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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ギリシャ共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ギリシャの法制度は、大陸法系(シビル・ロー)に属しており、その源流は古代ローマ法に深く根差しています。そのため、法典化された法律が主要な法源となっており、現代ギリシャ法は、19世紀の独立以降、特にドイツ法(プロイセン法典、ドイツ民法典BGB)とフランス法(ナポレオン法典)の影響を強く受けて発展してきました。これらの影響は、ギリシャの主要な法典の構造と内容に明確に表れています。ビザンツ法(東ローマ帝国の法)の伝統も一部に残りつつ、法典化の原則が重視され、体系的な法典が整備されています。

また、ギリシャは欧州連合(EU)の加盟国であり、その法制度はEU法と密接に連携しています。ギリシャの法的環境は、データ保護(GDPR)、環境規制、労働法など、EUの広範な法的枠組みに強く影響されています。

本記事では、ギリシャの法律の全体像とその概要について、弁護士が詳しく解説します。

ギリシャ法制度の概要と特徴

法の源泉

ギリシャにおける法の源泉は階層的に構成されており、以下のものが含まれます。

  • 憲法: 1975年に制定され、複数回改正されています。国家の基本原則、人権、国家機関の権限を定めます。全ての法律の最上位に位置し、その合憲性が常に問われる基盤となります。
  • 法律(制定法): 議会によって制定される主要な法源であり、各分野の基本法典(民法典、商法典など)が含まれます。これらは法典化の原則に基づき体系的に整備されています。
  • 大統領令・規制命令: 法律の執行や特定の事項を詳細化するために、行政機関によって発せられます。これらは法律の下位に位置し、法律の範囲内で効力を持ちます。
  • 国際条約: ギリシャが批准した国際条約は国内法の一部となり、特定の条件の下で国内法に優先して適用されることがあります。
  • EU法: ギリシャは欧州連合(EU)の加盟国であるため、EUの条約、規則、指令はギリシャ国内法に直接適用され、国内法に優越します。これはギリシャ法制度の最も重要な特徴の一つであり、特に労働法、知的財産法、データ保護法、環境法といった分野に大きな影響を与えています。EU法の優越は、ギリシャが独自の国内法を制定する際の自由度を制限し、EU全体の調和を促進します。これは、ギリシャ市場がEU単一市場の一部として機能することを意味し、日本の企業がギリシャをEU市場へのゲートウェイと見なす際の重要な考慮事項となります。
  • 判例法: 大陸法系であるため、判例は直接的な法源ではありませんが、最高裁判所の判例は下級裁判所に対して強い影響力を持ち、実質的な拘束力を持つことがあります。特に、法典に明示的な規定がない分野や、解釈が分かれる問題において、判例の役割は重要です。

法制度の分類

ギリシャ法は、他の大陸法系諸国と同様に、主に公法と私法に大別されます。この分類は、適用される法律、管轄裁判所、そして法的紛争の性質を理解する上で基本的な枠組みとなります。

  • 公法: 国家と個人、または国家機関間の関係を規律します。憲法、行政法、刑法、財政法、国際公法などが含まれます。公法上の紛争は通常、行政裁判所や刑事裁判所で扱われます。
  • 私法: 個人間の関係を規律します。民法、商法、労働法、知的財産法などが含まれます。私法上の紛争は通常、民事裁判所で扱われます。

公法と私法の区別は、法的紛争の性質、適用される法規、管轄裁判所、さらには弁護士の専門分野にまで影響を与えます。例えば、行政機関との紛争は行政法に則り行政裁判所で争われる一方、企業間の契約紛争は民法・商法に則り民事裁判所で争われます。

ギリシャにおける主要な法律分野の解説

主要な法律分野の解説

ギリシャの主要な法律分野とその概要を以下の表にまとめました。ドイツ法・フランス法などの大陸法系に影響を受ける部分と、EU指令に影響を受ける部分によって、ギリシャの法制度は構成されています。

