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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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マルタ共和国内での会社間取引に関する主要法令と日本法との異同

マルタ共和国は、近年、国際的なビジネス拠点としての存在感を高めています。ただ、マルタの法制度は、その歴史的背景から、大陸法とコモンローが融合したハイブリッドな特徴を有しており、これは、純粋な大陸法体系に基づく日本の法制度(主に民法・商法)とは異なるアプローチで、契約の解釈や実務上の運用において、細かながらも重要な違いが存在します。

会社間取引においては、契約の成立要件、履行、違反時の救済措置、そして関連当事者取引に関する規制が特に重要となります。マルタでは、これらの事項は主に民法(Civil Code, Chapter 16)と会社法(Companies Act, Chapter 386)によって規律されています。本記事では、これらの主要法令に基づき、マルタでの会社間取引のために不可欠な法的原則を、日本法との比較を通じて詳細に解説します。特に、日本法には存在しない「約因(causa)」の概念や、関連当事者取引における開示・承認の厳格な要件が、日本法との大きな違いとなります。

マルタ民法(Civil Code, Chapter 16)における契約法原則

マルタ民法(Civil Code, Chapter 16)における契約法原則

マルタの契約法は、主に民法(Civil Code, Chapter 16)によって規律されており、契約の成立、有効性、履行、違反、および救済措置に関する枠組みが定められています。マルタの民法は、ナポレオン法典の影響を受けた大陸法系の原則を基盤としつつ、英国法の影響も受けるハイブリッドな特徴を有しています。日本の民法はドイツ法を範とする大陸法体系であり、この違いが細かな違いを生じさせることになります。

契約の成立要件と有効性

マルタ法において、有効な契約が成立するためには、以下の4つの主要な要件を満たす必要があります。

  • 当事者の能力(Capacity of the parties)
  • 当事者の同意(Consent of the parties)
  • 契約の目的物(Subject matter)
  • 適法な約因(Lawful consideration / Causa)

前三者の考え方は日本法と大きな違いがないのですが、最後の項目、「適法な約因」が、日本法には存在しない概念です。

当事者の能力(Capacity of the parties)

契約当事者は、法的に契約を締結する能力を有している必要があります。自然人の場合、未成年者、禁治産者、または法律によって特定の契約が禁止されている者を除き、ほとんどの者が契約能力を有します。法人(会社など)の場合、契約能力は通常、その設立時に規定された定款(Memorandum and Articles of Association)の範囲内で決定されます。

当事者の同意(Consent of the parties)

契約は、当事者双方の自由な意思に基づく同意によって成立します。同意は、錯誤(error)、強迫(violence)、または詐欺(fraud)によって得られた場合には無効となります。

契約の目的物(Subject matter)

契約には、その対象となる目的物が必要です。目的物は有形・無形を問いませんが、契約締結時に存在しない将来の物も目的物となり得ます。ただし、不可能なもの、違法なもの、公序良俗に反するもの、または取引の対象とならないもの(extra commercium)は、契約の目的物とすることはできません。

ここまでの規定は、日本の民法と基本的な内容が同じです。

適法な約因(Lawful consideration / Causa)

マルタ法における「約因(causa)」は、契約の有効性にとって不可欠な要素であり、その契約がなぜ締結されるのかという「理由」または「目的」を意味します。日本の民法が当事者間の合意のみで契約が成立するとするのに対し、マルタ民法第990条は、「約因のない、または虚偽の、あるいは不法な約因に基づく債務は効力を有しない」と明確に規定しています。このため、マルタでは契約の「約因」が適法かつ存在しなければ、たとえ当事者間で合意があったとしても、その契約は無効と判断されることになります。裁判所は、約因の不法性を職権で提起する権限も有しています。

約因の不存在には、大きく分けて二つの種類があります。

発生論的欠如(mancanza genetica della “causa”)

一つは「発生論的欠如(mancanza genetica della “causa”)」と呼ばれるもので、これは契約が締結された時点から約因が全く存在しない場合を指します。例えば、売買契約において、売買の目的物である商品が、契約締結時には既に存在していなかった場合、その契約は売主と買主双方にとって約因を欠き、無効とされます。また、債務者が既に履行済みの行為を改めて約束した場合も、新たな約因は発生しないと判断されます。マルタの裁判所は、Pullicino vs Mifsud 事件(XXXIV.iii.734)において、「民法第1030条によれば、約因のない債務は効力を有しない」と判示し、約因の重要性を強調しています 。

機能的欠如(mancanza funzionale della “causa”)

もう一つは「機能的欠如(mancanza funzionale della “causa”)」で、これは契約締結時には約因が存在したものの、その後の事情により約因がその機能を果たせなくなった場合を指します 。例えば、将来の出来事の実現を前提とした契約(pacta de re sperata)において、その将来の出来事が実現しなかった場合、一方当事者の債務の約因は消滅すると考えられます。約因が不法であると判断されるのは、それが法律によって禁止されている場合や、公序良俗に反する場合です 。例えば、特定の市場における独占を目的とした合意や、法律で定められた上限を超える高利貸し契約などは、公序良俗に反するとみなされ、不法な約因に基づく契約として無効となる可能性があります。

「約因」の概念と契約締結時の注意点

マルタの「causa」の概念は、英米法系の「約因(consideration)」と概念的に類似していると説明されることがありますが、その起源はローマ法にあります。日本の民法が直接採用していない概念であるため、日本人にとっては特に理解が難しいかもしれません。英米法における約因の具体例を参考にすると、例えば、家屋の塗装やコンサルティングといった役務の提供、自動車や不動産の所有権移転の約束、あるいは競業避止義務のように「何かを行わない」という約束、さらには不動産や株式といった財産そのものも、契約における「価値ある交換」として約因を構成し得ると考えられます。

