ネパール連邦民主共和国における会社形態の種類と設立

ネパールは、その地理的優位性、若年層の豊富な労働力、そして近年進む経済自由化政策により、日本企業にとって新たなビジネス機会を秘めた国として注目を集めています。特に、IT、観光、インフラ、農業といった分野では、その潜在的な成長性が期待されています。しかし、海外での事業展開には、現地の法制度、特に会社設立に関する法的枠組みの正確な理解が不可欠です。適切な会社形態の選択は、事業の法的安定性、資金調達の柔軟性、そして将来的な成長戦略に直接的な影響を及ぼします。
本記事では、ネパール会社法2063(2006年)に基づく主要な会社形態の特徴、設立要件、ガバナンス、およびコンプライアンスについて詳細に解説します。
なお、ネパールでは、西暦とは別にビクラム暦という独自の暦が使われています。ビクラム暦は紀元前57年を起年とし、西暦の4月半ばを新年とします。例えば、西暦2006年はビクラム暦では2062年又は2063年です。「ネパール会社法2063(2006年)」という表記は、このビクラム暦によるものです。
また、ネパールの法律の全体像とその概要に関しては以下の記事で解説しています。
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この記事の目次
ネパールにおける会社形態の基本と法制度
ネパールにおける会社の設立、運営、および解散は、主に「会社法2063(2006年)」によって規律されています。この法律は、それまでの会社法2053(1997年)に代わるもので、経済の自由化を通じて産業、貿易、ビジネス分野への投資を促進し、国の経済発展に活力を与えることを目的として、会社の設立、運営、管理を簡素化し、透明性を確保するために制定されました。
ネパール政府は、ビジネス環境の改善と外国投資の誘致に積極的に取り組んでおり、その姿勢は法制度の頻繁な近代化に現れています。会社法2063自体が旧法を置き換えただけでなく、2017年および2024年にも重要な改正が行われています。例えば、オンライン申請システム(CAMIS)の導入や会社登記期間の短縮(従来の15日から7日へ)といった動きは、会社設立プロセスをより迅速かつ効率的にするための政府の明確な意思を示しています。
ネパール会社法2063の下で登録可能な主要な会社形態には、Private Limited Company(非公開有限会社)、Public Limited Company(公開有限会社)、そしてProfit Not Distributing Company(非営利会社)があります。ここでは、主要な選択肢となるPrivate Limited Company、Public Limited Company、そして近年注目されるOne Person Company(一人会社)に焦点を当てて解説します。
Private Limited Company(非公開有限会社)
Private Limited Companyは、ネパールで最も一般的に登録されている事業形態であり、その設立の容易さと柔軟性から、中小企業や家族経営の事業に特に適しています。
特徴と設立要件
非公開有限会社は、その名の通り、株式を一般に公開せず、特定の株主によって所有される会社です。株主の責任は、その出資額に限定される有限責任であり、これは日本の株式会社と同様の原則です。株式の譲渡には制限が設けられることが一般的で、定款(Articles of Association, AOA)によってその条件が定められます。
株主数と資本金
ネパール会社法2063の改正により、非公開有限会社の株主数の上限は、従来の50名から101名に引き上げられました。また、設立は1名の株主から可能であり、これは一人での起業を容易にする特徴です。従業員が株式を購入した場合、その従業員は株主数の上限には算入されません。
ネパール国内の非公開有限会社の場合、最低払込資本金はNPR 10万(ネパールルピー)とされています。しかし、外国投資が含まれる場合は、IT企業を除き、最低投資額がNPR 2,000万(約2,000万円)と大幅に高くなります。この二重の要件は、ネパールが小規模な国内起業を奨励しつつも、外国からの投資には一定の規模とコミットメントを求めていることによるものです。したがって、日本の中小企業や個人事業主がネパールで小規模な事業を立ち上げる場合、外国投資の枠組みではなく、現地パートナーとの合弁や、より小規模な事業形態を検討する方が、初期投資のハードルを下げられる可能性があります。
日本法との比較
日本の会社法における株式会社、特に非公開会社は、株式の譲渡制限を設ける点でネパールのPrivate Limited Companyと類似しています。しかし、ネパール法の非公開有限会社には、以下の点で重要な違いがあります。日本の非公開会社には株主数の明確な上限はありませんが、ネパールでは101名という上限が明示されています。設立時の最低株主数は、日本の株式会社と同様に1名から設立が可能です。しかし、日本には外国投資家に対する最低資本金の特定の定めはありませんが、ネパールではIT企業を除きNPR 2,000万という高額な最低投資額が課される点が、日本企業にとって特に留意すべき相違点です。
