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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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フィンランドの会社形態と機関設計を弁護士が解説

フィンランドの会社形態と機関設計を弁護士が解説

北欧の経済大国であり、通信技術やクリーンテックをはじめとするイノベーションの世界的ハブとしても知られるフィンランド共和国(以下、フィンランド)への事業展開を検討する際、現地の法制度に対する深く正確な理解は事業成功のための不可欠な前提条件となります。フィンランドにおいて最も一般的な事業形態として利用されている有限責任会社は、株主の責任が出資額に限定される有限責任を原則としている点など、日本の会社法における株式会社と多くの重要な共通点を持っています。しかしながら、日本の法制度とは根本的に異なる独自の規制や、北欧特有の柔軟かつ厳格なガバナンス要件も多数存在しており、これらを正確に把握することが、円滑な現地法人設立と長期的なコンプライアンス遵守の鍵となります。

全体の要点として、第一に、2019年の画期的な法改正により有限責任会社の最低資本金要件が完全に撤廃され、外国企業にとっても資金面での設立ハードルが大幅に下がったことが挙げられます。第二に、機関設計において、少なくとも1名の株主と1名の取締役で設立可能であるものの、正取締役が3名未満の場合には補欠取締役を必ず1名以上選任しなければならないという、日本法にはない独自の義務が存在します。第三に、経営陣の居住地要件に関して、取締役および最高経営責任者等の代表者には欧州経済領域(EEA)内に居住している要件が厳格に課されており、これを満たさない場合にはフィンランド特許登録庁(PRH)からの事前の免除許可を取得する手続きが必須となります。

第四に、経営陣の義務に関して善管注意義務や忠実義務が明文で定められており、近年ではフィンランド最高裁判所(Korkein oikeus)において法人格否認の法理が認められるなど、経営責任を厳格に問う判例が蓄積されています。最後に、小規模企業に対する法定監査の免除規定が設けられているものの、その基準は日本と比較して極めて低く、比較的小規模な現地子会社であっても法定監査の対象となる可能性が高い点に留意が必要です。

本記事では、フィンランド会社法(Osakeyhtiölaki,624/2006)に基づき、有限責任会社(Osakeyhtiö,略称Oy)を中心に、その会社形態と機関設計の全体像を網羅的かつ詳細に解説します。

フィンランド会社法の基本構造と有限責任会社の法的性質

有限責任会社の概念と日本法との詳細な比較

フィンランドにおける事業形態の中で、国内資本および外国資本を問わず最も広く利用されているのが有限責任会社(Osakeyhtiö,Oy)です。フィンランド会社法第1章第2条において、有限責任会社は登録によって設立され、株主から完全に独立した法人格を持つ法的主体であると明確に規定されています。株主は会社の債務に対して個人的な責任を一切負わず、その責任は原則として会社への出資額を限度とする有限責任を享受します。この仕組みは、日本の会社法における株式会社の基本原則と完全に一致するものです。

また、同法第1章第5条によれば、定款に別段の定めを置かない限り、会社の目的は株主に利益をもたらすことであると明記されており、営利法人としての性格が法的に強く担保されています。日本企業がフィンランドに現地法人や合弁会社を設立する場合、この非公開の有限責任会社(Oy)を選択することが実務上の標準的アプローチとなります。フィンランドにはこれに加えて公開会社(Julkinen osakeyhtiö,Oyj)という形態も存在します。公開会社は、自社の有価証券を金融商品取引法(Act on Trading in Financial Instruments)に規定される規制市場で公に取引することを目的とした法人形態であり、日本の公開会社や上場企業に相当します。一般的な進出や初期段階の事業展開においては、厳格な規制が課される公開会社ではなく、機動的な運営が可能な非公開の有限責任会社(Oy)が用いられます。

