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意匠権侵害が争われた事例を弁護士が解説

意匠権侵害が争われた事例を弁護士が解説

意匠権侵害の事例を理解するには、単なる「似ているかどうか」の比較にとどまらず、意匠全体の印象や要部(需要者の注意を集める部分)などの専門的な判断基準を押さえることが重要です。

実際の裁判では、需要者が視覚を通じて受ける美感や要部の認定が、侵害の有無を左右する大きな要素となります。

本記事では、意匠権侵害が争われた具体的な事例を取り上げ、裁判所が重視したポイントや判断基準を弁護士が解説します。

意匠権とは

意匠権とは、新しいデザインや形状を生み出した創作者を保護するための権利です。意匠権を獲得すれば、登録したデザインを独占的に使用でき、類似品による意匠権侵害に対しては、その侵害の停止または予防を請求し(意匠法第37条)、損害の賠償を請求する(意匠法第39条)ことが可能となります。

意匠法24条2項には、「登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものである」とありますが、実際に裁判となった時、類似しているか否かは、何をどのように比較し、検討して判断されているのでしょうか。

意匠権侵害が認められた事例

意匠権侵害が認められた事例

「体重測定機付体組成測定器」の意匠権を有するオムロンが、タニタによる体組成計の生産、譲渡、引渡し、譲渡の申出、輸入及び輸出行為は自社の意匠権を侵害すると主張して、タニタの体組成計の生産等の差止め及びその廃棄並びに損害賠償を求めた事例があります。

オムロンは2011年3月18日、本件意匠1を「体重測定機付体組成測定器」とし、本件意匠2を関連意匠として意匠登録出願をし、同年9月22日に意匠権の設定登録がなされました。

【争われた各意匠の斜視図】

【争われた各意匠の斜視図】

東京地方裁判所平成27年2月26日判決文内の画像を引用加工

裁判所は、このうちの本件意匠1と被告意匠は類似していないとしましたが、本件意匠2と被告意匠とは類似しているとしました。

それでは、なぜこのような判断の違いが生まれたのでしょうか。以下、具体的な判断基準について解説します。

どこが判断の分かれ目となるか

意匠権侵害が認められるか否かは、意匠の「類否」が判断のポイントです。裁判所は、需要者が製品を見たときに受ける美感が共通するかどうかを基準に判断しました。

裁判所は、意匠の中で消費者の注意を最も引く部分、いわゆる「要部」を認定します。体組成計の場合、需要者は製品の「薄さ」にも着目するため、正面および側面から見た形状が要部と判断されました。特に注目された点は以下のとおりです。

  • 本体正面の電極の配置と形状
  • スイッチの位置や形状
  • 測定結果が表示される液晶表示窓の位置や形状

さらに、側面から見ると、透明ガラス板と本体背面部が積層一体となった薄い構造も要部として認定されました。

要部の差異点と判決

本件では、原告が保有する2つの意匠権(本件意匠1と本件意匠2)と、被告製品の意匠が比較されました。

【本件意匠1と被告意匠】

【本件意匠1と被告意匠】

東京地方裁判所平成27年2月26日判決文内の画像を引用加工

本件意匠1と被告意匠には、以下のような相違点があり、非類似と判断されました。

透明ガラス板の形状

  • 本件意匠1:隅丸略正方形
  • 被告意匠:隅丸略横長四角形(縦横比約1:1.43)

この形状の差異が「看者(意匠を見る人)に対し異なる美感を与える」と判断され、特に重視された点です。

電極部分やスイッチ模様の具体的形状

電極部分の幅と長さの比や、スイッチ模様の配置態様にも差異があり、これらも非類似判断の一因となりました。

【本件意匠2と被告意匠】

【本件意匠2と被告意匠】

東京地方裁判所平成27年2月26日判決文内の画像を引用加工

一方、本件意匠2と被告意匠は、以下の共通点が重視され、類似と判断されました。まず、両意匠は、透明ガラス板と本体背面部が積層一体となった薄い構造を共通の基本的構成態様としており、この側面視における薄さが意匠の要部の一つと認定されています。

  • 透明ガラス板の形状
    両者ともに「隅丸横長四角形」であり、縦横比の差異は極めて小さい(本件意匠2は約1:1.4、被告意匠は約1:1.43)ものでした。この点は、看者に与える印象として「横長長方形であるという印象」を共通して与えるとされました。
  • 液晶表示窓の縁取模様
    被告意匠には液晶表示窓の縁取模様がありましたが、その大きさや色彩が目立つものではなかったため、美感の同一性を覆すほどではないと判断されました。

