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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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チェコの会社法が定めるコーポレートガバナンス

チェコの会社法が定めるコーポレートガバナンス

チェコ(正式名称、チェコ共和国)は、欧州連合(EU)の中心に位置し、多様なビジネス機会を提供する魅力的な市場です。しかし、事業展開に際しては、現地の法的枠組み、特にコーポレートガバナンスを深く理解することが不可欠となります。日本の会社法が複数のガバナンスモデルを提供しているように、チェコ法も株式会社(akciová společnost、以下「a.s.」)に対して二つの異なるシステムを認めています。一つは、経営を担う「経営委員会」と監督を担う「監査役会」が独立して存在する二層制(Dualistic System)、もう一つは、単一の「行政委員会」が経営と監督を兼ねる一層制(Monistic System)です。

2021年の法改正により、一層制は欧州モデルに近づく大きな変革を遂げましたが、依然としてチェコ国内のa.s.の約98%が伝統的な二層制を採用しているのが実情です。本稿は、このチェコ特有のガバナンス構造を、その法的根拠と実務上の動向に基づき詳細に解説します。

チェコ法におけるガバナンスシステムの概要

二層制(Dualistic System)と一層制(Monistic System)の基本構造

チェコにおける株式会社(a.s.)の機関設計は、商業法人法(Act No. 90/2012 Coll., on Business Corporations、以下「BCA」)によって詳細に規定されており、企業は二つの異なるガバナンスシステムから選択することができます。

二層制は、経営と監督の権限が明確に分離された構造です。このシステムでは、会社の業務執行を担う経営委員会(Představenstvo)と、その活動を監督する監査役会(dozorčí rada)という、二つの独立した機関が設置されます。経営委員会は、日常の業務遂行および会社を対外的に代表する役割を担い、監査役会は、経営委員会が法令や定款、株主総会の決議に従って職務を遂行しているかを監視します。このモデルは、ドイツなど大陸法系の国々で広く採用されている伝統的な形態です。 

一方、一層制は、単一の行政委員会(správní rada)が、経営と監督の両方の権限を包括的に担う構造です。このモデルは、欧州会社(SE)の構造に近く、より迅速な意思決定を可能にすることを意図しています。商業法人法は両システムを同等に認めているにもかかわらず、実務上は圧倒的多数のa.s.が依然として二層制を選択していることが報告されています。 

二層制が主流である背景

チェコの株式会社の約98%が伝統的な二層制を採用しているという事実は、単なる法的選択肢に留まらない、その国の歴史的・文化的な背景を示唆しています。この傾向の背景には、1989年のビロード革命以降、旧共産圏の統制経済から市場経済へと急速に移行した歴史的経緯があります。

この移行期には、大規模な国有企業が株式会社に転換され、大規模な民営化が実施されました。しかし、この急激な資産移転は、市場経済に必要な法的枠組みや専門家が未整備な状況で進められました。当時のチェコ社会には、複雑な「ソフト・ロー」(企業統治規範など)や市場メカニズムに対する関心が薄く、むしろ「単純で明確な成文法」を信頼する傾向が強く存在しました。

このような環境下で、所有者と経営者の役割を明確に分離し、経営に対する監視機能を法律で義務付ける二層制は、ガバナンスの透明性と信頼性を確保するための最もシンプルで確実な方法として広く受け入れられました。経営の自由裁量を認める一方、監視機能を持つ監査役会を必須とするこのモデルは、急速な市場化に伴う不正やリスクを抑制する「安全装置」として機能したと考えられます。この構造は、日本の戦後会社法が監査役制度を導入し、経営の適正性を担保しようとした背景とも共通する側面を持つと言えるでしょう。

チェコの二層制:経営と監督の権限と責任の詳解

経営委員会(Management Board)の権限と法的責任

チェコの株式会社において、経営委員会は会社の日常的な「業務執行」(obchodní vedení)に責任を負う中核的な機関です。これには、日々のビジネス活動の組織化、運営、および事業計画の決定が含まれます。経営委員会は会社を対外的に代表する権限も有しており、複数のメンバーがいる場合、定款に別段の定めがない限り、各メンバーが単独で会社を代表することが原則です。

ただし、経営委員会の権限は無制限ではありません。会社法の規定により、長期的な戦略(概念的計画)の決定は株主総会の権限とされており、経営委員会は業務執行に関する具体的な指示を株主総会から受けることは法的に禁じられています。

