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アイスランドの不動産法を弁護士が解説

アイスランドの不動産法を弁護士が解説

アイスランド共和国(以下、アイスランド)は、その豊かな地熱エネルギーや手つかずの自然環境により、近年、世界中の投資家から熱い視線を浴びています。しかし、その不動産市場への参入障壁は、欧州諸国の中でも特異な法制度によって極めて高く設定されています。本稿では、日本企業の経営者や法務担当者を対象に、アイスランドにおける不動産取引の法的枠組みを詳細に解説します。

アイスランドの不動産法の最大の特徴は、外国人による土地所有に対する厳格な「原則禁止」の姿勢と、欧州経済領域(EEA)協定に基づく「例外規定」との間に存在する二重構造にあります。日本はEEA加盟国ではないため、日本の投資家や法人がアイスランドの不動産を取得しようとする場合、1966年法第19号に基づく法務大臣の特別許可が必須となります。この許可制度は形式的な届出ではなく、国益や公序良俗の観点から厳格な審査が行われる実質的な障壁です。過去には中国の投資家による大規模な土地購入計画が却下された事例もあり、資金力があっても法的要件を満たさなければ取引は成立しません。また、取引実務においても、「Kaupsamningur(売買契約書)」と「Afsal(譲渡証書)」という二段階の契約プロセスを経て、地区行政官(Sýslumaður)が管轄する不動産登記所(Fasteignaskrá)への登記を行うことで初めて完全な権利が移転するという独特の手続きが存在します。

本記事では、これらの法規制の深層、日本法との決定的な相違点、そして実務上の留意点について、具体的な法令や先例を紐解きながら詳述します。

アイスランドの不動産所有権をめぐる憲法と基本法令の構造

近代法治国家において財産権は不可侵の権利とされるのが一般的ですが、アイスランドにおいては、その権利に対し憲法レベルでの制約が明記されています。アイスランド共和国憲法第72条は、財産権の不可侵を保障する一方で、「外国人が不動産所有権または株式を保有する権利は、法律によって制限することができる」と定めています。この憲法上の規定こそが、外国資本による国土の無制限な買収を防ぐための法的防波堤の根拠となっています。

この憲法規定を受けて制定されたのが、外国人土地規制の中核をなす「不動産所有権及び使用権に関する法律(1966年法第19号)」です。同法第1条は、外国人がアイスランドの不動産所有権や使用権を取得することを原則として禁止しています。ここでいう不動産権には、土地そのものだけでなく、漁業権、狩猟権、水利権といった天然資源へのアクセス権も含まれており、資源ナショナリズムの色彩を帯びた法規制であることが読み取れます。

日本の法人がアイスランドの不動産を取得しようとする場合、この法律の壁に直面します。法人は、アイスランド国内に住所と裁判管轄権を持ち、かつ全取締役がアイスランド市民であるか、少なくとも5年間継続してアイスランドに住所を有している場合にのみ、許可なく不動産を取得できます。日本企業が現地法人を設立する場合でも、取締役の居住要件を満たす必要があり、これが実務上の大きなハードルとなります。

EEA協定によるアイスランドの二重基準と日本企業の立ち位置

EEA協定によるアイスランドの二重基準と日本企業の立ち位置

アイスランドの不動産法制を理解する上で最も複雑かつ重要なのが、欧州経済領域(EEA)協定がもたらす「内国民待遇」の例外規定です。「アイスランド不動産に関するEEAおよびEFTA加盟国の市民および法人の権利に関する規則第702/2002号」により、EEA域内の市民および法人は、法務大臣の許可を得ることなく、アイスランド市民と同等の権利で不動産を取得することが可能です。

この規定により、世界は「EEA域内」と「EEA域外(日本を含む)」の二つのカテゴリーに分断されます。日本の投資家にとって、この区分は投資スキームを検討する際の重要な分岐点となります。以下の表は、投資主体の属性による法的扱いの違いを整理したものです。

投資主体の属性不動産取得の要件法的根拠
アイスランド市民・法人無制限に取得可能(一般的な法的能力のみ必要)。1966年法第19号
EEA/EFTA市民・法人許可不要。ただし、労働、開業、サービス提供、支店設置など、EEA協定に基づく権利行使に関連する必要がある。規則第702/2002号
日本(非EEA)市民・法人法務大臣の許可が必須。 原則禁止の例外措置として、個別の審査を受けなければならない。1966年法第19号 第1条

日本企業がアイスランドへ投資を行う場合、直接投資を行うのではなく、オランダやドイツなどのEEA加盟国に子会社を設立し、そのEEA法人を通じて不動産を取得するというスキームが法的に有利に働く可能性があります。ただし、規則第702/2002号は、法人の活動が加盟国の経済生活と実質的かつ継続的な関連を有することを求めており、ペーパーカンパニーによる法の潜脱は認められないリスクがある点に留意が必要です。

法務大臣によるアイスランド許可制度の運用とHuang Nubo事件

EEAルートを経由しない場合、日本の投資家は法務大臣(Ministry of Justice)に対して例外許可を申請しなければなりません。法1966年法第19号第1条第2項は、大臣が許可を与える「ことができる」としており、これは行政庁の広範な裁量権を認めるものです。

