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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ギリシャ共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ギリシャ共和国は、古くから豊かな歴史と文化を持つ議会共和制国家ですが、近年、観光業や世界最大の商船隊を擁する海運業を基盤とした高所得国として、経済的に大きな変化を遂げています。特に、2022年には5.9%という高い経済成長率を記録し、多くの欧州諸国を上回る回復を見せています。この背景には、単なるパンデミックからの回復だけでなく、首相が主導する大胆な改革プログラムが存在します。このプログラムは、欧州連合(EU)からの復興・強靱化資金(RRF)を活用し、エネルギー、労働、そして行政のデジタル化を推進しています。

こうした動きは、同国が単なる観光地としての地位に甘んじることなく、新たな投資機会の創出を目指していることによるものでしょう。政府が推進するデジタル化は、行政効率の向上と脱税対策という二つの目的を同時に達成しようとする取り組みと捉えることができます。この「デジタル・ファースト」の潮流は、後述する電子決済の義務化や労働管理のデジタル化といった具体的な法改正に直接的な影響を与えており、ギリシャでのビジネス展開を検討する日本企業は、この変化を理解した上で、コンプライアンス体制を構築する必要があると言えるでしょう。

ギリシャの法体系と司法制度の全体像

ギリシャの司法制度

ギリシャの法制度は、日本と同様に大陸法(Civil Law)をその基盤としており、法律が民法典などの体系的な法典にまとめられている点が大きな特徴です。この法体系は、判例を法的根拠の中心に置く英米法(Common Law)とは根本的に異なります。

しかし、司法制度の構造には日本とは異なる点が明確に存在します。ギリシャの司法制度は、憲法に基づいて行政と民事・刑事の二つの管轄に明確に分かれています。これは、日本の裁判所が行政事件も一般事件も同一の管轄で扱う仕組みとは大きく異なります。

ギリシャには、この二つの管轄に対応する形で、三つの最高裁判所が存在します。

  • 最高行政裁判所(Symvoulio tis Epikrateias): 行政事件の最終審を管轄する最高裁判所です。
  • 最高民事・刑事裁判所(Areios Pagos): 民事および刑事事件の最終審を管轄する最高裁判所です。
  • 会計検査院(Elegktiko Synedrio): 国や地方自治体の支出監査を専門に管轄する最高裁判所です。

特に会計監査員の存在は、ギリシャ司法制度の特徴の一つだと言えます。

会社設立とコーポレートガバナンス

会社形態の選択肢

ギリシャで事業を展開する際、複数の会社形態から最適なものを選択することが可能です。日本企業にとって特に馴染み深いのは、日本の株式会社に相当するアノニミ・エテリア(AE)や、日本の合同会社に似たエテリア・ペリオリスメニス・エフティニス(EPE)でしょう。

  • AE(Anonymi Etairia):日本の株式会社に相当し、大規模な事業や資本調達を計画する企業に適しています。最低資本金は25,000ユーロと定められており、取締役会(Board of Directors)による経営が義務付けられます。
  • EPE(Etairia Periorismenis Efthinis):日本の合同会社に似た有限責任会社です。最低資本金の要件はなく、社員の責任は出資額に限定されます。

これらに加えて、特に注目すべきは、2012年に導入された新しい会社形態、イディオティキ・ケファライオウヒキ・エテリア(IKE)です。わずか1ユーロの最低資本金で設立可能であり、社員の責任は出資額に限定されます。また、出資は金銭だけでなく、役務や信用といった多様な形態が認められている点が大きな特徴です。この柔軟性は、特にスタートアップや中小規模の事業に非常に適しています。

ギリシャの主要な会社形態と日本法との比較は、以下の通りです。

会社形態AEEPEIKEOEEE
正式名称(ギリシャ語)Anonymi EtairiaEtairia Periorismenis EfthinisIdiotiki Kefalaiouhiki EteriaOmorithmi EtairiaEtairorithmi Etairia
日本法での相当株式会社合同会社なし合名会社合資会社
最低資本金25,000ユーロなし1ユーロなしなし
特徴大規模事業向けで取締役会による厳格なガバナンスが必要比較的小規模な事業向けで柔軟な経営体制が可能非常に柔軟な設立・運営が可能でスタートアップや小規模チームに最適無限責任の社員無限責任社員と有限責任社員

株式会社のコンプライアンスに関する法改正

主要な法律分野の解説

非公開企業を規制する根幹法である法律4548/2018は、ギリシャのSociétés Anonymes(AE)に関する法制に対する「全体的かつ重要な改革」を導入しました。この法律は、上場か否かにかかわらず、AEに統一的な企業ガバナンス規則を定めています。

その主な改正点の一つとして、2018年6月13日をもって無記名株式が明確に廃止され、すべての株式が記名式とすることを義務付けられました。これは、所有者の匿名性を可能にしていた旧来の制度からの大きな転換です。この強制的な株式登録は、現代的なマネーロンダリング防止および税務コンプライアンス基準に企業法制を適合させるためのものです。

