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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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オランダの会社法が定める会社形態と会社設立の方法

オランダの会社法が定める会社形態と会社設立の方法

国際的な事業展開を検討する日本の経営者や法務部員にとって、進出先の法制度を深く理解することは事業成功の前提となります。特に、会社の設立や運営に関する法務は、事業リスクを管理する上で不可欠な要素です。オランダは、欧州の玄関口として多くの日本企業が進出する重要な拠点ですが、その法体系や会社形態は、日本法と共通する部分がありながらも、実務上決定的な違いが存在します。

本稿では、オランダにおける主要な会社形態を概観した上で、特に日系企業が最も多く採用する非公開有限会社(BV)に焦点を当て、日本の株式会社(KK)との異同を詳細に分析します。具体的な法令や判例に基づいた解説を通じて、オランダでの事業運営における法的リスクと、それを管理するための知見を提供します。

オランダの主要会社形態とその選択肢

オランダには、様々な事業形態が存在します。事業の目的や規模に応じて最適な形態を選択することが重要です。

  • 法人格を有する事業体
    • Besloten Vennootschap (BV):非公開有限会社を指し、日本の株式会社に最も近い形態です。BVは独立した法人格を有し、債務に対しては会社自体が責任を負います。株主は出資額を限度とする有限責任を負うため、創業者の個人資産が事業上のリスクから保護されます。
    • Naamloze Vennootschap (NV):公開有限会社を指し、英国のpublic limited company (plc.) やドイツのAktiengesellschaft (AG) に相当します。NVは大規模企業や株式市場に上場する企業に適した形態であり、BVと比較して設立・運営がより厳格に規制されています。
    • Coöperatie (COOP):協同組合を指します。BVとほぼ同じ法人形態とみなされますが、組合員への利益分配に源泉税が課されないという違いがあります。
  • 法人格を有しない事業体
    • Eenmanszaak (Eenmanszaak):個人事業を指し、法人格を持たないため、事業上の債務について個人が無限責任を負います。
    • Vennootschap onder firma (VOF):共同事業を指し、二人以上が共同でビジネスを行う形態です。こちらも法人格を持たず、各パートナーが事業債務について個人で無限責任を負います。

日系企業がオランダに進出する際は、その柔軟性からBVを選択するケースが最も一般的です。

以下に、主要な会社形態を日本の類似形態と比較した表を示します。

法的性質責任範囲最低資本金日本の類似形態
BV法人格あり有限責任なし(€0.01以上) 株式会社(非公開会社)
NV法人格あり有限責任€45,000 株式会社(公開会社)
COOP法人格あり定款で選択なし協同組合
Eenmanszaak法人格なし無限責任なし個人事業主
VOF法人格なし無限責任なし合名会社・合資会社に類似

オランダの非公開有限会社(BV)

BVの基本的特徴と日本の株式会社との異同

オランダのBVは、日本の株式会社(特に非公開会社)と同様に、独立した法人格を持つ事業形態です。この法人格により、BVは資産を所有し、契約を締結し、債務を負担する能力を創業者個人から切り離して有します。これにより、事業で負債を抱えた場合でも、債権者が個人資産(貯蓄、自宅、車など)を追及できないという有限責任原則が確立されています。

BVの機関設計は、日本の株式会社と類似しており、主に株主総会(Algemene Vergadering)取締役会(Bestuur)から構成されます。しかし、両者の権限配分には重要な違いがあります。日本の会社法では、株主総会が会社の組織、運営、管理に関する一切の事項を決定する最高意思決定機関と位置づけられています。これに対し、オランダの民法典第2巻第217条は、法令または定款で他の機関に属する権能以外の全ての権能が株主総会に帰属するとしています。一方、取締役会は、法令または定款で他の機関に与えられた役割以外の全ての役割を与えられ、会社の目的や定款によって決められた権能を自律的に行使する広範な権限を持つと規定されています。これは、日本の会社法における取締役会と株主総会の力関係とは異なる、取締役会に経営の自由度を大きく与える設計です。このため、日本の親会社(株主)がオランダ子会社(BV)の経営をコントロールするためには、定款に特定の重要事項について株主総会の承認を必要とする旨を明記するなど、慎重な機関設計が求められます。 

2012年「Flex-BV法」による柔軟化

オランダのBVは、2012年10月1日に施行された「Flex-BV法」(正式名称:Wet vereenvoudiging en flexibilisering bv-recht)によって、その柔軟性が飛躍的に向上しました。この法律の導入は、オランダのBVを国際的な企業再編や資金調達に最適なビークルへと進化させました。

