ノルウェーのコーポレートガバナンスを弁護士が解説

ノルウェーは、高い透明性とステークホルダー(利害関係者)との協調を重視する「ノルディック・モデル」を体現する国であり、その企業統治(コーポレートガバナンス)の枠組みは、株主利益の最大化のみならず、従業員、環境、そして社会全体の利益との調和を目指す独自の法制度に基づいています。本件国におけるビジネス展開を検討する日本企業の経営者や法務担当者にとって、現地の法規制、特に「公開有限会社法(Allmennaksjeloven)」および「非公開有限会社法(Aksjeloven)」による規律、そして実務上の指針となる「ノルウェー企業統治規範(NUES)」を理解することは、コンプライアンスの観点から不可欠です。
ノルウェーのコーポレートガバナンスには、日本の法制度とは決定的に異なるいくつかの特徴があります。第一に、従業員が経営の意思決定機関に直接参加し、株主選出の取締役と同等の議決権を行使する強力な「従業員代表制」が挙げられます。これは単なる労使協議の場ではなく、法律で保障された経営参加の権利です。第二に、取締役会の構成における厳格なジェンダー・バランスの要求です。世界に先駆けて上場企業に導入されたクォータ制(割当制)は、近年その適用範囲が非公開企業にも拡大されており、日本からの進出企業も直ちに対応を迫られる可能性があります。第三に、特に公開企業において徹底されている、監督機能(取締役会)と執行機能(CEO)の分離です。
本稿では、これらの特徴的な制度を中心に、ノルウェーの会社法制の二元構造、従業員代表や企業総会といった独自の機関設計、取締役の居住要件、そして経営破綻時や環境問題における取締役個人の法的責任について、最新の法令および判例(欧州人権裁判所の2025年判決を含む)に基づき詳細に解説します。これらは形式的なルールであると同時に、ノルウェーという社会が企業に求める「責任ある経営」の在り方を反映したものであり、現地での事業成功の鍵となる知識といえるでしょう。
この記事の目次
ノルウェーの法的枠組みと企業形態の選択
ノルウェーにおける企業活動は、主として成文法である会社法と、ソフトローである企業統治規範の二層構造によって規律されています。日本企業が現地に進出する際、まず直面するのは、自社の事業形態がいずれの会社法に準拠すべきかという選択と、それに伴うガバナンス義務の差異です。
公開有限会社と非公開有限会社の法的区分
日本の会社法が株式会社という単一の枠組みの中で公開・非公開を区分しているのに対し、ノルウェーでは明確に異なる二つの法律が存在し、それぞれが異なる企業形態を規律しています。
一つは非公開有限会社法(Aksjeloven)により規律される形態で、一般的に「AS(Aksjeselskap)」と略称されます。これは株式の譲渡制限が可能であり、閉鎖的な所有構造を持つ中小企業や、多国籍企業の子会社として最も一般的に利用される形態です。最低資本金は30,000ノルウェー・クローネ(NOK)と比較的低額に設定されており、設立のハードルが低いのが特徴です。
もう一つは公開有限会社法(Allmennaksjeloven)により規律される形態で、「ASA(Allmennaksjeselskap)」と略称されます。株式を不特定多数の公衆に譲渡・流通させることが想定されており、オスロ証券取引所への上場を目指す企業はこの形態を採用する義務があります。最低資本金は1,000,000 NOKであり、より厳格なガバナンス構造が求められます。
両者の主な違いは以下の表の通りです。
| 項目 | 非公開有限会社 (AS) | 公開有限会社 (ASA) |
| 主な適用法律 | 非公開有限会社法 | 公開有限会社法 |
| 最低資本金 | 30,000 NOK | 1,000,000 NOK |
| 株式の譲渡 | 定款による制限が可能 | 原則として自由 |
| CEOの取締役兼務 | 可能(小規模なら議長も可) | 法律により禁止 |
| ジェンダー要件 | 一定規模以上の企業に適用 | 厳格なクォータ制適用 |
| 主な用途 | 一般事業会社、子会社 | 上場企業、大規模金融機関 |
ノルウェー企業統治規範と遵守または説明原則
法的拘束力を持つハードローに加え、上場企業に対しては「ノルウェー企業統治規範(The Norwegian Code of Practice for Corporate Governance:NUES)」の遵守が求められます。この規範自体は法律ではありませんが、ノルウェー会計法(Accounting Act)第3-3b条において、上場企業は年次報告書の中で、自社のコーポレートガバナンスの方針と実践について開示することが法的に義務付けられています。
