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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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スイスの不動産法と外国人による不動産取得規制(Lex Koller)

スイス連邦(以下、スイス)は、安定した政治・経済環境と国際的な中立性から、日本企業にとって魅力的なビジネス拠点となっています。しかし、スイスでの事業展開を検討する上で、現地の不動産法、特に外国人による不動産取得に関する厳格な規制を正しく理解することは不可欠です。

スイスの不動産登記制度は、連邦政府の監督下にあるものの、実際の登記所の運営は各州(カントン)に委ねられるという、連邦制に深く根差した分権的構造を持っています。これは、法務局による一元管理が行われる日本とは大きく異なる点です。

さらに、外国人による不動産取得については、「連邦不動産取得法」(Bundesgesetz über den Erwerb von Grundstücken durch Personen im Ausland、通称:Lex Koller/BewG)によって厳しく制限されています。この法律は、不動産投機を防ぎ、国内の土地が過度に外国資本に支配されること(Überfremdung)を防ぐことを目的としています。

日本の読者が最も注意すべきは、スイスが採用する「許可主義」です。日本では、外為法による事後届出や安全保障上の利用制限はあるものの、所有権の取得自体は原則自由ですが、スイスでは、特定の要件を満たさない限り、取得行為そのものが州当局の事前許可を必要とします。

特に、事業展開を目的とする商業用不動産についても、その取得は原則として「自ら事業を遂行するために使用する」(Selbstnutzung)場合にのみ、許可が免除されます。単なる賃貸収益を目的とした商業不動産投資は投機と見なされ、原則規制対象となります。また、連邦裁判所の最新の判例(Urteil 2C_325/2022)が示すように、事業の運営に不可欠な付随施設(従業員住宅など)であっても、例外規定の適用には極めて慎重な判断が求められます。

本記事では、スイスの不動産登記制度の独自性に触れつつ、Lex Kollerの詳細な規制内容、特に事業用不動産に関する許可例外の厳格な解釈について、具体的な根拠法と判例に基づき、日本の法制度との違いを明確にしながら解説します。

スイスの不動産登記制度:連邦制下の分権的管理

土地登記の基本原則と日本法との構造的差異

スイスの不動産登記制度は、土地の所有権、抵当権、地役権といった物権を公的に登録し、取引の安全を確保するための重要なシステムです。この制度は、スイス民法典(Schweizerisches Zivilgesetzbuch, ZGB)に規定されており、特にZGB Art. 973には「公信力の原則(Prinzip des öffentlichen Glaubens)」が確立されています。これは、善意で登記記録を信頼した第三者は保護されるという原則であり、日本の不動産登記制度において登記記録に原則として公信力がない点とは、法的な確実性の構造が異なります。

スイスの政治構造は、連邦制(Bundesstaat)を基盤としています。連邦政府は登記制度全体の監督責任を負いますが、実務的な登記所の設置と運営は、26のカントン(州)それぞれが担っています。この分権的構造の結果として、不動産登記に関する全国統一の中央データベースは存在せず、この点がスイスの連邦制の原則を強く反映しています。

日本の法務局による登記管理は全国で一元化されているため、日本の法務担当者がスイスで複数のカントンにまたがる取引を検討する場合、カントンごとの実務慣行や必要書類、手続きのデジタル化の進展度に差異が生じる可能性があることに留意が必要です。

カントン(州)による運営と実務上の留意点

スイスの各カントンは、憲法上、広範な自治権を有しており、財政、税務、教育、インフラ、空間計画( Raumplanung)など、多くの分野で独自の管轄権を持っています。不動産登記所の運営もカントンの権限に属し、さらにカントンと自治体(Gemeinden)の間で都市計画などの役割分担が定められています。

この分権的な体制は、後述する外国人不動産取得規制「Lex Koller」(BewG)の運用にも深く影響します。Lex Kollerに基づく不動産取得の「許可」権限は、連邦法に基づきつつも、その申請の受理および審査、最終的な許可判断は、通常、物件所在地を管轄するカントンの当局が担います。

