タイの商事契約を弁護士が解説

タイ王国(以下、タイ)はASEANの中心的な経済拠点として長年にわたり多くの日本企業が進出しており、製造業からサービス業に至るまで幅広い分野で活発な投資が行われています。しかしながら経済的な結びつきが強い一方で、現地の法律や商習慣において日本と異なる部分も多く存在し、契約締結時には慎重な対応が求められます。タイの民商法典は日本の民法と類似する大陸法系に属し契約自由の原則などが採用されていますが、商標ライセンス契約の登録義務に代表されるように未登録の場合には契約自体が無効となるといった日本法にはない厳格な要件が存在します。
タイには日本の下請代金支払遅延等防止法(下請法)や欧州などで見られる独自の販売店保護法が存在しないため、契約終了時のトラブルを防ぐためには予告期間や損害賠償に関する明確な合意を契約書に定めておくことが不可欠です。また、営業秘密保護法や2022年に全面施行された個人情報保護法など近年厳格化されているコンプライアンス法制への対応が求められます。特に営業秘密の保護においては単なる秘密保持条項を契約書に設けるだけでなく、パスワードによるアクセス制限などの実質的な管理措置が判例上要求されています。紛争解決においてはタイの裁判手続きの長期化を避けるため、タイ仲裁研究所などを利用した仲裁条項の活用が強く推奨されます。
本記事ではタイでのビジネス展開を検討している日本人の経営者や法務担当者の皆様に向けて、タイの契約法の基礎から、販売店契約やライセンス契約などの主要な契約類型ごとの注意点、さらに個人情報保護法や外資規制といったコンプライアンス面、紛争解決の実務までを網羅的に解説します。
この記事の目次
タイ商事契約の基礎
民商法典に基づく法体系と日本法との比較
タイの私法体系の基本となるのはタイ民商法典(Civil and Commercial Code、以下「CCC」)です。タイは日本と同様に大陸法系の法体系を採用しており、CCCは日本の民法および商法に相当する規定を網羅的に定めています。契約の成立、効力、解除に関する一般原則から、売買や賃貸借、代理といった各種の典型契約に関する個別の規定に至るまで、日本の法律と極めて類似した構造を持っています。当事者間の申込みと承諾の合致によって契約が成立するという基本原則や契約自由の原則が広く認められている点、そして信義誠実の原則が契約履行の基準となる点は日本法と同じです。CCC第368条には契約の解釈において信義誠実の原則に従うべきことが規定されており、日本の民法第1条第2項の規定と同様の役割を果たしています。
しかしながら日本法では多くの契約が口頭でも有効に成立する諾成契約の原則が広く浸透していますが、タイ法では特定の契約について厳格な方式を要求している点に注意が必要です。例えばCCC第456条は不動産の売買契約について書面による作成と管轄当局への登録を義務付けており、これに違反した場合は法的効力が認められません。また3年を超える不動産賃貸借契約などについても同様に書面による登録が要求されます。タイでの商取引においては日本以上に書面化と法定の手続履践の重要性が高いと言えるでしょう。これらに加え電子取引法(Electronic Transactions Act B.E. 2544 (2001))により電子契約も認められていますが、データの完全性や真正性、信頼できる電子署名の要件を満たす必要があります。
このタイ民商法典の契約法に関する公式な英訳条文は、タイ法律オンラインのウェブサイトで確認することができます。
販売店保護法の不存在と不当契約条項法による修正
海外展開において現地の代理店や販売店を起用する場合、中東や欧州などの多くの国では現地の販売店を保護するための特別な法律、いわゆる販売店保護法が存在します。これらの法律は現地資本の保護を目的として契約の自動更新を強制したり、契約終了時における多額の損害賠償や補償金の支払いを義務付けたりするものです。しかしタイにはこのような独自の販売店保護法は存在しません。したがって原則として当事者間の合意、すなわち契約書の記載内容が優先されることになります。
とはいえ契約の当事者間で交渉力に著しい格差がある場合、タイ不当契約条項法(Unfair Contract Terms Act B.E. 2540 (1997))が適用される可能性がある点には注意が必要です。この法律は一方当事者に過度な負担を強いる条項や、相手方が本質的な契約違反をしていないにもかかわらず正当な理由なく契約を解除できる権利を付与する条項などを規制し、公正かつ合理的な範囲でのみ有効とするものです。日本の下請法のように親事業者と下請事業者の関係を資本金規模等で画一的に定めて規制するアプローチとは異なり、タイの不当契約条項法は個別の契約条項の実質的な不公平性を裁判所が事後的に判断する仕組みとなっています。消費者契約だけでなくB2Bの商事契約であっても事実上の支配力に差がある場合には適用される余地があります。タイ企業に対して過度に自己に有利な免責条項や契約解除条項を設けることには条項が無効化される法的リスクが伴うため、契約書のドラフティングには慎重な検討が求められます。