法律分野主要な制定年主な影響を受けた法源主要な規律内容重要性
憲法1975年独自発展、西欧憲法国家の基本原則、人権保障、三権分立全ての法律の最上位に位置し、他の法律の合憲性を決定する基盤
民法1946年ドイツ法個人の権利義務、物権、債権、家族、相続日常生活や企業間の基本的な取引関係を規律する基礎法
商法独自発展フランス法商行為、商人、会社、手形・小切手、倒産企業活動全般の法的枠組みを提供し、事業運営に不可欠
刑法1951年ドイツ法、イタリア法犯罪の一般原則、特定の犯罪類型と刑罰社会秩序維持、個人の安全保障、企業活動における法的責任の規定
行政法なし判例法、個別制定法行政機関の組織・権限、行政活動の適法性、行政手続、行政紛争の解決企業が許認可取得や行政機関と交渉する際に直接関連
労働法独自発展EU指令雇用契約、労働時間、賃金、解雇、団体交渉、社会保障ギリシャで従業員を雇用する企業にとって遵守すべき重要法規
知的財産法独自発展EU法、国際条約著作権、特許、商標、意匠の保護企業が自社の技術やブランドを保護するために不可欠
データ保護法2019年EU一般データ保護規則(GDPR)個人データの収集、処理、保管、移転に関する厳格な規則個人情報を取り扱う全ての企業にとって最優先のコンプライアンス事項
環境法独自発展EU指令汚染防止、廃棄物管理、自然保護、環境影響評価環境負荷を伴う事業活動を行う企業にとって遵守すべき重要法規

憲法

1975年に制定され、複数回改正されたギリシャ憲法は、ギリシャ共和国の統治形態を議会制民主主義と定め、個人の権利と自由を保障し、国家の三権分立(立法、行政、司法)を明確に規定しています。特に、人権の保護に重点が置かれており、基本的人権が広範に保障されています。憲法は全ての法律の最上位に位置し、他の法律や行政行為の合憲性が常に問われる基盤となります。最高裁判所の一つである特別最高裁判所は、法律の合憲性を審査する権限も有しています。

民法

ギリシャ民法典は1946年に制定され、1947年に施行されました。主にドイツ民法典(BGB)の影響を強く受けており、人(自然人・法人)、物権、債権、家族、相続の5つの部から構成されています。この構造は、日本の民法典とも類似しています。

主要な内容は以下の通りです。

  • 人: 個人の権利能力、行為能力、法人格の取得と消滅など、法的主体に関する基本的な規定。
  • 物権: 不動産、動産に関する所有権、用益物権、担保物権など、物の支配に関する権利。
  • 債権: 契約法(契約の成立、効力、履行、解除、不法行為など)が中心となります。自由意思の原則と信義誠実の原則が特に重視され、契約の解釈や履行において重要な役割を果たします。
  • 家族: 結婚、離婚、親子関係、養子縁組、扶養義務など、家族関係に関する規定。
  • 相続: 遺言による相続、法定相続、遺留分、相続財産の管理など、財産の承継に関する規定。

商法

ギリシャ商法典はフランス商法の影響を受けつつも独自に発展し、商行為、商人、会社、手形・小切手、倒産などを規律します。民法の特別法としての位置づけを持ちます。

主要な内容は以下の通りです。

  • 会社法: 会社の種類(株式会社、有限会社、個人会社など)、設立手続き、組織、運営、合併、清算などに関する詳細な規定が含まれます。
  • 商事契約: 売買、運送、保険、銀行取引など、商事取引に特有の契約形態やその特則。
  • 倒産法: 企業の破産、再生、清算手続きなど、企業の経済的破綻に関する規定。

刑法

ギリシャ刑法典は1951年に制定・施行され、ドイツやイタリアの刑法の影響を受けています。犯罪の一般原則(犯罪の成立要件、未遂、共犯、刑罰の種類など)と、特定の犯罪類型(殺人、窃盗、詐欺、経済犯罪、サイバー犯罪など)およびそれに対する刑罰を定めています。刑法は社会の秩序維持と個人の安全を保障するための基本的な法律であり、企業活動においても、贈収賄、横領、情報漏洩といった犯罪行為に対する法的責任を規定しています。

行政法

行政法は、国家の行政機関の組織、権限、行政活動の適法性、行政手続、行政紛争の解決を規律します。他の主要法典とは異なり、単一の行政法典としてではなく、判例法と個別の制定法(例:行政手続法、地方自治法など)によって発展してきました。行政法は、企業が許認可を取得したり、行政機関と交渉したりする際に直接関連する法律です。例えば、建設許可、営業許可、税務に関する行政指導など、多岐にわたる行政活動がこの法律の対象となります。

労働法

労働法は、雇用契約、労働時間、賃金、解雇、団体交渉、労働組合、社会保障などを規律します。EU指令の影響を強く受けており、EU加盟国としての最低基準を遵守しています。ギリシャ独自の労働慣行や集団労働協約も重要な役割を果たします。

