弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

トルコにおける医薬品・医療機器の広告・販売促進規制

トルコにおける医薬品・医療機器の広告・販売促進規制

トルコは、人口8,500万人を超える巨大な市場と、欧州・中東・アジアを結ぶ地政学的な優位性から、多くの日本企業が医薬品・医療機器ビジネスの拠点として注目しています。しかし、その法規制環境は、EU法との調和を目指す近代的な側面と、共和国初期に制定された強力な国家管理法規が共存する、極めて複雑な二重構造を持っています。特に、医薬品の広告・販売促進(プロモーション)に関する規制は、違反した場合に「製品売上高の5倍」という懲罰的な行政罰金が科される可能性があるなど、日本法と比較しても極めて厳格です。

本記事では、2024年から2025年にかけての最新の法改正動向を含め、トルコにおける薬事規制の全貌を、日本の経営者や法務担当者向けに詳細に解説します。

トルコ医薬品規制の法的基盤と広告禁止の原則

トルコにおける医薬品および医療機器の規制は、保健省(T.C. Sağlık Bakanlığı)およびその下部組織であるトルコ医薬品医療機器庁(TİTCK)が所管しています。この規制体系の根底にあるのは、1928年に制定された「イズペンチヤリ及び医薬品製剤法(第1262号法)」です。約100年前に制定されたこの法律は、医薬品を単なる商品ではなく、国家が厳格に管理すべき公共財とみなす哲学に基づいており、現在でも規制の「憲法」として機能しています。

日本の薬機法(医薬品医療機器等法)においても、処方箋医薬品の一般向け広告は制限されていますが、トルコの規制は「原則禁止」の範囲と解釈がより広範かつ厳格です。第1262号法第13条は、あらゆるメディアを通じた医薬品の広告を禁じており、これは現代のインターネットやソーシャルメディアにも適用されます。

ここで重要となるのが、「広告(Reklam)」と「販売促進(Promotion/Tanıtım)」の峻別です。トルコの法体系では、一般大衆に向けた購買意欲を刺激する行為はすべて「広告」とみなされ、処方箋医薬品については絶対的に禁止されています。一方で、医師、歯科医師、薬剤師という特定の医療従事者(HCPs)に対して、科学的データに基づき製品の情報を提供する行為は「販売促進」として定義され、「ヒト用医薬品の販売促進活動に関する規則」の下で適法に行うことが可能です。この境界線を踏み越えた場合、たとえ疾患啓発活動や患者支援プログラムの名目であっても、違法な広告とみなされるリスクがあります。

トルコ医療従事者へのプロモーション活動における厳格なルール

トルコ医療従事者へのプロモーション活動における厳格なルール

製薬企業が医療従事者(HCPs)に対して行うプロモーション活動は、許可されているとはいえ、その方法や内容は細部にわたって規制されています。日本のMR(医薬情報担当者)に相当する「製品販売促進担当者(ÜTE)」は、トルコではTİTCKが認定する教育プログラムを修了し、試験に合格して資格証明書を取得しなければなりません。また、企業はÜTEをTİTCKの電子データベースに登録する義務を負います。

プロモーション活動の内容についても、以下のような厳格な基準が設けられています。

プロモーション活動の主要な要件

項目規制内容日本法との比較・留意点
対象者医師、歯科医師、薬剤師のみ。
※2024年改正案により、特別用途食品に限り栄養士も対象に追加。
日本では看護師等への情報提供も広く行われるが、トルコでは原則禁止。
情報の内容承認された使用分野(適応症)に準拠し、証拠に基づく医学的・科学的情報であること。適応外使用(Off-label)のプロモーションは厳禁。
禁止事項欺瞞的、誇張的、未証明の情報。
不適切な画像のり、懸賞や富くじの利用。
日本の公正競争規約と同様だが、行政処分の発動頻度が高い。
訪問規制公立病院では、行政管理者が指定する時間と場所でのみ活動可能。診療中の診察室への訪問や、緊急治療室での活動は禁止。

特に留意すべきは、2024年の改正案によって導入が進められている「プロモーション資材の事前登録制度」です。2025年以降、企業は使用するすべてのパンフレットやデジタルコンテンツを、配布前にTİTCKのデータベースにアップロードすることが義務付けられる見通しです。これは、日本の資材審査(社内審査や第三者機関審査)とは異なり、規制当局がすべての資材をデジタル上で把握・監視できる体制を構築することを意味します。

トルコにおける価値移転と利益供与の制限

かつてトルコでは、商慣習として贈答品のやり取りが行われていましたが、現在はコンプライアンスの観点から完全に禁止されています。医療従事者に対するギフトの提供は、たとえ少額であっても行政罰および刑事罰の対象となり得ます

唯一の例外として認められているのが、「リマインダー品(Hatırlatıcı ziyaret malzemeleri)」と呼ばれる物品です。これらは、医薬品のプロモーションに関連し、かつ医療現場で使用される事務用品(ペン、メモ帳、カレンダーなど)に限られます。さらに、その金銭的価値には「適用される月額最低賃金(グロス)の2.5%以下」という明確な上限が設定されています。インフレ率の高いトルコでは最低賃金が頻繁に改定されるため、企業は常に最新の上限額を確認し、コンプライアンスを維持する必要があります。

無料サンプル(試供品)の配布についても、市場での不正流通を防ぐために「クオータ制(割当制)」が導入されています。配布できるサンプルの量は、その製品の年間販売数量に連動しており、発売直後の製品であっても無制限に配布することはできません。

