タイの知的財産法を弁護士が解説

東南アジア諸国連合(ASEAN)において経済的かつ地理的な中心に位置するタイ王国(以下、タイ)は、急速な経済成長とともに知的財産権の保護に向けた法整備を強力に推進している国の一つです。タイはWTO(世界貿易機関)の設立協定およびTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)に加盟しており、これに基づく国際基準を満たすべく、特許、商標、著作権、営業秘密などを包括的に保護する法体系を構築してきました。タイにおける知的財産保護制度の最も顕著な特徴は、1997年にASEANで2番目となる「知的財産・国際取引中央裁判所(Central Intellectual Property and International Trade Court:CIPITC)」という専門の第一審裁判所を設立した点にあります。これにより、高度な専門知識を有する裁判官による迅速かつ的確な司法判断が提供される基盤が整いました。
また、タイ国内における権利行使の現場では、警察機関である経済犯罪抑止警察(Economic Crime Suppression Division:ECD)が模倣品や海賊版に対する強制捜査(レイド)を積極的に実施しており、物理的な侵害品の排除において極めて重要な役割を果たしています。さらに、特許の保護期間は原則として20年、日本の実用新案に相当する小特許は6年(最大10年まで延長可能)と定められており、権利保護の枠組みが確立されています。近年では、RCEP(地域包括的経済連携)への準拠やWPPT(実演・レコード条約)加盟に伴う著作権法の度重なる改正が行われ、インターネット上の侵害に対応するための「ノーティス・アンド・テイクダウン」手続の導入や写真の著作物の保護期間延長など、デジタル時代に即した法整備が進められています。
その一方で、タイ特有の法制度として、特許付与前にのみ異議を申し立てることができる「付与前異議申立制度」の採用や、商標出願時における厳格なタイ語翻訳および公証要件、審査の長期化といった実務的な課題も存在します。日本企業の経営者や法務部員がタイ市場への参入や現地でのビジネス展開を成功させるためには、日本の法律との制度的な相違点を正確に理解し、現地の実務に即した知財戦略を構築することが不可欠です。
本記事では、タイの知的財産制度の全体像から各種権利の保護内容、最新の法改正動向、そして権利行使の実務に至るまで、具体的な法令や判例を根拠としながら、日本法との重要な違いを含めて詳細に解説します。
この記事の目次
タイにおける知的財産制度の全体的な枠組みと執行体制
タイにおける知的財産制度は、特許法、商標法、著作権法、営業秘密保護法、地理的表示保護法といった主要な法令によって構成されています。これらの制度を管轄しているのは、タイ商務省(Ministry of Commerce)の傘下に置かれている知的財産局(Department of Intellectual Property、以下「DIP」)です。DIPは、特許や意匠、商標の出願の受理および実体審査から、著作権の記録手続、さらには国内外における知的財産保護のための啓発活動や政策立案に至るまで、タイの知財行政の中核を担っています。
タイの知的財産法制が実効性を持つようになった歴史的な転換点として、1997年の知的財産・国際取引中央裁判所(CIPITC)の設立が挙げられます。CIPITCは、知的財産に関する民事事件および刑事事件の両方を専門的に管轄する裁判所です。複雑な技術内容や高度な法的解釈が求められる知的財産事件において、専門の裁判官と外部の専門家が審理に関与することで、質の高い判決が下される仕組みが構築されています。CIPITCの判決に対して不服がある場合は、専門事件控訴裁判所(Court of Appeals for Specialized Cases)へ控訴することができ、さらに最終審はタイ最高裁判所(Supreme Court)が管轄するという三審制が採用されています。
また、タイにおける知的財産保護の傾向として、行政機関と警察機関が緊密に連携した強力な権利行使の枠組みが存在することが挙げられます。模倣品や海賊版の流通は長年にわたりタイ市場の課題とされてきましたが、経済犯罪抑止警察(ECD)は、権利者からの申告やDIPからの情報提供に基づき、侵害品の製造拠点や販売店舗に対するレイド(強制捜査)や商品の差押えを頻繁に実施しています。この警察による迅速な刑事的介入は、事後的な民事訴訟による損害賠償請求よりも即効性のある侵害排除手段として、多くの外国企業に利用されています。
