弁護士が案件を断るケースとその理由とは?弁護士が解説
トラブルを抱えてしまったとき、弁護士に相談したいと考えたこともあるのではないでしょうか。
しかし、弁護士は相談を受けた案件について必ず受任しなければならないというわけではなく、結果的に案件を断られてしまうこともあります。
ではいったい、どんな場合に、どんな理由で、弁護士は案件を断るのでしょうか。本記事では、案件を断ることがあるさまざまなケースや、弁護士に依頼するときに依頼者が気を付けるべきことについて解説します。
この記事の目次
弁護士と「受任義務」
そもそも、弁護士には、依頼された事件について受任する義務は全くありません。弁護士には引き受ける仕事を選ぶ権利があるのです。
医師の場合、医師法第19条第1項は、「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と定めていますし、行政書士は行政書士法第11条で「行政書士は、正当な事由がある場合でなければ、依頼を拒むことができない」と、依頼に応ずる義務が定められています。
しかし、弁護士法にも弁護士職務基本規定(弁護士倫理)にも、「弁護士は依頼を断ってはならない」とは定められていません。
なぜ、弁護士は案件を断ることが認められているのでしょうか。結論から言えば、それは依頼者の利益が最大になることを考えた結果なのです。
それでは、どういう場合に弁護士が案件を断るのかを見ていきましょう。
弁護士が案件を断るケースとその理由
法的な問題の解決には、時間も金銭も多くかかってしまいます。そのため、むやみに依頼を受けることはかえって依頼者を苦しめることにもつながりかねません。
たとえ受任を断ったとしても、弁護士は決して依頼者を拒否しているわけではなく、依頼者の役に立つことが難しいと考えた際には、依頼者の利益のために断ることがあります。以下では、弁護士が案件を断るケースについて解説します。
ケース1.業務の範囲ではない
依頼された法律分野に対し、その弁護士の経験が少ない場合や、そもそも業務範囲外である場合、弁護士は案件を断ることが普通であり、弁護士の良識です。弁護士や法律事務所には、それぞれ得意とする法律分野・領域があります。あらゆる法律問題に対応できる弁護士や法律事務所は、少ないと考えてよいでしょう。
経験が少ない分野の依頼については、より適切な解決が可能な場合がありうるため、お断りする場合があるのです。
例えば、モノリス法律事務所は、IT・インターネットビジネスに特化した法律事務所です。 当事務所のサイトで、「取扱分野」をクリックすると、「取扱分野一覧」が開き、「IT・ベンチャーの企業法務」「各種企業のIT・知財法務」「風評被害対策」とあり、それぞれの「さらに詳しく」をクリックすると、詳しい業務内容を知ることができます。
どの法律事務所のWebサイトにも上記のような取扱分野の案内があります、それを見て、相談したい内容を取り扱っているかどうかがわかります。
例えば、IT・インターネットビジネスに特化しているモノリス法律事務所に離婚や交通事故の相談をしても、一般的なアドバイスしか提供できない可能性が高いのです。離婚や交通事故は、それぞれ経験が豊かな弁護士、法律事務所が多いため、それらの分野を取扱分野として掲げている弁護士や法律事務所に相談されることをお勧めします。
一方で、「IT・ベンチャーの企業法務」「各種企業のIT・知財法務」「風評被害対策」の分野はいずれも高度で専門的なIT知識が必要不可欠であり、この分野を多数手がけている弁護士や法律事務所以外では適切な解決が困難なケースもあります。ITとビジネスの両方を理解している法律事務所は多くないため、業務範囲外だということで断られてしまうケースもあるかもしれません。
ケース2.費用倒れする
結果的に、費用倒れになる可能性が高い場合にも、受任を断られることが多いようです。当該案件で回収が見込まれる金額と、弁護士費用を比べた際に、後者の方が多くなるケースでは依頼者には金銭的な利益はありません。この場合には、依頼をお断りする場合もあります。
もっとも、それでもよいという依頼者もいます。加害者に社会的制裁を加えるのが目的であるため、金銭的利益はなくてもいいという依頼者もいますし、法人の場合には、今後のことを考え、当該案件での出費は構わないという場合もあります。また、思想信条がありどうしても譲れない、最後まで戦うという依頼者もいます。
費用倒れの可能性があるのと言われた場合は、弁護士とよくご相談ください。事前に見通しを具体的に説明してもらい、相談した上で、それでもどうしてもというのであれば依頼してみてもいいでしょう。
