フィンランドの外国直接投資(FDI)規制を解説

近年、欧州諸国において国家安全保障の観点から外国直接投資(以下「FDI」)を審査し、場合によっては制限を課す動きが急速に強まっています。フィンランド共和国(以下、フィンランド)は歴史的に外国投資に対して非常に開放的であり、経済の活性化やイノベーションの促進を目的として、海外からの資本や技術を積極的に受け入れてきました。一般的なビジネス分野においては、外国企業に対する特別な事前承認や事業活動の制限はほとんど存在せず、内国民待遇に近い自由な経済活動が保障されています。
しかしながら、防衛産業やセキュリティ分野、あるいは社会の存立基盤を支える重要インフラといった特定の領域においては、国家安全保障上の観点から「外国人の企業買収の審査に関する法律」に基づく厳格な投資審査が行われる場合があります。特にフィンランドは「供給の安全保障」という独自の概念を極めて重視しており、平時だけでなく危機的状況下においても社会機能を維持するための物資やサービスの安定供給がFDI審査の重要な判断基準となっています。したがって、日本企業が同国でのビジネス展開や企業買収(M&A)を検討する上で、対象となる事業がこの「国家安全保障」や「供給の安全保障」の範疇に入る可能性があるかを早期に評価し、適切な対応策を講じることが必要不可欠です。
日本人の経営者や法務部員の皆様にとって、自国の法律である「外国為替及び外国貿易法」に基づく対内直接投資規制との違いを理解することは、コンプライアンス上のリスクを低減し、スムーズな取引を実現するための第一歩となります。日本法が一部のコア業種に対して1パーセントという非常に低い出資比率から事前の届出を義務付けているのに対し、フィンランドの法律は原則として10パーセントを基準としています。しかしながら、単なる出資比率の多寡にとどまらず、実質的な支配力や技術へのアクセス権を重視する柔軟かつ広範な規制の網がかけられている点に留意しなければなりません。さらに、2025年2月にはフィンランド経済雇用省からFDI規制の抜本的な強化を視野に入れた評価報告書が公表されており、将来的には事前の届出が義務付けられる対象分野の大幅な拡大や、新規の拠点設立(グリーンフィールド投資)に対する審査の導入が予定されています。
本記事では、これらの最新の法的要件、日本法との詳細な比較、ならびに欧州司法裁判所が下した重要な判例を踏まえ、フィンランドにおけるFDI規制の構造と実務上の留意点を徹底的に解説します。記事全体の要点として、第一にフィンランドのFDI審査は防衛と重要インフラに焦点を当てており、セクターによって必須か任意かの届出要件が異なること、第二に日本の外為法と比較して出資比率の基準は高いものの実質的支配を厳しく問うこと、第三に2025年の制度見直しにより今後は審査対象が拡大し規制が強化される方向にあること、そして第四に欧州司法裁判所の判例により行政当局の過度な介入には一定の法的歯止めがかけられていることが挙げられます。これらを総合的に理解することで、フィンランドにおける安全かつ戦略的な投資計画の策定が可能となります。
この記事の目次
フィンランドにおける外国直接投資審査の法的根拠と基本原則
フィンランドにおけるFDI審査の基盤となっているのは、2012年に制定され、その後欧州連合(EU)の動向を踏まえて2020年に大幅な改正が加えられた「外国人の企業買収の審査に関する法律(法令番号172/2012)」です。本法令の根本的な目的は、外国投資を歓迎し促進するというフィンランドの伝統的な自由貿易政策の姿勢を維持しつつも、極めて重要な国益が脅かされる場合に限って、外国人や外国組織に対する企業の影響力の移転を審査し、必要に応じてこれを制限することにあります。この法律は、一般的な外資規制法が持つ保護主義的な色彩を極力排し、あくまで国家の存立に関わる致命的なリスクの排除に特化している点が特徴です。
法律第2条において、審査の保護法益となる「極めて重要な国益」とは、軍事的な国防の確保、社会にとって不可欠な機能の維持、国家安全保障の確保、そして欧州連合の機能に関する条約第52条および第65条に準拠した公共の秩序と安全の保護を指すものと明確に定義されています。特にフィンランド特有の事情として強調されるのが「社会にとって不可欠な機能」の中核をなす「供給の安全保障(Huoltovarmuus)」という概念です。フィンランドは地理的に欧州の周縁部に位置し、寒冷な気候と長い国境線を有することから、有事の際におけるエネルギー、食料、医療物資、通信ネットワークなどの自立的な供給能力を国家の生命線と位置づけています。そのため、特定の事業がFDI審査の対象となるか否かの判断においては、その企業がフィンランド社会の供給の安全保障において代替不可能な役割を担っているかどうかが実質的な焦点となります。