タイ不当契約条項法の条文に関する詳細は、サムイフォーセールのウェブサイトで確認することができます。
タイの主要な契約類型と注意点

販売店契約・代理店契約における終了条件の明確化
タイの企業を現地の販売店や代理店として起用する場合、最も紛争になりやすいのは契約の解除や終了に関する局面です。前述のとおりタイには特定の販売店保護法がないため、契約書において契約期間、更新の条件、そして契約終了時の要件を極めて明確に定めておく必要があります。期間の定めのない継続的商事契約を終了させる場合、CCCの一般原則や信義則に基づき相手方に不測の損害を与えないよう適切な予告期間を設けることが求められます。日本の判例法理における継続的契約の不当破棄に関する法理ほど厳格に契約の終了が制限されるわけではありませんが、正当な理由のない突然の打ち切りや独占的販売権を不当に侵害するような行為は損害賠償請求の対象となる可能性があります。
代理店契約に関するCCC第826条および第827条では本人または代理人はいつでも代理権を撤回または放棄できるとしつつも、やむを得ない事由がない限り相手方に不都合な時期にこれを行った当事者は損害賠償責任を負うと定めています。ここから契約終了時における合理的な予告期間の設定がいかに重要であるかということが言えるでしょう。契約書には少なくとも3ヶ月前の書面による通知をもって解除できるといった具体的な予告期間を明記し、契約終了時の在庫の取り扱いやプロモーション費用の補償の有無について網羅的に規定することが不可欠です。
秘密保持契約と営業秘密保護法に基づく保護要件
商取引の入り口として頻繁に締結される秘密保持契約(NDA)について、タイでは日本とは異なる実務上の注意点があります。タイにおける営業秘密の保護は営業秘密保護法(Trade Secrets Act B.E. 2545 (2002))に基づきます。同法第3条において営業秘密として保護されるためには一般に知られていないこと、商業的価値があること、そして管理者がその秘密を保持するために適切な措置を講じていることが要件とされています。日本における不正競争防止法の営業秘密の要件である秘密管理性、有用性、非公知性と理論的には類似していますが、タイではこの適切な措置の運用がより厳しく問われる傾向にあります。
この適切な措置についてタイの最高裁判所は非常に厳格な判断を下しています。タイ最高裁判所判決第10217/2553号(2010年)において原告企業は従業員が顧客リストや商品の仕入先情報を漏洩したとして訴えを提起しました。原告は雇用契約書に一般的な秘密保持条項を設けていたことを根拠に秘密管理性を主張しましたが、最高裁判所は単に契約書に秘密保持条項が存在するだけでは適切な措置として不十分であると判断しました。当該情報にアクセスできる者を業務上必要な少数の者に制限するなどの実質的な物理的または技術的な保護措置が講じられていなかったとして当該情報を営業秘密としては認めず、原告の請求を棄却したのです。
一方で別のタイ最高裁判所判決第1323/2560号(2017年)では、毎月変更されるパスワードによる保護などの技術的措置が講じられていたケースにおいて当該情報が営業秘密として有効に認められています。これらの判例からタイにおいてNDAを有効に機能させるためには、契約書に営業秘密の定義や保持期間ならびに損害賠償額を具体的に定めるだけでなく、実務上も知る必要がある者のみへの開示の原則の徹底、書面への秘密である旨の明記、パスワード制限やアクセス権の管理など情報管理の厳格な運用体制を構築しなければならないということが言えるでしょう。
営業秘密保護に関する実務的な解説は、欧州連合の知的財産ヘルプデスクの公式ウェブサイトで確認することができます。
合弁事業契約における外資規制とデッドロック解決条項
タイにおいて日本企業が現地企業と合弁事業を行う場合、最大の障壁となるのが外資規制です。タイ外国人事業法(Foreign Business Act B.E. 2542(1999))は農業や不動産業のほか多くのサービス業、小売業、卸売業などにおいて外国人が株式の過半数を所有することを厳しく制限しています。そのためタイ側パートナーが51パーセント以上の株式を保有する合弁会社を設立し、日本側はマイノリティ出資者となるケースが一般的です。過半数の議決権をタイ側が握る状況において日本側の利益を保護するためには合弁事業契約において入念な手当てが必要です。具体的には出資比率に関わらず日本側から一定数の取締役を選任できる権利の確保や、定款変更、増減資、多額の借入れ、新規事業への参入といった重要な意思決定に関する拒否権を規定することが重要です。