無料サンプルの年間配布制限

市場導入からの期間年間配布許容量(販売数量比)
1年目販売数量の5%まで
2年目販売数量の5%まで
3〜5年目販売数量の3%まで
5年目以降販売数量の1%まで

また、抗うつ剤などの向精神薬については、サンプルの配布自体が禁止されています。これらのサンプルには「無料サンプル – 販売不可」という表示を明記し、製造からHCPへの手渡しに至るまでの追跡記録をシステム上で管理する義務があります。

トルコにおける科学会議およびイベント・スポンサーシップの規制

医学会やシンポジウムへのスポンサーシップは、製薬企業と医療従事者の重要な接点ですが、ここにも「観光目的の排除」を意図したユニークな規制が存在します。

まず、一人の医療従事者が製薬企業の支援を受けて参加できる科学会議の回数は、年間合計4回までに制限されています。さらに、同一企業からの支援は年間2回まで、海外で開催される会議への支援も年間2回までという「4回ルール」が適用されます。企業は支援を行う前に、TİTCKのシステムを通じて対象医師の年間利用枠を確認しなければなりません。

開催地と時期についても、リゾート地での開催が実質的な休暇とならないよう、以下の季節規制が設けられています。

  • スキーシーズン規制:12月1日から翌年3月1日までの期間、スキーリゾート地での会議開催・支援は禁止。
  • ビーチシーズン規制:6月1日から9月1日までの期間、海浜リゾート地での会議開催・支援は禁止。

さらに、2024年の改正動向として、国内で開催される国際会議について、費用の支払いを「トルコ・リラ建て」で行うことを義務付ける動きがあります。これは外貨流出を防ぐ経済政策の一環とも見られますが、外貨での契約が一般的であったグローバル企業にとっては、為替リスク管理上の新たな課題となります。

トルコにおける医療機器に関する広告と販売の特則

トルコにおける医療機器に関する広告と販売の特則

医療機器の規制は医薬品と類似していますが、一部の製品については一般消費者向けの広告が認められている点で大きく異なります。医療機器の販売を行うには、TİTCKまたは地方保健局から「医療機器販売センター」としての認可を受ける必要があり、認可を受けた販売センターのみが広告を行うことができます。

原則として、医師が使用する専門的な医療機器や、社会保障機関の償還リスト(リインバースメントリスト)に掲載されている製品の一般向け広告は禁止されています。しかし、「医療機器販売、広告および販売促進に関する規則」の附属書3(Ek-3)にリストアップされた製品群については、例外的にテレビやインターネットでの広告が許可されています。

一般向け広告が許可される医療機器(Annex 3の例)

製品カテゴリー具体例
オーラルケア歯磨き粉、義歯ケア製品、洗口液
衛生用品コンドーム、大人用おむつ、失禁パッド
救急・ケア用品絆創膏、医療用テープ、温冷湿布
その他鼻孔拡張テープ

インターネット販売についても、2024年の規制緩和により、正規の販売センターであれば自社サイトや認可されたプラットフォームを通じた販売が可能となりました。ただし、眼鏡、補聴器、特注の義肢装具など、専門家による適合(フィッティング)が不可欠な製品については、引き続きインターネットでの直接販売は禁止されています。

トルコにおける違反時の制裁:売上高連動型の巨額罰金

トルコでのビジネスにおいて最も警戒すべきリスクは、法規制違反に対する非常に重いペナルティです。特に第1262号法第18条に基づく行政罰金は、日本企業の想定を遥かに超える規模になる可能性があります。

同法は、承認された適応外(Off-label)でのプロモーションや、違法な広告・販売を行った者に対し、「当該製品の直近1年間の売上高合計の5倍」までの行政罰金を科す規定を設けています。日本では2021年の薬機法改正で課徴金制度(売上額の4.5%)が導入されましたが、トルコの「5倍」という倍率は世界的に見ても極めて高額です。主力製品で違反が認定された場合、その製品が生み出した数年分の利益が一度に失われるだけでなく、企業の財務基盤そのものを揺るがしかねません。再犯の場合は、この罰金額がさらに2倍となります。

また、インターネット上で違法な広告や販売が行われた場合、TİTCKは裁判所の判断を待たずに、情報通信技術庁を通じて当該ウェブサイトへのアクセスを即時に遮断(ブロッキング)する権限を持っています。これは、企業の公式サイトや主要な販売チャネルが突然機能不全に陥るリスクを意味します。

これらに加え、近年は競争当局(Rekabet Kurumu)による監視も強化されています。製薬企業間で従業員の給与情報を交換したり、引き抜き防止(No-poach)の合意を行ったりすることが「労働市場におけるカルテル」とみなされ、多額の罰金が科される事例が相次いでいます。人事・採用活動におけるコンプライアンスも、広告規制と同様に重要な経営課題となっています。

まとめ

トルコの医薬品・医療機器市場は、成長性が高い一方で、約100年前の法律と最新のデジタル監視システムが混在する、極めて難易度の高い法的環境にあります。特に「広告」と「プロモーション」の厳格な区分、違反時の「売上高の5倍」という巨額の罰金リスク、そして頻繁に行われる法改正やガイドラインの変更は、日本企業にとって大きな参入障壁となり得ます。成功の鍵は、現地の法改正動向をリアルタイムで把握し、日本の常識にとらわれない厳格なコンプライアンス体制を構築することにあります。

モノリス法律事務所では、トルコの法規制に関する最新情報の提供や、現地ビジネス展開における法的リスクの分析、コンプライアンス体制の構築支援など、企業の皆様のニーズに合わせたサポートを行っております。複雑な規制環境下での安全な事業展開をお考えの際は、ぜひご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る