弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

スウェーデンの統一法典を持たない契約法を弁護士が解説

スウェーデンの統一法典を持たない契約法を弁護士が解説

スウェーデン王国(以下、スウェーデン)は、高水準な生活環境と革新的な産業構造を持つ北欧の主要国であり、日本企業にとっても魅力的な進出先の一つです。しかし、ビジネスを展開するにあたり、現地の法制度、特に契約法を理解することは不可欠です。スウェーデンは日本と同じく大陸法系の伝統を持つ国ですが、その法体系、特に契約に関するアプローチは日本法とはいくつかの重要な点で異なります。

スウェーデンの法制度は、国会(Riksdagen)が制定する法律を中心とする成文法が主要な法源となっています。これらの法令は、『Svensk Författningssamling』(SFS)として体系的に整理され、公開されています。日本の法務部員や経営者が「民法」や「商法」といった包括的な統一法典を基礎として法体系を理解することに慣れているのに対し、スウェーデンにはそうした統一的な私法典が存在しないことが最大の特徴です。契約、売買、代理といった各分野は、それぞれ個別の法律によって規律されています。契約の一般原則を定める法律として、最も基礎となるのは「契約法」(Lag om avtal och andra rättshandlingar på förmögenhetsrättens område, SFS 1915:218。以下「AvtL」)です。AvtLは1915年に制定された古い法律ですが、その後の社会の発展に合わせて条項の追加や修正が行われ、現代の契約実務においても中心的な役割を果たし続けています。

本稿では、スウェーデンでのビジネス展開を検討される日本の経営者や法務部員の方々が特に注目すべき、スウェーデンの契約法の特徴と、日本法との重要な異同について、具体的な法令の根拠に基づき詳細に解説します。

スウェーデン法体系の構造:統一法典の不在と個別法の重要性

スウェーデンは、前述の通り、成文法を基盤とする大陸法系の国ですが、ドイツやフランス、そして日本のような包括的な「民法典」が存在しない点が、他の主要な大陸法系国家と大きく異なります。スウェーデンの法制度は、特定の分野を個別に規律する多数の法律によって成り立っています。このアプローチは、必要な分野に対して迅速かつ柔軟に法整備を行うことを可能にしていますが、法体系全体を把握する際には、日本の法律家にとって慣れない複雑さをもたらすことがあります。

スウェーデンにおける契約関係の法源は、基本となるAvtLに加え、「売買法」(Köplag, SFS 1990:931)、「債務証書法」(Skuldebrevslag, SFS 1936:81)、「消費者契約法」(Lag om konsumentskydd vid viss tidfråga försäljning, SFS 2018:1212)など、個別の取引や当事者の属性に応じて適用される法律が多岐にわたります。このため、特定のビジネス取引を行う際には、どの個別法が適用されるのかを正確に特定し、それぞれの法規律を確認することが非常に重要となります。

契約の成立と日本法との違い:申込みの原則的拘束力

契約の成立に関する基本的な考え方は、日本法と同様に、申込み(Offer)承諾(Accept)という意思表示の合致(合意)によって成立するという原則に基づいています(AvtL 1条1項)。

しかし、申込みの拘束力については、日本法と重要な違いがあります。日本法においては、特段の定めがない限り、申込みは原則として撤回が可能であるのに対し、AvtLでは、申込みをした者がその申込みを撤回することは原則としてできません(AvtL 5条の反対解釈、及び1条1項)。申込みが相手方に到達すると、申込みを行った者は、承諾期間(Acceptfrist)が満了するまで、その申込みに拘束されます。承諾期間は、申込みの中で明示されている場合はその期間、明示されていない場合は、法定の合理的期間(相手方がその申込みを検討し、承諾の意思表示を準備し、それを送付するのに必要な時間)となります(AvtL 3条1項)。

この申込みの原則的拘束力は、特に国際取引において日本企業が注意すべき点です。日本国内の商慣習で「見積もり」や「引き合い」として提示したものが、本件国では法的に拘束力のある「申込み」と見なされるリスクがあるため、申込みの段階で明確に撤回権を留保するか、法的拘束力がない旨を明示することが賢明です。

一方で、承諾の意思表示が承諾期間内に到達しなかった場合や、承諾が申込みの内容と異なっていた場合(異なる内容での承諾は新たな申込みとみなされます。AvtL 6条1項)は、申込みの拘束力は失われます。

対価(約因)を必要としない契約の有効性

英米法系の契約法では、契約を有効に成立させるために「約因」(Consideration、対価)の存在が必要とされますが、本件国を含む大陸法系の多くの国では、約因は契約の有効性の要件ではありません。AvtLは、当事者間の合意(合意主義)を重視しており、対価性のない贈与契約なども、特定の形式的要件を満たすことなく、原則として有効に成立します。この点は、日本法と共通しており、日本の法律家や実務家にとって理解しやすいでしょう。

スウェーデンにおける契約の効力と「不当条項」の修正・無効化

スウェーデンにおける契約の効力と「不当条項」の修正・無効化

契約が有効に成立した後、その内容や履行に関して紛争が生じた際に重要な役割を果たすのが、AvtLの第3章に規定されている契約の無効(ogiltighet)に関する規定、特に36条の「不当条項」に関する規定です。