この法律による主要な改正点は以下の通りです。

  1. 最低資本金制度の撤廃:Flex-BV法以前は、BV設立に最低€18,000の資本金が必要でしたが 、この要件は撤廃され、€0.01 または€1 の少額資本金でも設立が可能となりました。
  2. 払込に関する柔軟化:設立時に発行株式の全額を払い込む義務がなくなりました。これにより、株式の払込は会社からの請求があった時点で行えばよいことになりました。この柔軟性は、設立手続きを迅速化する一方で、未払込の株式を持つ株主は会社に対し払込責任を負い続けるという潜在的リスクを伴います。もし会社が破産した場合、未払込分の払込を元株主が追及される可能性があり、特に株式譲渡を伴うグループ再編においては注意が必要です。 
  3. 株式の柔軟化:定款に規定することで、議決権のない株式や配当権のない株式の発行が可能になりました。また、株式の譲渡制限を定款に定めることが必須ではなくなりました。これにより、株主構成や支配権をより自由に設計することが可能となり、日本の会社法にはない高度な柔軟性がBVに付与されています。 

これらの改正は、単にBVの設立を容易にするだけでなく、企業グループ内での資金移動や支配権の調整を容易にすることを目的としており、その結果、BVはグローバルな持株会社や事業会社に最適な形態として広く利用されるようになりました。

オランダでの会社設立手続と公証人(Notary)の役割

オランダでの会社設立手続と公証人(Notary)の役割

日本の会社設立手続では、まず定款を公証役場で認証し、その後法務局に登記申請を行います。これに対し、オランダのBV設立手続は、公証人(civil-law notary)が中心的かつ不可欠な役割を担う点で大きく異なります。

BVの設立には、オランダの公証人によってオランダ語で作成される設立証書(deed of incorporation)が必須とされます。公証人は、設立証書案を作成し、法務省に提出して「異議がない旨の宣誓書」を取得します。その後、設立証書が公正証書として作成され、公証人はその原本を保管し、写しを発行します。

さらに、公証人は設立前に会社名が他社の商号や商標を侵害していないかを調査する役割も担います。また、設立者が公証人や関係機関と協力して、商業登記所(KvK)への登記手続きを主導的に進めます。近年では、公証人とのデジタル通信を利用したオンラインでの設立も可能となりましたが、公証人が設立証書を公正証書として作成するという、その法的役割に変わりはありません。

このオランダにおける公証人の役割は、単なる書類の認証者ではなく、会社の設立が法令に準拠しているかを精査し、法的リスクを低減する「ゲートキーパー」として機能するという点で、日本の司法書士や行政書士とは異なる、より強い権限と責任を持つものです。

オランダの取締役責任

設立中BV(BV in oprichting / BV i.o.)の責任

BVの有限責任原則は、株主個人のリスクを限定しますが、取締役は特定の状況下で個人責任を負う可能性があります。特に、日本法とは異なる、以下の二つの重要な責任体系が存在します。

まず、設立中BV(BV in oprichting / BV i.o.)の責任という概念です。オランダでは、設立登記が完了する前から「BV in oprichting」(略称:BV i.o.)として事業活動を開始することが可能です。しかし、この段階ではBVはまだ法人格を持っておらず、BV i.o.のために行為を行った個人(通常は設立者や取締役)が、その取引や契約について個人として責任を負うことになります。この個人責任は、BVが設立登記を完了し、その取引を承認(Bekrachtiging)すれば原則として終了しますが、会社が承認しなかった場合、または承認前の債務不履行があった場合、行為者は個人責任を負い続けます。

この原則は、オランダ最高裁判所(Hoge Raad)の2011年1月28日の判決(ECLI:NL:HR:2011:BO5223)によって、その厳格性が示されています。この事案では、設立中の会社が銀行と高額な融資契約を締結し、設立登記完了後に破産しました。銀行は、会社の設立登記完了が遅れたことを理由に、取締役に対し連帯責任を追及しました。最高裁は、取締役の連帯責任を認め、衡平の原則(Reasonableness and fairness)を適用して責任を免除すべきではないと判示しました。この判決は、オランダ法における設立中の取締役責任が、例外的状況下でも厳格に運用される重要なリスクであることを示唆しています。 