経営委員会のメンバーは、その職務を遂行する上で、厳格な法的責任を負います。BCAは、メンバーに「善良なる管理者の注意義務」(Duty of Due Managerial Care)を課しており 、これには「忠実義務」と「必要な知識と注意義務」が含まれます。この義務に違反した場合、個人的に会社に対する損害賠償責任を負う可能性があります。

さらに、会社が経済的に困難な状況にある場合、経営委員会のメンバーは遅滞なく破産申立てを行う義務があり、これを怠った場合は債権者に対して個人的に損害賠償責任を負う可能性があります。チェコ最高行政裁判所は、役員が善管注意義務を怠り、その結果会社が税金の滞納に陥った場合、滞納した税金そのものではなく、その原因となる不利な取引などによって生じた損害額について、税務当局が直接役員に賠償を求めることができるという立場を示しています。また、職務遂行に関連する特定の経済犯罪(例:不正な財産処分、虚偽の報告)については、会社とは別にメンバー個人の刑事責任が追及されることもあり得ます。

監査役会(Supervisory Board)の権限と法的責任

監査役会は、二層制における監視機関として、経営委員会の業務を監督し、会社の帳簿や書類を検査する権利を持ちます。その主な目的は、会社の長期的な利益と株主の利益を保護することにあります。監査役会のメンバーは、その監査活動の結果を毎年株主総会に書面で報告しなければなりません。

この監督義務の具体的な内容は、判例によってさらに厳格に解釈されています。チェコ最高裁判所は、監査役会には経営委員会から提供された情報を単に受動的に確認するだけでなく、自ら能動的に裏付け書類を要求し、疑義があれば徹底的に調査する義務があるという立場を明確に示しています。この判例は、監査役会のメンバーが「知らなかった」という言い訳では責任を免れられないことを意味し、彼らに継続的な情報収集と疑問点の追求を法的に強制します。これは、監視機関が機能不全に陥ることを許容しないという、市場の信頼性を重視するチェコ法務環境の姿勢を強く示しています。 

チェコの一層制:2021年法改正による根本的な変革

「行政委員会」への権限集約

2021年1月1日発効のBCA改正により、一層制の構造が根本的に見直されました。従来の制度では、行政委員会と「法定代表者(statutory director)」という二つの機関が存在し、権限の範囲が不明確であるという解釈上の問題がありました。この改正の目的は、ガバナンス構造をより欧州会社(SE)のモデルに近づけ、透明性と使いやすさを高めることにありました。

この改正により、法定代表者の役職が廃止され、その権限はすべて行政委員会に一本化されました。これにより、行政委員会が会社を対外的に代表する唯一の強制的な選任機関となりました。

新しい一層制の実務上の留意点

法改正に伴い、一層制を導入している企業は、商業登記簿から法定代表者の情報を削除し、行政委員会の代表権行使方法を新たに登記する必要がありました。また、法定代表者に関する規定を定款から削除し、行政委員会の権限と責任、代表方法を明確に定めるように修正する義務を負いました。これらの変更を怠ると、登記裁判所からの是正命令、さらには会社の解散・清算命令につながる可能性があります。

このように、一層制は「欧州モデル」に近づくことで理論的には洗練されましたが、その実務上の移行コストが、一層制の採用をさらに慎重にさせる一因となっていると考えられます。法律は変更されても、企業の慣行や選択は容易には変わらないという興味深いケースと言えるでしょう。

日本法とチェコ法の比較

日本法とチェコ法の比較

機関設計の文化的・歴史的背景

日本とチェコのコーポレートガバナンスの構造は、それぞれの国の歴史的・文化的背景を強く反映しています。日本の会社法は、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社といった多様な機関設計を認めています。これは、日本企業が欧米のコーポレートガバナンスの潮流を取り入れつつ、日本の伝統的な企業文化(関係性資本、メインバンク制度、長期雇用など)との融合を図ってきた歴史を反映しています。日本企業は、株主だけでなく、従業員、顧客、取引先といった多様なステークホルダーとの関係性を重視する傾向があります。

一方、チェコは旧共産圏の歴史から、急激な民営化を経験しました。この過程で、企業は外部からの影響を受けずに迅速な意思決定を行う必要があり、単純な法的構造への信頼が生まれました。このように、チェコでは、法制度が急速な経済転換期における秩序と透明性を担保するための「絶対的な規範」として機能したと考えられます。この違いは、単なる法律の違いではなく、それぞれの国の歴史的・文化的な背景が企業統治の制度設計に深く影響していることを示しています。 