AvtL 36条:契約の調整(Jämkning)と無効化

AvtL 36条は、日本の民法の公序良俗規定(90条)や消費者契約法(10条など)に相当する機能を果たしつつ、より広範な適用範囲を持つ規定として知られています。この条文は、契約条項または契約そのものが不当(oskälig)である場合、裁判所がその条項を修正(jämkas)するか、無効にすることができると定めています。

この「不当性」の判断にあたっては、以下の諸事情が考慮されます(AvtL 36条1項):

  1. 契約締結時の状況。
  2. その後の状況の変化。
  3. その他の事情。

この規定の適用は、消費者と事業者間の取引に限定されず、事業者間の契約、すなわちBtoB取引にも広く適用される可能性があります。特に、一方の当事者が交渉力において著しく優位に立っている場合や、定型的な標準契約書(Standardavtal)が使用された場合において、36条が適用されるリスクが高まります。

スウェーデンの最高裁判所(Högsta domstolen)は、36条の適用を通じて、社会的な公平性を確保する役割を果たしてきました。例えば、住宅ローン契約において、標準的な解除条項が顧客にとって不当であると判断された事例(NJA 2017 s. 1109)や、特定の保険約款の不当性が問題となった事例などがあります。このことから、スウェーデンにおいては、契約自由の原則が日本以上に慎重に解釈され、契約内容の「実質的公平性」が強く要求されていることが言えるでしょう。

日本の法務部員としては、本件国の取引相手との契約書を作成・締結する際、特に自身が作成した定型約款を用いる場合には、相手方の立場を不当に害する条項がないか、36条の観点から厳格に審査する必要があります。 AvtL 36条に関する詳細な情報については、スウェーデンの法律情報データベースなどで確認が可能です。

スウェーデンにおける契約違反と救済措置

契約違反(Avtalsbrott)が発生した場合の救済措置についても、AvtLや個別法(特に売買法)において規定されています。一般的な救済措置としては、履行強制契約の解除(häva avtalet)損害賠償請求(skadestånd)などが挙げられます。

履行強制の原則

スウェーデンの法制度では、債務不履行が発生した場合、原則として履行強制(Fullgörelse)が救済手段の第一選択肢となります。これは、日本の民法が持つ考え方と共通しています。売買法(Köplag)においては、買主は、売主に対して履行を請求する権利を有します(Köplag 23条1項)。

ただし、履行が物理的または法的に不可能な場合、または履行が売主に不相応な犠牲を強いる場合には、履行請求権が認められないことがあります。この判断基準は、日本法の「履行不能」や「過大な費用」の概念に類似しています。

契約の解除:根本的な違反の要件

契約の解除は、より厳格な要件の下で認められます。本件国の契約法では、解除が認められるためには、契約違反が「根本的な重要性(väsentlig betydelse)」を持つものでなければなりません。

売買法(Köplag)を例にとると、買主または売主は、契約違反が相手方にとって「根本的な違反」である場合に限り、契約を解除できます(Köplag 25条1項、39条1項)。この「根本的」かどうかの判断は、客観的な観点からなされ、違反が当事者にもたらす損害の程度、代替手段の有無などが考慮されます。この「根本的な違反」という要件は、日本の民法改正前の「契約目的を達することができないとき」という要件に近く、契約の安定性を重視する姿勢がうかがえます。

損害賠償の範囲

損害賠償については、売買法などの個別法において、直接損害と間接損害の区別が明確にされています。特に、間接損害(Indirekt förlust)の賠償は、特定の例外的な場合に限定されることが多く、契約当事者間での責任の範囲を明確に定めることの重要性が高まっています(Köplag 67条)。

契約交渉の段階で、責任制限条項(Liability Limitation Clauses)を設けることは一般的ですが、前述のAvtL 36条に基づき、あまりにも一方的な責任免除条項は無効とされる可能性があるため、バランスの取れた文言にすることが不可欠です。

まとめ

スウェーデンの契約法は、統一法典を持たないという点で日本法とは根本的な構造が異なりますが、契約自由の原則や合意主義といった大陸法系の基本的な考え方は共有されています。しかし、特に「申込みの原則的拘束力」や、事業者間取引においても適用される強力な「不当条項の修正・無効化」(AvtL 36条)の存在は、日本企業が本件国でビジネスを行う上で、契約リスク評価の観点から細心の注意を払うべき重要な違いです。

スウェーデンの契約法においては、形式的な合意の成立だけでなく、契約条項の実質的な公平性が強く求められる傾向にあります。日本の経営者や法務部員の方々が本件国での取引を安全かつ円滑に進めるためには、個別の法律(AvtL、売買法など)の適用関係を正確に把握し、特に日本法との差異を考慮に入れた契約書の作成と交渉が必須となります。

モノリス法律事務所では、貴社がスウェーデンを含む海外展開を行う際の法的リスクの評価、契約交渉戦略の策定、及び現地法規の適用に関する専門的なサポートをいたします。国際的な契約法務に関するご相談があれば、お気軽にお問い合わせください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る