スロベニア共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

スロベニア共和国(以下、スロベニア)は、人口が約212万人(2023年時点)で、面積は日本の四国とほぼ同じ規模の小さな国です。しかし、その経済は高度に発展した混合経済を形成しており、一人当たりのGDP(購買力平価ベース)は2023年時点でEU平均の91%に達するなど、高い生活水準と経済的安定性を維持しています。1991年に旧ユーゴスラビアから独立して以来、スロベニアは急速に西側経済圏への統合を進め、現在はユーロ圏の一員として、主要な貿易相手国であるドイツやイタリアをはじめとするEU諸国との強固な市場関係を築いています。
スロベニアはGDPの約82%を輸出が占めるほど輸出志向が強く、国際貿易への依存度が高い経済構造です。また、高水準の教育を受けた労働力、発達したインフラ、そして欧州の主要な交通の要衝という地理的優位性を背景に、外国からの直接投資(FDI)を積極的に誘致しています。このような背景から、スロベニアの法制度はEUの共通枠組みに深く組み込まれており、外国投資家にとって予測可能で比較的リスクの低いビジネス環境が整備されていると言えるでしょう。本稿では、スロベニアでの事業展開を検討されている日本の経営者や法務部員の皆様が特に知るべき、法律の全体像と実務上の留意点について、日本法との比較を交えながら解説します。
この記事の目次
スロベニアの法体系と司法制度の全体像
大陸法を基盤とする法体系
スロベニアの法体系は、日本と同様に大陸法(Civil Law)を基盤としています。これは、法律が包括的な法典に体系化されており、裁判官の判断が判例ではなく成文法に基づいて下されるという共通の原則を意味します。スロベニアの最高法規である憲法(Constitution of the Republic of Slovenia)は1991年12月23日に採択され、国民議会(National Assembly)によって法律が制定されます。
日本の国会にあたる立法府は、国民議会と国民評議会(National Council)の「不完全な二院制」で構成されています。国民議会は直接選挙で選出された90名の議員で構成される最高立法機関であり、法律の制定や国際協定の批准を行います。一方、国民評議会は国民議会の立法を監督する権限を持ち、一部の法律に対して停止的拒否権を行使できますが、国民議会が多数決でこれを覆すことが可能です。このことから、日本の衆議院と参議院が持つほぼ対等な権限とは異なり、スロベニアでは国民議会が主導的な役割を果たすことがわかります。
日本の裁判制度との比較
スロベニアの司法制度は、政府から独立した三権分立の一翼を担っており、その構造は日本の三審制に類似しています。第一審裁判所は、軽微な民事・刑事事件を扱う地方裁判所(Okrajna)と、より重要な事件を扱う地区裁判所(Okrožna)に分かれています。また、専門的な事件を扱う労働裁判所、社会保障裁判所、行政裁判所も存在します。
第二審には、4つの高等裁判所(Višja sodišča)があり、第一審の判決に対する控訴を扱います。そして、最高裁判所(Supreme Court of the Republic of Slovenia)は統一的な法解釈を担い、原則として法適用に関する上告のみを審理します。
日本の裁判制度と最も異なるのは、通常司法制度から分離された憲法裁判所(Constitutional Court of Slovenia)が存在することです。この裁判所は、法律や法規が憲法に適合しているか、そして人権や基本的な自由が侵害されていないかを審査する最高機関として機能します。日本の最高裁判所が憲法審査権を兼ねているのに対し、スロベニアではこの役割が専門の機関に委ねられています。これは、憲法上の問題に対する判断がより専門的かつ一貫して行われ、外国企業が不当な法律や行政処分に直面した場合でも、予測可能な法的救済手段が確立されているという点で、法的安定性を評価する上で重要な要素となります。
スロベニアにおける会社設立とコーポレートガバナンス

企業形態と設立手続きの概要
スロベニアで外国人が事業を開始する場合、有限責任会社(Limited Liability Company, LLC)の設立が最も一般的です。この企業形態は、最低資本金が7,500ユーロと比較的低く、所有者の責任が有限であるため、日本企業にも馴染みやすいでしょう。会社設立には、最低1名の設立者、スロベニア国内の登記住所、そして最低資本金の銀行預金が必要です。
