特許実施許諾契約とは?注意する点を解説
自社が保有する特許を第三者にライセンスする場合には「特許実施許諾契約」を締結します。一般的には、当該契約については実施許諾をする者が作成しますが、契約内容についてはメリットやデメリットだけでなく隠れた「リスク」についても十分検討しなければなりません。
そこで、今回はライセンサーの立場で無用なリスクを回避し、締結後にトラブルにならないための注意ポイントを分かりやすく解説します。
この記事の目次
実施許諾権の種類
特許の実施許諾をする者を「ライセンサー」、実施許諾を受ける者を「ライセンシー」と言います。ライセンシーに与える実施権には次の4種類があります。
- 登録された特許権の実施許諾の場合は「通常実施権」または「専用実施権」
- 出願中の特許発明の実施許諾の場合は「仮通常実施権」または「仮専用実施権」
専用実施権
特許法 第77条
1.特許権者は、その特許権について専用実施権を設定することができる。
2.専用実施権者は、設定行為で定めた範囲内において、業としてその特許発明の実施をする権利を専有する。
3.専用実施権は、実施の事業とともにする場合、特許権者の承諾を得た場合及び相続その他の一般承継の場合に限り、移転することができる。
4.専用実施権者は、特許権者の承諾を得た場合に限り、その専用実施権について質権を設定し、又は他人に通常実施権を許諾することができる。(以下、省略)
専用実施権は、ライセンシーに対し設定する独占的かつ排他的に特許発明を実施する権利で、許諾した範囲内では特許権者であっても実施ができなくなる強い権利になります。
また、専用実施権者には当該特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、侵害の停止や予防の請求などの差止請求権があり、特許権者の承諾があれば第三者に通常実施権のライセンスも可能です。
なお、専用実施権は、特許実施許諾契約の締結だけでは効力が生じないため、特許原簿へ専用実施権の設定登録が必要となります。
通常実施権
特許法 第78条
1.特許権者は、その特許権について他人に通常実施権を許諾することができる。
2.通常実施権者は、この法律の規定により又は設定行為で定めた範囲内において、業としてその特許発明の実施をする権利を有する。
通常実施権は、ライセンシーに対し設定する特許発明を実施する権利で、専用実施権のような独占権や侵害行為に対する差止請求権などはありません。そのため、複数のライセンシーに対し実施権を同時期に与える場合は通常実施権を選択することになります。
独占的通常実施権について
通常実施権の一種なのですが、よく「専用実施権」と混同されるものに「独占的通常実施権」があります。
これは、ライセンサーとライセンシーの間で他の者には通常実施権を与えないと取り決めるもので、「独占的」がついていても専用実施権のような排他的な独占権や侵害行為に対する差止請求権などはなく、あくまでも契約当事者間だけの約束です。
ライセンサーが自己の実施権を残しておきたい場合や、日本の「専用実施権」と同等の権利が法律で定められていない海外の国や地域でライセンシーに独占性を与える場合に用いられます。
仮専用実施権、及び仮通常実施権
仮専用実施権及び仮通常実施権は、2009年の特許法改正で導入された登録前の特許出願を第三者にライセンスすることを認めた権利で、内容は「通常実施権」「専用実施権」ほぼ同様です。
当該特許出願が登録された時には、仮専用実施権のライセンシーは「専用実施権」が設定されたものとみなされ、仮通常実施権のライセンシーは「通常実施権」が許諾されたものとみなされます。
登録前の特許発明のライセンスは、ベンチャー企業などにとっては、特許発明に投入した資金の早期回収ができ次の技術開発に資金を投入できる、あるいは実績の一つとして資金調達にプラス材料になるなどのメリットがあります。
特許実施許諾契約の注意ポイント
特許権の所有者は当該特許の実施権を専有するとともに、第三者に対して実施許諾することで対価(ライセンス料)を得ることができます。
この実施許諾に関する義務・責任・権利などを定めているのが「特許実施許諾契約」ですが、ライセンサーとして注意しなければならないポイントがいくつかあります。
前項の「実施権の種類」の他に特に重要なのは、「実施許諾の範囲」「実施許諾料」「不争義務」「特許保証」「改良発明の帰属」についてです。
