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ハンガリーの不動産関連法制度を弁護士が解説

ハンガリーの不動産関連法制度を弁護士が解説

ハンガリーでの事業展開を検討する際、不動産取引は事業の基盤を確立する上で不可欠なプロセスです。ハンガリーの不動産制度は、日本と同様に中央集権的に組織された公的な土地登記制度を中核としており、この制度に登録された権利や事実に高い公信力が与えられています。これにより、不動産の権利関係は透明性が高く、取引の安全性は担保されているといえるでしょう。

しかし、日本の不動産取引実務に慣れた日本人が特に留意すべき重要な相違点も複数存在します。本記事では、ハンガリー民法典(Act V of 2013 on the Civil Code)や農業・林業用地取引法(Act CXXII of 2013)といった具体的な法令に基づき、ハンガリー不動産法の全体像を解説します。特に、賃貸借契約の非登記性、外国人による土地所有に関する厳格な規制、そして2025年に予定されている土地登記制度の電子化(E-ING)といったポイントについて、詳細な視点と実務上のアドバイスを提供します。

本記事を通じて、読者の皆様がハンガリーでの不動産取引における法的リスクを正確に理解し、適切なデューデリジェンスを実施するための基盤を築く一助となれば幸いです。

ハンガリーの土地登記制度と法的確信性

中央集権的な公的登記制度の仕組み

ハンガリーの不動産制度の根幹には、憲法(Fundamental Law of Hungary)が保障する財産権の保護思想があります。この思想を具体化する形で、国土全体を網羅する単一の公的な土地登記制度が整備されており、これは日本の不動産登記制度と類似した機能を有しています。この制度は、首相府の管轄下にある地区登記局によって管理されており、国内のすべての不動産は固有の「トポグラフィカル区画番号」で登録されています。

不動産に関する主要な情報が記載された公的文書は、tulajdoni lap(所有権証書)と呼ばれ、日本の不動産登記簿謄本に相当します。この証書は以下の3つの主要なセクションから構成されています。

  • セクションI:不動産の物理的データが記載されます。これには、地番、住所、面積、用途、および不動産の種別(住宅、商業用、区画など)が含まれます。
  • セクションII:不動産の所有者、その取得日、取得の法的根拠(売買、贈与、相続など)、そして所有権の持分が記載されます。
  • セクションIII:所有権に対する負担、すなわち抵当権、用益権(usufruct)、地役権、訴訟などの第三者による権利が記載されます。

これらの情報に加え、Széljegy(余白注記)と呼ばれる欄があり、登記申請中の案件が一時的に記録されることで、その不動産に関する将来的な権利変動を把握できます。

日本の不動産登記制度が、所有権移転の第三者対抗要件(登記なくしても当事者間では所有権が移転する)であるのに対し、ハンガリーの登記制度は「創設的効力」を持つという点で根本的に異なります。所有権の移転は、売買契約を締結した時点ではなく、登記簿にその変更が記録された時点で初めて法的に効力を生じるのです。この原則は、民法典(Act V of 2013)によって裏付けられており、登記された権利や事実は、反証されない限り真実と推定されるという高い公信力を有しています。これにより、登記情報に依拠して取引を進めた誠実な買主の権利は強く保護されることになります。

賃貸借契約の登記

ハンガリーの土地登記制度を理解する上で、日本の法務担当者が特に注意すべき点が、賃貸借契約を登記簿に記録できないという事実です。これは、日本の不動産登記法において、借地権や借家権が登記可能であるという慣習と大きく異なります。 

したがって、登記簿を閲覧するだけでは、対象不動産に賃借人が存在するかどうか、あるいは賃貸借契約の内容がどうなっているかを確認することができません。したがって、特に収益物件として不動産を取得する場合は、デューデリジェンスが重要になります。賃料収入や契約期間、賃借人との関係性といった情報を得るため、買主は売主からすべての賃貸借契約書、支払い履歴、そして賃借人との書面によるやり取りを詳細に開示させ、個別に検証することが必須となります。

外国人によるハンガリーの不動産所有に関する規制

非農業用不動産の取得許可制度

ハンガリーの不動産法は、不動産所有者の国籍や法人形態によって明確に異なる扱いを定めています。EU加盟国であるハンガリーでは、EU市民やEU法人には非農業用不動産の取得に制限がありません。しかし、日本企業や日本人個人を含む非EU市民は、不動産取得に際して管轄政府機関の許可を得る必要があります。この規制は、農業用土地以外の不動産(商業用、住宅用など)に適用されます。 

許可申請は、現地の弁護士を通じて行われ、通常45日間の行政手続き期限が設けられています。申請手数料は、1件の不動産につき50,000フォリントです。許可は、取得が「公益」や「地方自治体の利益」に反しない場合に付与されますが、この広範な裁量基準が、取引の不確実性を生じさせる要因となり得ます。この手続きは、取引完了までの期間を長期化させ、不確実性というリスクを伴うため、日本の投資家は、このリスクを事前に評価し、代替案を検討しておくべきでしょう。 

この不確実性を回避する有効な戦略として、ハンガリー現地法人を設立し、その法人に不動産を取得させる方法が挙げられます。ハンガリーに登記された会社は、たとえその所有者が外国人であっても、非農業用不動産を自由に取得できるのが一般的なルールです。この方法を取れば、外国人所有許可の取得が不要となり、手続きの迅速化と確実性の向上が期待できます。ただし、この選択肢は、税務、コーポレートガバナンス、現地法人の設立・維持コストなど、新たな法的・経済的課題を伴います。投資の目的と規模に応じて、この戦略のメリット・デメリットを慎重に比較検討することが重要です。 