フィンランド経済雇用省がこの審査制度の主要な管轄当局として指定されており、公式な審査および承認の手続きは同省が他の中央省庁や治安機関と連携しながら主導します。経済雇用省は、対象となる外国企業買収が極めて重要な国益を危険にさらすおそれがない限り、これを迅速に承認する法的義務を負っています。しかしながら、買収が国益を脅かす重大な懸念があると判断された場合には、経済雇用省は単独で買収を拒否することはできず、事案を政府の全体会議に付託しなければならないという慎重な手続きが定められています。これは、投資の自由の制限という重大な決定を、一省庁の裁量ではなく内閣レベルでの総合的な政治的および法的判断に委ねることで、手続きの透明性と公平性を担保する狙いがあります。
フィンランドの審査対象となる重要分野と外国投資家の定義

フィンランドのFDI規制においては、投資対象となる企業の事業内容に応じて審査の要件が大きく異なり、それに伴って「外国投資家」の定義もセクターごとに重層的に設定されています。日本企業が同国の企業に出資または買収を行う場合、対象企業がどのカテゴリーに属するかを正確に見極めることが、法務コンプライアンス上の最重要課題となります。
第一のカテゴリーは、国家の存亡に直結する「防衛セクター」です。このセクターには、国防省、国防軍、あるいは国境警備隊などに対して、防衛装備品や国家防衛に不可欠なサービスを製造または供給するすべての企業が含まれます。さらに重要な点として、民生用と軍事用の双方に利用可能な「デュアルユース技術」や関連する専門的知見を生産または開発している民間企業も、法の適用上は防衛セクター企業とみなされます。防衛セクターに関する最大の特徴は、「外国投資家」の定義が極めて広く設定されていることです。通常、EU域内での資本移動の自由を尊重する観点から、EU加盟国の投資家は他の法域の投資家よりも優遇される傾向にありますが、防衛セクターに関しては、フィンランド国外に居住または設立されたすべての個人および法人が外国投資家として扱われます。すなわち、日本企業はもちろんのこと、日本企業がEU域内に設立した完全子会社や純粋な欧州企業であっても、フィンランドの防衛セクターへの投資においては厳格な事前承認の対象となります。
第二のカテゴリーは、社会の安全を維持するための「セキュリティセクター」です。2020年の法改正により新たに追加されたこの領域には、警察、税関、国境警備隊、国家緊急供給庁などの主要な治安当局に対して、その法定任務の遂行に不可欠な製品やサービスを提供する企業が含まれます。具体的には、高度な暗号化ソフトウェア、サイバーセキュリティアプリケーション、認証サービス、データセンター事業、通信傍受防衛システムなどが該当します。ただし、治安当局が日常業務で利用しているものであっても、市販されている一般的なオフィス用ソフトウェアなど、セキュリティ目的に特化して開発されたものでない製品を提供する企業は、このカテゴリーからは除外されます。
第三のカテゴリーは、「社会にとって不可欠な機能を確保するために重要なその他の企業」です。これは特定の産業分野に限定されるものではなく、エネルギー生産および送配電網、浄水処理、金融インフラ、交通・物流ネットワーク、電気通信網など、広範な重要インフラストラクチャー事業を包含します。ある企業がこのカテゴリーに該当するかどうかは、その時々のフィンランドの安全保障環境や供給の安全保障上の必要性に基づいて個別に評価されます。例えば、一般的な食品の輸入業者や運送業者は直ちに該当しませんが、国家的な備蓄に関与している企業や、特定の地域で代替不可能な物流網を独占している企業などは該当する可能性が高くなります。