したがって、スイスで事業用不動産を取得する際は、連邦法であるBewGの要件を満たすだけでなく、具体的な手続きや必要書類について、物件が所在するカントンの当局の運用を詳細に確認することが不可欠となります。これにより、取引の初期段階でのデューデリジェンスコストが増加する可能性があることは、日本の法務部員にとって重要な実務上の留意点となります。

外国人によるスイスの不動産取得規制:「Lex Koller」(BewG)の全体像

規制の立法趣旨:「国土の過度な外資支配」の防止

外国人による不動産取得を規制する主要な法律は、1983年12月16日付「連邦不動産取得法」(Bundesgesetz über den Erwerb von Grundstücken durch Personen im Ausland、略称:BewG)であり、一般に「Lex Koller」として知られています。

この法律の立法趣旨は、極めて明確かつ厳格です。それは、スイス国内の土地の「Überfremdung」(過度な外資支配、または外国化)を防止することにあります。BewGは、スイスの土地が、まずスイスの居住者に確保されるべきであるという思想に基づき、外国人支配下にある不動産の規模を持続可能な水準に安定させることを目的としています。

この規制は、原則として「許可主義」(Bewilligungspflicht)を採用しており、後述の例外規定がない限り、「国外の者」による不動産取得は、管轄の州当局による事前許可が必須となります。

この規制思想は、日本の不動産法との決定的な違いを示しています。日本では、憲法や民法上の原則に基づき、外国人による不動産取得は原則として自由であり、近年制定された重要土地等調査法も、利用状況の調査と制限に主眼を置いています。これに対し、スイスのLex Kollerは、取得行為そのものを「国土防衛」の視点から厳しく審査するものであり、日本の不動産取引の常識をそのまま適用することは重大な法的リスクを招きます

「国外の者」(Personen im Ausland)の厳格な定義

Lex Kollerの規制対象となる「国外の者」の定義は厳格であり、自然人だけでなく、法人も対象となり得ます。

自然人の場合、Lex Koller上の「国外の者」とは、以下のいずれかに該当する者を指します。

  1. スイス国外に居住する外国人。
  2. スイスに居住する外国人であっても、有効なC居住許可証(Niederlassungsbewilligung C、定住許可)を保有していない、かつ、EU/EFTA国民ではない者。

逆に言えば、スイスに居住し、有効なC定住許可証を保有している非EU/EFTA国民、あるいはスイスに合法的かつ現実に居住しているEU/EFTA加盟国国民(通常はB滞在許可証またはC定住許可証を所持)は、Lex Kollerの規制対象外となります。

日本の法人(非EU/EFTA諸国に属する)がスイスでの事業展開を目指す際、現地で子会社を設立し、その子会社名義で不動産を取得するケースが多く見られます。しかし、当該子会社が外国人によって支配されていると判断される場合、その子会社自体もLex Koller上の「国外の者」とみなされ、規制対象となります。最終的な支配権が日本本社にある以上、単に現地法人を設立しただけでは規制を回避できない構造となっています。

スイスにおける許可主義の原則と例外:居住用と事業用不動産の峻別

スイスにおける許可主義の原則と例外:居住用と事業用不動産の峻別

厳格な制限下の居住用不動産の取得

Lex Kollerの目的の一つは、居住用不動産市場の投機を抑制することです。原則として、一戸建て住宅、分譲マンション、またはそれらのための建設用地の取得は、規制対象となり、許可が必要です。

特に、賃貸収入を得るための投資目的の居住用不動産(Rendite-Wohnliegenschaften)の取得は、法律により厳しく規制されており、原則として禁止されています。この規制は、スイス国内の居住環境を保護し、不動産価格の安定を図るというLex Kollerの核心的な目的に由来します。