また両者の意見が真っ向から対立し意思決定が膠着するデッドロック状態に備えた解決条項も必須です。実務上よく用いられる手法としてテキサス・シュートアウト条項やロシアン・ルーレット条項があります。テキサス・シュートアウト条項とはデッドロックに陥った際に両当事者が相手方の株式を買い取る価格を秘密裏に入札し、高い価格を提示した側が相手方の株式を強制的に買い取る権利を得るという仕組みです。これにより合弁事業の麻痺を防ぎ事業の継続性を担保することが可能になります。日本の会社法実務においても活用される手法ですが、外資規制により過半数出資が制限されるタイの閉鎖的な合弁企業においては特に重要な出口戦略となります。
ライセンス契約における商標登録の義務
日本企業がタイの企業に対してブランドや商標の使用を許諾する商標ライセンス契約において日本法とタイ法で最も大きく異なるのが政府機関への登録の要否です。日本の商標法では通常使用権の登録は第三者に対する対抗要件にすぎず未登録であっても当事者間においてライセンス契約は完全に有効です。しかしタイ商標法(Trademark Act B.E. 2534 (1991))第68条は、登録商標のライセンス契約は必ず書面で作成し商務省知的財産局の登録官に登録しなければならないと明確に規定しています。この登録手続きにおいてはライセンサーがライセンシーの商品の品質を管理するための条件が含まれていることが法定の要件とされています。
タイの最高裁判所の判例(最高裁判所判決第7770/2547号、第6436/2543号、第6190/2550号など)においてもこの要件は極めて厳格に解釈されています。登録義務を怠った商標ライセンス契約はCCC第152条に基づく法律の強行規定に反する行為として契約自体が無効となると判断されています。たとえ契約書内に本契約は日本法を準拠法とするという規定があったとしてもタイ国内で商標を使用する以上この登録義務を免れることはできないと解されています。
したがって、タイ国内での商標ライセンス契約を締結する際は契約締結後速やかに知的財産局への登録手続きを完了させる必要があります。これを怠ると契約が無効とされロイヤルティの請求権が法的保護を受けられないだけでなく、ライセンシーによる商標の使用が商標権者による正当な使用とみなされず第三者からの不使用取消審判に対して対抗できなくなるという重大なリスクが生じます。商標ライセンスの登録要件に関する実務的な解説は、ティレキ・アンド・ギビンズ法律事務所のウェブサイトで確認することができます。
タイ特有の規制・コンプライアンス
個人情報保護法 (PDPA)の全面施行と実務への影響
タイにおけるビジネス展開において近年最もリソースを割いて対応すべきコンプライアンス分野が個人情報保護法(Personal Data Protection Act B.E. 2562 (2019)、以下「PDPA」)です。PDPAは複数回の延期を経て2022年6月に全面施行されました。タイのPDPAは欧州のGDPRを色濃くモデルとしており日本の個人情報保護法と比較してもより厳格な運用が求められます。データを収集する際にはデータ主体から明示的かつ任意な同意を取得する義務があり、同意取得時にはデータ処理の目的を詳細に通知しなければなりません。またデータ主体に対して自身のデータへのアクセス権、訂正権、削除権、そしてデータポータビリティの権利を保障する体制の構築が必須です。
日本企業にとって特に障壁となるのが個人データのタイ国外への越境移転に関する規制です。タイの現地法人から日本の親会社へ従業員や顧客の個人データを共有する場合、移転先国がタイの個人情報保護委員会が定める十分なデータ保護水準を満たしていると認められるか、あるいは拘束的企業準則や標準契約条項などの適切な保護措置を別途講じる必要があります。データ漏洩が発生した場合には個人の権利利益にリスクを及ぼす限り72時間以内に委員会へ報告する義務が課されています。違反した場合には最高で500万バーツの行政罰に加え最大1年の禁錮刑という刑事罰が科される可能性があり経営リスクに直結します。
| 項目 | タイの個人情報保護法(PDPA) | 日本の個人情報保護法 |
| 立法のモデル | 欧州GDPRの影響が強く厳格な同意主義を採用 | 独自の発展を遂げ取扱いの適正化に重点 |