日本の会社法制との比較において特筆すべきは、フィンランドには日本の持分会社(合同会社、合名会社、合資会社)に完全に合致する形態は存在せず、パートナーシップ形態としてゼネラル・パートナーシップ(Avoin yhtiö,Ay)リミテッド・パートナーシップ(Kommandiittiyhtiö,Ky)が存在するものの、これらは無限責任社員を伴うため、外国企業の子会社形態としては一般的ではありません。したがって、日本の株式会社や合同会社に代わる受け皿としては、必然的に有限責任会社(Oy)が選択されることになります。以下の表は、フィンランドの有限責任会社と日本の株式会社の主要な制度的差異を比較したものです。

比較項目フィンランドの有限責任会社(Oy)日本の株式会社
最低資本金0ユーロ(2019年以降撤廃)1円
設立の最小構成株主1名、取締役1名発起人1名、取締役1名
補欠取締役の要否取締役が3名未満の場合は最低1名必須法律上の設置義務なし
役員の居住地要件取締役等にEEA居住要件あり(免除制度あり)代表取締役の日本居住要件は実務上撤廃済
代表機関の構造取締役会、または最高経営責任者(代表権の個別付与も可)代表取締役
法定監査の要否小規模企業基準(日本よりはるかに低い閾値)を超える場合に必須大会社等を除き原則として免除

最低資本金要件の撤廃と法人設立手続きへの実務的影響

フィンランドの会社法制において、近年外国企業から最も高く評価されている重要な変更の一つが、2019年7月1日に施行された有限責任会社に対する最低資本金要件の撤廃です。かつて、フィンランドで非公開の有限責任会社を設立するためには、最低でも2,500ユーロの資本金を払い込む義務がありました(なお、公開会社の場合は現在も80,000ユーロの最低資本金要件が維持されています)。しかし、起業家精神を促進し、市場参入への障壁を取り除くというフィンランド政府の強力な規制緩和目標の一環として、この要件は完全に撤廃されるに至りました。この政策転換の背景に関する公式な見解や実務への影響については、現地の法律専門家によって詳細に分析されています。

参考:環境損害における取締役の個人的責任に関するフィンランド最高裁の判断(KKO 2016:58)

この最低資本金要件の撤廃は、単なる財務的負担の軽減にとどまらず、法人設立プロセスそのものの劇的な簡素化と迅速化をもたらしました。法改正以前は、会社設立の登記申請を行う前に、フィンランド国内の銀行で設立中会社の銀行口座を開設し、そこに資本金を預け入れて払込証明書を取得する必要がありました。しかし、近年欧州全域でマネーロンダリング対策(AML)およびテロ資金供与対策(CFT)の規制が極めて厳格化しており、法人格を持たない設立準備段階の外国資本企業がフィンランドの銀行口座を開設することは、実務上極めて困難であり、数ヶ月の遅延を招く最大のボトルネックとなっていました。

資本金ゼロでの設立が合法化されたことにより、出資の払込みを証明することなく、まずはフィンランド特許登録庁(PRH)において法人登記を完了させ、正式な法人格とビジネスID(Y-tunnus)を取得することが可能となりました。その後、正式な法人として銀行口座の開設手続きを余裕を持って進めることができるため、事業開始までのリードタイムが大幅に短縮されています。日本の新会社法が2006年に施行され、最低資本金制度が撤廃されて「1円起業」が可能になった歴史的背景と軌を一にする動きから、両国ともにビジネスの活性化と国際競争力の強化を目指す法整備が進んでいるということが言えるでしょう。

フィンランドにおける株式および株主の権利に関する基本原則

フィンランドにおける株式および株主の権利に関する基本原則

株式譲渡自由の原則と厳格な株主平等の原則

フィンランド会社法第1章第4条は、株式の譲渡自由の原則を明確に定めており、定款に別段の定めがない限り、株式は第三者に対して制限なく譲渡および取得が可能であると規定しています。これは日本の会社法における株式譲渡自由の原則と軌を一にするものです。しかしながら、日本企業が100%子会社を設立する場合や、現地のパートナー企業と合弁会社(JV)を設立する場合には、望まない第三者の資本参加を排除するため、定款において譲渡制限条項(取締役会の承認要件や既存株主の先買権など)を設けることが実務上広く行われています。

