デンマーク広告規制の「公正な慣行」と厳格な消費者保護

デンマークの広告規制は、EUの消費者保護指令を基盤としつつ、国内法であるマーケティング慣行法(Danish Marketing Practices Act, MPA)により独自の厳格な国内規定が加味されている構造を持っています。日本の企業がデンマーク市場へ参入する際、日本の景品表示法や特定商取引法と共通する一般原則(例:誤認表示の禁止)が存在する一方で、本件国では、電子マーケティングにおける厳格なオプトイン要件、ロビンソンリストの確認義務、年利25%超ローンの広告禁止、そしてOTC製品の比較広告に対する特異な禁止規定といった、日本の法制度には見られない特異かつ厳格なルールが存在し、日本の事業者がそのままのマーケティング慣行を持ち込むと、重大な罰則リスクを負う可能性があります。
デンマーク市場で成功を収めるためには、これらの法的・行政的な特異性を深く理解し、現地の法務環境に完全に適応したプロアクティブなコンプライアンス体制を構築することが不可欠です。本記事では、MPAが要求する「公正な商業慣行」の基礎から、特に厳格な規制領域における日本法との決定的な相違点までを、具体的な法令に基づき解説します。
この記事の目次
デンマークのマーケティング慣行法(MPA)が要求する公正さ
デンマークにおける商業活動の根幹となるのは、マーケティング慣行法(MPA)です。この法律は、私的なビジネス活動だけでなく、公共機関による類似の活動にも適用され、すべての活動が「公正な商業慣行(good marketing practices)」に従って行われることを義務付けています (MPA Section 1) 。
「公正な商業慣行」の定義と客観的な文書化の義務
MPA Section 3に基づき、企業はマーケティング活動が社会的に許容される規範に適合し、不快または非倫理的であってはならないとされています。この「公正さ」を確保するため、MPA Section 2(1)は、虚偽、誤解を招く、または不当に不完全な表示や声明の使用を明確に禁止しています。この禁止は、事実の欠落や曖昧な表現、あるいは特定の情報を誇張することで製品を全体的に実際よりも良く見せる表現も含む広範なものです。さらに、消費者が当然に享受すべき法的権利を、企業独自の提供物であるかのように誤認させる行為も禁止されています。
特に注目すべきは、事実主張に対する文書化義務の厳格さです。MPA Section 3(3)に基づき、環境的または倫理的な主張を含む製品の特性や、取引業者の活動に関する事実は、文書によって実証できる能力がなければなりません。
日本の景品表示法においても表示の裏付け資料提出要求がありますが、デンマーク法の特徴として、取引業者は、マーケティングコミュニケーションが公開される時点でその事実が真実であると確信し、かつ、要求があれば提示できる準備を整えておく必要があるという点が挙げられます。この要件は、日本の規制が一般的に事後的な行政指導で裏付け資料を求める傾向にあるのに対し、デンマークではコンプライアンス体制において、事実の主張が公開される以前の段階で、プロアクティブなリスク管理体制が必須であることを意味します。特に環境主張(グリーンウォッシング)については、デンマーク消費者オンブズマンが2024年10月に改訂したガイダンスからも、この文書化の厳格さが現在の執行における最重要テーマの一つであることが読み取れます。
隠れた広告の全面禁止(ステルスマーケティング対策)
MPAは、隠れた広告、すなわちステルスマーケティングを全面的に禁止しています。ブログ投稿やInstagram投稿などが商業目的である場合、受信者にそれが広告であることを明確に伝達しなければなりません。この義務は印刷物、オンラインメディア、ソーシャルメディアなど、あらゆる媒体に適用される、媒体中立的な規制です。
MPAが技術中立的な設計を採用していることから、デジタル時代における執行も非常に厳格です。この規制構造から、プラットフォームの種類に関わらず、広告と非広告の区別を曖昧にする行為を許容しないという、消費者オンブズマンの強い姿勢が伺えます。実際、デンマーク消費者オンブズマンは、プロフェッショナルなインフルエンサーによるソーシャルメディア投稿に対する要件を厳格化する動きを見せており(2024年11月には情報提供会議を予定)、デジタルマーケティングの透明性確保が優先課題となっていることがわかります。