役員責任とビジネス・ジャッジメント・ルールの比較

役員の責任を問う際の「経営判断の原則(ビジネス・ジャッジメント・ルール)」は、日本とチェコで異なる法的根拠を持っています。

日本の会社法における「経営判断の原則」は、取締役の善管注意義務違反を問う際に、裁判所が経営判断の不当性を審査する基準として、判例法理によって確立されたものです。経営者が、その職務を遂行する上で、十分な情報収集を行い、適切なプロセスを経て意思決定を下したのであれば、たとえその結果が会社に損害を与えたとしても、その責任を問わないとするものです。

一方、チェコでは、日本のそれとは異なり、2014年のBCA施行により「ビジネス・ジャッジメント・ルール」が成文法として明記されました。このルールは、経営委員会のメンバーが、十分な情報に基づき、会社の利益のために誠実に行動した場合、過去の経営判断による損害について責任を問われないとするものです。

この違いは、日本が英米法(コモン・ロー)の影響を受けつつ柔軟な解釈を可能にする判例法理を採用したのに対し、チェコが大陸法(シビル・ロー)の伝統を保持し、成文法による明確な規定を好む法文化を反映していると言えるでしょう。成文法による規定は、経営者にとって法的安定性と予測可能性を高める利点がありますが、日本の判例法理は、個別の事案に応じた柔軟な解釈を可能にします。この法的根拠の違いは、日本の経営者や法務担当者がチェコでの意思決定を行う際に、責任追及のリスクを評価する上で重要なポイントとなります。 

チェコでの事業展開に向けた実務上の提言

チェコでの事業展開を検討する日本の企業は、ガバナンス構造の選択に際して、現地の法的・文化的背景を十分に考慮する必要があります。伝統的で最も普及している二層制を選択することが、現地での慣行やビジネスパートナーからの信頼を得る上で無難な選択と言えるでしょう。一層制の採用は、特別な理由(例:欧州会社(SE)との連携など)がない限り、避ける方が実務上のリスクを低減できる可能性があります。

役員(経営委員会のメンバー、監査役会のメンバー、一層制の行政委員会のメンバー)は、刑事犯罪歴がなく、完全な法的能力を有していることが求められます。法的実体(法人)が役員を務める場合は、商業登記簿に個人を代表者として登録する必要があります。

会社設立後も、商業登記簿の情報の最新性維持、利害関係者の登録簿の管理、年次報告書の提出など、様々な法的義務が存在します。特に、倒産が差し迫っている状況では、遅滞なく破産申請を行う義務があり、違反した場合は役員個人の責任が追及されることになります。

日本の読者の皆様の理解を助けるため、チェコと日本のガバナンス構造の主要な相違点を以下の表にまとめます。

チェコ(二層制)チェコ(一層制)日本(監査役会設置会社)
主要機関経営委員会(Představenstvo)、監査役会(dozorčí rada)行政委員会(správní rada)取締役会、監査役会
機関の役割経営委員会:業務執行、代表
監査役会:監督
経営と監督を兼務取締役会:業務執行、監督
監査役会:監査
役員責任善良なる管理者の注意義務、忠実義務、倒産時の債権者への個人責任など善良なる管理者の注意義務、忠実義務、倒産時の債権者への個人責任など善良なる管理者の注意義務、忠実義務など
ビジネス・ ジャッジメント・ルール成文法として規定(2014年BCA)成文法として規定(2014年BCA)判例法理として確立
実務上の採用率圧倒的に主流(約98%)少数派圧倒的に主流

まとめ

チェコのコーポレートガバナンスは、日本のそれとは異なる歴史的・法的な背景に根ざしており、その理解はチェコでの事業成功に不可欠です。本記事では、圧倒的に主流である二層制の構造と各機関の役割、そして2021年の法改正で変貌を遂げた一層制について詳細に解説しました。特に、日本の読者の皆様に向けて、役員の広範な法的責任や、成文法として規定された「ビジネス・ジャッジメント・ルール」などは、日本法との違いが明確なポイントです。チェコでの事業展開においては、単に現地の法律を知るだけでなく、その背景にある法的文化や実務慣行を理解することが成功の鍵になると言えるでしょう。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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