さらに、同法第1章第7条には株主平等の原則が厳格に明記されており、すべての株式は会社において同一の権利を有するとされています。株主総会、取締役会、最高経営責任者、または監査役会は、会社または他の株主の利益を犠牲にして、特定の株主または第三者に不当な利益を与えるような決定を下したり、その他の措置を講じたりしてはならないと厳しく禁じられています。この原則に反する決定は法的に無効となるリスクがあります。意思決定のプロセスにおいては多数決の原則が適用され、会社法第1章第6条に基づき、定款に別段の定めがない限り、株主総会での投票の過半数によって会社の意思決定がなされます。

証券の電子化と振替機関による株主名簿の管理

フィンランドでは有価証券の電子化が非常に進んでおり、フィンランド会社法第3章の規定に基づき、企業は自社の株式を振替機関(例えばEuroclear Finlandなど)が運営する電子的な振替口座システム(Book-entry system)に組み込むことができます。公開会社(Oyj)においては株式の電子化が事実上必須となっていますが、非公開の有限責任会社(Oy)においても、定款に規定を設けることでこのシステムを利用することが可能です。

日本の振替株式制度と比較すると、電子化による権利移転の安全性や透明性の確保という目的は共通していますが、フィンランドにおける非公開の小規模な有限責任会社においては、コストや管理の手間の観点から振替システムを利用せず、伝統的に会社自身が株主名簿(Shareholders’ register)を管理し、必要に応じて紙の株券を発行する方式が依然として一般的です。日本企業が現地法人を設立する際にも、当初は会社自身が株主名簿を管理するシンプルな形態を採用することが推奨されます。

フィンランド会社の機関設計に関する詳細な要件と特有の制度

取締役会の役割と補欠取締役の設置義務

フィンランドの有限責任会社において、コーポレートガバナンスの中核となる経営機関は取締役会(Hallitus)です。フィンランド会社法第6章第1条の規定により、すべての有限責任会社は必ず取締役会を設置しなければなりません。取締役会は会社の全般的な管理運営を担い、事業活動が適切に組織化されていることを確保する全般的な権限と責任(General competence)を負います。

取締役の員数について、会社法第6章第8条は、定款に別段の定めがない限り、1名から5名の正取締役(Ordinary Members)を置くことを規定しています。ここで、日本の会社法制との決定的な違いとなるのが「補欠取締役(Deputy Member)」に関する強行法規的な規定です。フィンランド会社法では、選任された正取締役の数が3名未満(すなわち1名または2名)である場合、会社は少なくとも1名の補欠取締役を選任しなければならないと厳格に義務付けています。

日本の株式会社においては、取締役会を設置しない機関設計を選択した場合、取締役1名のみでの法人設立が適法に可能であり、補欠役員の選任はあくまで不測の事態に備えた任意の制度に過ぎません。しかし、フィンランドにおいては、最低限の構成であっても「正取締役1名および補欠取締役1名」の合計2名の役員が必要となります。さらに、法人が取締役や補欠取締役に就任することは認められておらず、破産者や事業禁止命令を受けていない18歳以上の自然人であることが求められます。

最高経営責任者(Toimitusjohtaja)と代表権の構造

フィンランドの機関設計において、もう一つの極めて特徴的な役割を果たすのが最高経営責任者(Toimitusjohtaja,英語訳ではManaging DirectorまたはCEOと呼ばれる)の存在です。会社法第6章第1条において、最高経営責任者の設置は法的な義務ではなく任意とされていますが、実務上は会社の日常業務を統括し執行する最高責任者として、大多数の企業で選任されています。取締役会が最高経営責任者を選任し、最高経営責任者は取締役会が定めた指示と命令に従って会社の日常的な管理を遂行します。