セキュリティセクターおよびこの第三のカテゴリー(その他の重要企業)への投資においては、防衛セクターとは異なり、「外国投資家」の定義が限定されます。原則として、EUおよびEFTA(欧州自由貿易連合)の加盟国以外の地域に居住する自然人、あるいは同地域外に設立された法人や財団が外国投資家とみなされます。したがって、日本企業は直接投資を行う限りにおいて外国投資家に該当します。しかし、日本企業がEUまたはEFTA域内に設立した子会社を通じて投資を行う場合であっても、法の網を逃れることはできません。なぜなら、EU域内の法人であっても、EU域外の個人または法人がその法人の議決権の10パーセント以上を保有している場合、あるいは実質的な支配力を有している場合には、その欧州法人もまた「外国投資家」としてみなされ、FDI審査の対象となるからです。このような間接投資に対する厳密な規定は、第三国の資本が欧州企業を隠れ蓑にしてフィンランドの重要産業に浸透することを防ぐための措置です。
フィンランドの審査基準となる出資比率と日本の外為法との比較
外国投資家がフィンランドの企業に対してどの程度の影響力を取得した際に審査義務が生じるかについては、法律第2条で議決権の取得割合を基準とした明確な閾値が設定されています。基本となる閾値は、対象企業の全株式が有する議決権の総数のうち、10パーセント、3分の1(33.3パーセント)、または半分(50パーセント)を取得する場合です。この段階的な閾値制度により、少数株主持分の取得から完全な経営権の掌握に至るまで、影響力が増大する各段階で当局によるスクリーニングの機会が確保されています。さらに、これらの議決権比率の基準に達しない場合であっても、取締役会への役員派遣や、重要な経営事項に対する拒否権を付与する株主間協定の締結などを通じて、有限会社において議決権基準と同等の「実質的な意思決定権限」を獲得したとみなされる場合も、審査の対象に含まれます。
この規制の枠組みをより深く理解するために、想定される読者である日本企業の視点から、日本の「外国為替及び外国貿易法(外為法)」における対内直接投資規制との比較を行います。両国の制度は、国家安全保障を目的として外国資本を管理するという根本的な理念は共有しているものの、その運用方法や規制の粒度において重要な違いが存在します。以下の表に、両国の主要な違いを整理します。
| 比較項目 | 日本の外為法(FEFTAに基づく対内直接投資規制) | フィンランドの外国人の企業買収審査法(172/2012) |
| 規制の焦点となる概念 | 機微技術の流出防止と軍事転用リスクの排除 | 極めて重要な国益の保護および「供給の安全保障(Huoltovarmuus)」の維持 |
| 事前届出の対象となる投資家 | 全ての非居住者および外国法人(間接出資を含む) | 防衛分野は全外国投資家、その他分野は原則として非EU/EFTA域外投資家(間接出資を含む) |
| 審査義務をトリガーする出資比率 | 上場企業のコア業種等は1パーセント以上。非上場企業は株式取得そのものが対象となる。 | 原則として議決権の10パーセント、33.3パーセント、50パーセントの段階的閾値、または同等の実質的支配力。 |
| 届出の法的性質 | 指定業種(コア業種を含む)に対する厳格な事前届出義務。 | 防衛およびセキュリティ分野は事前届出が義務。その他の社会の重要機能分野は任意(事前確認が推奨される)。 |
日本の外為法は2019年の法改正により、国家の安全保障を損なうおそれのある「コア業種」(武器、航空機、原子力、宇宙開発、サイバーセキュリティ分野など)に関する上場企業への出資において、事前届出の閾値を従来の10パーセントから1パーセントへと大幅に引き下げました。また、非上場企業への出資については比率に関わらず事前届出が求められます。このように、日本法は非常に少額のポートフォリオ投資であっても、技術流出や国家安全保障上のリスクを未然に防ぐために、広範かつ緻密な網をかけていると言えます。
一方でフィンランドの法律は、議決権の10パーセントという比較的高い初期閾値を維持しており、一見すると日本法よりも外国投資家にとって緩やかな規制であるかのような印象を与えます。しかしながら、これは同国の規制が寛容であることを意味するものではありません。法律は経済雇用省に対し、たとえ10パーセントの閾値を超えない場合であっても、投資家の影響力を実質的に増大させる措置がとられた場合には、当該外国投資家に対して確認申請や届出を提出するよう個別に要求する強力な権限を与えています。
つまり、同国の制度は形式的な数値基準のみに頼るのではなく、実際の経営支配力や技術や情報へのアクセス権限がどのように移転するかという実態を重視するアプローチを採っているということから、より柔軟かつ予測不可能なリスクを孕んでいるということが言えるでしょう。日本企業が同国でマイノリティ出資を行う際には、出資比率が1パーセントや5パーセントであったとしても、ジョイントベンチャー契約等による実質的な支配力への影響を慎重に吟味しなければなりません。