知的財産法

知的財産法は、著作権、特許、商標、意匠などを保護します。EU法および国際条約との調和が進んでおり、特にEU商標やEU意匠などの制度もギリシャ国内で直接適用されます。これにより、EU域内全体での知的財産権の保護が強化されています。

その他特筆すべき法律

  • データ保護法: EUの一般データ保護規則(GDPR)が直接適用され、ギリシャ国内法(Law 4624/2019)によって補完されています。
  • 環境法: EU指令と国内法に基づき、汚染防止、廃棄物管理、自然保護、環境影響評価などを規律します。特に、EUの「グリーンディール」政策の影響を受け、環境規制は今後さらに強化される傾向にあります。

ギリシャの司法制度

ギリシャの司法制度

ギリシャの司法制度の概要

ギリシャの司法制度は、憲法によって独立性が保障されており、立法府や行政府からの介入を受けません。これにより、公正かつ公平な裁判が確保される基盤が築かれています。裁判官は競争試験を経て任命され、終身在職権を持ちます。これは、裁判官の独立性をさらに強化する制度です。弁護士は独立した専門職であり、各地の弁護士会に所属します。ほとんどの裁判手続きにおいて、弁護士による代理が義務付けられています。弁護士は依頼人の権利を擁護し、法的手続きを円滑に進める上で不可欠な存在です。

裁判所の種類と構造

ギリシャの裁判所は、専門性に応じて以下の三つの主要な系統に分類されます。それぞれの系統は、第一審、控訴審、最高審の階層構造を持っています。この「系統」の分類は日本の司法制度と異なる概念です。

裁判所名(日本語)裁判所名(ギリシャ語ラテン文字表記)系統主な管轄事項位置づけ
最高裁判所Areios Pagos民事・刑事民事・刑事事件の法律審理、法律解釈の統一最高審
国務院Symvoulio tis Epikrateias行政行政行為の合法性審査、行政事件の法律審理最高審
会計検査院Elegktiko Synedrio特別公的支出の審査、公的会計の監査、公務員年金問題最高審
特別最高裁判所Anōtato Eidiko Dikastīrio特別最高裁判所間の管轄権衝突解決、選挙結果審査、法律の合憲性審査特殊最高審
控訴裁判所Efetio民事・刑事第一審判決に対する控訴審理(事実・法律再審査)控訴審
行政控訴裁判所Dioikitika Efetia行政行政第一審判決に対する控訴審理控訴審
第一審裁判所Protodikeio民事・刑事主要な民事事件、軽犯罪の第一審審理第一審
行政第一審裁判所Dioikitika Protodikeia行政行政紛争の第一審審理第一審
治安裁判所Eirinodikeio民事・刑事少額の民事事件、軽微な刑事事件第一審(簡易)
  • 民事・刑事裁判所系統
    • 最高裁判所(Areios Pagos – アリオス・パゴス): 民事・刑事事件の最高裁判所であり、法律解釈の統一と下級審の判決に対する法律審理(事実認定ではなく法適用に誤りがないか)を行います。
    • 控訴裁判所(Efetio – エフェティオ): 第一審裁判所の判決に対する控訴を審理します。事実関係と法律適用双方を再審査します。
    • 第一審裁判所(Protodikeio – プロトディキオ): 一般管轄裁判所として、主要な民事事件および軽犯罪を第一審として審理します。
    • 治安裁判所(Eirinodikeio – エイリノディキオ): 少額の民事事件や軽微な刑事事件を扱います。市民にとって最も身近な裁判所です。
  • 行政裁判所系統
    • 国務院(Symvoulio tis Epikrateias – シンヴーリオ・ティス・エピクラティアス): 行政事件の最高裁判所であり、行政行為の合法性を審査します。行政機関の決定に対する不服申し立てや、行政契約に関する紛争などを扱います。
    • 行政控訴裁判所(Dioikitika Efetia – ディオイキティカ・エフェティア): 行政第一審裁判所の判決に対する控訴を審理します。
    • 行政第一審裁判所(Dioikitika Protodikeia – ディオイキティカ・プロトディキア): 行政紛争を第一審として審理します。
  • 会計検査院(Elegktiko Synedrio – エレグティコ・シネドリオ): 公的支出の審査、公的会計の監査、公務員の年金問題などを専門に扱います。
  • 特別最高裁判所(Anōtato Eidiko Dikastīrio – アノタト・エイディコ・ディカスティリオ): 非常に限定された、しかし重要な役割を担う特別な裁判所です。異なる最高裁判所(Areios PagosとSymvoulio tis Epikrateias)間の管轄権の衝突解決、選挙結果の審査、法律の合憲性審査など、特定の重要な役割を担います。