例外的に許可が不要となるのは、取得者が居住地とする主たる住居(Hauptwohnung)の取得など、極めて限定的な場合です。しかし、非EU/EFTA国民でC居住許可証を持たない者が主たる住居を取得する場合も、原則として許可が必要とされ、その許可要件は厳しく定められています。

したがって、日本の投資家が、賃貸収益を目的としてスイスの居住用不動産を取得するという一般的なレジデンシャル投資戦略は、Lex Kollerによって法的に成立しないと認識する必要があります。

許可が不要となる事業目的不動産(Betriebsstättegrundstücke)の定義と制限

スイスでの事業展開を計画している日本の経営者や法務部員にとって、最も重要な例外規定は、事業活動のために使用される不動産に関するものです。

外国人による不動産取得が許可を要しない例外規定として、商業、工業、手工業、自由業などの事業活動の遂行に「専ら供される」(ausschliesslich zur Ausübung… dienen)または供される予定の「事業目的不動産」(Betriebsstätte-Grundstücke)の取得があります(BewG Art. 2 Abs. 2 Bst. a)。

この例外規定が適用されるためには、以下の二つの絶対条件を満たさなければなりません。

  1. 事業目的への専ら使用:当該不動産は、上記のような事業活動のために使用されなければなりません。
  2. 自社使用(Selbstnutzung):当該不動産は、取得者自身によって事業のために使用されることが条件です。

特に重要な点として、不動産を賃貸する目的での取得は、たとえそれが商業用不動産(オフィスビルなど)であっても、Lex Kollerの規制目的である投機的性質があると見なされるため、原則として許可義務の対象外とはなりません。

この「自社使用」原則の厳格さは、日本の法制度との決定的な相違点です。日本では、不動産賃貸業も正当な事業活動であり、外国企業が国内の賃貸オフィスビルを購入して賃貸収益を得ることに特段の規制はありません。しかし、スイスでは、外国企業は国内で実際に雇用を創出し、工場やオフィスを建設し、自社の事業活動を行う場合にのみ、許可免除の恩恵を受けることができます。単に不動産を保有し、賃貸収益を得るという投資戦略は、この法律によって実質的に閉ざされています。

スイスでの商業投資における法的リスクと連邦裁判所の判例分析

事業用施設に付随する住居部分の規制:面積制限と不可欠性

事業目的不動産(Betriebsstättegrundstücke)の取得が許可不要となる場合であっても、その敷地内に住居部分が含まれる場合には、さらなる制限が課されます。

この住居部分が例外的に許可不要となるのは、以下の要件をすべて満たす場合に限られます。

  1. 当該住居が「当該事業の遂行に不可欠」であるか、または「当該事業の責任者が居住するため」に設けられていること。
  2. 住居部分の不動産面積が、事業目的の不動産の総床面積の3分の1を超えないこと。

特に「不可欠性」の解釈は極めて厳格であり、Lex Kollerの規制の網をかいくぐるための手段として住居部分を取得しようとする試みは、連邦裁判所によって厳しく排除されてきました。単に事業の運営上便利であるという理由や、経済的に合理性が高いという理由だけでは、この「不可欠性」は認められません。

判例による運用の具体化:ホテルスタッフ用住居を巡る判断

スイス連邦裁判所は、事業例外規定の解釈に関して、近年も厳格な姿勢を維持しています。

2023年12月21日に下された連邦裁判所の判決(Urteil 2C_325/2022)では、ドイツ系資本が支配する企業が、スイス国内のホテル運営会社(C AG)の従業員専用住宅として利用するための不動産を取得しようとした事案が争われました。ホテル事業自体は事業目的不動産の例外に該当しますが、その従業員住宅の取得が例外に含まれるかが問題となりました。

連邦裁判所は、ホテル従業員が地元の賃貸市場で住居を見つけることが困難であり、社宅の提供に依存しているという事実上の必要性を認めつつも、Lex Kollerの「過度な外資支配の防止」という立法目的を重視し、従業員住宅の取得には法的根拠がないため、無許可取得は許されないと結論付けました。