また、グループ企業内での組織再編に関する取り扱いも実務上重要な論点です。同国の法律には内部の所有権の整理に関する明示的な除外規定はありません。したがって、合併や会社分割といったグループ内の再編であっても、フィンランドの内国法人が法律で定義される「外国投資家」の支配下に置かれ、かつ当該企業において実質的な支配力を行使する最終的な当事者に変更が生じる場合には、原則として法律の適用範囲に含まれます。これは、複雑な企業再編を通じて新たな株主や支配者が所有構造に介入するリスクを当局が警戒しているためであり、グローバルに事業を展開する日本企業が欧州拠点の再編を行う際には、意図せずFDI規制に抵触しないよう事前の法務評価が求められます。
フィンランドの届出手続きと審査タイムラインおよび条件付き承認

フィンランドにおけるFDIの届出の手続きは、対象となる企業がどの分野に属しているかによって、申請の義務的な性格が異なります。法律第4条に基づき、防衛セクターおよびセキュリティセクターの企業に対する買収については、買収を実行する前に経済雇用省に対して事前の確認申請を行うことが法的な「義務」とされています。この事前の承認を得ることなく対象企業の株式を取得したり支配力を行使したりすることは違法となり、重大なペナルティの対象となります。
一方、法律第5条が適用される、その他の社会にとって不可欠な機能を有する企業(重要インフラなど)に対する買収については、事前の届出は「任意」とされています。当事者は買収の完了後であっても届出を行うことが可能です。しかしながら実務においては、買収完了後に政府の全体会議によって買収が拒否され、株式の強制的な売却や契約の無効化といった取り返しのつかない事態に陥るリスクを回避するため、法的安定性を確保する目的で、最終的な契約締結の直前の段階(例えば、法的拘束力のある基本合意書や株式譲渡契約を締結する直前)で自主的に事前届出を行うことが強く推奨されており、実際にほとんどの案件でこのアプローチが採られています。
審査に必要な書類については、特定の固定された様式があるわけではありませんが、対象企業に関する詳細な財務情報や事業内容、外国投資家の所有構造に関する情報(親会社や10パーセント以上を保有する個人株主の情報を含む)、および買収後の事業運営計画などを網羅的に記載した申請書を提出する必要があります。さらに、2020年10月以降、EUの投資審査枠組みに関する規則(Regulation (EU) 2019/452)の運用が開始されたことに伴い、フィンランド経済雇用省に提出するすべての申請書および届出書には、EU規則で要求される情報を記載した所定の通知フォームを添付することが義務付けられました。フィンランド経済雇用省は国家連絡窓口として、このフォームに記載された情報を他のEU加盟国および欧州委員会と共有し、EU全体の安全保障に影響がないかを相互に確認します。
審査プロセスは、関係者のビジネス上の利益を損なわないよう、法的に可能な限り迅速に処理されることが義務付けられています。防衛およびセキュリティ分野以外の案件について、経済雇用省は申請書を受理し、審査に必要十分な情報がすべて揃ったと判断した時点から6週間以内に、案件をさらなる詳細調査に移行するかどうかを決定しなければなりません。詳細調査に移行した場合、省は追加情報の受領から3ヶ月以内に、事案を政府の全体会議に付託するかどうかを決定します。法律の規定によれば、経済雇用省がこれらの期限内に詳細調査への移行や政府への付託を決定しなかった場合、当該企業買収は自動的に承認されたものとみなされます。フィンランド経済雇用省が発表した年次報告書によれば、2024年における申請および届出の平均的な処理日数は、管轄外として却下された案件を含めて約52日、法の適用範囲内と判断された案件の平均処理日数は58日(約2ヶ月)であり、欧州の他の法域と比較しても比較的スムーズに運用されているということが言えるでしょう。
なお、FDI審査のプロセスには行政コストを賄うための法定手数料が設定されています。2025年4月1日に施行された経済雇用省の料金に関する政令によれば、外国企業買収の確認申請の処理には1件あたり8,000ユーロという決して安くない手数料が課されます。事前の評価により法域外であることが明らかとなり、詳細な調査を行わない旨の決定が下された場合でも、1,500ユーロの手数料が発生します。企業買収の予算およびスケジュールを策定する際には、これらのコストと審査に要する期間をあらかじめ組み込んでおく必要があります。