さらに、タイ政府は外国からの直接投資を促進するため、タイ投資委員会(Board of Investment:BOI)を通じて、知的財産の創出に寄与する研究開発(R&D)活動等に対して強力な税制優遇措置を提供しています。具体的には、BOIの投資奨励対象となる高度技術産業やR&Dサービス拠点に対して、法人所得税(CIT)を最長で8年から13年にわたって免除するインセンティブが付与されています。加えて、R&D用途で輸入される機械設備や、輸出用製品の製造に不可欠な原材料に対する輸入関税の免除措置も設けられており、タイを単なる製造拠点ではなく、研究開発や知的財産創出のハブとして活用する企業にとって極めて有利な環境が整備されています。
タイ投資委員会の税制優遇や制度に関する公式な概要は、以下のBOIの公式資料等で確認することができます。
タイにおける各種知的財産権の保護内容と日本法との比較

特許法と小特許制度の構造
タイにおける発明の保護は、特許(Invention Patent)と小特許(Petty Patent)の二つの制度によって行われており、これらはタイ特許法(Patent Act B.E. 2522)によって規定されています。特許法第5条によれば、特許が付与される要件として、(1)新規性があること、(2)進歩性があること、(3)産業上利用可能であること、という三要件が定められており、この基本原則は日本法と同様です。特許の存続期間についても、タイ法は日本法と同様に出願日から20年と定めています。
しかしながら、保護の対象とならない「不特許事由」については、特許法第9条において詳細な規定があり、自然界に存在する微生物やその構成要素、動植物の抽出物、科学的または数学的法則、コンピュータプログラム自体、人間または動物の診断・治療・手術方法などは、特許保護の対象から明示的に除外されています。コンピュータプログラム自体が特許の対象外とされている点は、ソフトウェア関連発明の権利化を目指す日本企業にとって、出願時のクレーム作成(例えば、「方法」や「システム」としての表現の工夫)において特に留意すべき事項です。
一方、日本の実用新案に相当する制度として小特許制度が存在します。小特許は、高度な進歩性を必要とせず、新規性と産業上の利用可能性のみで登録が認められる制度です。特許法第65条の規定によれば、小特許の存続期間は出願日から原則として6年間ですが、権利者の申請により2年間の延長を2回まで行うことが可能であり、最大で出願日から10年間の保護を受けることができます。日本の実用新案権の存続期間が出願日から10年であり期間延長の仕組みが存在しないのに対し、タイの小特許は更新手続を経ることで段階的に期間を延長する構造となっている点に違いがあります。
特許審査の実務において、タイDIPの審査体制は技術分野ごとに「9つのグループ(例えば、バイオテクノロジー、医薬品、石油化学、電気・物理など)」に細分化されており、各分野の専門審査官によって実体審査が行われます。しかし、外国からの出願件数の増加に対して審査官の数が十分ではなく、特許の審査期間が数年に及ぶことが常態化しているという大きな課題があります。この状況を打開するため、タイDIPは日本国特許庁(JPO)との間で特許審査ハイウェイ(PPH)プログラムを実施しています。このプログラムを利用することで、日本で特許査定を受けた出願を基礎としてタイでの審査を大幅に早期化することが可能となります。また、医療科学や公衆衛生分野の発明に対しては「ターゲット特許ファストトラックプログラム(TPFTP)」も導入されており、出願人はこれらの早期審査制度を戦略的に活用することが求められます。
| 項目 | タイの制度(特許・小特許) | 日本の制度(特許・実用新案) |
| 特許保護期間 | 出願日から20年 | 出願日から20年 |
| 小特許/実用新案期間 | 出願日から6年(2年×2回の延長で最大10年) | 出願日から10年(延長不可) |
| 審査の早期化 | 日タイPPHプログラムやTPFTPの利用が可能 | 早期審査制度等の利用が可能 |
| 異議申立制度 | 付与前異議申立制度(出願公開後90日以内) | 付与後異議申立制度(特許掲載公報発行後6月以内) |