ケース3.勝てる見込みがない
弁護士と依頼者とでは、法律的知識や問題に対する観点が大きく異なります。相談内容が法律問題である以上、弁護士は法的な立場から解決できるか否かを判断するため、依頼者が難しいと感じていても、弁護士からすれば解決は容易と思える場合もあります。
しかし、逆もまた然りであり、依頼者から見れば簡単だと思える案件であっても、法的には手の施しようがない状態になっていることもあります。この場合、弁護士としては依頼を断らざるを得ないこともあります。
弁護士が受任し、紛争相手との調停・裁判などにいたっても、勝ち目がないと思われるケースでは、案件を断られる可能性が高いでしょう。最初から負けることがわかっているのに訴訟を提起したのでは、不当訴訟となってしまう場合もあります。ただし、被告(訴えられた側)である場合には、負けるとしても、原告の請求よりも有利な「和解」での着地などで損害を小さくすることを目指して受任することもあります。
見通しについては弁護士の技量・経験や性格によって判断が変わってくることもあり得ますので、弁護士とよく相談してください。事件を引き受ける際には、一般的には着手金の支払いは発生するので、着手金目的で勝ち目のない案件でも引き受けるような弁護士には注意が必要です。
また、法律上弁護士しか受任できないタイプの案件を司法書士等の別の士業や業者などの弁護士資格のない者が取り扱うと、違法な非弁行為となります。非弁行為については、以下の記事で詳しく解説しています。
関連記事:非弁行為はどこから?弁護士以外ができない法律行為を解説
ケース4.利益相反にあたる
弁護士が、依頼者と利害が対立する依頼者から別の案件を受任することを「利益相反行為」と言い、弁護士法第25条や弁護士職務基本規定で禁止されています。利害が対立する複数の人間から事件を受任してはなりません。典型的には、当事者双方の代理をするようなケースです。
弁護士法第25条
弁護士は、次に掲げる事件については、その職務を行つてはならない。ただし、第三号及び第九号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
一 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
二 相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの
三 受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
(以下略)
例えば、Aさんの訴訟を行っている、もしくは行ったことがある弁護士は、BさんがAさんに対して起こした訴訟は受任できません。弁護士は、Aさんの秘密を知っているわけで、これを利用して訴訟を提起されては、Aさんは困ります。
利益相反と捉えられる行為の範囲は、実際にはもっと広く複雑であり、弁護士はこの点に配慮して、依頼を受けた案件を引き受けることが可能かどうかを慎重に判断しています。
そしてこの利益相反禁止は、同一事務所に所属する弁護士であっても同様です(弁護士職務基本規定第57条)。例えば、モノリス法律事務所の弁護士が、Aさんの相談をすでに受けていた場合、事務所内の別の弁護士がAさんと争っているBさんからの相談を受けるのは、利益相反となるため、禁止されています。この場合には、法律相談を受けること自体も禁止されており、相談を聞くことができません。
これは、当サイトの別記事で解説した、弁護士が所属する法律事務所内における守秘義務とも関係しています。
関連記事:弁護士の守秘義務とは?守秘義務が除外される範囲と罰則を解説
ケース5.依頼者との信頼関係
話してみて、依頼者が信頼に値する人でないと思ったら、弁護士は受任しません。訴訟は、依頼者と弁護士の二人三脚です。相互に不信感がある場合、よい結果を望めません。
弁護士との信頼関係を築くためにも、まずは相談時に弁護士に嘘をつかないことが大切です。弁護士に相談する際は、自分に都合の悪いことでも、包み隠さずに話しましょう。
弁護士に相談するときは、何かしら困ったことを抱えている状況ですが、焦ったり、興奮したりせず、冷静に、正直に話をすることが、信頼関係の基礎になります。言いにくいことや恥ずかしいことがあっても、事実を隠したり嘘をついたりせずに、心を開いて相談しましょう。