ガバナンスとコンプライアンス
非公開有限会社は、公開有限会社に比べて比較的簡素なガバナンス体制が許容されています。最低1名の取締役が必要です。取締役の居住要件については、ネパール国籍の取締役は必須ではありませんが、少なくとも1名の取締役がネパールに居住していなければならないケースがあります。
年次総会(AGM)は定款の規定に従って開催する必要があり、毎会計年度の財務諸表は監査され、年次報告書を会社登記官事務所(OCR)に提出する義務があります。年次報告書は、年次総会開催後30日以内に提出する必要があります。また、監査人の選任も義務付けられています。
Public Limited Company(公開有限会社)
Public Limited Companyは、大規模な事業や将来的な成長を見据え、一般からの資金調達を計画している企業に適した会社形態です。
特徴と設立要件
公開有限会社は、株式を一般に公開し、証券取引所(ネパール唯一の証券取引所であるNEPSE)に上場して資金を調達することが可能です。株式の譲渡は自由であり、株主の責任は出資額に限定される有限責任です。株式の公開性に伴い、非公開有限会社よりも厳格な規制と情報開示義務が課されます。
株主数と資本金
最低7名の設立発起人/株主が必要です。株主数の上限は設けられていません。最低払込資本金はNPR 1,000万(ネパールルピー)とされています。
日本法との比較
日本の公開会社(上場会社を含む)とネパールのPublic Limited Companyは、一般からの資金調達を可能とし、より厳格な規制を受ける点で共通しています。しかし、以下の点で相違が見られます。ネパールのPublic Limited Companyでは、最低3名の取締役が必要であり、そのうち少なくとも1名はネパール国籍の取締役が議長を務める必要があります。また、女性株主がいる場合、少なくとも1名の女性取締役を置くことが義務付けられています。情報開示義務については、ネパールのPublic Limited Companyは、年次財務諸表の監査・公開、四半期報告書の提出、重要な事象の即時開示など、日本の公開会社と同様に厳格な情報開示が求められます。
ガバナンスとコンプライアンス
Public Limited Companyは、その公共性から厳格なガバナンスとコンプライアンス要件が課されます。最低3名から最大11名の取締役が必要です。取締役会は会社の経営方針を決定し、法令遵守を確保する責任を負います。年次総会(AGM)は毎年開催が義務付けられており、会計年度終了後数ヶ月以内に開催する必要があります。総会では、会社の業績レビューや財務諸表の承認などが行われます。毎年、公認会計士による監査が義務付けられ、監査済みの財務諸表を会社登記官事務所(OCR)に提出する必要があります。また、独立取締役の任命や監査委員会の設置も求められます。株式を公開するPublic Limited Companyは、ネパールの証券法(Securities Act, 2063 (2007))および証券取引委員会(SEBON)の規制に従う必要があります。
Public Limited Companyは、一般からの大規模な資金調達を可能にする一方で、Private Limited Companyと比較して、より高い最低資本金、多数の株主・取締役、そして非常に厳格なガバナンス・開示義務が課されています。特に、取締役の国籍・居住要件や女性取締役の義務化は、ネパール独自の規制要素です。日本企業がネパールでPublic Limited Companyを選択する場合、資金調達のメリットを享受できる反面、設立・運営にかかるコストやコンプライアンスの負担が大幅に増加することを覚悟する必要があります。特に、取締役の構成に関する要件は、日本企業のガバナンス体制に直接的な影響を与えるため、慎重な計画が必要です。
One Person Company(一人会社)

One Person Company(OPC)は、ネパール会社法2063の改正により導入された比較的新しい会社形態であり、単独の起業家が有限責任の恩恵を受けながら事業を運営することを可能にします。
特徴と設立要件
OPCは、その名の通り、1名の株主によって設立・運営される非公開有限会社の一種です。これにより、個人事業主が法人格を持つことで、事業と個人の財産を分離し、有限責任の保護を受けることができます。設立手続きは比較的簡便であり、起業家精神の促進を目的としています。
日本法との比較
日本の会社法には、「一人会社」という明確な会社形態は存在しません。しかし、日本の株式会社は最低1名の株主で設立可能であるため、実質的に一人で設立・運営される株式会社は多数存在します。ネパールのOPC制度は、この日本の実質的な一人会社に近い概念を法的に明文化し、さらに簡素化されたガバナンス要件を設けている点で特異性があります。ネパールのOPCでは、取締役会や株主総会の開催が義務付けられておらず、単独株主が書面で意思決定を行うことで、これらの会議に代えることができます(会社法2063年第152条)。
ネパールにおける会社設立プロセス