審査の結果、買収が国家の安全保障や供給の安全保障に対して悪影響を及ぼす可能性があると判断された場合でも、直ちに買収が全面的に拒否されるわけではありません。法律第5b条は、経済雇用省に対して、極めて重要な国益を保護するために必要な「条件(Mitigation measures)」を付して買収を承認する権限を与えています。これらの条件は、行政当局による一方的な命令ではなく、買収の当事者である投資家および対象企業がその遵守に合意した場合にのみ課すことができます。実務上課される条件の例としては、対象企業が有する特定の機密性の高い事業部門を切り離して第三者に売却すること、重要な製品の生産拠点や研究開発機能をフィンランド国内に残すこと、あるいは国防軍や重要な治安当局に対する製品やサービスの供給契約を継続することを法的に保証することなどが挙げられます。条件が課された場合、所轄官庁が経済雇用省と協力してその遵守状況を監督し、違反した場合には違約金が科されるなどの強制措置が講じられます。
フィンランド規制強化に向けた法改正の動向と将来展望
現在のフィンランドのFDI規制は、2020年のEU規則導入に伴う改正を経て運用されてきましたが、昨今のロシアによるウクライナ侵攻などに端を発する急激な安全保障環境の悪化や、経済安全保障をめぐる地政学的な緊張の高まりを受け、制度の抜本的な見直しが迫られています。2025年2月5日、フィンランド経済雇用省は現行の「外国人の企業買収の審査に関する法律」に関する包括的な評価報告書を公表しました。この報告書は、国家安全保障、供給の安全保障、そして広範な影響工作に対するリスクに適切に対処するため、また今後予定されているEUのFDI審査規則の改定に国内法を適合させるために、15の具体的な改革分野を特定しています。日本企業が今後の戦略を練る上で特に留意すべき、この評価報告書が提言する主要な改革のポイントは以下の通りです。
第一に、審査の対象となるセクターの拡大と必須届出制度への移行です。現在、防衛およびセキュリティ分野以外への投資は事前の届出が任意とされていますが、報告書はこれを変更し、より広範な社会の重要機能分野での事前届出を義務化することを提言しています。対象となる見込みの分野には、原子力設備、風力発電、送電網、大規模蓄電池を含むエネルギーセクター、水道供給、鉄道や港湾などの交通インフラ、さらにはクラウドサービスや機密情報を取り扱う企業などのデジタルインフラ、そして金融やヘルスケアが含まれます。加えて、量子技術、人工知能(AI)、最先端の半導体、バイオテクノロジーといった新しい重要技術も明示的に審査対象に含められることが想定されています。これにより、IT企業や再生可能エネルギー分野へ投資を検討する日本企業は、従来よりもはるかに厳しい事前審査のハードルに直面することになります。
第二に、外国投資家の定義の拡大です。現行法では、防衛セクターを除き、EUまたはEFTA加盟国に居住あるいは設立された投資家と、それ以外の地域の投資家とを区別し、原則として後者のみを審査対象としてきました。しかし、報告書はこの区別を撤廃し、投資対象企業のセクターに関わらず、すべての非フィンランド系投資家を等しくFDI審査の対象に含めることを提案しています。この変更が実現すれば、日本企業が欧州内に持つ子会社をビークルとしてフィンランド企業を買収するスキームを採用した場合でも、規制の対象外となる可能性はほぼなくなり、投資ストラクチャーの構築に影響を与えることになります。
第三に、グリーンフィールド投資の審査対象への追加です。現行法は、既存の法人の株式取得や事業譲渡といった企業買収のみを対象としており、外国企業が国内に新たな法人を設立して事業を一から構築するグリーンフィールド投資は審査の範囲外でした。しかし報告書は、鉱業および重要鉱物の採掘、バッテリー産業、風力発電、原子力エネルギー、データセンター、港湾地域等の重要インフラなど、特定の機微なセクターにおいて、国家の安全保障上のリスクとなり得る新たな事業拠点の設立に対しても、的を絞った監視を導入することを推奨しています。これにより、新規のデータセンター建設や鉱山開発プロジェクトを進める日本企業は、事業立ち上げの初期段階で当局の承認を得る必要が生じる可能性があります。