判決のポイント

裁判所は、本件意匠2と被告意匠の差異点を考慮しても、「看者に対して共通の美感を与えるもの」と認め、類似すると判断しました。結果として、被告製品の生産等は本件意匠2を侵害すると結論付けられました。

本件意匠2と被告意匠とでは透明ガラス板の縦横比が異なっている(本件意匠2が約1:1.4であり,被告意匠が約1:1.43である。)ものの、その差異は極めて小さく、いずれも看者に対し横長長方形であるという印象を与えるものというべきである。また、被告意匠には、液晶表示窓の周囲にある縁取模様があることが認められるが、これは液晶表示窓の大きさと比較してさほど大きいものではなく、正面視において目立つ色彩でもない。さらに、透明ガラス板の隅丸半径,電極部分の幅と長さの比、液晶表示窓の底辺と上側の左右に配置された電極の底辺との関係やスイッチ模様の個数に差異があるが、これらは、透明ガラス板の形状がほぼ同じであることから看者に対して与える共通の美感を凌駕するものとはいえない。

東京地方裁判所平成27年2月26日判決

最終的に、意匠権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用も加算され、約1億2915万円の損害賠償が命じられましたが、本件は2016年1月14日に和解により終結しています。

意匠権侵害訴訟では、意匠のどの部分が消費者に与える印象の要部となるか、要部にどれほどの差異があるかが重要なポイントです。

意匠権侵害が認められなかった事例

意匠権侵害が認められなかった事例

「携帯用魔法瓶」の意匠権を有するタイガー魔法瓶株式会社が、株式会社たつみやに対し、被告の携帯用魔法瓶(被告製品)の製造・販売等は、意匠権を侵害すると主張して、被告製品の製造・販売等の差止めを求めると共に、意匠権侵害の不法行為に基づく損害賠償金の支払を求めた事例があります。

どこが要部であるか

本件意匠及び被告意匠は、いずれも携帯用魔法瓶であり、その需要者は一般消費者です。また、これらは日常的に持ち運んで使用されることから、需要者は持ち運びの利便性に影響する全体的な外観に着目するといえます。

ただ、全体の形状が円筒形で、①本体とキャップとから構成された形状は本件意匠の出願前に公然と知られていたもの、つまり一般的なものであったと認められます。

また、裁判所は、上記①の形状を備える携帯用魔法瓶において、②キャップの下端と本体との間に環状に切り込み部分がある形状、③キャップの下端について内側部材が周側面よりやや突出して細帯環状に現れる形状、④本体の下端寄りに底面と平行になるように環状の線が入り、当該部分が横帯状の丸い膨らみになっている構造についても、本件意匠の出願前に公然と知られていたものとしました。つまり、これらは意匠権に含まれていません。

そして裁判所は、本件意匠における上記①ないし④の形状の特徴自体は、本件意匠の要部を構成するものとはいえないというべきであり、本件意匠の要部は、上記各形状に係るより具体的な形状、すなわち、①円筒形の底面の直径及び高さの割合、高さのうち本体とキャップの比率、②キャップの下端の細帯環状の具体的形状、③キャップの下端と本体との間における環状の切り込み部分(溝部)の具体的形状、④本体の下端寄りの環状の線、横帯状の丸い膨らみの具体的形状にあるとしました。そして、本件意匠と関連意匠を対比すると、これらのうち、関連意匠とも共通する上記①、②を、類否判断に当たってより重視すべきであるとしました。

要部の差異点と判決

本件意匠と被告意匠は、全体の形状が円筒形で、本体とキャップとから構成された形状であることは共通します。では、差異点はどうでしょうか。

差異点については、以下が認められます。

1.全体の高さに占めるキャップの高さの割合(要部①)

本件意匠は約6の1であるのに対し、被告意匠は約8分の1である

2.底面の直径と高さとの比率(要部①)

本件意匠は1:2.3であるのに対し,被告意匠は1:3.6である

3.キャップと本体との間の形状(要部③)

本件意匠にはキャップの高さの約5分の1の幅の溝部があるのに対し、被告意匠に溝部といえるものはなく、キャップと本体の接合面が存在するのみである

4.キャップの下端の形状(要部②)

本件意匠は周側面より突出した細帯環状の部分があるのに対し、被告意匠は周側面よりさほど突出しない細帯環状の部分がある

5.本体のやや底面よりの形状(要部④)

