アイスランドの医療・医薬品法を弁護士が解説

モノリス法律事務所は、グローバルな事業展開を目指す日本企業の皆様へ、各国の法規制に関する専門的な知見を提供しております。本記事では、北欧の島国であり、欧州経済領域(EEA)の一員であるアイスランド共和国(以下、アイスランド)の医療・医薬品法制について、経営者および法務担当者の皆様に向けて詳細に解説します。
アイスランドは人口約38万人という小規模な市場ですが、EEA協定に基づき欧州連合(EU)の規制と高度に調和した法体系を有しています。そのため、アイスランドへの進出は、巨大な欧州市場全体への足がかりとして、あるいは欧州規制のテストケースとして重要な意味を持ちます。しかしながら、EU法との調和の一方で、島国特有の地理的条件や小規模な市場環境に起因する独自の法的運用が存在することも事実です。特に、医薬品供給を維持するための柔軟な未承認薬の使用制度や、言語要件に関する特例、そして消費者保護を重視した厳格な広告規制は、日本企業が参入する際に必ず押さえておくべきポイントです。
本稿では、2021年に全面施行された「医薬品法(Medicinal Products Act, No. 100/2020)」および「医療機器法(Act on Medical Devices, No. 132/2020)」を法的な柱とし、日本法との比較を交えながら、現地の規制環境を読み解いていきます。箇条書きによる要約ではなく、法令の論理的な構造や背景にある考え方を文章で丁寧に解説することで、読者の皆様が法的リスクを正確に把握し、適切なビジネス判断を下せるよう構成しています。
この記事の目次
アイスランド規制の全体像と市場参入の枠組み
アイスランドの医療・医薬品規制を理解する上で最も重要な前提は、同国がEU加盟国ではないものの、EEA協定を通じてEUの単一市場ルールに組み込まれているという点です。これにより、基本的には欧州医薬品庁(EMA)や欧州の医療機器規則(MDR)の下で運用されますが、最終的な市場投入の段階では、アイスランド医薬品庁(Icelandic Medicines Agency:IMA / Lyfjastofnun)による国内手続き(ナショナル・ステップ)が必要となります。
医薬品の市場参入において、日本企業は欧州全体の承認ルート(中央審査方式など)を利用できますが、アイスランドでの販売にあたっては、アイスランド語による製品情報の提供や、現地の卸売販売業ライセンスを持つパートナーの確保が不可欠です。また、市場規模が小さいため、すべての医薬品について正規の承認を取得・維持するコストが見合わない場合があり、そうした隙間を埋めるための独自制度が発達している点が特徴的です。
アイスランド医薬品法における承認制度と未承認薬の特例

2021年1月1日に施行された医薬品法 No. 100/2020は、従来の法制度を刷新し、EEA協定に基づく義務の履行と国内供給の安定化を両立させることを目的としています。ここでは、正規の承認ルートと、本件国市場の実態を反映した特例制度について解説します。
製造販売承認の取得プロセス
医薬品を市場に投入する原則的な方法は、製造販売承認(MA)の取得です。EEA加盟国である本件国では、欧州医薬品庁(EMA)による中央審査方式(CP)で承認された医薬品は、自動的に本件国でも有効となります。ただし、これには条件があり、承認付与後30日以内にアイスランド語の製品特性概要(SmPC)や添付文書を提出し、IMAでの登録手続きを完了させなければなりません。これを怠ると、欧州で承認されていても本件国では販売できない事態となります。
また、他国での承認結果を流用する相互承認方式(MRP)や分散審査方式(DCP)も広く利用されています。これらのルートでは、審査の実務は参照国(RMS)が担い、本件国は関係国(CMS)としてその結果を受け入れる形をとります。日本企業が欧州拠点を通じて申請を行う場合、本件国をCMSに含めることで、比較的スムーズに市場参入が可能ですが、ここでも翻訳文書の品質管理が重要なコンプライアンス要件となります。
Exemption Drugs(未承認薬)制度の実態