設立後の取締役の責任

オランダ法上の取締役は、会社に対して「適切に任務を遂行」する善管注意義務(Art. 2:9 BW)を負い、「不当な経営」に対しても連帯責任を負います。

また、BVが破産した場合、取締役は破産財団に対して連帯責任を負う可能性があります。民法典第2巻第248条は、以下の三つの要件が満たされた場合に取締役の連帯責任を定めています。

  1. BVが破産宣告を受けた場合
  2. 取締役会が「不当にその任務を遂行」した場合
  3. それが破産の重要な原因である場合

この条項は、日本法における任務懈怠に基づく損害賠償責任よりも、破産時に取締役の個人責任を追及する法的根拠となり得ます。

法人格否認による子会社の取締役の責任

日本の親会社がオランダ子会社の取締役を務めるような一般的な組織体制では、オランダの法人格否認の法理に類する民法典第2巻第11条(Art. 2:11 BW)の適用に特に注意が必要です。

この条項は、法人である取締役(例:オランダ子会社の取締役を務める日本の親会社BV)の責任が、その法人の取締役を務める自然人(例:日本の親会社BVの取締役)に連帯して及ぶという原則を定めています。オランダ最高裁判所は、この規定が、破産時(Art. 2:248 BW)だけでなく、不法行為責任(Art. 6:162 BW)など、あらゆる法的根拠に基づく法人取締役の責任に適用されることを確認しています。

これは、日本の親会社がオランダ子会社の取締役を務める場合、オランダ子会社が不当な経営によって破産した場合、親会社が責任を負うだけでなく、親会社が十分な資産を持たない場合に、その親会社の取締役である日本の自然人が、連帯してその責任を負う可能性があることを意味します。オランダ法は、最終的な責任を負う自然人に到達するまで、あたかも「法人格を突き破って」(piercing the corporate veil)責任を追及するかのようです。日本法における法人格否認の法理は判例法理であり、その適用は厳格に限定されますが、オランダのArt. 2:11 BWは、この原則を法令として明確に定めている点で、日本の経営者にとって極めて重要なリスク情報です。 

オランダの配当テスト(Distribution Test)と自己株式取得

オランダのBVは、配当の支払いを行う際、取締役会が「配当テスト」(distribution test)を実施しなければなりません。これは、配当後もBVが1年以内に債務を支払うことができるか否かを評価し、取締役会がこれを承認する義務を負うものです。この評価を怠り、不当に配当を行った結果BVが債務不履行に陥った場合、取締役は個人責任を問われる可能性があります。

この配当テストは、日本の会社法における「分配可能額」の概念とは根本的に異なります。日本の会社法は、剰余金分配の基準を客観的な会計数値で定めているのに対し、オランダの配当テストは、取締役の主観的な将来の「支払い能力の評価」に委ねられる部分が大きく、より実態的な判断が要求されます。これは、取締役が常に会社の財務状況を深く理解し、将来のキャッシュフローを予測する義務を負うことを意味します。同様に、自己株式の取得も、BVの株主資本から取得費用を差し引いた額が、法令上または定款で維持すべき準備金を下回る場合、あるいは取得後に債務の支払いができなくなると取締役が予見すべき場合には、禁止されます。

まとめ

本稿で分析したように、オランダの非公開有限会社(BV)は、日本の株式会社に類似した機関設計と、株主の有限責任原則を備えています。特に2012年Flex-BV法により、最低資本金要件の撤廃や株式の柔軟化が進み、国際的な企業グループやスタートアップにとって非常に魅力的な事業形態となりました。しかし、その一方で、日本の法制度とは異なる、あるいはより厳格な法的リスクも存在します。

とりわけ、設立中BVの行為に対する個人の厳格な責任、破産時の取締役の連帯責任、そして何よりも法人格否認の法理を体系化した民法典第2巻第11条(Art. 2:11 BW)の存在は、日本の親会社がオランダ子会社の取締役を務める体制を検討する際に、不可欠な考慮事項となります。

オランダBVは、確かに設立の容易さ、資本金の柔軟性、高度な機関設計のカスタマイズ性といった多大なメリットを提供します。しかし、これらの利点を最大限に享受するためには、設立手続における公証人の役割、厳格な取締役責任、そして特に持株会社構造における潜在的なリスクを深く理解し、適切な組織設計やガバナンス体制を構築することが不可欠です。

国際的な事業展開を成功させるためには、安易な情報収集に留まらず、進出先の法務に精通した専門家によるコンサルティングを通じて、これらの法的リスクを正確に評価し、対策を講じることが最も賢明な選択となります。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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