| データ侵害の報告 | リスクがある場合72時間以内の報告義務 | 漏えい等の事態が発生した場合の速やかな報告義務 |
| 越境移転規制 | 十分性認定国への移転または適切な保護措置が必須 | 本人の同意または十分性認定国等の担保が必要 |
| 罰則 | 高額な行政罰および刑事罰が規定されている | 刑事罰および行政機関による指導や命令が中心 |
外国人事業法に基づく外資規制とビジネスライセンス
タイにおける商事契約や現地での事業運営において外国人事業法による規制は避けて通れません。日本企業がタイで法人を設立しあるいは支店を設けて事業を行う場合、特定の業種についてはタイへの出資規制が存在します。外国人事業法では事業を3つのカテゴリーに分類し、マスメディアや農業などの第1種事業は、外国人の参入を完全に禁止しています。第2種事業は国家の安全保障や芸術文化そして天然資源に関連するものであり原則として禁止されていますが、特定の条件を満たし閣僚会議の承認を得た場合には許可されます。第3種事業は外国人がタイ人と競争できる水準に達していない事業とされ、小売りや飲食そして各種サービス業などが含まれており、事業開発局長からの外国人事業許可を取得すれば参入が可能です。
タイ投資委員会の認可を受けたプロジェクトであればこの外資規制の例外として100パーセント外資での事業運営が認められる場合があります。したがって合弁事業契約や販売店契約を検討する際にはその事業活動が外国人事業法上のどのカテゴリーに該当するのか、そしてタイ投資委員会の投資恩典や外国人事業許可を取得できる見込みがあるのかを事前に精査することが不可欠です。
土地法に基づく不動産取引の制限とデューデリジェンス
製造業の工場設立や現地拠点の構築において不動産を取得する場合、タイ土地法の理解が不可欠です。同法第86条により原則として外国人はタイ国内の土地を所有することが固く禁止されています。日本の法令では外国人による不動産取得について原則として制限を設けていないためこの点は日本法と大きく異なる重要な違いです。ただし例外として、特定の条件を満たす場合にのみ外国人による土地の所有が認められます。
第一に、タイ投資委員会から投資奨励法に基づく認可を受けた事業を行う企業は事業に必要な範囲内で土地を所有できます。第二に、タイ工業団地公社が運営または承認する工業団地内に位置する土地については外国人事業主の所有が認められます。第三に、個人であっても一定の高額な投資を行った場合には、内務大臣の特別な許可を得て居住用の土地を所有できる例外規定が存在します。
過去にはこの厳格な規制を回避するためにタイ人を名義人とするノミニーを利用した土地取得スキームが一部で利用されていましたが、現在ではタイ当局による取り締まりが極めて厳格化されています。ノミニー行為が発覚した場合には土地の強制売却を命じられるだけでなく重い刑事罰の対象となります。不動産取引を含む商事契約においては合法的かつ安全なスキームの構築と対象不動産に関する慎重なデューデリジェンスが必須です。タイにおける不動産所有の例外に関する解説は、ローレンツ・パートナーズのウェブサイトで確認することができます。
タイにおける紛争解決

タイの裁判所管轄と手続きの長期化問題
タイの企業との間で契約不履行などの商事紛争が発生した場合、解決手段としてタイの裁判所における訴訟か仲裁機関を利用した仲裁手続のいずれかを選択することになります。タイの裁判所は三審制を採用しており法制度自体は整備されていますが、ビジネスのスピード感からすると大きな課題があります。第一審の判決が出るまでに数年を要し最高裁判所で判決が確定するまでにはさらに長期間を要するケースが少なくありません。
また、手続きは全てタイ語で行われ、提出する証拠書類も全てタイ語への翻訳が義務付けられます。日本とタイの間には外国判決の相互承認に関する条約がないため、日本の裁判所で得た勝訴判決をタイ国内で直接強制執行することは実務上極めて困難です。
国際商事仲裁の活用とタイ仲裁研究所の実務
日本企業がタイ企業と契約を締結する際には、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約に基づく仲裁条項を契約書に定めておくことが強く推奨されます。タイも日本も条約の加盟国であるため仲裁判断はタイ国内の裁判所を通じて強制執行することが可能です。タイ国内を仲裁地とする場合、タイ仲裁研究所(Thai Arbitration Institute:TAI)が最も信頼できる機関として広く利用されています。TAIは2023年9月に仲裁規則を改定し国際的な商事仲裁のトレンドに合わせた近代化を図りました。この改定により当事者が合意すれば提出書類のタイ語翻訳を必須とせず英語等の他言語のみで仲裁手続を進行できることが明確化されました。