日本の薬機法下では、未承認薬の使用は治験や例外的な個人輸入などに限定され、非常に厳格に管理されていますが、本件国では「Exemption Drugs(免除医薬品)」と呼ばれる未承認薬の使用が、日常的な医療の中に組み込まれています。これは、人口が少なく市場規模が小さいために、製薬企業がコストをかけて正規のMAを取得・維持しない医薬品が多く存在するためです。
医師は、患者の治療に不可欠でありながら国内に代替品がない場合、IMAに対して個別の使用許可を申請します。この制度は本来、例外的な措置であるはずですが、実際には年間数万件の申請が承認されており、市場の一部を構成するに至っています。日本企業にとっては、本格的なMA取得の前に、医療現場のニーズが高い製品をこのルートで供給し、実績を作るという戦略が考えられます。ただし、あくまで「特例」であるため、IMAは長期的には正規承認への移行を推奨しており、制度への過度な依存は規制リスクを伴います。
アイスランド医療機器法と販売業者登録の落とし穴
2021年に施行された医療機器法 No. 132/2020は、EUの医療機器規則(MDR)を国内法化したものです。日本と同様、リスクに応じたクラス分類や品質管理システム(QMS)が求められますが、手続き面で日本企業が見落としがちな独自の要件が存在します。
製品登録ではなく「販売業者登録」の義務
日本の薬機法では、医療機器そのものの承認や認証(製品登録)が中心的な手続きですが、アイスランドではCEマーキング制度を採用しているため、IMAに対する製品ごとの承認申請は原則として不要です。しかし、その代わりに「販売業者(Distributors)」の登録が義務付けられています。
医療機器法第28条に基づき、製造業者や輸入業者だけでなく、サプライチェーンに関与するすべての卸売・小売業者は、IMAに自身の情報を登録しなければなりません。これは、製品に不具合が生じた際のリコール体制やトレーサビリティを確保するための措置です。日本メーカーが現地の代理店を通じて製品を販売する場合、その代理店が確実にこの登録を行っているかを確認する必要があります。登録自体は届出に近い形式で、申請と同時に活動を開始できますが、これを怠ると違法営業とみなされるリスクがあります。
言語要件の壁と緩和措置
医療機器のラベルや使用説明書(IFU)に関する言語要件は、参入障壁となり得ます。原則として、一般消費者が使用する機器(血糖測定器や家庭用マッサージ器など)については、安全確保の観点からアイスランド語の表示が必須です。一方で、医療従事者のみが使用する専門的な機器については、英語や他の北欧語(デンマーク語、スウェーデン語など)での表示が認められる場合があります。
以下の表は、対象ユーザーごとの言語要件をまとめたものです。
| 対象ユーザー | 許容される言語 | 留意点 |
| 一般消費者(Lay persons) | アイスランド語(必須) | 患者自身が操作する機器は、誤使用を防ぐために母国語での表示が法的に義務付けられています。 |
| 医療従事者(Professionals) | 英語 または 北欧語 | リスククラスや機器の性質により、IMAが指定するリストに基づき、アイスランド語以外の使用が許可される場合があります。 |
| インプラントカード | アイスランド語(原則) | 原則はアイスランド語ですが、不可能な場合は英語や北欧語も許容される柔軟な運用があります。 |
日本企業が製品を輸出する際、専用のアイスランド語パッケージを作成するのはコスト高となるため、英語併記のラベルにアイスランド語のステッカーを貼付する、あるいは電子的な説明書(e-IFU)を活用するといった対応が一般的ですが、これらが法令に適合しているか事前の確認が不可欠です。
アイスランドにおける広告規制の厳格さとコンプライアンス

広告規制は、アイスランドにおいて最も違反が摘発されやすい領域の一つです。医薬品広告に関する規則 No. 790/2021 は、消費者を誤認させる表現を徹底的に排除する姿勢を示しており、日本の健康食品や化粧品の広告で見られるような「暗示的な表現」も厳しく取り締まられます。
一般向け広告の禁止事項と必須記載事項
処方箋医薬品(Rx)の一般向け広告は、ワクチンキャンペーンなどの例外を除き、全面的に禁止されています。一般用医薬品(OTC)については広告が可能ですが、その内容は製品特性概要(SmPC)と完全に一致していなければなりません。