この裁量権がどのように行使されるかを象徴的に示したのが、2011年の「Huang Nubo(黄怒波)事件」です。中国の投資家Huang Nubo氏は、アイスランド北東部のGrímsstaðir á Fjöllumにある約300平方キロメートル(国土の約0.3%に相当)の土地を購入し、リゾート開発を行う計画を立てました。しかし、当時の内務大臣(現在の法務大臣の権限を所管)は、この取引に対する許可申請を却下しました。

却下の主な理由は、申請された土地があまりに広大であり、このような取得を許可すれば「外国人土地所有制限という法の趣旨そのものが骨抜きになる」というものでした。また、申請主体である法人がアイスランド法に基づく厳格な法人要件を満たしていない点も指摘されました。この事例に関する公式な見解や報道は、以下のURL等で確認することができます。

参考資料:【事例】中国人投資家による土地購入申請が却下されたケース (Iceland Review / 英語)

この事件から、日本の投資家は以下の教訓を得ることができます。第一に、大規模な土地取引は単なる商取引ではなく国家安全保障の問題として扱われること、第二に、法務大臣の許可は形式的なものではなく、政治的・政策的判断を含む高度な行政処分であるということです。通常、個人利用や小規模な事業利用のための取得であれば許可される可能性がありますが、その基準として「3.5ヘクタール」という行政実務上の目安が存在し、これを超える取得は厳しく制限される傾向にあります。

不動産取引の契約実務:KaupsamningurとAfsal

不動産取引の契約実務:KaupsamningurとAfsal

アイスランドにおける不動産取引プロセスは、日本の一括的な売買契約とは異なり、明確に二段階の契約手続きを踏むことが特徴です。

第一段階は「Kaupsamningur(売買契約書)」の締結です。これは売主と買主の間で取引条件を合意する債権契約であり、物件の価格、支払条件、引渡し日などが定められます。重要な点は、この契約書を締結し、登記(Þinglýsing)することで、買主は第三者対抗要件を備えた「条件付き所有権」を取得しますが、まだ完全な法的名義人にはならないということです。この段階で、買主は通常、手付金や中間金を支払います。

第二段階は「Afsal(譲渡証書)」の発行です。買主が売買代金を全額支払い、その他すべての契約条件を履行した後に、売主がこの証書を作成します。Afsalは、代金完済の証明書であると同時に、完全な所有権(Legal Title)を移転させる物権的合意文書としての性質を持ちます。このAfsalが登記された瞬間に、名実ともに所有権が移転します。

以下の表は、この二段階プロセスの比較です。

契約文書法的性質登記の要否主な機能
Kaupsamningur (売買契約書)債権契約・条件付き権利移転取引条件の確定、優先順位の保全。契約不履行時の解除権留保。
Afsal (譲渡証書)物権的権利移転・代金完済証完全な所有権の移転。取引の最終完了。

日本法における「所有権移転時期」は特約がない限り売買契約時となるのが原則ですが、アイスランドでは「Afsalの交付と登記」が完了の要件として明確に区分されている点に注意が必要です。

アイスランドの公的登記制度と地区行政官(Sýslumaður)の役割

取引の安全性は、地区行政官(Sýslumaður)が管轄する土地登記所(Land Registry)への登記によって担保されます。登記は対抗要件であり、権利関係の公示機能を果たします。1978年不動産登記法第39号に基づき、すべての不動産権利変動は登記されなければ法的保護を受けられません。

登記手続きにおいて、登記官は提出された文書の形式的審査を行いますが、実質的な権利関係の真偽までは審査しません。したがって、買主側でのデューデリジェンス(権利調査)が不可欠です。特に、抵当権(Mortgage)や地役権(Easement)が設定されている場合、それらは物件に付随して移転するため、Kaupsamningur締結前に登記簿を確認し、予期せぬ負担がないかを確認する必要があります。

また、日本の投資家が特に留意すべき点として、土地所有形態の違いが挙げられます。レイキャビク市などの都市部では、土地の所有権(Freehold)ではなく、自治体からの長期賃借権(Lóðarleigusamningur)に基づいて建物が所有されているケースが多々あります。これらの借地権は通常50年から99年の期間で設定されますが、期間満了時の更新権や建物買取請求権が契約上不明確な場合があり、法的リスク要因となります。

まとめ

アイスランドにおける不動産取引は、EEA協定による二重基準と、伝統的な国家主権保護の法理が交錯する複雑な法的フィールドです。日本企業にとっては、1966年法第19号の壁をいかに適法に乗り越えるかが最大の課題となります。安易な直接投資は許可却下のリスクを伴うため、EEA法人を活用したスキームの検討や、法務大臣の裁量基準を見据えた事業計画の策定が不可欠です。また、契約実務においても、KaupsamningurとAfsalという二段階構造を理解し、適切なタイミングで登記を行うことが権利保全の鍵となります。

モノリス法律事務所では、クライアントの皆様が安全かつ円滑にビジネスを展開できるよう、現地法令の調査から、契約書のリーガルチェック、許認可申請の支援まで、複雑なクロスボーダー取引における法的リスクを最小化するための助言を提供いたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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