会社の代表権に関する構造も日本とは大きく異なります。フィンランド会社法の下では、第一義的に取締役会が全体として会社を代表する権限を有します。これに加えて、最高経営責任者は、自身の職務範囲内(日常的な業務範囲内)において単独で会社を代表する権限を法律上当然に有します。日本の会社法における代表取締役は、取締役会の中から選定され、会社の業務全般にわたる包括的な代表権を持ちますが、フィンランドの最高経営責任者は必ずしも取締役会のメンバーである必要はなく、完全に執行に特化した役職として位置づけることが可能です。

さらに、フィンランドでは定款に規定を設けることにより、代表権の所在を極めて柔軟に設計し、それを特許登録庁(PRH)商業登記簿(Trade Register)に登録することが可能です。例えば、「取締役会の議長と最高経営責任者が各々単独で代表する」「任意の取締役2名が共同して代表する」「特定の取締役と最高経営責任者が共同して代表する」といった複雑な代表権の組み合わせを設定することができます。商業登記簿にこれらの代表権限が公示されることで、取引の相手方である第三者は、誰が会社を拘束する有効な署名権限を持っているかを容易に確認でき、取引の安全が確保されるよう精緻に制度設計されています。

参考:フィンランド特許登録庁の代表権に関する公式解説

フィンランドへ企業進出における最大の障壁となるEEA居住要件

フィンランドへ企業進出における最大の障壁となるEEA居住要件

取締役および最高経営責任者に課される厳格な居住地要件

日本企業がフィンランドに現地法人を設立する際、実務上最も高いハードルとなり得るのが、役員等に対する厳格な居住地要件です。日本の会社法においては、かつて代表取締役のうち少なくとも1名は日本国内に住所を有しなければならないという運用基準が存在しましたが、外国企業の対日投資を促進する観点から2015年にこの要件は事実上撤廃されました。現在では、役員全員が日本国外の非居住者であっても日本の株式会社の設立登記は適法に受理されます。

これに対し、フィンランドにおいては、会社の適正な管理と公権力からの確実なコンタクトポイントを維持する目的から、依然として厳格な居住地要件が維持されています。フィンランド特許登録庁(PRH)が定めた要件によれば、有限責任会社の取締役会を構成する正取締役のうち少なくとも1名は、欧州経済領域(EEA)内に恒久的な居住地を有していなければなりません。さらに、補欠取締役が設置されている場合(正取締役が3名未満の場合は必須)、補欠取締役のうち少なくとも1名もEEA内に居住している必要があります。くわえて、任意で最高経営責任者(Managing Director)を選任する場合、その者も同様にEEA内に居住していることが法律で求められます。

ここで留意すべきは、この要件が「国籍」ではなく「恒久的な居住地」を基準としている点です。したがって、EEA内に適法に居住し住民登録を行っている日本人であれば、この要件を満たすことが可能です。しかしながら、現地法人の立ち上げ段階において、役員全員を日本の本社から派遣し、かつ全員が日本に居住したままの状態で法人登記を完了させようとする場合、この原則的な法的要件を満たすことができません。

特許登録庁(PRH)による免除許可制度と申請の実務

EEA居住要件を満たせない場合であっても、直ちにフィンランドでの法人設立が不可能になるわけではありません。フィンランド特許登録庁(PRH)に対して特別な許可(免除許可)を申請し、承認を得ることで、EEA外の居住者(例えば日本在住の日本人役員)のみで構成される取締役会であっても、適法に役員に就任し登記することが可能です。