本件意匠は横帯上の丸い膨らみを持たせ、その突出頂上に横方向に周回する細溝を設けてあるのに対し、被告意匠は底面と平行に周回する線状部分がある

6.本体の飲み口部の形状

被告意匠は外周面を覆う別部材のキャップが付されているのに対し、本件意匠にそのような形状はない。

そして、裁判所は、本件意匠と被告意匠には1~6の各差異点があり、このうち,1~5の差異点は、本件意匠の要部に関する差異点といえ、特に、差異点1、差異点2、差異点5によって、本件意匠は全体的に底面積がより広く、立てて置いたときにより安定感のある印象を与えるのに対し、被告意匠は全体的に底面積がより狭く、スリムな印象を与えるデザインとなっている、としました。

また、キャップと本体との間の形状、キャップの下端の形状、本体のやや底面よりの形状の差異により、

本件意匠は、高さ方向に沿って、比較的凹凸がある印象を受けるのに対し、被告意匠は、比較的直線的な印象を与えるデザインとなっている。

したがって,上記差異点は,被告意匠につき,全体として本件意匠とは異なる美感を生じさせるものということができる。

大阪地方裁判所平成24年6月21日判決

として、株式会社たつみやの意匠権侵害を認めず、タイガー魔法瓶の請求を棄却しました

明らかな差異が要部において見られる場合には、美感を異にするものであって類似しない、と判断されます。

意匠権侵害に関する直近事例

直近の事例として、花王株式会社がアイリスオーヤマ株式会社に対して提起した意匠権侵害差止仮処分申立てがあります。

花王は、自社製品「めぐりズム 蒸気でホットアイマスク」に関する意匠権(登録第1330629号)を侵害しているとして、アイリスオーヤマの「モイスクル じんわりホットアイマスク」シリーズの販売差止めを2024年7月2日に東京地方裁判所へ申立てました。

本件は2025年9月時点も係争中であり、意匠の類否判断や需要者に与える美感の評価が、今後の判断に大きな影響を与えると考えられます。

意匠権侵害に関する交渉や訴訟のポイント

意匠権侵害に関する交渉や訴訟のポイント

過去の事例より、意匠権侵害に関する交渉や訴訟にあたってのポイントは、明らかです。

自社が訴える側であるときのポイント

自社が、他社による意匠権侵害を主張して損害賠償請求するような場面では、他社の模倣品と自社が登録した意匠の共通点に当たる部分がデザインの要部であり、需要者の注意を最も惹きやすい部分であると主張していく必要があります

その上で、相手方に対して類似品の販売や差止、損害賠償等の請求をすることができるのですが、請求が認められなかった場合も多いように、自社が「類似している」「パクリだ」と思っても、客観的にそれが認められるかどうかは難しい問題です。

請求が認められなかった会社にしても、自分たちの判断に自信があったから提訴したのでしょうから、慎重に判断するべきです。

自社が訴えられた側であるときのポイント

他社から意匠権侵害であると主張され反論する場面では、自社製品のデザインと意匠権者が意匠登録したデザインの共通部分は製品の性質上当然共通になる部分であり、デザインの要部ではなく需要者の注意を最も惹きやすい部分ではないと主張し、需要者の注意を最も惹きやすい部分のデザインには差異があることを主張していく必要があります

体組成計の事例で約1億3000万円の賠償が命じられていることからもわかるとおり、意匠権侵害を訴えられて裁判になり敗訴すると、多額の賠償責任を負う場合が多くあります。古い事例ですが、ホンダがスズキによるスーパーカブの意匠権侵害を訴えた事例では、約7億6千万円の支払いが命じられました。他社から意匠権侵害であると主張されて、内容証明などで警告された時には、冷静な対応が必要となります。

もちろんこの場合にも、相手は「類似している」「パクリだ」と独りよがりに判断しているだけという可能性はあります。自分たちが生み出し、親しんできたデザインですから、「身びいき」が生じるのは当たり前といえます。

まとめ:意匠権の侵害事例から学ぶ判断基準と対応策

意匠権を侵害しているかどうかの判断は、微妙であり、たいへん難しい判断になる場合が多く、誰が見ても一目瞭然ということはほとんどありません。

意匠権侵害に該当するかどうかを客観的に判断し、最大限有利な内容での解決を実現するためには、早いうちに経験豊かな弁護士にご相談ください。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に豊富な経験を有する法律事務所です。近年、著作権等の知的財産権は注目を集めており、リーガルチェックの必要性はますます増加しています。当事務所では知的財産に関するソリューション提供を行っております。下記記事にて詳細を記載しております。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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