上場企業に求められる新たなガバナンス体制

ギリシャの上場企業は、2021年7月17日に施行されたコーポレートガバナンス法(Law 4706/2020)により、厳しいガバナンス基準の遵守が義務付けられています。この法律は、EUの指令に沿ったもので、日本のコーポレートガバナンス・コードの原則と多くの点で共通しています。しかし、その要件はより具体的かつ厳格であり、特に取締役会の構成や委員会の設置について明確な数値目標や義務を課している点が、日本の制度とは一線を画しています。

具体的な要件には、取締役会の1/3以上を独立非業務執行取締役が占めることや、性別の多様性(各性別が25%以上)が求められることなどが含まれます。さらに、上場企業は、監査委員会に加え、報酬委員会と指名委員会の設置が義務付けられています。これらの委員会は、それぞれ少なくとも3名の非業務執行取締役で構成され、そのうち少なくとも2名が独立非業務執行取締役でなければなりません。

また、この法律は、取締役候補者に関する詳細な経歴や独立性基準を満たしているかについての情報を、株主総会の20日前にウェブサイトで公開することを義務付けています。これは、株主がより十分な情報に基づいて投票権を行使できるよう、透明性を高めるための措置です。

ギリシャのコーポレートガバナンス制度は、単なる「遵守せよ、さもなくば説明せよ(comply or explain)」の原則を超え、取締役会の構成や委員会の設置に関して具体的な数値目標や義務を課している点で、日本の制度よりも厳格です。この厳格な制度は、特に上場を目指す企業や、コンプライアンスを重視する企業にとって、より高いレベルでのガバナンス体制の構築を求めるものです。また、賄賂罪に対する法人責任を導入するLaw 5090/2024も成立しており、これは国際的な腐敗防止の潮流に沿った動きであり、現地のコンプライアンス管理の重要性を浮き彫りにしています。

契約法と不動産法における日本法との大きな差異

「信義誠実」の役割

ギリシャの契約法は、日本の民法と同様に、ギリシャ民法典(Astikos Kodikas)に規定されています。日本の法体系と共通の基盤を持ち、重要なのは、当事者間の明確な合意(mutual agreement)です。

しかし、日本法と根本的に異なる重要な原則が存在します。それは、契約の交渉から履行に至るまで、裁判官が「信義誠実(καλή πίστη)」の原則(ギリシャ民法典第197条)に基づいて、不均衡な契約を修正する強い権限を持つ点です。英米法では契約書に書かれた内容が絶対視される傾向があるのに対し、ギリシャ法では、契約の文言に厳格に縛られることなく、当事者の真の意思やビジネス慣行を考慮して解釈し、場合によっては裁判官が公平性の観点から介入することができます。

日本の民法にも「信義則」は存在しますが、ギリシャ法の「信義誠実」原則は、裁判官に契約内容を修正させるほどの強い権限を与えています。これは、予期せぬリスクや紛争に発展する可能性があるため、契約締結時には、形式的な条項だけでなく、実質的な公平性や、現地の商慣習に照らして不当な条件が含まれていないかを慎重に検討する必要があります。

不動産取引と時効取得の注意点

ギリシャでの不動産取引は、公証人(Notary Public)による売買契約書の作成と、所轄の土地登記所(Land Registry)への登記によって完了します。この取引には、ギリシャの税務識別番号(AFM)が必須であり、非居住者でも遠隔で取得することが可能です。

日本の時効取得制度と大きく異なる、最も重要な注意点は、「20年ルール」と呼ばれる規定です。ギリシャ法では、所有者が20年間、土地の管理や維持(フェンスの設置、草刈り、ゴミ除去など)を怠った場合、その土地を継続的に管理していた第三者(不法占拠者)が所有権を主張できる可能性があります。この規定は、遠隔地に住む外国人所有者にとって大きなリスクとなります。これは、土地の有効活用を促すという法律の目的から来るものであり、単に不動産を購入して放置するのではなく、定期的な訪問、弁護士を通じた管理、あるいは賃貸契約の締結など、所有者としての積極的な関与を怠らないことが、所有権を守るための実務的な対策となります。

主要な事業関連法規の概要と動向

日本法との比較における留意点

広告規制

ギリシャには、日本の景表法に相当する消費者保護法(Consumer Protection Law)が存在し、虚偽や誤解を招く広告(misleading advertising)や、消費者の意思決定を歪めるような強引な広告(aggressive advertising)を禁止しています。違反には最大100万ユーロの罰金が科される可能性があります。