弁護士との契約は、相互に相手方の信頼を裏切らないよう行動すべきであるという信頼関係の上に成り立っています。この関係は、「弁護士」という職業にとって、非常に重要かつ特殊なものです。
事件処理に伴う判断と信頼関係
例えば、何らかの理由で損害賠償請求を受けている個人から依頼を受ける場合、弁護士やその依頼者は、交渉の過程などで、ある条件での和解を受けるべきか否か、といった判断を迫られることになります。
- 「この条件で和解をすべきである」
- 「訴訟を提起されるリスクがあるとしても、この条件では和解をするべきではない」
といった判断は、依頼者の利益に極めて直結する判断です。そうした際に、依頼者と弁護士の間に信頼関係がない場合、例えば依頼者に
- 「この弁護士は、早く事件を終わらせたいから和解しろと言っているのではないか?」
- 「この弁護士は、訴訟になった方が弁護士報酬が増えるから和解を拒否するべきと言っているのではないか?」
という疑いが生じてしまうと、適切な判断を行うことができなくなってしまうでしょう。これは、依頼者にとっても弁護士にとっても、不幸な状態に他なりません。
「和解をすべきかどうか」など、弁護士や依頼者が紛争の過程で迫られることになる判断は、多くの場合、その時点では「正解」が分からないものです。
例えば上記の例にしても、弁護士が「この条件で和解を拒んでも、まだ相手は訴訟を提起してこない可能性が高い」と判断したとして、その判断が結果的に間違っていた、つまり、和解を拒んだら即座に訴訟を提起されてしまった、となる可能性は、常にあります。
そうした可能性を踏まえても、なお弁護士の判断を信頼することができるか。弁護士側から見れば、そうした可能性もあるにせよ、依頼者に対し、プロとして、見通しや自身の判断を伝えることができるか。これらは、信頼関係によるものに他ならないでしょう。
依頼者・弁護士にはともに契約を解除する権利がある
依頼者と弁護士の間で結ばれる契約は「委任契約」なので、受任契約が成立した後も、依頼者、弁護士ともに契約を解除する権利があります。
民法第651条
1.委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2.当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
弁護士としては、途中での契約解除にメリットはありません。そのため、理由のない契約解除は基本的にはありませんが、依頼者との信頼関係が成立しなくなったり、解決方針があまりにかけ離れてきたり、音信不通になったりした場合には、弁護士側から依頼者へ契約解除を行う可能性があります。
これは依頼者にとってはダメージにしかならないので、信頼関係の構築や維持が難しいと判断した場合、弁護士としては、最終的な依頼者利益を考えた場合に、むしろ依頼を受けない方がよいと判断するケースもあるのです。
依頼者と弁護士は、問題解決までお付き合いをしていくため、良い関係性を築きたいものです。
複数の弁護士に相談するのが大切
弁護士により経験値や法律知識の解釈が異なるため、解決方法も異なります。一人の弁護士の意見だけでは、偏った方向に進んでしまうかもしれません。そのため、複数の弁護士に相談し意見を聞いた方が客観的に物事を捉えられる場合もあります。
そして、弁護士も人である以上は「相性」も重要です。ただでさえトラブルを抱えて精神的負担も大きい状況ですので、気持ちや事実は嘘なく、また要望は遠慮なく、誠実に話すことのできる弁護士を選びましょう。
まとめ:弁護士が案件を断るケースはさまざま
以上のように、弁護士はさまざまな理由で案件を断ることがありますが、それは弁護士の視点で依頼者のことを最優先に考えた結果であることがほとんどです。
また、当サイトの別記事(弁護士の守秘義務とは?守秘義務が除外される範囲と罰則を解説)にて詳しくは解説していますが、弁護士には守秘義務があり、その職についている間はもちろん、弁護士をやめた後でも生涯、依頼者について職務上知り得た秘密を他に漏らし、または利用してはならないと定められています。
そのため、個人情報や秘密等が漏れてしまうことはほとんどありません。もちろん、無料相談であっても、弁護士に守秘義務は発生します。
何かトラブルを抱えてしまい、それが自分では解決できない法律問題であるときは、これらの内容を踏まえたうえで法律の専門家である弁護士に相談してみるとよいでしょう。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: 弁護士法