また、専門家証人に対して同時に尋問を行うホット・タビングの手続きが導入されより迅速かつ実質的な審理が可能となっています。契約書に紛争解決条項を設ける際には単にタイの法律を準拠法としタイの裁判所を管轄と定めるのではなく、TAIの規則に従った仲裁により解決する旨を明記することから紛争の早期解決と執行可能性の確保という実務上の大きなメリットが得られるということが言えるでしょう。
タイにおける契約実務のヒント
署名権限と会社印(社印)の確認の重要性
タイ企業と契約を締結する際、日本企業が陥りやすい実務上の落とし穴が会社印の扱いです。タイの商取引では日本の印鑑文化に近いシステムが存在し、会社設立時に商務省事業開発局に対して公式な会社印を登録する仕組みがあります。タイの会社の登記簿謄本に相当する会社宣誓書には会社を代表して法的拘束力のある署名を行う権限を持つ取締役の氏名が記載されています。ここで極めて重要なのは、多くのタイ企業において署名権限の条件として指定された取締役の署名に加えて会社印を押印することが代表権の正式な行使要件として登録されている点です。
もし会社宣誓書に会社印の押印が要件として記載されているにもかかわらず契約書に代表者のサインのみで会社印の押印がない場合、その契約は当該タイ企業に対して法的な拘束力を持たないと判断される重大なリスクがあります。日本においても代表取締役印の押印が重視されますが、タイではこの登録された会社印の押印が法人としての意思表示の有効性を左右する決定的な要素となります。したがって、契約締結時には必ず相手方の最新の会社宣誓書を取得し、誰の署名が必要かそして会社印の押印が代表行為の要件として設定されているかを事前に確認しなければなりません。
契約書の多言語作成と優先言語の明記
国際商事契約においては契約書を英語で作成することが一般的ですが、タイの国内法上の規制や相手方の強い要望によりタイ語版と英語版の二か国語を併記して作成されるケースも多く見られます。複数の言語で契約書を作成する場合、翻訳のニュアンスの違いや法的概念の不一致から言語間で条項の解釈に関する齟齬が生じるリスクが避けられません。
日本の民法に基づく概念がタイのCCC上の概念と完全に一致するとは限らず、専門的な法律用語の翻訳において誤解が生じることが多々あります。このような解釈の対立を回避するためには、契約書の一般条項の中に本契約は英語およびタイ語で作成されるが、両言語間に矛盾や解釈の相違が生じた場合には英語版を優先して適用するという優先言語条項を明確に規定しておくことが実務上不可欠です。
専門家によるリーガルチェックの必須性
タイの商事契約には特定の契約の書面化や政府機関への登録義務、日本にはない外資規制のハードル、そして会社印の厳格な押印要件など日本法や一般的な英米法ベースの国際契約とは異なるタイ特有の強行法規や実務慣行が数多く存在します。日本で使い慣れた自社の契約書ひな型や他の英語圏で使用している標準的な英文契約書をそのまま流用することは、法的に無効となる条項を含んでしまうリスクや不測の損害賠償責任を負うリスクをはらんでいます。
タイでのビジネスにおいてはタイの国内法に精通した現地のローカル法律事務所やタイ法対応の実績が豊富な弁護士による事前のリーガルチェックを実施することが事業の安全を確保する上で必須のプロセスとなります。
まとめ
本記事では、タイにおける商事契約の基礎から販売店契約や合弁事業契約といった主要な契約類型ごとの留意点、個人情報保護法や外資規制などのコンプライアンス法制、そして紛争解決や契約締結実務に至るまでを網羅的に解説しました。商標ライセンス契約における登録義務や営業秘密保護法の下での厳格な秘密管理措置の要求、会社宣誓書に基づく会社印の押印要件などは日本の法制度や商慣習とは大きく異なるため契約締結時には細心の注意を払う必要があります。
万が一の紛争に備え、タイの裁判手続きの長期化を避けるためにもタイ仲裁研究所などの仲裁機関を活用した紛争解決プロセスを契約書に組み込むことが極めて有効です。成長著しいタイ市場での海外展開という大きなチャンスを確実な成功に導くためには、現地の法律に完全に準拠した堅牢で抜け漏れのない契約書の整備が欠かせません。ビジネス展開や取引先との各種契約手続きに関してご不安や疑問がございましたら、モノリス法律事務所までご相談ください。貴社の安全で円滑な事業展開を法務の側面からしっかりとサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































