必要です。

アイスランドへ進出する日本企業への戦略的示唆と提言

アイスランドにおける暗号資産ビジネス、特にマイニング事業は、再生可能エネルギーの優位性という物理的なメリットと、過渡期にある法規制というリスク要因が混在しています。現行法下での参入は、比較的緩やかな登録要件で済みますが、顧客資産保全の法的義務が存在しないため、契約実務における自己防衛が不可欠です。

一方、2025年後半以降に見込まれるMiCAR導入後は、参入障壁が格段に上がりますが、同時に「EEAパスポート制度」を通じてEU全域へサービスを展開できる権利が得られます。日本企業にとっては、単なるマイニング拠点としてだけでなく、欧州市場へのゲートウェイとしてアイスランドを再評価する視点が求められます。これからの進出を検討する場合、現行法の要件に留まらず、将来的なMiCAR準拠を見据えたガバナンス体制やセキュリティ体制を先行して構築することが、当局からの信頼獲得およびスムーズなライセンス移行の鍵となるでしょう。

まとめ

アイスランドにおける暗号資産規制は、現在、AMLに特化した限定的な監視体制から、MiCARによる包括的かつ厳格な監督体制へと移行する過渡期にあります。現行の「マネーロンダリングおよびテロ資金供与対策法」は、登録制を通じて最低限の規律を設けていますが、投資家保護の観点では不十分であり、事業者は自主的な契約やセキュリティ対策によってリスクを管理する必要があります。また、判例からは物理的セキュリティの重要性が示唆されています。

今後、MiCARの導入が完了すれば、アイスランドは信頼性の高い暗号資産金融センターへと変貌を遂げる可能性があります。日本の経営者や法務担当者の皆様には、この法制度のダイナミクスを理解し、現行法のリスク管理と将来規制への適応を両立させる戦略的なアプローチが推奨されます。モノリス法律事務所では、こうした現地の最新法規制や判例に基づき、貴社の国際的な暗号資産ビジネス展開を法務面からサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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