特許制度に関して、日本企業がタイで権利保護を図るうえで最も注意すべき決定的な違いは「異議申立制度」の構造です。日本の特許法では、特許が審査を経て付与され、特許掲載公報が発行された後に、何人でも異議を申し立てることができる「特許付与後異議申立制度」を採用しています。しかし、タイの特許法では「付与前異議申立制度(Pre-grant opposition)」が採用されています。タイにおいて特許出願が特許公報で公開されると、利害関係人は公開日から90日以内に限り、その発明が特許要件を満たしていない等の理由でDIPに対して異議申立を行うことができます。
このタイの付与前異議申立期間(90日間)を逃してしまった場合、特許が付与された後にDIPの行政手続として簡易に特許を取り消す手段(付与後異議申立)は存在しません。特許付与後にその有効性を争うためには、CIPITCに対して特許無効確認訴訟(Invalidation action)を提起するという、多大な時間と費用を要する司法手続を選択せざるを得なくなります。この構造から、タイ市場においては競合他社の特許出願の公開状況を常に監視し、特許付与前に適切な証拠をもってDIPに異議を申し立てる「プレグラント・モニタリング活動」が、日本におけるそれ以上に極めて重要な戦略的意味を持つということが言えるでしょう。
タイ特許法に関する条文や公式な英語翻訳は、WIPO(世界知的所有権機関)が提供するデータベース等で確認することができます。
商標法の体系と登録実務
タイにおける商標の保護は、タイ商標法(Trademark Act B.E. 2534)に基づいて行われます。タイの商標制度は日本と同様に先願主義を採用しており、市場で先に使用していたという実績のみに依存して権利を主張することは難しいため、事業展開前の早期の出願・登録が不可欠です。商標法第6条によれば、商標が登録される要件として、(1)識別性を有すること、(2)本法により禁止される商標でないこと、(3)他人の登録商標と同一または類似でないことが定められています。保護対象となる標章には、文字、図形、記号、立体的形状が含まれ、近年の法改正により音の商標(Sound marks)の登録も認められるようになりました。
タイの商標実務において、日本の実務と大きく異なるのが、手続言語と書面の厳格な要件です。タイDIPに対する商標出願や、審査官からの暫定的拒絶通報(Provisional refusal)に対する応答は、すべて現地の公用語であるタイ語で行う必要があります。日本企業がマドリッド協定議定書(マドプロ)を通じた国際出願を利用してタイを指定した場合であっても、DIPから拒絶理由を受けた場合、その応答はタイ語で作成し、タイ現地の資格を有する代理人を通じて90日以内に提出しなければなりません。この期間の延長は一切認められません。
さらに、外国の出願人がタイ現地の代理人に対して出願や応答の手続を委任する際に提出する「委任状(Power of Attorney)」に関する要件が極めて厳格です。日本の特許庁に対する手続では、委任状に単純な記名押印や署名を行えば足りますが、タイDIPに提出する委任状は、出願人の本国(例えば、日本)の公証人役場等で公証(Notarization)を受けた原本でなければなりません。加えて、外国語(英語等)で作成された書類を提出する際には、正確なタイ語の翻訳文と翻訳証明を添付することが実務上要求されます。これらの公証や翻訳手続には相応の日数を要するため、タイでの商標手続においては余裕を持ったスケジュール管理が求められます。
権利変動の場面においても日本法との重要な差異が存在します。タイ商標法において、商標権の移転(Assignment)やライセンス契約(使用許諾)は、必ず書面で作成し、DIPの登録官に対して登録(Recordation)手続を行わなければ法的効力を持ちません。日本の商標法においては、通常使用権は特許庁に登録しなくとも当然に第三者に対抗できる制度(当然対抗制度)が導入されていますが、タイではライセンスの事実を商標原簿に反映させる手続が必須となります。したがって、現地の販売代理店やフランチャイジーとの間でライセンス契約を締結する際には、行政手続の漏れがないよう注意が必要です。
著作権法と営業秘密保護法の適用
タイにおける著作権の保護は、タイ著作権法(Copyright Act B.E. 2537)によって規律されています。タイは日本と同様に文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約に加盟しているため、無方式主義が適用されます。すなわち、日本で創作された文学、芸術、音楽、コンピュータプログラムなどの著作物は、タイにおいて登録手続などの方式を履践することなく、創作と同時に自動的に著作権法による保護を享受することができます。保護期間については、原則として著作者の生存期間および死後50年間とされており、法人の著作物の場合は創作から50年間(その間に公表された場合は公表から50年間)保護されます。