この免除許可の申請プロセスにおいては、所定の個人データフォームに加えて、フィンランド語またはスウェーデン語で作成された自由形式の理由書(Application letter)を提出する必要があります。理由書には、申請者の氏名、国籍、居住地、居住国、関連する会社名(および取得済みであればビジネスID)を記載し、さらになぜEEA外居住者に対する免除許可をPRHが承認すべきなのか、その事業上の正当性や理由を論理的かつ詳細に記載しなければなりません。申請にはPRHに対する審査手数料(一般的に100ユーロ以上の設定枠)が発生します。

参考:特許登録庁の免除許可に関する詳細手続き

実務上の運用として、PRHはスイス居住者に対してはルガーノ条約(Lugano Convention)の枠組みに基づき、包括的に免除許可を与えてきた先例が存在します。しかし、日本居住者に関する許可取得にあたっては、形式的な申請書だけでなく、当該事業がフィンランド経済にどのようなメリットをもたらすのか、なぜ現地居住者を取締役に選任することが困難なのかを的確に説明することが求められます。さらに極めて重要な要件として、会社の代表権を持つ役員や最高経営責任者が全員EEA外に居住し免除許可を得て設立する場合、会社は必ずフィンランド国内に居住し、当局からの公式な書類や裁判所の召喚状を受け取る権限を持つ「送達受領代理人(Representative)」を別途選任し、商業登記簿に登録する義務が発生します。

これにより、役員が海外にいてもフィンランド当局からの法的通知が確実に会社に到達する体制が担保されます。これらの申請には審査期間を要するため、会社設立のプロジェクトスケジュールを策定する際には、免除許可の取得期間を事前に組み込んでおくことが不可欠です。また、この免除許可はあくまで「会社法上の役員就任要件に関する例外」を認めるものであり、役員個人がフィンランドに入国して就労・滞在するための「在留許可(Residence permit)」とは全く異なる次元の制度である点にも深い留意が必要です。

フィンランド取締役の義務と責任および関連する最高裁判例

善管注意義務と忠実義務の法的根拠

会社の経営を担う取締役および最高経営責任者に対する義務と責任は、フィンランド会社法において極めて厳格に規定されています。同法第1章第8条は経営陣の義務について、「会社の経営陣は十分な注意をもって行動し、会社の利益を促進しなければならない(The management of the company shall act with due care and promote the interests of the company)」と明文で定めています。これは、日本の会社法における取締役の善管注意義務(会社法第330条、民法第644条)および忠実義務(会社法第355条)に相当する包括的な規定です。さらに同法第22章第1条において、取締役または最高経営責任者がその職務を遂行するにあたり、故意または過失によって会社法や定款に違反し、会社、株主、あるいは第三者に損害を与えた場合、個人的な損害賠償責任を負うことが明確に規定されています。

フィンランド司法においては、経営判断の原則(Business Judgment Rule)に近い概念が実務上認識されています。すなわち、事前の十分な情報収集や適正な手続きに基づく誠実なビジネス上の決定が、結果的に会社に財務的損失を招いたとしても、直ちに義務違反として責任を問われることはありません。しかし、明らかな法令違反、定款違反、あるいは自己の利益を図る利益相反行為に対しては、司法は極めて厳しい態度で臨みます。

法人格否認の法理を認めた画期的判例(KKO 2015:17)

フィンランド最高裁判所(Korkein oikeus,略称KKO)は、企業の経営者責任や法人格の独立性に関する重要な判例を多数積み重ねています。日本企業がフィンランドをはじめとする欧州でグループ経営を行う上で、最も注目すべき画期的な判例が、法人格否認の法理に関するKKO 2015:17(2015年判決、当事者:Verkkokauppa.com Oyj対著作権管理団体)です。

この事件では、フィンランドのナスダック・ファースト・ノース市場に上場している電子商取引企業であるVerkkokauppa.com Oyjが、完全子会社であるエストニアの法人Arctecho OÜを通じてフィンランド国内の顧客に製品を直接販売する事業スキームを構築しました。このスキームの主たる目的は、フィンランド国内法に基づく著作権料(私的録音録画補償金など)の支払いを法的に免れることにありました。伝統的な会社法の原則に立てば、親会社と子会社は別個独立の法人格を有しており、子会社の債務について親会社が責任を負うことはありません。しかし、最高裁判所は、この子会社の実態が親会社と一体であり、著作権料の支払いを回避するという不当な目的のために親会社によって意図的かつ便宜的に利用されたに過ぎないと認定しました。