ネパールで会社を設立するプロセスは、会社形態や外国投資の有無によって詳細が異なりますが、基本的な流れは共通しています。特に外国投資家にとっては、会社登記官事務所(Office of Company Registrar, OCR)での登記に加え、外国投資承認(Foreign Direct Investment, FDI Approval)の取得が重要なステップとなります。
一般的な設立手続き
- 会社名の予約(Name Reservation): 最初に、設立を希望する会社名をOCRに申請し、予約します。これは通常1〜3営業日かかります。重複する名称や商標と紛らわしい名称は拒否されます。
- 必要書類の準備とオンライン提出: 会社名が承認されたら、90日以内に定款(Memorandum of Association, MOA)と付属定款(Articles of Association, AOA)を含む必要書類を準備し、OCRのオンラインポータル(CAMIS)を通じて提出します。MOAは会社の目的、授権資本、株式構造などを定め、AOAは内部統治規則を詳述します。
- OCRによる審査と承認: 提出された書類はOCRの担当官によって審査されます。不備がなければ承認され、会社登録が完了します。この審査期間は、従来の15日から7〜14営業日に短縮されています。拒否された場合は、3日以内に理由が通知されます。
- 登録料の支払いと登記証明書の発行: 承認後、所定の登録料を支払い、OCRからデジタル署名された会社登記証明書(Certificate of Incorporation)が発行されます。これにより、会社は法的に設立されたとみなされます。
ネパールでは、会社設立プロセスにおいてオンラインシステム(CAMIS)の導入、電子署名の法定化、そして登記期間の短縮といったデジタル化と効率化が急速に進んでいます。
外国投資家が留意すべき事項
外国投資家がネパールで会社を設立する場合、上記の一般的なプロセスに加えて、以下の特別な要件と手続きが必要となります。
- 外国投資承認(FDI Approval): 投資額がNPR 60億以下の場合は産業省(Department of Industry, DOI)、NPR 60億超または200MW超の水力発電プロジェクトの場合は投資委員会(Investment Board of Nepal, IBN)が承認機関となります。
- 外国投資の制限(Capping): 特定のセクターでは、外国投資の所有割合に制限が設けられています。例えば、電気通信は80%、銀行・金融機関は20%〜85%、保険会社は80%、コンサルタント業は51%が上限です。
- 設立後のコンプライアンス: 会社登記後も、外国投資企業は3ヶ月ごとのコンプライアンス書類をOCRに提出し、ネパール中央銀行(Nepal Rastra Bank, NRB)への投資記録、年次コンプライアンス書類のOCRへの提出、会社法、労働法、税法などの遵守が求められます。
ネパール会社設立プロセスと期間の目安
ステップ | 担当機関 | 期間の目安 | 備考 |
FDI承認 | 産業省(DOI)/投資委員会(IBN) | 1〜4週間(最短7日) | 投資額により担当機関が異なる。IT企業を除く外国投資には最低NPR 2,000万の投資が必要。プロジェクトレポート、財務信用証明書などが必要 |
会社名予約 | 会社登記官事務所(OCR) | 1〜3日 | オンライン申請が可能。重複名称は拒否される |
会社登記申請(書類提出) | 会社登記官事務所(OCR) | 準備に1〜2週間、提出後7〜14日 | MOA、AOA、株主・取締役の身分証明書などが必要。オンライン(CAMIS)での提出が主流 |
登記証明書発行 | 会社登記官事務所(OCR) | 1〜2日 | 登録料支払い後、デジタル署名された証明書が発行される |
税務登録(PAN/VAT) | 内国歳入局(IRD) | 数日〜2週間 | PAN(納税者番号)は必須。売上高が閾値を超える場合はVAT登録も必要 |
地方自治体登録(Ward Office) | 地方自治体(Ward Office) | 1〜2日 | 事業所の所在地を管轄する地方自治体への登録 |
銀行口座開設 | ネパール国内の銀行 | 1〜2週間 | 会社登記証明書とPANが必要 |
産業登録/特定許認可 | 産業省(DOI)など関連省庁 | 数日〜数ヶ月(事業内容による) | 銀行、通信、水力発電など特定の事業には追加の許認可が必要 |
NRBへの投資記録 | ネパール中央銀行(NRB) | 数日 | 外国投資企業の場合、投資額の注入後にNRBに記録する必要がある |
まとめ
ネパールは、その成長性とビジネスチャンスから日本企業にとって魅力的な市場である一方で、独自の法制度と商慣習が存在します。会社形態の選択から設立手続き、そして設立後の継続的なコンプライアンスに至るまで、様々な法的課題に直面する可能性があります。特に、外国投資に関する複雑な承認プロセス、取締役の居住要件などへの対応は、円滑な会社設立と事業運営のために不可欠です。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: ネパール連邦民主共和国海外事業