著作権の制限規定(著作権侵害の例外)に関して、タイ著作権法は日本法とは異なる法的アプローチを採用しています。日本の著作権法は、「私的使用のための複製」や「引用」など、権利制限の対象となる例外的な行為を個別具体的に列挙する方式をとっています。一方、タイ著作権法第32条には、「他人の著作物に対する行為であって、著作権者による通常の利用を妨げず、かつ著作権者の正当な権利を不当に害しない行為は、著作権侵害とみなされない」という、いわゆる「フェアユース(Fair Use)」の包括的な規定が設けられています。一見すると米国型の柔軟な利用が可能であるように思われますが、実務上、タイの裁判所はこの第32条の適用要件を極めて厳格かつ限定的に解釈する傾向にあります。
例えば、AI(人工知能)の機械学習などに伴うテキスト・アンド・データマイニング(TDM)の適法性について、日本法(著作権法第30条の4)が情報解析のための複製等を明確に許容しているのに対し、タイ法では明文の規定がなく、第32条のフェアユースに基づく抗弁も裁判所で認められにくいという法的リスクが指摘されています。このことから、タイ国内でコンテンツを利用する新規ビジネスを展開するにあたっては、日本以上に著作権者からの明示的なライセンス許諾を取得することが安全視されます。
営業秘密に関する保護は、「営業秘密保護法(Trade Secrets Act B.E. 2545)」に基づいて行われます。タイにおける営業秘密の定義は、(1)一般に知られていない、またはアクセス可能でない情報であり、(2)その秘密性ゆえに商業的価値を有し、(3)情報の管理者が機密性を保持するための適切な措置を講じている情報、と規定されています。この要件は日本の不正競争防止法が定める「秘密管理性」「有用性」「非公知性」の三要件と実質的に同等です。タイの営業秘密保護法の特徴として、特許や商標と異なりDIPへの事前登録(Recordation)手続は一切不要であり、自社内でのNDA(秘密保持契約)の締結やアクセス制限といった適切な秘密管理体制の構築そのものが、法的保護を受けるための絶対的な前提条件となります。
タイにおける登録、調査、及び権利行使の具体的手続
データベースと調査手法
タイにおいて自社の知的財産を保護するためには、出願前の調査が極めて重要です。DIPの公式サイトでは、特許、商標、意匠などの出願状況や登録情報を検索できるオンラインデータベースが提供されています。インターフェースの一部は英語に対応しているものの、登録されている書誌情報や特許請求の範囲、商標の指定商品・役務の記載などはタイ語で格納されているため、精度の高い先行技術調査や商標の類否調査を実施する際には、タイ語での検索と分析が必須となります。日本企業がタイでの調査を行う場合は、現地の言語および実務に精通したタイの法律事務所や特許事務所と連携することが不可欠です。
参考:知的財産局(DIP: Department of Intellectual Property)
権利行使における民事及び刑事手続
タイにおいて自社の知的財産権が侵害された場合、権利者は民事訴訟、刑事手続、および税関における水際措置の三つの手段を組み合わせて権利行使(エンフォースメント)を展開することが可能です。
民事訴訟においては、前述のCIPITCに対して提訴し、侵害行為の差止請求(Injunction)および損害賠償請求(Damages)を行います。タイの司法において特筆すべき点は、悪質な知的財産権侵害に対して、近年の裁判所が極めて厳格な姿勢で臨み、高額な損害賠償を命じる事例が現れていることです。その代表的かつ歴史的な判例として、中国の大手コーヒーチェーンである「Luckin Coffee」の商標をめぐる2025年のランドマーク判決が挙げられます。
この事件では、タイ現地の事業者が「Luckin Coffee」の名称およびロゴ(鹿のマーク)に酷似した商標をタイ国内で無断登録し、事業を展開していました。真正な権利者であるLuckin Coffee側が、商標登録の無効と侵害の差止めを求めてCIPITCに提訴しました。CIPITCは2025年2月6日、原告であるLuckin Coffee側に優先する正当な権利があると認定し、被告に対してタイ国内での商標登録の取消し、社名の変更、および当該標章の使用差止めを命じました。