第四に、EUの基準に合致した二段階審査プロセスの正式導入と、出資比率の閾値の追加です。現行法でも事実上の段階的な審査が行われていますが、より明確な一次審査と詳細調査の枠組みを法定化することが提案されています。また、現行の10パーセント、33.3パーセント、50パーセントという閾値に加え、フィンランドの会社法における重要な決議要件と連動させる形で、66.7パーセントおよび90パーセントという新たな出資比率の閾値を追加することが提言されています。これにより、既存のマイノリティ出資を段階的に引き上げて完全子会社化するような取引においても、各段階で反復的な審査が要求される可能性があります。
第五に、条件付与の権限拡大です。現行法では、買収が極めて重要な国益を危険にさらす場合にのみ条件を付すことができますが、改革案では、個別のリスク評価に基づき、より広範な国家安全保障および公共の秩序を確保するための条件を付すことができるよう権限を拡大することが示唆されています。
フィンランド経済雇用省は、これらの評価報告書の提言に基づき、法改正に向けた政府案を起草するための作業部会を設置しており、遅くとも2026年の秋までには同法案がフィンランド議会に提出される予定です。法改正が実現すれば、同国におけるM&Aや直接投資の実務は現在よりも煩雑かつ厳格なものとなることが確実であり、日本企業は投資計画の段階からこれらの新しい規制動向を十分に織り込んでおく必要があります。
フィンランド司法審査の枠組みと欧州司法裁判所の重要判例

フィンランドのFDI規制は、行政当局による強力な権限行使を認めていますが、法治国家の原則に従い、その決定に対しては司法審査を求める道が用意されています。経済雇用省による条件付き承認の決定や、政府全体会議による買収の拒否決定に対して不服がある外国投資家または関係当事者は、フィンランドの行政裁判手続法に基づき、最高行政裁判所に対して決定が違法であるとして取り消しを求める上訴を提起することができます。
しかしながら、フィンランドにおけるFDI規制の実務上の大きな特徴として、現行法が施行されて以来、政府が正式に外国企業の買収を拒否した決定を下した事例は現在に至るまで一件も存在しません。これは、フィンランドの投資環境が外国資本に対して寛容であることを示すと同時に、当局が懸念を抱いた案件については、審査の過程における非公式な協議を通じて条件を受け入れることで合意に至るか、あるいは当局からのネガティブなシグナルを受けた投資家が自発的に申請を取り下げることで解決が図られてきたためです。その結果として、法律に基づく直接的な承認拒否処分の適法性を争った最高行政裁判所の先例は蓄積されておらず、国内法のみに依存した司法判断の基準は必ずしも明確ではありません。
ここで日本企業が着目すべきは、フィンランドが欧州連合(EU)の加盟国であり、EU法の基本原則である「設立の自由」や「資本移動の自由」の強行的な拘束を受けるという事実です。国内の行政裁判所に先例がない状況下においては、FDI規制の解釈と限界に関する欧州司法裁判所の判例が、フィンランドの当局による規制権限の行使に対する強力な法的歯止めとして機能します。この文脈において実務上極めて重要な意味を持つのが、欧州司法裁判所が2023年7月13日に下したXella Magyarország事件(Xella Magyarország Építőanyagipari Kft. v. Innovációs és Technológiai Miniszter, 事件番号 C-106/22)の判決です。
この事件の概要は以下の通りです。バミューダに登記された法人が間接的に支配するハンガリーの建設資材会社が、同じくハンガリー国内で砂利や砂などの採掘事業を行う内国企業を買収しようとしました。これに対しハンガリーの管轄大臣は、同国のFDI審査法に基づき、建設部門への原材料である砂利や砂の供給の安全保障を確保するという国益を害するおそれがあるとして、この買収を阻止する決定を下しました。当事者である企業側は、この決定がEU法における設立の自由を不当に侵害するものであるとして提訴し、ハンガリーの裁判所から欧州司法裁判所に対して先決裁定が求められました。
欧州司法裁判所は判決において、ハンガリー政府による買収拒否決定はEU法上の設立の自由に違反し、無効であるとの判断を示しました。裁判所は、EU加盟国がFDI規制などの国内法を用いて基本権である設立の自由を制限することが正当化されるためには、当該投資が社会の根本的な利益に対する、真かつ十分に深刻な脅威を構成するものでなければならないという極めて厳格な基準を再確認しました。その上で、採掘される砂利や砂といった代替可能で市場価値が比較的低い原材料の地域的な供給問題は、国家や社会の根幹を揺るがすような深刻な脅威には当たらないと結論付けたのです。