この判決は、たとえ事業の運営に実質的かつ経済的に不可欠な施設であっても、Lex Kollerの事業例外規定は、事業活動が直接行われる物理的な場所(Betriebsstätte)に限定して、極めて狭く解釈されることを明確に示しています。

この司法判断は、スイスでの事業展開を検討する日本企業にとって重要な警告となります。現地に駐在員や多数の従業員を派遣する場合、企業が従業員住宅を直接取得しようとすると、ほぼ確実にLex Kollerの許可が必要となり、その許可を取得することは容易ではありません。したがって、不動産戦略においては、賃貸市場の利用を基本とするなど、規制を回避するための代替手段を検討する必要があります。

(連邦裁判所 2C_325/2022 判決に関する解説記事の出典:https://bm-recht.ch/recht-aktuell/tag/lex-koller/

日本とスイスの不動産取得規制と比較分析

日本法における「原則自由」と手続き上の規制

日本では、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく事後報告義務や、重要土地等調査法に基づく利用目的の調査といった手続き上の規制は存在しますが 、外国人による不動産所有権の取得自体は、原則として自由に認められています。

重要土地等調査法は、国防上重要な区域での土地利用状況の把握を目的としていますが、外国人の土地所有そのものを禁止するものではありません。また、外為法による届出は、原則として事後の報告義務であり、スイスのLex Kollerが要求する「事前許可」とは、規制の性質とタイミングが根本的に異なります。

この違いは、国家が不動産に対する外国資本の移動をどのように位置づけるかという、法的思想の決定的な差異を示しています。スイスでは、取得行為自体が厳格にコントロールされるため、日本での迅速な取引慣行をそのままスイスに適用することは、法的リスクが高くなります

スイスと日本における外国人不動産取得規制の比較

スイスと日本の不動産取得規制は、以下の点で根本的に対照的です。

外国人不動産取得規制の比較

項目スイス(Lex Koller/BewG)日本(民法、外為法、重要土地等調査法)
法的原則原則「許可主義」(Bewilligungspflicht)原則「自由」(所有権取得)
規制の焦点取得行為自体(国土外資支配・投機防止)取得後の利用状況(安全保障)および事後報告(外為法)
規制対象となる「外国人」の定義C許可証なしの非EU/EFTA国民、または国外居住者(法人は外国人支配下の場合)国籍による制限なし(ただし外為法報告義務はあり)
商業用不動産の取得自社使用(Selbstnutzung)のみ許可不要。賃貸目的は原則規制対象。制限なし。事業目的に供する場合は自由。

まとめ

スイスの不動産取得法(Lex Koller/BewG)は、日本の法制度と異なり、国土防衛と投機抑制を目的とした厳格な「事前許可主義」を採用しています。日本の事業者がスイスで不動産取得を検討する際、この原則を深く理解することが不可欠です。

最大のリスクは、商業用不動産の取得においても、「自社使用」の原則が極めて厳しく適用され、賃貸収益を目的とする投資は規制対象となる点です。このため、日本の企業がスイス国内の不動産を単純な投資資産として保有しようとする戦略は、法的に成立しない可能性が高いといえます。

さらに、連邦裁判所の最新の判例(Urteil 2C_325/2022)が示すように、事業の運営に不可欠な付随的施設(例:従業員住宅)でさえも、事業例外の適用には極めて厳格な解釈が求められます。これは、外国企業がスイスで事業展開を行う際の不動産戦略における大きなハードルとなる要素です。

スイスでの不動産取得や事業展開を成功させるためには、日本の常識にとらわれず、連邦法(BewG)および各カントン当局の運用、さらには最新の連邦裁判所の解釈を正確に把握した上で、綿密な法的戦略を構築する必要があります。当法律事務所では、スイスの複雑な法規制に対応するための専門的なサポートを提供いたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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