さらに裁判所は、過去の侵害に対する損害賠償として1,000万バーツ(日本円換算で数千万円規模)という、タイの商標訴訟において過去最高額レベルの賠償の支払いを命じました。これに加え、被告が侵害行為を完全に停止するまでの間、提訴日(2024年3月4日)に遡って1日あたり10万バーツの継続的損害賠償(Continuing Daily Damages)を支払うことも命じています。この判決から、タイの裁判所が外国の著名商標に対するフリーライド(ただ乗り)行為を強く非難し、権利者を実効的に保護する意図を持っているということが言えるでしょう。
Luckin Coffee事件の判決に関する詳細な解説は、同事件で原告代理人を務めたTilleke & Gibbins法律事務所のインサイト記事で確認することができます。
参考:Tilleke & Gibbins 法律事務所 インサイト
また、タイ最高裁判所が商標の混同や独占的権利について判断を示した重要な判例として、2020年5月21日の最高裁判決(事件番号2464/2020、当事者:Mr. Surasak Prasertbadeekul v Ms. Saranya Udornrungrueng)が存在します。この事件では、商標権の侵害の有無や混同の生じやすさ(Likelihood of confusion)が争われ、商標法B.E. 2534(1991年法)に基づく恒久的な差止命令の妥当性が支持されました。このように、タイの司法システムは上訴審に至るまで商標権保護の一貫した機能を有しています。WIPO Lexにおけるタイ最高裁判決(事件番号2464/2020)の書誌情報は以下のデータベースで確認することができます。
一方で、タイ特有の強力なエンフォースメント手段として広く利用されているのが刑事手続です。タイの特許法、商標法、著作権法の各法には、故意の侵害行為に対する罰則(罰金および懲役刑)が明記されており、実務上は民事訴訟よりも刑事手続による摘発を優先するケースが少なくありません。権利者は、事前に証拠を収集した上で経済犯罪抑止警察(ECD)に被害申告を行い、捜査当局と連携して模倣品の製造工場や保管倉庫、あるいは販売店舗に対する強制捜査(レイド)を実施します。警察によるレイドと侵害品の大量差押えは、侵害者の事業活動を即座に停止させる物理的効果があり、事後的な損害賠償請求よりも即効性の高い侵害排除の手段として機能します。
水際措置に関しても、タイ税関庁において商標権および著作権の記録(Customs Recordation)を行う制度が整備されています。権利者が自社の登録商標や著作権情報を事前に税関のシステムに登録しておくことで、税関職員が輸出入される貨物の中から疑わしい物品を発見し、職権で差し止めることが可能になります。ASEAN域内における物流のハブとして機能するタイにおいて、国境での模倣品流入を食い止める水際措置は極めて重要です。
タイにおける法改正の最新動向と今後の展望

RCEP及びWPPTに伴う著作権法の改正
タイは、近年の急速なデジタル化と国際協調の流れを受け、知的財産法のアップデートを継続的に行っています。その中でも特筆すべきは、WIPO著作権条約(WCT)および実演・レコード条約(WPPT)への加盟準備、ならびにRCEP(地域包括的経済連携)における義務履行を目的として施行された「著作権法第5次改正法 B.E. 2565(2022年)」です。
この第5次改正における最も大きな変更点の一つが、写真の著作物の保護期間の延長です。かつてのタイ著作権法では、写真の著作物の保護期間は創作から50年に限定されていました。しかし、この改正により、写真の著作物についても他の一般の著作物と同様に「著作者の生存期間および死後50年間」へと保護期間が大幅に延長されました。ただし、この改正法の施行日(2022年8月23日)の時点で既に保護期間が満了していた写真の著作物に対しては、遡及して保護を復活させることはない旨が附則で明記されています。タイ著作権法(第5次改正)の英訳及びその附則等に関する公式資料は、タイDIPのデータベースで確認することができます。
また、インターネット上の著作権侵害に迅速に対処するための「ノーティス・アンド・テイクダウン(Notice-and-Takedown)」制度が、法律の条文として初めて明文化されました。改正前は、インターネット上の侵害コンテンツを削除するためには裁判所の命令を取得する必要があり、実効性に欠けていました。改正法の下では、著作権者がインターネットサービスプロバイダ(ISP)に対して侵害の事実を所定の形式で通知(Notice)した場合、ISPは遅滞なく当該侵害コンテンツをシステムから削除、またはアクセスを遮断(Takedown)する法的義務を負います。この義務を果たしたISPは著作権侵害の責任を免れる(セーフハーバー)ことができます。もしコンテンツのアップロード者が削除に不服がある場合、対抗通知(Counternotice)を提出することができ、その場合ISPは著作権者にこれを転送し、著作権者が30日以内に訴訟を提起しない限り、コンテンツを復旧させる手続が取られます。