特別最高裁判所(Anōtato Eidiko Dikastīrio)の役割として、「最高裁判所間の管轄権の衝突解決」や「法律の合憲性審査」が挙げられています。これは、複数の最高裁判所が存在するギリシャの司法制度において、それらの間の矛盾や衝突を最終的に解決する独自のメカニズムが必要とされていることによるものです。

裁判手続きの概要

  • 民事訴訟: 通常、書面主義が基本ですが、口頭弁論も行われます。証拠収集は当事者責任が原則であり、当事者が自らの主張を裏付ける証拠を提出する必要があります。
  • 刑事訴訟: 捜査段階と公判段階に分かれ、検察官が起訴を行います。被告人には弁護を受ける権利が保障されています。
  • 行政訴訟: 行政行為の取消しや無効確認、行政機関の不作為に対する訴えなどを求めるものです。

伝統的な訴訟に加え、調停(Mediation)や仲裁(Arbitration)といった代替的紛争解決(ADR)手段の利用が近年増加しており、特に商事紛争においてその重要性が高まっています。これらの手段は、訴訟に比べて時間とコストを削減し、柔軟な解決を可能にするものです。また、司法手続きの効率化とアクセス向上を目指し、E-justice(電子司法)の導入が進められています。これには、電子ファイリングシステムやオンラインでの情報提供などが含まれ、司法アクセスの向上に寄与すると期待されています。

ギリシャ法と日本法との比較における留意点

日本法との比較における留意点

日本企業がギリシャでの事業展開や個人的な法的問題に直面する際、ギリシャ法制度と日本法の共通点と相違点を理解しておくことは極めて重要です。

共通点

  • 大陸法系: 両国ともに大陸法系であり、法典化の原則が重視される点で共通しています。特に民法においては、ドイツ法の影響を強く受けている点で、基本的な構造や概念に類似性が見られます。
  • 三権分立と司法の独立: 憲法に基づく三権分立と司法の独立が保障されている点も共通しており、法の支配に基づく安定した法的環境が期待できます。

相違点と留意点

  • EU法の影響の有無: ギリシャはEU加盟国であるため、EU法が国内法に優越し、広範な分野(労働、環境、データ保護、競争法など)に直接的な影響を与えます。これは日本法にはない重要な側面であり、ギリシャで事業を行う上で常に意識し、関連するEU指令や規則の遵守が必要となります。
  • 商法の法源: ギリシャ商法はフランス法の影響が強いのに対し、日本の商法はドイツ法の影響が強いという違いがあります。これにより、会社の種類や組織、商事取引の細部において異なる点が生じる可能性があり、特に企業設立やM&Aの際には詳細な確認が必要です。
  • 行政法の発展: ギリシャの行政法は判例法による発展の側面が強く、日本の行政法と比較して、より判例の解釈が重要となる場合があります。行政機関との交渉や許認可申請においては、判例や行政慣行の理解が不可欠となります。
  • 紛争解決手段の多様化: ギリシャではADR(調停、仲裁)の利用が促進されており、日本企業は紛争解決戦略を立てる際に、訴訟以外の選択肢も積極的に検討すべきです。これは、時間とコストの削減につながる可能性があります。

まとめ

ギリシャの法制度は、大陸法系に属し、特にドイツ法とフランス法の影響を受けつつ、EU法が最上位の法源として機能する独自の発展を遂げています。このEU法との連携は、ギリシャの法的環境を理解する上で最も重要な側面です。

司法制度は憲法によって独立性が高く保障されており、民事、刑事、行政の各系統に分かれた専門性の高い裁判所構造を持っています。これにより、公正な紛争解決が期待できます。近年、代替的紛争解決(ADR)の活用やE-justiceの導入など、司法手続きの効率化とアクセス向上が図られています。

日本企業がギリシャでの事業を検討する際には、共通の法体系を持つ部分がある一方で、EU法の直接的な影響や商法・行政法における異なる法源の影響など、特有の法的環境を理解することが必要だと言えるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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