ここで適用されるのが、欧州で一般的な「遵守または説明(Comply or Explain)」の原則です。企業は原則として規範の各勧告に従う必要がありますが、企業の個別事情により従わないことが合理的である場合は、その逸脱の事実、理由、および代替的に講じた措置について合理的な説明を行うことで許容されます。この仕組みにより、NUESは実質的な拘束力を持つ指針として機能しており、オスロ証券取引所の規則もこの規範の適用を求めています。
参考:ノルウェー企業統治委員会 (NUES) (英語)
ノルウェーの取締役会と経営陣の役割分担

ノルウェーのコーポレートガバナンスにおいて特徴的な点は、監督機能を持つ取締役会(Board of Directors / Styre)と、業務執行を行う最高経営責任者(General Manager / Daglig leder、CEO)の役割が明確に分離されていることです。
CEOの取締役会参加に関する制限
日本では代表取締役社長が取締役会の議長を兼務し、強力なリーダーシップを発揮するケースが一般的ですが、ノルウェーではこの点に大きな制約があります。公開有限会社(ASA)においては、CEOが取締役会のメンバーになることは法律で禁止されています(公開有限会社法 第6-1条)。これは、監督される側のトップ(CEO)が監督する側(取締役会)の一員となることによる利益相反を防ぎ、取締役会によるモニタリングの実効性を担保するための規定です。
一方、非公開有限会社(AS)においては、CEOが取締役になることは可能です。小規模なAS(例えば取締役が1名のみの場合など)では、CEOが取締役会議長を兼務することも珍しくありません。しかし、企業統治規範(NUES)は、取締役会の独立性を確保するために、CEOが取締役会のメンバーにならないことを推奨しています。日本企業が現地法人(AS)を設立する場合、法的にはCEOを取締役に入れることは可能ですが、ガバナンスの透明性を高める観点からは、役割を分離することが望ましいとされるケースもあります。
ノルウェーの従業員代表制と企業総会
ノルウェーのコーポレートガバナンスを最も特徴づける要素の一つが、従業員が企業の意思決定プロセスに法的な権利を持って参加する仕組みです。これは日本の労使協議制のような諮問的なものではなく、議決権を伴う強力な権限です。
従業員代表取締役の選任権
従業員数が30名を超える企業では、従業員が取締役会に代表者を送り込む権利が発生します。従業員代表取締役は、特定の労働組合の利益代表ではなく、全取締役と同様に会社全体の利益のために行動する義務を負いますが、同時に従業員の視点を経営に反映させる役割を担います。彼らは取締役会において、株主選出取締役と同じ一票の議決権を持ち、経営戦略や財務状況などの機密情報への完全なアクセス権を有します。
従業員数に応じた代表選出の権利は以下の表の通り段階的に定められています。
| 従業員数 | 従業員代表の権利(企業総会がない場合) |
| 30名超 | 従業員の過半数の請求により、取締役1名およびオブザーバー1名を選任する権利を有する。 |
| 50名超 | 従業員の過半数の請求により、取締役会のメンバーの最大3分の1(ただし最低2名)を選任する権利を有する。 |
| 200名超 | 企業総会を設置しない場合、上記に加え、さらに取締役1名またはオブザーバー2名を追加で選任する権利を持つ。 |
企業総会(Bedriftsforsamling)の役割
従業員数が200名を超える大企業では、原則として「企業総会(Corporate Assembly)」という機関の設置が義務付けられています(第6-35条)。これは株主総会と取締役会の中間に位置する機関で、12名以上のメンバーで構成され、その3分の2は株主総会で選出され、残り3分の1は従業員によって選出されます。
企業総会は非常に強力な権限を持っており、取締役および取締役会議長を選任するのは株主総会ではなく、この企業総会です(第6-37条)。また、多額の投資や労働力の再配置を伴う合理化など、会社に重大な影響を与える事項についても決定権を持ちます。ただし、会社と従業員代表との間で合意があれば企業総会を設置しないことも可能であり、実務上は多くの企業がこの合意を選択し、その代償として従業員代表取締役の増員を行うことで対応しています。
ノルウェーのジェンダー・ダイバーシティと取締役構成

ノルウェーは、2003年に世界で初めて上場企業(ASA)に対して取締役会のジェンダー・クォータ(男女割当制)を導入した国として知られています。この制度は、単なる努力目標ではなく、違反すれば強制解散もあり得る厳格な法的要件です。そして近年、この適用範囲は非公開会社(AS)にも拡大されています。
取締役会の男女比率要件
法律は、取締役会の構成において一方の性別が極端に少なくならないよう、取締役の総数に応じた具体的な人数を規定しています(公開有限会社法 第6-11a条等)。具体的な人数要件は以下の表の通りです。