特に注意すべきは、以下の禁止表現です。これらは日本の薬機法における誇大広告規制とも共通しますが、本件国ではIMAがメディアを常時モニタリングしており、摘発されると即座に行政処分や制裁金の対象となります。
- 「絶対に効く」「副作用がない」といった保証的表現:科学的な事実であっても、絶対的な断定は禁止されます。
- 「自然由来だから安全」という訴求:いわゆるオーガニックやナチュラルを売りにする場合でも、それが安全性や有効性の根拠であるかのように示すことは違法です。
- 医療機関の受診不要を示唆する表現:医師の診察や手術を受ける必要がなくなるかのような印象を与えることはできません。
また、広告には必ず「使用前に添付文書をよく読むこと」「詳しくは薬局または医師に相談すること」といった定型的な警告文と、医薬品情報サイトへの誘導を含める義務があります。
Voltaren(ボルタレン)事件に見る法執行の実際
IMAの規制執行の厳しさを示す好例として、痛み止め「Voltaren」に関する事案があります。このケースでは、ラジオ広告において製品名とともに特定の特徴的なメロディが流されました。市場には、処方箋が必要な高用量のVoltaren(Rx)と、一般用医薬品のVoltaren(OTC)の両方が存在していましたが、広告内でその区別が明確にされていませんでした。
IMAは、この広告が消費者に「処方箋医薬品の広告」であると誤認させる可能性があると判断し、違法と認定して企業に対して警告(Reprimand)を行いました。これは、ブランド全体(アンブレラブランド)のイメージ広告であっても、Rx薬を想起させる要素があれば規制違反となることを示しており、日本企業が同一ブランドで複数のカテゴリーを展開する際に十分な注意が必要であることを示唆しています。
この事件に関する報道は、アイスランド国営放送(RÚV)のウェブサイトで確認することができます。
参考:【違反事例】鎮痛剤「Voltaren」の広告に対する当局の警告
アイスランド法と日本法の比較と戦略的示唆
最後に、日本の法規制に慣れ親しんだ読者のために、主な相違点を整理します。
日本の薬機法(PMD Act)との主要な差異
| 項目 | 日本(薬機法) | アイスランド(医薬品法・医療機器法) |
| 承認制度 | 厚生労働省/PMDAによる独自の審査・承認が必須。 | EEA(欧州)での承認を基礎とし、国内登録(翻訳等)を行うプロセスが主流。 |
| 未承認薬の使用 | 治験や個人輸入など限定的で手続きが煩雑。 | 「Exemption Drugs」制度により、医師の申請ベースで比較的広範に利用されている。 |
| 医療機器の登録 | クラスに応じPMDAまたは認証機関が製品を審査・登録。 | CEマーキングがあれば製品登録は不要。販売業者の登録が必須。 |
| 責任者の要件 | 総括製造販売責任者、安全管理責任者などの設置義務(三役)。 | 管理薬剤師(Qualified Person:QP)や技術管理者の設置義務。 |
| 言語 | 日本語のみ。 | アイスランド語が原則だが、専門家向けには英語・北欧語が許容される場合がある。 |
まとめ
アイスランド市場は、その規模こそ小さいものの、高所得で先進的な医療環境を持つ魅力的な市場です。しかし、EU法とローカルルールが複雑に絡み合っており、特に「販売業者登録の失念」や「広告表現の逸脱」は、日本企業が陥りやすい法的リスクです。
まずは未承認薬(Exemption)としての供給から開始して実績を作り、その後に正規の承認取得を目指すというステップ・バイ・ステップの戦略や、現地のパートナー選びにおいて法的なコンプライアンス能力(特にDistributor登録や言語対応)を重視することが、成功への鍵となります。
モノリス法律事務所では、ライセンス申請のサポート、広告案のリーガルチェック、代理店契約書の作成など、日本企業の皆様のアイスランド市場およびEEA市場への展開を法務面からサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