その結果、フィンランド最高裁判所は伝統的な有限責任の原則のベールを突き破り、親会社に対して直接的な支払責任を認める判断を下しました。フィンランドの司法制度において、株主の有限責任を覆す英米法型の法人格否認の法理(Piercing the corporate veil)が最高裁レベルで明確に採用されたのは、この判決が実質的に初めてのケースとされています。この判決から、コスト削減や税務メリットのみを目的とし、事業の実態を伴わない不自然なクロスボーダーの企業構造に対しては、フィンランド司法の厳しい目が向けられ、親会社への直接責任が及ぶリスクが存在するということが言えるでしょう。

参考:本判決における法人格否認の法理に関する学術的論考

取締役の個人的責任を追及したその他の重要判例

環境問題や訴訟対応における取締役の個人的責任についても、重要な最高裁判例が存在します。KKO 2016:58(2016年10月7日判決)の事件では、会社が引き起こした環境破壊に関して、取締役会のメンバーであるA氏およびB氏の個人的な損害賠償責任が問われました。最高裁判所は、両取締役が会社に付与された環境許可証の内容を十分に把握せず、環境問題に関する適切な体制構築と監督義務を意図的に怠っていたと指摘しました。そして、「同様の状況下において、勤勉な取締役であればどのように行動すべきであったか」という客観的基準に照らし合わせ、両名の不作為は重大な過失(Gross negligence)にあたるとして、取締役の個人的な損害賠償責任を肯定しました。

さらに、KKO 2024:56(2024年判決)では、破産手続きに入った会社において、破産財団が訴訟の継続を拒否したにもかかわらず、会社の代表者が会社名義で訴訟を継続したケースが争われました。この事件において最高裁判所は、代表者が会社の訴訟追行権を適法に行使している限り、相手方に生じた訴訟費用に対して代表者個人が個人的に責任を負うことはないという判断を示しました。このようにフィンランド司法は、取締役の適法な職務執行を保護する一方で、制度の濫用や法令・環境に対する重大な注意義務違反に対しては極めて厳格に対処するという、バランスの取れた法解釈を展開しています。

フィンランドの外資系企業が留意すべき会計監査とコンプライアンス

外資系企業が留意すべき会計監査とコンプライアンス要件

フィンランド監査法に基づく法定監査の要件と免除基準

フィンランドにおいて、法人の会計処理および財務情報の透明性を担保する制度は、監査法(Tilintarkastuslaki,1141/2015)によって厳密に定められています。日本の会社法においては、資本金5億円以上または負債200億円以上の「大会社」、あるいは監査等委員会設置会社などに対して会計監査人の設置が義務付けられており、大多数の中小規模の株式会社は法定監査の対象外とされています。これに対し、フィンランドにおける法定監査義務の基準閾値は日本と比較して極めて低く設定されています。したがって、進出する日本企業の現地子会社であっても、比較的事業の初期段階から法定監査の対象となる可能性が高いため、事前のコスト試算と体制整備に注意が必要です。

監査法第2条の規定によれば、前事業年度およびその直前の事業年度において、以下の3つの条件のうち、2つ以上を満たす企業は、原則として法定監査の対象となります(言い換えれば、1つ以下しか満たさない極小規模な企業のみが監査義務を免除されます)。