日本法よりも厳格なデンマークのダイレクトマーケティングの障壁
デンマークの広告規制において、日本の事業者が最も注意すべき領域の一つが、ダイレクトマーケティング、特に電子的な手段を用いた勧誘活動です。
電子マーケティングのオプトイン原則(PUC)の厳格な適用
MPA Section 10(1)は、「不要な通信の禁止(PUC:Prohibition against Unsolicited Communications)」を定めており、企業は、電子メール、テキストメッセージ、自動呼び出しシステム、ファックスなどの電子的手段を用いて、特定の受信者を対象としたマーケティング(ダイレクトマーケティング)を行うことを、受信者が事前に明示的な同意をした場合を除き、原則として禁止しています。
この原則禁止規定の適用は極めて厳格です。日本の特定商取引法に基づくメール広告規制もオプトインが原則ですが、既存顧客に対する再販促活動など、一定の緩和措置(みなし同意)が認められる場合があります。しかし、デンマーク法では、EUのGDPRと連携し、原則として明示的で具体的な同意(コンセント)が強く要求されます。したがって、日本の既存顧客向け販促戦略、特に過去に商品を購入した顧客への継続的なメールマーケティングの多くが、デンマーク市場では同意なしの違法な「不要な通信」と見なされるリスクが高いと言えます。
ロビンソンリスト制度の運用と企業に課される確認義務
デンマークにおけるダイレクトマーケティングのもう一つの大きな障壁が「ロビンソンリスト(Robinson List)」制度です。これは、消費者がセールスからの電話勧誘や宛名付きのダイレクトメール広告の受け取りを拒否するために登録できる公的な登録簿です。
企業は、消費者へ電話をかける前、または受信者の氏名と住所が外部に記載された広告を送付する前に、このロビンソンリストを確認する義務を負います。
MPAには、新聞、雑誌、書籍の販売、保険契約、救助・患者輸送サービス契約など、一部の業界について電話勧誘の例外規定が存在します。しかし、ロビンソンリストに登録されている消費者への連絡は、これらの例外業種であっても、消費者の明示的な同意がない限り禁止されます。
日本の法制度には、全国レベルで公的に運用され、企業に確認義務が課されるこのような拒否者リスト制度は存在しません。そのため、このリストの存在と確認義務は、日本の企業がデンマーク市場で新規顧客獲得のためのアウトバウンド戦略を策定する上で、無視できない行政的コンプライアンス要件となります。リストの確認を怠った場合、MPA違反として罰金を含む罰則の対象となる可能性があります。
| 規制事項 | デンマーク法(MPA/他)の要件 | 日本法(参考:景表法・特商法・薬機法など) | 日本企業が特に注意すべき実務上の影響 |
| 電子メール/SMS等 | 原則として明示的な事前同意(オプトイン)がない限り禁止 (MPA Section 10(1)) | 特定商取引法に基づき原則オプトインだが、既存顧客への再販促など特定の緩和規定がある。 | 既存顧客リストに対する再販促メールであっても、厳密なオプトイン要件を満たす必要がある。 |
| ロビンソンリスト | 拒否登録者への電話・宛名付き郵便は、例外業種でも同意が必須。企業にリスト確認義務あり | 公的な全国レベルの拒否者リストは存在しない。 | アウトバウンドマーケティング前に、顧客データと公的リストの突合・選別プロセスが必要となる。 |
| 高金利ローン広告 | 年利(APR) 25%を超える消費者ローンのマーケティング活動を全面禁止 | 利息制限法で金利自体が規制される。マーケティングの可否をAPR基準で規制する規定は異例。 | 金融商品の設計だけでなく、広告可能な最高金利水準(25%)が設定される。 |
| OTC比較広告 | 一般向け広告で、他製品と「同等またはそれ以上」の効果を謳うことを禁止 (Advertising Order Section 16(3)) | 薬機法により虚偽・誇大表現は禁止されるが、客観的根拠に基づく比較は原則可能。 | 競合製品との優劣を示すマーケティング戦略は不可能であり、製品単体の効能記述に限定する必要がある。 |