農業用土地所有における厳格な制限

ハンガリーの不動産法において、農業用土地は特別な位置づけにあります。憲法は、農業用土地を「国の共通遺産」と位置づけ、その保護を国家の責務としています。この思想は、農業・林業用地取引法(Act CXXII of 2013)に反映されており、特に外国人による取得に厳格な制限が課されています。

この法律に基づき、EU法人および非EU市民・法人は、原則として農業用土地の所有権取得が禁止されています。これは、日本の農地法が農業従事者や農業生産法人以外による取得を制限する一方で、国籍による絶対的な禁止規定を設けていない点と大きく異なります。EU市民であっても、ハンガリー市民と同様に、農業教育資格や3年以上の農業活動の経験を持つ「農業従事者」として登録されている場合に限り、所有が認められるという厳しい要件が課されます。

この厳格な規制の背景には、過去の共産主義政権下で農地が強制的に集団化された歴史があります。こうした歴史を踏まえて、土地の私有権を強く保護しつつも、投機目的の外国人による買占めを防ぎ、国内の食料安全保障や農村の安定を確保するという政策が採られていると考えられます。

広大な敷地を持つ商業施設や工場用地の場合、その一部が農業用土地に分類されている可能性を排除できません。この場合、外国人による取得禁止規定に抵触するリスクがあるため、対象不動産の登記簿において、土地の用途区分を詳細に確認することがデューデリジェンスの第一歩となります。この段階で、現地の弁護士や土地測量士と連携し、正確な情報を得ることが不可欠です。 

ハンガリー不動産取引実務と2025年の電子化改革

ハンガリー不動産取引実務と2025年の電子化改革

取引の法的要件と弁護士の役割

ハンガリーでは、不動産の売買契約には、書面での作成に加え、ハンガリーの弁護士または公証人による副署が必須とされています。この副署は、契約が法的に有効であることを証明し、登記申請の前提となる重要な要件です。 

実務においては、通常、買主側の弁護士が取引書類の作成を担当し、登記局との連携を担います。弁護士の役割は単なる書類作成に留まらず、所有権証書(tulajdoni lap)の確認、法的デューデリジェンスの実施、契約条件の交渉、そして登記申請まで、取引の全過程において中心的かつ不可欠な役割を果たします。 

2025年電子土地登記システム(E-ING)の導入

ハンガリーの不動産取引は、2025年1月15日から大きな転換期を迎えます。新不動産登記法(Act C of 2021)の施行により、電子土地登記システム(E-ING:e-ingatlanの略)が本格的に稼働し、行政手続きの全面的電子化と効率化が図られます。

新システムの主な特徴は以下の通りです。

  • 電子申請:弁護士や公証人による登記申請は、全面的にデジタルで行われるようになります。
  • 自動化された意思決定:簡素な取引の場合、システムが自動的に所有権変更を処理し、最短で24時間以内に登記が完了する可能性もあります。
  • 三次元データベース:新システムは、地下構造物などを含む不動産の三次元的な記録を可能にし、より精緻な土地管理を実現します。
  • 所有権留保のための買主の権利(vevői jog):分割払いの売買契約において、買主が所有権を留保する権利を登記簿に登録できるようになりました。これにより、取引完了まで、対象不動産に関する他の申請が停止され、買主の権利が保護されます。

このデジタル変革により、煩雑な紙ベースの手続きが電子化され、取引の迅速化が期待されています。これは、これまで非EU市民が直面していた、政府許可という時間的・不確実性リスクに加え、登記手続きの遅延リスクも大幅に削減されることにつながります。

ハンガリー不動産法に関する補足的論点

ハンガリーでは、民法典や個別法令が不動産法の主要な根拠となりますが、裁判所の判決も法的解釈において重要な役割を担います。特筆すべきは、ハンガリーの国内法がEUという広範な法的枠組みの中で解釈される必要がある点です。

例えば、2013年に制定されたハンガリーの農業・林業用地取引法(Act CXXII of 2013)には、用益権が近親者以外の者に設定されることを無効とする規定が含まれていましたが、この規定がEU法の自由な資本移動や市場競争の原則に適合するか否かが争われ、EU司法裁判所は、2023年9月7日に判決を下しました。

ハンガリーが国内の固有の価値観を保護するために制定した法律が、EU法の原則と衝突する可能性がある、ということです。

また、ハンガリー憲法裁判所は、最高裁判所(Curia)の判決に対する憲法上の要求を確立する決定(2023年12月5日、決定24/2023 (XII. 5.) AB)を下しています。これは、土地取引法が憲法上の要請を満たしているか、あるいは憲法違反の可能性があるかを審査する、国内司法の役割を示す重要な事例です。  

まとめ

ハンガリーの不動産法は、中央集権的な土地登記制度に支えられた高い透明性と公信力を有しており、日本企業にとって取引の法的基盤は安定しているといえます。しかし、日本の不動産登記制度とは異なり、賃貸借契約を登記できないことや、外国人、特に非EU市民に課される厳格な所有規制は、予期せぬリスクとなり得ます。さらに、ハンガリーが農業用土地を「国の共通遺産」として厳しく保護している背景には、その歴史的経緯と国家的な価値観があります。

2025年に導入される電子土地登記システム(E-ING)は、手続きの効率化と透明性の向上をもたらし、将来的には外国人投資家にとっての利便性を高める可能性があります。しかし、新制度への移行期には新たな課題も伴うため、入念な準備が求められます。

このように、ハンガリーでの不動産取引は、日本の常識とは異なる部分が多いため、専門家による慎重な法務デューデリジェンスが不可欠です。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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