日本の会社設立手続きと特に異なる点として、設立者全員に対して「犯罪経歴証明書」の取得が求められることが挙げられます。この書類は、スロベニアで法的な効力を持つ「アポスティーユ」による認証を受ける必要があり、この手続きは、設立準備段階での時間とコストを増大させる可能性があります。この要件は、会社設立の段階で設立者の適格性を厳格に審査し、事業の信頼性とコンプライアンスを重視するスロベニアの姿勢を反映していると解釈できます。
コーポレートガバナンスのあり方と留意点
スロベニアのコーポレートガバナンスは、主に会社法(Companies Act)によって規定されています。上場企業向けには、任意規範である「スロベニア上場企業向けコーポレートガバナンスコード」も存在し、日本の会社法とコーポレートガバナンス・コードの関係性と類似しています。
しかし、2024年12月18日に発効した会社法改正(ZGD-1M)は、日本の法律には見られない重要な変更点を導入しました。この改正は、特に報告の透明性向上と「ジェンダーバランス」に焦点を当てています。上場企業や、国・地方自治体が過半数の株式を保有する大企業に対して、監督機関のメンバーに占める少数派のジェンダーの割合を40%以上、もしくは経営機関と監督機関を合わせたメンバーに占める少数派のジェンダーの割合を33%以上にすることを義務付けています。この比率を達成できない場合、企業は候補者の選定プロセスを調整する必要があり、達成状況を報告する義務も課されます。
日本のコーポレートガバナンス・コードが「多様性の確保」を原則として掲げ、女性役員比率の目標を掲げているのに対し、スロベニアの改正法は特定の企業に対して法的義務として具体的な数値を課している点が決定的に異なります。このことは、EU全体で進むESG投資の潮流にスロベニアが深くコミットしていることを示唆しており、スロベニアで事業展開する日本企業は、単に多様性を「考慮」するだけでなく、役員の選任において法的要件を満たすための具体的な人事戦略を策定することが不可欠となります。
外国資本からのスロベニアへの投資と外資規制
EU加盟国としての外国投資原則
スロベニアはEU加盟国および経済協力開発機構(OECD)加盟国として、外国投資に対して原則的に開かれており、国内投資家と外国投資家の間に差別はありません。これは、日本の企業がスロベニア市場に参入する上で、法的な障壁が低いことを示しており、大きな安心材料となります。
外国直接投資(FDI)の審査制度とその対象
しかし、近年、スロベニアは特定の戦略的分野における外国直接投資(FDI)を審査する制度を恒久化しました。2023年7月からは、恒久的なFDIスクリーニング制度がスロベニア投資促進法(Slovenian Investment Promotion Act)に組み込まれています。この制度は、主に第三国(EU加盟国以外の国)の投資家による、スロベニアの安全保障や公共秩序に脅威をもたらす可能性のある投資を対象としています。
特に重要なのは、審査の対象となる「クリティカルな分野」の定義が広範であることです。これには、エネルギー、輸送、通信、医療、金融などの「クリティカルなインフラ」に加え、人工知能(AI)、ロボティクス、半導体、サイバーセキュリティといった「クリティカルな技術」も含まれます。日本のAI開発企業やロボット製造企業などが、たとえ民間市場向けにスロベニアで事業を展開しようとする場合でも、この制度の対象となる可能性が非常に高いと解釈できます。
日本の外為法に基づく対内直接投資審査とは異なり、スロベニアの制度は対象技術の範囲が広範かつ具体的に明記されており、日本の法務担当者は特に注意を払う必要があります。対象となる投資には、投資契約の締結から15日以内に経済省への届出義務が発生します。届出を怠った場合の罰則は極めて厳しく、中・大企業には最大50万ユーロ、責任者には最大1万ユーロの罰金が科される可能性があります。これは、日本企業が想定する以上に厳しいものであり、初期の段階からFDIスクリーニングの対象となるか否かを慎重に判断し、必要な場合は速やかに届出を行うことが不可欠です。
日本の法律に相当するスロベニア主要分野の解説
契約・不動産法
