リトアニア共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

リトアニアは、バルト三国の中心に位置し、旧ソ連からの独立と欧州連合(EU)への加盟を経て、急速な経済成長と法制度の現代化を遂げてきました。特にITやFinTech、バイオテクノロジー、レーザー技術といった高付加価値分野で目覚ましい発展を遂げ、国際的に注目を集めています。
リトアニアの法制度は、1992年に制定された現行憲法に基づき、独立後の社会経済の変化に対応するために、2001年の民法典や2003年の刑法典といった主要な法典が整備されました。その上で、2004年のEU加盟によって、GDPR(一般データ保護規則)やEU AI ActのようなEUの統一的な法令が国内法に直接適用されるという、日本とは根本的に異なる法体系を構築しています。
リトアニアの法制度の全体像を、日本の法律との比較を通じて解説し、事業展開を検討する上で特に注目すべき特徴と実務上の留意点を解説します。
この記事の目次
リトアニア法制度の全体像と日本法との比較
リトアニアの法体系は、日本と同じく大陸法系(Civil Law)に属しています。このため、法律は民法典や刑法典のような成文法(Codified Law)を中心として構成されており、この点では日本法と共通しています。ただ、リトアニアの民法典(Lietuvos Respublikos civilinis kodeksas)は、日本の民法と商法に相当する内容を統合している点が特徴です。また、リトアニア法制度の最大の特徴は、EU加盟国としてEUの規則や指令が国内法に直接適用される点です。
裁判所制度においても、日本とは異なる構造が見られます。日本の裁判所体系は、四段階三審制(簡易裁判所、地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所)のもと、すべての事件を一般管轄裁判所で扱いますが、リトアニアの裁判所制度は、一般管轄裁判所と行政裁判所の二元的な構造を採用しています。
リトアニアにおける会社設立とコーポレートガバナンス

リトアニアでの事業展開を検討する際、最も一般的な会社形態は、日本の「株式会社」に相当する「非公開有限責任会社(UAB)」と「公開有限責任会社(AB)」です。
非公開有限責任会社(UAB)
UABは、中小規模の外国投資家にとって最も一般的な会社形態であり、株主の責任が有限である点が特徴です。最低資本金は2,500ユーロと規定されており、比較的低コストで設立できる利点があります。株式は非公開です。
機関設計については、UABは取締役会または監督役会を設置する義務はありません。株主総会の決定によって経営陣を構成することが可能であり、この柔軟性が小規模な外国投資家にとっての利便性となっています。
コーポレートガバナンスは、株主総会が経営陣を決定するという形で機能します。後述するABは取締役会や監督役会の設置が義務付けられているため、より簡素な運営が可能です。
公開有限責任会社(AB)
ABは、大規模な事業や公的な資金調達を目指す場合に適した会社形態です。最低資本金は40,000ユーロと、UABよりも高額に設定されています。株式は公に取引可能であり、この点がUABとの大きな違いです。
機関設計においては、取締役会または監督役会(Supervisory Council)の設置が義務付けられています。これらの機関は最低3名から最大15名のメンバーで構成されなければなりません。
コーポレートガバナンスに関しては、監督役会は企業の健全性を確保する上で重要な役割を果たします。特に国営企業では、監督役会メンバーの半数以上が独立性の基準を満たすことが求められます。これは、日本の監査役会制度に類似しており、企業の透明性と責任を確保するための制度と言えます。
その他の会社形態
リトアニアには、UABやABのほかにも「個人企業(Individual enterprise、IĮ)」という会社形態が存在します。これは、個人の経営者が全責任を負う形態であり、資本金の最低要件はありません。しかし、経営者が会社の負債に対して無限責任を負う点が、日本の「個人事業主」に近い性格を持っています。そのため、有限責任を求める外国企業にはUABが引き続き最も一般的な選択肢となります。
リトアニア政府は外国からの直接投資(FDI)を積極的に誘致しており、外国人投資家は特別な政府許可なく、100%の所有権を保持したまま会社を設立できます。この外国人投資家に対する障壁の低さは、リトアニアが欧州市場への迅速な参入を可能にする戦略的拠点としての役割を強調しています。
リトアニアの税制と優遇措置
リトアニアの税制は、外国企業誘致の強力なツールとして機能しており、特に法人所得税(Corporate Income Tax, CIT)の分野では、日本の税制には見られない顕著な特徴があります。
法人所得税の標準税率は15%ですが、2025年1月1日からは16%に引き上げられる予定です。これは、日本の法人実効税率と比較して低い水準です。さらに、リトアニア政府は、特定の企業や活動に対して大幅な税制優遇を提供しています。
- 自由経済区(FEZ):FEZ内に設立された適格企業は、10年間法人所得税が免除され、その後の6年間は標準税率の50%が適用されます。さらに、不動産税も免除されます。これは、製造業やハイテク産業など、特定分野の投資を強力に促すための措置です。
- 研究開発(R&D)優遇措置:科学研究および実験開発目的で発生した費用は、課税所得から3倍控除することが可能です。また、特許可能な発明やソフトウェアの商業化による利益には、5%(2025年から6%)の軽減税率が適用される「イノベーションボックス」制度も存在します。
- 大規模投資プロジェクト優遇措置:2,000万ユーロ以上の投資を行い、150人以上の雇用を創出する企業は、データ処理や製造業などの特定の事業から生じる利益について、最大20年間法人所得税が免除されます。
これらの優遇措置は、リトアニア政府が単なる低税率国としてではなく、特定の高付加価値産業を戦略的に育成しようとしている明確な意図を示しています。日本企業がリトアニア進出を検討する際には、自社の事業がこれらの優遇措置の対象となり得るかを詳細に検討することで、事業の収益性を大きく向上させる可能性があります。
リトアニアにおける資金決済と事業許認可
リトアニアには、日本にはないユニークな資金決済に関する規制が存在します。2022年11月1日から、シャドーエコノミーやマネーロンダリング対策の一環として、5,000ユーロを超える現金決済が原則として禁止されています。違反した場合、取引自体が無効になるわけではありませんが、罰金や公共事業への参加制限といった行政罰の対象となる可能性があります。ただし、決済サービス事業者を通じた取引や、必要なサービスが利用できない緊急時の取引には例外が認められていますが、後者の場合は税務当局への報告が義務付けられます。この規制は、リトアニア政府が法律を特定の目的達成のためのツールとして積極的に活用している姿勢を示しており、ビジネスの透明性を確保するための重要な措置と捉えられます。
一方、リトアニアはFinTech分野において、欧州随一のハブとしての地位を確立しています。その背景には、迅速な許認可プロセス、比較的低い最低資本金要件、そして「規制サンドボックス」や「リスクベース」の柔軟な規制アプローチがあります。特に、規制当局は、企業のリスクレベルに応じてデューデリジェンスを簡素化することを認めており、eコマースのような低リスクビジネスモデルにとって、この柔軟性は大きなメリットとなります。
また、特定の事業活動(例:人の輸送、貨物の輸送、ケータリング、建設、医薬品活動、アルコール・タバコ製造販売など)には、個別の許認可が必要とされます。これらの許認可を発行する単一の窓口は存在せず、活動内容に応じて関係省庁や機関が異なるため、専門的な知識と手続きが求められます。
リトアニアの広告規制と消費者保護
リトアニアには、日本の景品表示法に類似した「広告法」が存在し、消費者保護と公正な競争を目的としています。同法は、不当表示広告を明確に禁止しており、広告が不当であるか否かは、その正確性、包括性、そして提示方法を総合的に考慮して判断されます。また、比較広告についても、誤解を招かないこと、同じニーズを満たす商品やサービスであることなど、8つの厳格な要件を満たす場合にのみ許可されます。子供向け広告に対しても厳しい規制があり、子供の両親や教師への信頼を利用したり、商品購入を直接的に促したりするような広告は禁止されています。
特に注目すべきは、ギャンブル広告に関する規制です。日本と比較してはるかに厳格な規制が進行中で、2028年までにギャンブル広告を完全に禁止する計画が発表されています。2025年時点では、外部広告は全面禁止され、ブランドロゴは本社の建物やギャンブル施設内に限定されています。テレビやラジオ、オンライン広告には、時間や回数の制限が課されており、日本の広告規制とは異なる、社会問題への強い対応策が講じられています。
リトアニアの個人情報保護法
リトアニアの個人情報保護法は、EUのGDPRが直接適用されるという点で、日本の個人情報保護法と最も大きく異なります。これにより、日本の事業者がリトアニアで事業を行う場合、GDPRに定められた厳格なデータ処理原則(公正性、適法性、透明性など)とデータ主体の権利(忘れられる権利、データポータビリティ権など)を遵守する必要があります。
GDPRはEU全体で共通の枠組みを提供しますが、リトアニア国内法にはいくつかの特例が存在します。例えば、オンラインサービスにおける未成年者のデータ処理に対する同意年齢は、GDPRが定める16歳(加盟国は13歳まで引き下げ可能)に対して、リトアニアでは14歳と定められています。
リトアニアの労働法と雇用関係の規律