この判決に関する公式なプレスリリースおよび判決全文は、欧州司法裁判所の公式ウェブサイトで確認することができます。
このXella事件の判例から、フィンランドにおける今後のFDI実務に対しても極めて重要な教訓が導き出されます。フィンランド政府は伝統的に「供給の安全保障」を国家の重要課題として掲げ、FDI規制の根拠として頻繁に引用します。しかし、この判例から、行政当局がいかに供給の安全保障を理由に掲げようとも、対象となる事業が真に代替不可能な重要インフラや極めて高度な技術に該当し、その買収が社会の存立に対する客観的かつ深刻な脅威となることを法的に証明できなければ、投資を拒否したり過度な条件を課したりすることはEU法違反と判断されるリスクがあるということが言えるでしょう。これは、海外からフィンランドに進出しようとする日本企業にとって、当局の過剰な保護主義的介入や恣意的な規制権限の行使を防ぐための強力な論拠となります。もし審査の過程において、対象企業の事業規模や社会的重要性に不釣り合いな厳しい条件が提示された場合には、EU法の基本原則に立ち返って合理的な交渉を行うことが可能となります。
まとめ
本記事では、フィンランドにおける外国直接投資(FDI)規制について、その法的根拠、審査の対象となる重要分野、日本の外為法との比較、そして最新の法改正動向から関連する欧州の判例に至るまで、多角的な視点から詳細に解説いたしました。記事全体の要点を総括すると、以下の4点に集約されます。
第一に、フィンランドは外国投資に対して基本的には開かれた市場を提供していますが、防衛産業、治安に関連するセキュリティセクター、および「供給の安全保障」を担う重要インフラ分野に対しては、法律に基づく綿密な投資審査制度を敷いています。特に防衛分野においてはすべての外国投資家が事前審査の義務を負い、その他の分野においても任意ながら実質的な事前確認が強く推奨されるという二段構えの構造を理解する必要があります。
第二に、日本の外為法が一部のコア業種に対する1パーセント以上の株式取得という低い出資比率を網羅的に捉えるアプローチを採用しているのに対し、フィンランドの制度は原則として10パーセントを起点としつつも、出資比率の数字のみに依存せず、実質的な意思決定権限の移転やグループ内の組織再編による支配構造の変化を重視する実質主義的な審査を行っている点に大きな違いがあります。
第三に、安全保障環境の急激な変化を受けて、フィンランド政府は2025年に公表した改革の覚書に基づき、FDI規制の対象分野の大幅な拡大や、新たに法人の事業拠点を設立するグリーンフィールド投資への監視の導入、さらには新たな出資比率の閾値の設定など、規制を抜本的に強化する方向へ舵を切っています。これらの改正案は2026年までに法制化される見通しであり、中長期的な投資計画に多大な影響を及ぼします。
第四に、フィンランド当局の審査権限は絶対的なものではなく、欧州司法裁判所のXella事件判決に示されたように、投資を制限するためには社会の根本的利益に対する真かつ十分に深刻な脅威の存在が厳格に立証されなければなりません。したがって、FDI規制という名の下に行われる不当な保護主義に対しては、EU法の基本原則に基づいた論理的な対抗が可能であるという法的安定性が担保されています。
フィンランドにおけるM&Aや合弁事業の設立、あるいは新規のインフラ投資プロジェクトを成功に導くためには、対象となる事業が同国の国家安全保障や「供給の安全保障」の範疇に含まれるか否かをプロジェクトの極めて初期の段階で評価することが不可欠です。また、当局の懸念を払拭するための適切な条件の設計や、予測される法改正のスケジュールを織り込んだ取引ストラクチャーの構築が求められます。モノリス法律事務所が、こうした高度な法的要請を伴う欧州でのビジネス展開や、複雑化する外国直接投資規制の手続きについて、現地の法制度と日本企業のビジネス習慣の双方を熟知した立場から、皆様のプロジェクトを適切にサポートいたします。法制度の差異と最新の動向を正確に把握し、戦略的かつ安全な海外投資を実現するための一助として、本記事をご活用いただけますと幸いです。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