スロベニアの契約法は、民法典(Civil Code)が中心的な役割を担っており、日本の民法と多くの共通原則を有しています。しかし、不動産取引においては、日本とは異なる重要な手続きが存在します。不動産の売買契約は書面で行う必要があり、その契約は公証人による公的証書として作成されなければ、法的に有効とはみなされません。これは、日本において公証役場での公正証書作成が任意であることと大きく異なります。スロベニアでは、公証人が中立的な立場で契約内容が関係法令に準拠していることを確認することで、取引の法的拘束力を確保し、紛争リスクを低減する役割を果たしていると読み取ることができます。
また、新しい所有者は、所有権変更を土地登記簿(Land Register)に登記しなければなりません。土地登記簿は不動産の所有権や抵当権などの権利関係を記録する公的なデータベースであり、この登記によって初めて、新しい所有者の権利が法的に認められます。なお、不動産譲渡税は通常、市場価格または取引価格のいずれか高い方の2%であり、売主が支払うことになっています。外国人による不動産取得は、国際条約や相互主義の原則に基づいて認められており、EU市民には特別な制限がありません。
労働法
スロベニアでは、雇用関係法(Employment Relationship Act)が労働契約の基本を定めており、原則として無期雇用契約が基本となります。労働時間は週40時間が上限であり、年間有給休暇は最低4週間と定められています。これらの労働条件は、日本の労働基準法と概ね同水準です。
外国人雇用に関しては、日本とは異なる効率的な制度が導入されています。第三国(EU加盟国以外)の外国人がスロベニアで働く場合、「単一許可証(Single permit)」の取得が義務付けられています。この許可証は、従来の「滞在許可」と「就労許可」を統合したもので、申請手続きを簡素化する「ワンストップショップ」原則に基づいています。申請は、雇用主または外国人自身がスロベニア国内の行政機関、あるいは現地の在外公館で行うことができます。ただし、外国人起業家が自営業者として事業を開始する場合、原則としてスロベニアに1年以上継続して合法的に滞在していることが条件となります。これは、日本の法律には見られない独自の要件であり、起業を検討する日本の事業家は、最初から法人を設立するなどの代替手段を検討する必要があります。
資金決済法
スロベニアはEU加盟国として、改訂された決済サービス指令(PSD2)や単一ユーロ決済圏(SEPA)の規制を遵守しています。特に、PSD2に基づく「強力な顧客認証(SCA)」は、オンライン決済の安全性を高めるための重要な要件です。
日本の資金決済関連法と最も異なる点は、eインボイスの導入状況です。スロベニアでは、2015年から公共機関向けの取引(B2G, G2G)においてeインボイスの使用が義務化されており、政府の公共決済機関(PPA)が運営する中央システムを介して送受信されます。さらに、将来的には企業間の取引(B2B)においてもeインボイスの義務化が予定されています。これは、企業取引のデジタル化と効率化を強力に推進する国家戦略の一環であり、日本企業はスロベニアでの事業展開にあたり、現地のeインボイスシステムへの対応を計画する必要があります。
個人情報保護法
スロベニアの個人情報保護法は、EUの一般データ保護規則(GDPR)を完全に施行した「個人情報保護法2022(ZVOP-2)」が中心です。日本の個人情報保護法(APPI)と同様、GDPRも越境適用を持つため、日本企業がスロベニアで事業を行う場合、両方の法令を遵守する必要があります。
両法は多くの共通点を持ちますが、特に実務上留意すべき違いがいくつかあります。まず、「同意」の定義です。GDPRは「明示的な行為に基づく、明確かつ平易な言語での同意」を要求しており、あらかじめチェックが入ったボックスなどは認められません。これは、日本のAPPIが一部のデータを除き、黙示的な同意も広く許容している点と比べ、より厳格な基準です。
スロベニアの特定ビジネス領域における法規制

広告規制
スロベニアの広告規制は、自主規制団体であるスロベニア広告会議所が定める「スロベニア広告規範(SOK)」と、消費者保護法(Consumer Protection Act)などの法令が両輪となって機能しています。日本の景品表示法(景表法)と同様、スロベニアでも不当な表示や誤解を招く広告は厳しく規制されています。