実施許諾の範囲
実施許諾の範囲で重要なのは、1許諾対象特許、2許諾期間、3許諾地域の3点です。
許諾対象特許
特許の場合は登録された「特許番号」及び「発明の名称」を記載し、仮専用実施権及び仮通常実施権の場合には、「出願番号」及び「発明の名称」を記載します。
<注意ポイント>
許諾対象特許に公開前の特許出願が含まれる場合は、ライセンシーに対し当該特許出願が公開されるまでの期間について秘密保持義務を負わせる必要があります。
許諾期間
許諾期間は始期と終期を次のように明確にする必要がありますが、特に終期は重要になります。
- 始期:1契約を締結した日、2当事者間で合意した日、3契約が発効する日
- 終期:1将来の特定の日、2一定期間が終了する日、3特許権の存続期間が満了する日
<注意ポイント>
ライセンシーの主力事業に必要不可欠な特許であれば、終期を③の「特許権の存続期間が満了する日」とすることも少なくありませんが、国際特許の場合には国によって特許権の存続期間の計算が異なりますので注意が必要です。
許諾対象地域
許諾の地理的範囲は、許諾特許を使用した製品の「販売地域」や「製造地域」を特定するもので、製造する地域の限定や、輸出禁止あるいは輸出する国の限定も可能です。
<注意ポイント>
注意しなければならないのは、許諾特許を使用した製品の販売に関して、販売地域、販売数量、販売先などを制限すると独占禁止法で禁止されている不公正な取引に該当する可能性がある点です。
再実施許諾権(サブライセンス権)の有無
ライセンシーが実施許諾を受けた特許を、さらに第三者に実施許諾する権利を「再実施許諾権(サブライセンス権)」と言います。
ライセンシーの子会社や第三者に当該特許権にかかる製品を製造させる場合であっても、法人が別であれば「再実施許諾権」が必要です。
<注意ポイント>
ライセンシーの製造委託先が次の要件を満たす場合には「下請け」として、ライセンシー自身の実施行為と認められているので「再実施許諾権」は不要となります。
- ライセンシーが下請業者に工賃を支払う
- ライセンシーが原材料の購入や品質管理などについて下請業者を指揮・監督する
- ライセンシーが下請業者から全製品を引き取る
実施許諾料 (ライセンス料)
実施許諾料の算定方法には決まったルールはなく、ライセンサーとライセンシーの力関係や、業界の標準的な対価などを参考に決定されるケースが多く、良く用いられる方法としては次の4つがあります。
定額実施料
ライセンシーの販売実績などに関係なく一定の金額を実施料として受け取るもので、支払は一括支払と月単位や年単位での分割支払があります。
<注意ポイント>
定額実施料は、ライセンスによる収入が契約時に確定するメリットがある反面、ライセンシーの売上げが当初の予想よりも大きく上回った場合、経常実施料よりも少ない金額しか得られないケースがあります。
経常実施料
許諾特許の実施によってライセンシーが獲得した実績に比例した金額を受け取るもので、売上金額や利益額などから実施料率を用いて算出する料率制と、製品の生産数に比例して算出する従量制などがあります。
<注意ポイント>
ライセンシーの販売が好調の時は良いのですが、予想よりも下回った時には開発費用の回収が困難になるので、販売実績が一定金額に達しない場合に受け取る「最低実施料」を組み合わせることも考えられます。
また、売上から実施料を計算する場合に、運賃・梱包料・保険・代理店手数料などの経費を控除した「正味販売価格」をベースとすることがありますが、控除項目が多いほど受け取る実施料が少なくなるので注意しましょう。
契約一時金+経常実施料
製品によっては特許実施許諾契約の締結から製品化まで時間がかかり、ライセンス料を受け取るのに何年もかかるケースも考えられます。
ベンチャー企業のようにできるだけ早く特許権を現金化したいという場合には契約一時金と経常実施料の組合せが有効です。
不争義務
不争義務とは、ライセンサーがライセンシーに対して実施許諾の対象となる特許権の有効性について争わない義務を課すことです。
しかし、無効理由が存在し本来権利化できないはずの特許が存在すると、当該特許権に含まれる技術の利用が制限されてしまうため公正な競争を阻害する可能性があります。
その為、不争義務をライセンシーに課すことは独占禁止法で禁止されている不公正な取引方法に該当する場合があります。
<注意ポイント>