  1. 貸借対照表の総額が10万ユーロを超えること
  2. 売上高またはそれに準ずる収益が20万ユーロを超えること
  3. 従業員の平均人数が3名を超えること

日本の基準からすればスタートアップや零細企業と見なされる規模であっても、フィンランドでは国家資格を有する承認監査人(HT監査人またはKHT監査人)を株主総会で選任し、年次の財務諸表に対する専門的な監査報告書を取得する義務が生じます。また、たとえ企業規模が上記の基準を下回り、法律上は監査義務が免除される規模であったとしても、会社の定款にあえて「監査人を置く」旨の規定を設けている場合には、自発的に監査を実施しなければなりません。したがって、現地子会社の定款を起案する際には、将来の事業成長スピードと監査コストを見据え、初期段階では監査人を置かない旨の定款設計とするか否か、慎重な検討が求められます。

参考:監査法に基づく詳細な法定要件の解説

商業登記簿への情報更新義務と罰則規定

これらの機関設計や法定要件に加えて、フィンランド国内で事業を展開する外資系企業は、特許登録庁(PRH)が管理する商業登記簿(Trade Register)に登録された情報の正確性を常に最新の状態に維持する厳格な義務を負います。フィンランドでは行政手続きのデジタル化が進んでいる反面、登録情報の不備に対する当局の監視は年々厳しさを増しています。2025年以降に導入される商業登記法等の改正による規制強化に伴い、ビジネス実体は取締役の構成、本店所在地、代表権者の変更、あるいは実質的支配者(Beneficial Ownership)の情報などに変更が生じた場合、遅滞なくPRHへ変更届出を行うことが義務付けられています。

さらに、フィンランドのすべての有限責任会社は、事業年度終了後8ヶ月以内に必ず承認済みの財務諸表をPRHへ提出し、開示しなければなりません。当局からの正式な通知を受けたにもかかわらず、これらの情報の更新や提出義務を怠った場合には、PRHによって重いペナルティ(罰金)が科される権限が明確化されています。現地の法務要件や手続きのタイムラインは、日本国内のビジネスリズムとは異なる部分が多く、些細な届出漏れや更新の遅滞が、企業の信用失墜や銀行取引の停止、最悪の場合は事業継続に致命的な影響を与えるリスクを孕んでいます。

まとめ

本記事で詳細に解説したとおり、フィンランドにおける有限責任会社(Oy)の設立および運営に関する法制度は、日本の会社法と共通する株主の有限責任の概念や株式譲渡自由・株主平等の原則を基礎としながらも、北欧特有の厳格なコンプライアンスと柔軟なガバナンスが融合した独自のルール体系を持っています。2019年の法改正による最低資本金要件の撤廃により、法人設立に伴う財務的ハードルや銀行口座開設にかかる初期の障害は大幅に軽減されました。しかしその一方で、取締役会における補欠取締役の設置義務や、代表権の柔軟な設計に関する理解、そして何より日本企業にとって最大の障壁となる経営陣に対する欧州経済領域(EEA)の居住地要件とPRHに対する免除許可の取得手続きなど、現地特有の要件には細心の注意を払った緻密なプロセス管理が不可欠です。

さらに、経営陣に対する善管注意義務や忠実義務は単なる理念ではなく、法人格否認の法理や環境責任を問うフィンランド最高裁判所の厳格な判例が示すように、重大な法的責任を伴うものです。加えて、日本と比較して極めて低い閾値で適用される法定監査の義務や、商業登記簿に対する情報更新の厳格化など、設立後のランニングフェーズにおけるコンプライアンス要件も決して軽視することはできません。このようなフィンランド独自の法制度の全体像を踏まえ、設立準備段階から事業運営を見据えた精緻な法的戦略を立案・実行することが、現地での円滑なビジネス展開と強固な企業統治体制の維持を可能にするということが言えるでしょう。モノリス法律事務所では、フィンランドをはじめとする北欧諸国への進出を検討される日本企業の皆様が直面する複雑な法的課題を多角的に整理し、現地の法令に完全に適合した確実かつ持続可能な事業展開を実現するため、包括的かつ専門的な見地からビジネスをサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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