この「適法な約因」概念があるが故に、マルタでの契約締結においては、契約の「理由」や「目的」を契約書中に明確に記載し、それが法的に有効な「約因」となるよう、細心の注意を払うことが極めて重要です。

契約の履行と違反

契約が有効に成立した後、当事者はその契約上の義務を履行する責任を負いますが、これらの規定は、基本的な構造が日本法と同じです。

  • 契約の履行(Performance of contract):実際の履行(Actual performance)と履行の提供(Attempted performance / Tender of performance)があり、履行の提供とは、債務者が義務を履行しようとしたにもかかわらず、債権者の妨害などによってそれができなかった場合を指します。契約の履行時期や場所は、契約の性質、慣習、業界標準、当事者の意図などによって決定されます。
  • 契約の違反(Breach of contract):契約違反があった場合、被害を受けた当事者は、損害賠償、特定履行、または契約解除などの救済措置を求めることができます。

救済措置(Remedies)

マルタ法における契約違反に対する主な救済措置は以下の通りです。これらの規定も、基本的な構造は日本法と同じです。

  • 損害賠償(Damages):契約違反によって被った損失(実際に発生した損害および逸失利益)に対して、損害賠償を請求することができます。たとえ悪意がなかったとしても、契約義務の不履行や履行の遅延に対して損害賠償責任を負う可能性があります。ただし、それが外的な原因によるものであることを証明できれば、責任を免れることがあります。日本の民法(民法第416条)も、債務不履行による損害賠償の範囲を、通常生ずべき損害および予見可能であった特別損害としており、同様の考え方です。
  • 特定履行(Specific performance):契約違反があった場合、裁判所は、債務者に対して契約上の義務を履行するよう命じる特定履行の判決を下すことがあります。
  • 契約の解除(Cancellation/Termination of contract):重大な契約違反があった場合、被害を受けた当事者は契約を解除し、契約関係を終了させることができます。

会社法と商法の特則

会社法と商法の特則

マルタ会社法(Companies Act, Chapter 386)の特則

マルタ会社法(Companies Act, Chapter 386)は、会社の運営に関する一般的な規定に加え、会社間取引、特に取締役と会社との間の取引(関連当事者取引)について重要な特則を設けています 。  

マルタ会社法第145条(1)は、以下のように規定しています。

「取締役は、会社との間で締結される、または締結が提案されている契約または取引において、直接的または間接的に何らかの利害関係を有する場合には、その利害関係の性質を他の取締役に対して開示する義務を負う。」  

この開示は、契約が最初に検討される取締役会で行われるか、または取締役がその利害関係を認識した次の取締役会で行われる必要があります。そして、この開示義務は、会社の定款(Memorandum and Articles of Association)によって免除することはできません。

開示後、当該取締役が当該決議に投票できるか否かは、会社の定款の規定によります。しかし、利害関係を開示した取締役が投票を棄権することが、疑義を避ける上で推奨される実務です。取締役会や株主総会での承認プロセスにおいて、この「棄権推奨」の実務を考慮することが、将来的な紛争リスクを低減するために重要です。

さらに、マルタ会社法は、取締役が会社の同意なしにその地位から秘密の個人的利益を得ること、機密情報を個人的な利益のために使用すること、または会社の財産、情報、機会を自分自身や他者の利益のために濫用することを明確に禁止しています。これらの禁止行為は、取締役の忠実義務の範囲を具体的に示しており、日本の会社法における忠実義務の解釈と共通する部分が多いものの、より詳細な規定が設けられている点が特徴です。

商事契約における「善意」(Good Faith)の原則

商事契約においては、民法の原則よりも厳格な責任原則が適用される傾向がある一方で、責任の制限の可能性も認められています。

特に重要な原則として、「善意」(Good Faith)が挙げられます。商事法は、当事者の行為における誠実さを意味する善意の原則に主として基づいています。この原則は、契約当事者間だけでなく、第三者との関係においても適用されます 。マルタ民法第993条は、契約が善意で履行されなければならないことを規定しています。

日本の民法(民法第1条第2項)においても「信義誠実の原則」が基本原則として規定されており、契約関係における当事者の誠実な行動が求められる点は共通しています。しかし、マルタの「善意」の原則は、日本のそれよりも、契約交渉段階における情報開示義務や一方的な交渉撤退の禁止など、より具体的な義務を課す場合があります。

例えば、マルタの裁判所は、Wildy David Bruce et. versus Sunshine Biscuits Company Limited 事件(C19657)において、裁判所は、売主が物件に関する誤解を招く保証を行ったことについて、その保証が「善意で与えられていなかった」と判断し、損害賠償責任を認めています。日本法と比べて、契約締結前の情報提供の正確性や誠実さが、マルタ法下ではより厳しく問われる可能性があると言えます。

まとめ

本記事で解説したように、マルタの法制度は、日本の民法や商法とは異なる独自の特性を有しており、特に「約因(causa)」の概念や「関連当事者取引」の規制について、その違いを深く理解することが不可欠です。

マルタ法における「約因」は、契約の有効性にとって不可欠な要素であり、その契約がなぜ締結されるのかという「理由」や「目的」が法的に有効かつ存在しなければなりません。また、関連当事者取引においては、取締役の利害関係の開示義務が厳格であり、開示後も投票を棄権することが推奨されるなど、日本法よりも高い透明性と倫理的基準が求められる傾向があります。

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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