不公正な取引方法に該当しないものとして次の条文が考えられます。
第〇〇条 (不争義務)
甲(ライセンサー)は、乙(ライセンシー)が、直接または間接に本件特許の有効性を争う場合には、本契約を直ちに解約できる。
特許保証 (不保証)
ライセンシーの中には、許諾特許の実施から生じるリスクを回避したいとライセンサーに次のような保証を求めることがあります。
- 実施許諾の対象となる特許の実施により第三者の権利を侵害しないことを保証する。
- 実施許諾の対象となる特許について無効事由が存在しないことを保証する。
世界中の特許出願や先行文献などをチェックすることは事実上不可能なので、ライセンサーがこのような保証をすることは非常に大きなリスクとなります。
<注意ポイント>
ライセンシーから上記のような特許保証を要求されても認めるべきではありませんが、第三者から権利侵害で損害賠償などを請求された場合の取扱いについて規定しておくことは必要です。
特許の不保証と第三者の権利を侵害した場合の対応としては、次のような条文が考えられます。
1.甲(ライセンサー)は、許諾特許につき無効事由が存在しないこと、及び乙(ライセンシー)が本契約に基づく製品の製造、販売、使用及び輸出によって第三者の特許権等を侵害しないことを保証しない。
2.但し、乙が本契約に基づく製品の製造、販売、使用及び輸出によって第三者の特許権等を侵害した場合、甲は当該侵害の回避について乙に協力する。
改良発明の帰属
ライセンシーが開発した改良発明は、許諾特許に関する技術情報がなければ成しえない可能性が大きいため、ライセンサーにも何らかの権利が与えられるべきと考える人も多いと思います。
しかし、ライセンシーが開発した改良発明の権利に関し、次のような義務をライセンシーに課すことは独占禁止法で禁止されている不公正な取引方法に該当する可能性があるので注意が必要です。
- ライセンサーに帰属させる
- ライセンサーと共有する
- ライセンサーに独占的ライセンスをする
<注意ポイント>
ライセンサーが以下の義務をライセンシーに課すことは不公正な取引方法には該当しないため特許実施許諾契約で規定することは可能です。
- ライセンシーが開発した改良技術が、許諾特許に関する技術がなければ利用できない場合、当該改良技術に関する権利を相応の対価でライセンサーに譲渡する
- ライセンサーに非独占的にライセンスをする
特許ノウハウ実施許諾契約
特許のライセンスとともにノウハウの実施許諾を含む場合には「特許ノウハウ実施許諾契約」を締結しなければなりません。
例えば、「物質A」の実施許諾を受けたが特許明細に書かれている方法では低コストで生産できないというような場合、ライセンサーが秘密として保有する低コスト生産に関するノウハウの実施許諾を受けるようなケースが該当します。
しかし、有効期間の満了により対価の支払い義務が消滅する「特許権」と、使用権が許諾されている限り対価の支払い義務がある「ノウハウ」では契約内容が異なるので別途検討する必要があります。
まとめ
ここまで説明してきた「特許実施許諾契約の注意ポイント」の他に、ライセンス料の「不返還条項」や、ライセンサーが許諾特許の実施によって生じた損害に対して責任を負わない「免責条項」などもライセンサーのリスクを軽減する条項として考えられます。
独占禁止法との関係やノウハウの実施許諾を含む場合など「特許実施許諾契約」を検討する場合にはさまざまな専門知識が必要となるため独自に判断するのではなく専門的な知識や経験が豊富な弁護士に事前に相談することをおすすめします。
特許権だけでなく著作権や商標権など、トータルにライセンス契約を知りたい方は下記記事にて詳述していますので本記事と合わせてご覧ください。
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モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。特許実施許諾契約にあたっては契約書の作成が必要です。当事務所では、東証プライム上場企業からベンチャー企業まで、様々な案件に対する契約書の作成・レビューを行っております。もし契約書についてお困りであれば、下記記事をご参照ください。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: IT・ベンチャー:契約書