比較広告(comparative advertising)は、一定の厳格な条件を満たせば許可されます。具体的には、比較が客観的かつ検証可能であり、競合他社の評判を不当に利用したり、中傷したりしないことなどが求められます。また、法的拘束力を持つ法律に加え、業界全体を対象とした「ギリシャ広告・通信コード」という自己規制の規範が存在し、これは「法的に適法、品位があり、真実で、公正な競争の原則に沿っていること」を求めています。法的罰則はないものの、業界団体からの制裁リスクが存在するため、遵守が求められます。

医薬品の広告については、さらに厳格な規制が適用されます。一般消費者向けには、OTC医薬品に限定されるなど、製品の安全性と有効性に関する誇張や誤解を招く表現が厳しく制限されています。医療従事者向けの広告でも、製品の特性を誇張せず、科学的根拠に基づいた正確な情報提供が求められます。

資金決済法と税法

ギリシャ政府は、脱税対策の一環としてキャッシュレス化を強力に推進しています。2024年1月1日以降、小売業や消費者向けサービス業を含む全事業者は、カード決済と銀行口座間の即時決済(IRIS online payments)の両方の受け入れが義務付けられました。

さらに、B2B取引における電子インボイス(e-invoicing)の義務化も進んでおり、欧州統一規格(EN)に準拠した形式で、公的プラットフォームを通じて提出することが求められるようになります。

税制面では、標準的な法人所得税率(CIT)は22%です。配当金に対する源泉徴収税(WHT)は5%と、比較的低く設定されています。また、付加価値税(VAT)の標準税率は24%ですが、食料品や医薬品、ホテル宿泊などには13%や6%の軽減税率が適用されます。

特に注目すべきは、海運業に適用される「トン数税(tonnage tax)」制度です。これは、船舶の大きさ(トン数)に基づいて税額を決定する特殊な税制であり、海運会社の利益や資本利得、さらには株主の税負担までをこの制度で網羅的に課税することで、法人所得税や配当源泉徴収税を免除するという優遇措置です。これは、世界最大の商船隊を擁する海運大国としてのギリシャの戦略を色濃く反映したものです。

新興技術と労働法に関する法整備

個人情報保護:EUのGDPRと国内法

ギリシャはEU加盟国であるため、個人情報保護に関してはGDPR(一般データ保護規則)が直接適用されます。GDPRは、データの収集目的、同意の取得方法、データ主体の権利(忘れられる権利など)について厳格な要件を定めています。

ギリシャの国内法であるLaw 4624/2019は、このGDPRの枠組みを補完する役割を担っています。例えば、オンラインサービスにおける子どもの同意年齢を15歳と定めている点や、雇用関連の特定の機微なデータの処理を許可する規定が存在します。

AI関連法

ギリシャは、EUの包括的なAI法(EU AI Act)に先行して、すでにAIに関する国内法(Law 4961/2022)を制定しています。これは、AIを国家戦略の柱と位置付け、積極的に法整備を進めている同国の姿勢を示しています。

この法律の重要な規定の一つに、「透明性義務」があります。企業が従業員や求職者の採用や評価にAIシステムを使用する場合、事前に十分かつ明確な情報を提供しなければならないと定められています。AIの利用は効率化をもたらす一方で、その意思決定プロセスが不透明であるという懸念があります。ギリシャ法は、この懸念に対して先駆的に対処しており、AI技術を導入する日本企業は、単に技術的な側面だけでなく、倫理的・法的側面、特に透明性と説明責任の観点から、その運用体制を構築する必要があります。

労働法

ギリシャの労働法は、EUの労働法規に準拠しつつ、独自の制度を設けています。週40時間労働制が基本であり、1日8時間労働(5日制の場合)が一般的です。

日本と大きく異なるのは、法定ボーナスの存在です。ギリシャでは、従業員は毎年、クリスマスボーナス(1ヶ月分の給与)、イースターボーナス(半月分の給与)、およびバカンスボーナス(半月分の給与)を受け取る権利があります。

最も特筆すべきは、政府が労働時間の過少申告を防ぐために導入を進めている「デジタル雇用カード」です。これは、従業員の勤務開始・終了時間、休憩時間、残業時間などをリアルタイムで電子システムに登録するものであり、労働監督機関が24時間体制で監査を行います。

まとめ

ギリシャは、その歴史と文化だけでなく、EUという巨大な市場へのゲートウェイとして、ビジネスと投資の新たな拠点として注目されています。しかし、その法制度は、日本の法体系と共通する大陸法の基盤を持ちながらも、EU法との調和、そして独自の社会・経済的背景を反映した特有の規定が数多く存在します。

契約法における「信義誠実」の原則が裁判官に強い介入権を与えている点や、不動産の時効取得に関する20年ルール、そしてデジタル化の進展に伴う資金決済や労働管理の義務化など、これらの差異は、事業の成功を左右する重要な要素となり得ます。ギリシャでのビジネス展開を成功させるには、単に法律を知るだけでなく、これらの法的・文化的なニュアンスを深く理解し、適切なリスク管理を行うことが不可欠です。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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