しかし、スロベニアには独自の具体的な禁止事項が存在します。例えば、アルコール度数が15%を超えるアルコール飲料の広告は禁止されています。日本ではこのような明確な法的禁止規定はなく、自主規制によって表現が制限される程度であるため、日本の酒類メーカーなどは現地市場向けに広告戦略を根本的に見直す必要があるでしょう。
医薬品法
医薬品や医療関連製品は、医薬品法(Medicinal Products Act)によって厳格に規制されています。医薬品の広告には、医薬品販売承認(marketing authorisation)が必要であり、広告活動に関わる専門家は、スロベニア医薬品・医療機器庁(JAZMP)に届け出て、公開されている専門家登録簿に登録されなければなりません。
これは、日本の薬機法が医薬品広告の適正化を求めるものの、広告実務担当者の個別登録までは義務付けていない点と異なります。この制度は、医薬品広告の専門性と透明性を確保し、消費者の保護を徹底しようとする意図を示していると言えるでしょう。日本の製薬会社や医療機器メーカーは、スロベニアで広告活動を行う際、現地で登録された専門家を起用するか、自社の担当者を登録する手続きを踏む必要があります。
AI規制
スロベニア政府は、EUの人工知能法(EU AI Act)を国内法として施行するための法案を採択しました。これは、EU加盟国として統一的なルールを確立し、安全で信頼性の高いAIシステムの開発・運用を目指すものです。
この法律は、AIシステムをリスクのレベルに応じて4つのカテゴリに分類します。まず、人間の基本的人権を脅かす「容認できないリスク」のAIシステム(例:社会的信用スコアリング、サブリミナル技術による行動操作)は禁止されます。次に、医療、教育、雇用などの重要分野で使用される「高リスク」のAIシステムは、厳格な要件の対象となります。チャットボットなど、ユーザーとやり取りするAIは、それがAIであることを明示する必要がありますが、これが「限定的リスク」に分類されます。最後に、人々に重大な影響を与えないAIは「最小限のリスク」として原則として規制の対象外となります。
スロベニアでの事業開始にあたり必要となる許認可
スロベニアでは、事業を開始するにあたり、特定の分野で許認可や事前承認が必要となります。提供資料によると、特に規制対象となるのは、銀行、保険、メディア、ゲーミング、航空輸送、海運輸送といった産業です。
これらの産業は、多くの場合、国民の生活や経済の安定、公共の安全に深く関わるため、日本においても厳格な許認可制度が設けられています。しかし、スロベニアの規制は、外国投資家がこれらの分野に参入する際の要件として特に明記されており、初期の事業計画段階で、関係省庁やEU機関から必要な承認を得るための手続きを考慮に入れる必要があります。特に、メディアやゲーミングといった分野が明示的に挙げられていることは、これらの分野におけるコンテンツやサービスが、単なる商業活動としてではなく、文化や社会に与える影響の観点から、厳格な管理下に置かれていることを示唆しています。
まとめ
スロベニアは、EUの法的枠組みに深く統合されており、一般的には外国投資家にとって予測可能で開かれたビジネス環境を提供しています。しかし、その法制度は、日本企業が想定する以上に厳格かつ独特な要件を課す場面も存在します。特に、近年恒久化された外国直接投資(FDI)のスクリーニング制度は、AIやロボティクスといった先端技術分野にまで対象が広がっており、事前の届出義務を怠ると巨額の罰金が科されるリスクがあります。また、会社法の改正によるジェンダーバランスの法的義務化や、eインボイスの義務化、厳格な医薬品広告規制など、日本とは異なる具体的なコンプライアンス要件が多々存在します。
これらの違いを正確に理解し、適切に対応することは、スロベニアでの事業成功に不可欠です。モノリス法律事務所では、スロベニアの法制度に精通した専門家チームが、現地の最新情報に基づいて、会社設立、コンプライアンス体制の構築、契約交渉、日々の法務に関するサポートを提供しています。スロベニアでのビジネス展開を検討される際は、予期せぬ法的リスクを回避し、円滑な事業運営を実現するため、ぜひ当事務所にご相談ください。専門的な知見と経験に基づき、貴社のビジネスがスロベニアで成功するための最適な法的戦略を共に築き上げます。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務