デンマークの脆弱な市場セグメントへの特別規制:未成年者と金融消費者

デンマークの広告規制は、特に保護が必要とされる脆弱な市場セグメントに対して、非常に厳しい基準を設けています。
18歳未満の未成年者に対する厳格な広告コンテンツ規制
18歳未満の子供や若者は、より影響を受けやすく、操縦されやすいため、MPAにおいて「特に脆弱な市場セグメント」と見なされ、厳格な要件が適用されます。
コンテンツに関する禁止規定は広範です。広告は、それが広告であることが明確である必要があり、アルコールや薬物など、子供や若者に不適切な製品への言及や画像は禁止されます。さらに、MPA Section 11(1)は、暴力、恐怖、迷信を不当に利用して子供や若者に影響を与えたり、危険または無謀な行動を直接的または間接的に扇動したりすることを禁じています 。
特に注意が必要なのは、積極的な勧誘の禁止です。広告が子供に対し、製品の購入を直接的に勧めたり、親や他の大人に購入を説得するよう促す内容である場合、それは常に不公正な攻撃的マーケティングと見なされ、禁止されます。
15歳未満のSNSプロフィールを通じたマーケティング活動の制限
未成年者保護の厳格さは、ソーシャルメディアの運用に関する具体的な年齢制限にも表れています。MPAに基づくガイダンスでは、18歳未満の子供や若者を対象とするマーケティング活動は、15歳未満の子供に属するか、そのように見えるソーシャルメディア・プロフィール上または経由で行うことが禁止されています。
この規制は、単に広告内容をチェックするだけでなく、広告が拡散される媒体の担い手(インフルエンサーなど)の年齢に直接的な制限を課している点で、日本の法制度と比較して非常に特異です。日本の企業がインフルエンサーマーケティングを行う際、特に若年層をターゲットとする場合は、インフルエンサーの契約相手が15歳未満でないことを確認し、そのメディア運用が15歳未満のプロフィールと見なされないか否かを厳格にデューデリジェンスしなければなりません。
高金利消費者ローン広告の絶対的な禁止
デンマークは、金融消費者を保護するために、高金利ローンに対する広告規制をEU内で最も厳格な水準で実施しています。
MPAは、年利(APR:Annual Percentage Rate)が25%を超える消費者ローンのマーケティング活動を、消費者に対して全面的に禁止しています。この禁止は、ローン提供者の融資オプションを消費者に紹介する企業にも適用されます。
この規制は、若者や経済的に困難な人々が高金利ローンによって負債を抱えるのを防ぐために導入されました。注目すべきは、デンマークでは年利35%を超えるローン自体が法律で禁止されている一方で、マーケティング活動の禁止はその下回る25%で発動するという点です。これは、単に商品自体の最大金利を規制するだけでなく、高コストな金融商品が一般消費者に広まる経路(広告)を制限することで、市場から実質的に排除しようとする意図があると言えるでしょう。
さらに、消費者ローンおよび貸付業に関する広告は、ギャンブルおよびギャンブル運営者の広告と連携して行うことも禁止されています。
デンマークの専門分野規制:医薬品および医療機器広告の特異性
医薬品および医療機器の広告は、一般の製品とは異なり、デンマーク医薬品法第7部(第63条-70条)および関連する行政命令(Advertising Order)によって厳しく規制されています。監督はデンマーク医薬品庁(DKMA)とデンマーク保健省が行います。
医薬品広告の「客観性(Saglig)」とSmPC完全準拠の要求
デンマーク法における「広告」の定義は広範であり、医薬品の処方、供給、販売、消費を促進するためのあらゆる形態の情報提供、勧誘活動、誘因が含まれます。これには書面資料、インターネットやソーシャルメディアの利用、従業員による活動、製品サンプル、贈答品、接待など、多岐にわたる形態が含まれます。
医薬品広告の一般的な要件として、デンマーク医薬品法 Section 63に基づき、広告は完全かつ客観的(saglig)であり、誤解を招くものであってはならず、製品の特性を誇張してはならないとされています。