タイの制度設計は、米国のデジタルミレニアム著作権法(DMCA)における枠組みと酷似しています。日本の「プロバイダ責任制限法」が、あくまでプロバイダの自主的な削除判断を前提とし、一定の要件下での損害賠償責任の制限(免責)を定める構造であるのに対し、タイの改正著作権法は、通知に基づく削除措置とその後の紛争処理のプロセスを法律の直接的な規定として明確に手順化しているという違いがあります。この制度の導入により、タイ国内でオンラインサービスを展開する日本企業は、プラットフォーマーとしての義務と免責要件を正確に把握し、権利侵害通知に対する迅速な対応プロセスを社内に構築することが急務となっています。
さらに、技術的保護手段(TPM:Technological Protection Measures)に関する規定も強化されました。改正法では、アクセス制御目的のTPMを回避する行為自体を違法と定義したことに加え、TPMを回避するための装置やサービスを製造・提供・流通させる行為に対しても明確な罰則が設けられました。これにより、デジタルコンテンツの違法コピーやストリーミング配信の不正視聴に対する法的な対抗手段が強化されています。
審査期間の長期化という課題と対応
法整備が進む一方で、タイの知的財産実務において依然として残る課題が、特許をはじめとする審査期間の長期化です。特に特許の実体審査については、出願の絶対数の増加と技術の高度化に対して審査官の拡充が追いついておらず、出願から登録までに5年以上を要するケースも珍しくありません。
タイ政府はこの問題に対処するため、ASEAN特許審査協力(ASPEC)プログラムや、前述の日本国特許庁(JPO)等との特許審査ハイウェイ(PPH)の活用を推進しています。また、DIP内部においても審査の品質管理システム(QMS)の導入や、AIを活用した先行技術調査ツールの試験導入など、審査の効率化に向けた取り組みが進められています。日本企業としては、これらの早期審査プログラムを戦略的に組み合わせ、タイのみならずASEAN全体を見据えた出願・権利化のポートフォリオを構築することが求められます。
まとめ
本記事では、タイにおける知的財産法の全体像から、特許、商標、著作権、営業秘密に関する保護内容、日本法との重要な制度的差異、そして権利行使や最新の法改正動向に至るまでを詳細に解説しました。タイは、専門裁判所であるCIPITCの存在やECDによる強力な強制捜査の運用、BOIによる研究開発への手厚い税制優遇措置、さらには著作権法の改正に見られるデジタル対応など、ASEAN域内でも極めて先進的かつ実効性の高い知的財産保護の枠組みを備えています。また、直近の判例に見られるように、司法機関が著名商標の侵害に対して過去最高額レベルの巨額な損害賠償を命じるなど、正当な権利者を保護する断固たる姿勢を示している点も特筆すべきです。
一方で、特許制度における「付与前異議申立制度」という日本法にはない独特の手続構造や、商標出願時における厳格なタイ語翻訳および公証を伴う委任状要件、著作権法におけるフェアユース規定の解釈の狭さなど、タイ独自の法運用や実務上の障壁も数多く存在します。タイ市場への進出や事業展開を成功させるためには、日本の知的財産実務の常識をそのまま持ち込むのではなく、これらのタイ法特有の要件と制約を深く理解することが不可欠です。その上で、早期の権利化手続きの履行、現地行政・警察機関と連携した物理的なエンフォースメント手段の確保、そしてデジタル時代に対応したライセンス戦略を立体的に構築することが求められます。
モノリス法律事務所では、日本企業がタイをはじめとする海外市場において直面する複雑な知的財産法上の課題に対し、現地の法令調査から権利化の支援、ライセンス契約の策定、さらには現地での紛争対応に至るまで、的確な法的サポートいたします。タイにおけるビジネス展開や知的財産戦略に関してお悩みやご不安がございましたら、ぜひ当事務所までお問い合わせください。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