リトアニアの労働法は、日本の労働基準法と多くの共通点を持つ一方で、雇用契約の終了や退職金など、実務上で重要な違いがあります。
労働時間については、標準的な労働時間は週40時間、1日8時間と定められており、残業時間を含めても週の平均労働時間は48時間を超えてはならないとされています。有給休暇は、5日勤務の場合で年20労働日、6日勤務の場合で年24労働日が最低付与されます。
雇用契約の終了に関しては、通知期間や退職金が成文化されています。雇用主都合の解雇の場合、通常、勤続1年以上で30暦日、1年未満で14暦日の事前通知が義務付けられています。また、退職年金受給資格まで5年未満の従業員には、通知期間が2倍になるなどの特別な保護規定が存在します。試用期間中の解雇についても、最長3ヶ月の試用期間中であれば、雇用主・従業員双方とも3営業日前の書面通知で解雇が可能であり、特定の理由を明示する必要はありません。
さらに、雇用主都合で解雇された場合、従業員は勤続年数に応じて退職金を受け取る権利があります。勤続1年未満の場合は平均月給の0.5か月分、1年以上20年未満の場合は2か月分、20年以上では6か月分が支払われます。これらの明確な規定は、雇用主と従業員双方にとって、紛争発生時の見通しを立てやすくするというメリットがあると言えるでしょう。
まとめ
リトアニアの、外国人投資家に対する障壁の低さ、非公開有限責任会社(UAB)の低い最低資本金、そしてFEZやR&Dに対する手厚い税制優遇措置は、特にITやFinTech、製造業といった高付加価値産業の企業にとって、迅速かつ低リスクで事業を開始できる環境を整えていると言えるでしょう。
一方で、リトアニアの法制度や商慣習には、日本とは異なる独自の特徴が存在します。例えば、5,000ユーロを超える現金決済の制限や、ギャンブル広告の厳しい規制は、ビジネスの進め方やマーケティング戦略に影響を与える可能性があります。これらの違いを正確に理解し、コンプライアンスを確保するためには、現地の法制度と日本企業の文化・慣習双方に精通した専門家によるサポートが不可欠だと言えるでしょう。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務