最も重要な規制の一つは、広告の情報が、承認された製品概要(SmPC:Summary of Product Characteristics)に完全に合致している必要があるという点です。広告がSmPCの内容と矛盾してはならないのはもちろん、SmPCに記載されている承認された適応症以外の情報を含めることは厳しく制限されます。デンマーク国内で販売または供給が承認されていない医薬品の広告、あるいは承認された適応症以外の情報提供(適応外広告)は、違法な発売前広告または適応外広告と見なされるリスクが非常に高く、製薬企業は細心の注意を払う必要があります。
また、処方箋医薬品(POM)の一般向け広告は、デンマーク医薬品法 Section 66(1)によって禁止されています。一般向け広告では、医師への相談が不必要であるという印象を与えたり、製品の効果が保証されている、あるいは他の治療法よりも優れているという印象を与えたりすることも禁じられています。
OTC製品の比較広告に対する特異な禁止規定
医薬品広告規制の中でも、日本の企業が特に驚きをもって受け止める可能性が高いのが、一般消費者向けOTC(非処方箋薬)の比較広告に関する特異な禁止規定です。
医薬品広告等に関する行政命令(Advertising Order)Section 16(3)では、一般消費者向けのOTC製品の広告において、自社製品の効果が他製品の効果よりも優れている、または同等であるという印象を与えることは違法であると規定されています。
日本の薬機法の下では、客観的かつ科学的な根拠に基づき、比較対象製品を明確にした上であれば、比較広告が認められるケースがあります。しかし、デンマークの規制は、OTCであっても、競争的優位性や他製品との優劣を示すマーケティング手法を原則として排除しています。この規定は、医薬品の販売促進が消費者の合理的かつ客観的な利用を促すことに集中すべきであり、競争的な誇張を避けるべきであるという、デンマークの医療広告に対する厳しい哲学を示しています。したがって、デンマーク市場でのOTC製品のマーケティングは、競合製品との比較ではなく、自社製品の SmPC に基づく効能・効果のみを正確に伝えることに限定しなければなりません。
規制の監督と自主規制の役割
デンマークの広告規制の遵守は、二重の監督体制の下で行われています。一般製品のマーケティング慣行法(MPA)の監督は、デンマーク消費者オンブズマン(Danish Consumer Ombudsman)が行い、違反には罰金が科されることがあります。一方、医薬品および医療機器については、専門機関であるデンマーク医薬品庁(DKMA)が市場監視を担っています。
さらに、製薬業界には自主規制機関として、製薬業界倫理委員会(ENLI)が存在し、医療専門家向けの医薬品広告に関する行動規範(Promotion Code)を発行しています。日本の企業がデンマークで医薬品ビジネスを行う場合、公的規制(DKMA)だけでなく、自主規制機関が定める業界慣行にも適合することが求められます。
まとめ
デンマークにおける広告規制は、EUの広範な消費者保護枠組みとデンマーク独自の厳格な規制、特にマーケティング慣行法(MPA)と医薬品法に基づいて構築されており、日本の企業が想定するコンプライアンスレベルを大きく上回る厳格さを持つことが明らかとなりました。特に、電子マーケティングにおける厳格なオプトイン要件、ロビンソンリストの確認義務、高金利ローン広告の絶対的な禁止(APR 25%基準)、そしてOTC製品の比較広告に対する特異な禁止規定は、日本のマーケティング戦略をそのまま適用した場合に、即座に法的リスクとなる可能性を孕んでいます。
デンマーク市場で成功を収めるためには、これらの法的・行政的な特異性を深く理解し、現地の法務環境に完全に適応したプロアクティブなコンプライアンス体制を構築することが不可欠です。法令の解釈、ローカライズされたマーケティング戦略のレビュー、および現地の監督機関や自主規制機関への対応に関して専門的な知識が必要となります。モノリス法律事務所では、国際商取引法および規制比較法の専門知見に基づき、お客様のデンマーク進出に伴うコンプライアンス課題への適切な対応をサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