| 取締役総数 | 各性別の最低必要人数 |
| 2~3名 | 男女それぞれ1名以上 |
| 4~5名 | 男女それぞれ2名以上 |
| 6~8名 | 男女それぞれ3名以上 |
| 9名以上 | 男女それぞれ40%以上 |
非公開会社(AS)への適用拡大
2023年12月の法改正により、非公開有限会社(AS)に対してもジェンダー・バランスの要件が導入されました。対象となるのは、営業収益等が5,000万NOK超、または従業員数が30名超のASが対象となります。この要件は2024年から2028年にかけて段階的に適用されることとなっており、日本企業の現地子会社であっても、一定規模以上であれば、日本からの男性駐在員のみで取締役会を構成することは法的に不可能となります。
ノルウェーにおける取締役の居住要件と法的責任
取締役の適格性に関しては、国籍要件ではなく居住地要件が存在するほか、経営判断における取締役個人の法的責任についても厳格な判例法理が確立されています。
居住要件
CEOおよび取締役の半数以上は、ノルウェー、EEA(欧州経済領域)加盟国、英国、またはスイスの居住者でなければなりません(第6-11条)。これは、現地の法規制やビジネス慣習に精通した人材を経営に関与させるとともに、法的責任が生じた際の追及可能性を確保するためです。日本企業が進出する場合、日本居住者のみでボードを固めることはできず、必ず現地または欧州居住者を半数以上含める必要があります。
経営破綻時における取締役の責任(Håheller判決)
ノルウェーでは、会社が支払不能(Insolvency)に陥った際の取締役の責任追及が厳しく行われます。取締役は、会社の自己資本が事業のリスクや規模に見合ったものであるかを継続的に監視し、不十分な場合は直ちに行動を起こす義務(会社法第3-5条)を負っています。
ノルウェー最高裁のHåheller判決(HR-2016-1440-A、2016年6月28日判決)は、この点に関する重要なリーディングケースです。この事案では、事業継続の現実的な見込みがないにもかかわらず漫然と事業を継続し、結果として債権者に損害を与えた取締役に対し、個人的な損害賠償責任が認められました。これは、親会社の支援を期待して赤字事業を継続しているような子会社の取締役にとって、極めて重大なリスクを示唆しています。
環境・気候変動に関する責任と最新判例
近年、企業の意思決定が気候変動に与える影響についても法的監視が強まっています。特筆すべきは、欧州人権裁判所(ECtHR)による2025年10月28日の判決(Greenpeace Nordic and Others v. Norway)です。この裁判では、ノルウェー政府による新たな石油採掘ライセンスの付与が人権侵害にあたるかが争われました。
裁判所は、今回のケースでは人権侵害の認定には至らなかったものの、新たな化石燃料プロジェクトの承認にあたっては、その燃料が消費される際に発生する温室効果ガス(いわゆるスコープ3排出量)を含めた地球規模の気候への影響を評価することが、国家および企業の法的な義務であるとの判断を示しました。これにより、ノルウェーにおける企業の取締役会は、投資決定において財務リスクだけでなく、気候変動リスクについてもより厳密なデューデリジェンスを行うことが求められるようになります。
参考:【CIEL】欧州人権裁判所:化石燃料プロジェクトにおける気候変動リスクの法的評価義務 (Center for International Environmental Law / 英語)
まとめ
ノルウェーのコーポレートガバナンスは、株主、従業員、そして社会全体の利益を調整する高度な法的メカニズムによって構築されています。特に、従業員が経営の意思決定に直接参加する「従業員代表制」や、ジェンダー・バランスを強制するクォータ制は、日本企業にとって馴染みの薄い制度であり、現地法人運営において予期せぬ課題となる可能性があります。しかし、これらの規定は単なる制約ではなく、多様な視点を取り入れることでリスクを低減し、企業の持続可能性を高めるための仕組みでもあります。
日本企業がノルウェー市場で成功するためには、これらの法的要件を正確に理解し、現地のビジネス文化に適応したガバナンス体制を構築することが不可欠です。モノリス法律事務所では、海外法務に関する豊富な知見を有しており、本記事で解説したような各国のコーポレートガバナンス制度の調査や、現地法人の設立・運営に関する法的サポートを行っております。ノルウェーをはじめとする北欧諸国への進出や、ガバナンス体制の見直しをご検討の際は、ぜひお気軽にご相談ください。貴社のグローバル展開を法務面からサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































