弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ポーランドの会社法が定める会社設立・コーポレートガバナンス

ポーランドの会社法が定める会社設立・コーポレートガバナンス

ポーランド(正式名称、ポーランド共和国)の法制度、特に会社法は、国際的なビジネス基準に整合しつつ、効率性と柔軟性を追求する形で整備が進められています。ポーランドの会社法制における最も基本的な枠組みは、商事会社法典(Kodeks spółek handlowych)によって規律されており、日本企業が選択する会社形態は、主として二つの資本会社に集約されます。一つは、日本の合同会社に相当する有限責任会社(Spółka z ograniczoną odpowiedzialnością、略称:Sp. z o.o.)であり、もう一つは株式会社(Spółka akcyjna、略称:SA)です。Sp. z o.o.は、その設立手続きの簡便さと、わずか5,000ポーランド・ズウォティ(PLN)という低い最低資本金から、外国人投資家に最も広く利用されています。特に、S24と呼ばれる完全オンラインシステムを利用すれば、わずか数日で会社設立が完了するという、驚異的な効率性を誇ります。これは、定款認証や資本金の払込証明を設立登記の前提とする日本の一般的な手続きとは一線を画す、ポーランド法制の際立った特徴です。 

また、通称「企業グループ法(Holding Law)」は、2022年10月13日に施行された、非常に重要な法律です。この法改正は、これまで判例や契約実務に委ねられていた企業グループ内の親子会社関係に、初めて包括的かつ明確な法的枠組みを導入しました。この新法の中核をなすのが、親会社が子会社に対して「拘束力のある指示(wiążące polecenie)」を発出できる権限を法定した点です。これにより、親会社はグループ全体の共通戦略に基づき、子会社の経営に直接的かつ法的に関与することが可能となりました。日本の会社法には、このような企業グループ全体を一体として規律する法令は存在せず、親子会社間の指示関係は事実上の影響力や個別の契約に依存するのが現状です。ポーランドの新法は、グループ経営の効率性と透明性を高める一方で、この強力な権限行使に伴う新たな責任のパラダイムを構築しました。具体的には、拘束力のある指示を遂行した子会社の取締役は、それによって会社に損害が生じたとしても原則として免責される一方、その責任は親会社が直接負うことになります。さらに、子会社の少数株主や債権者を保護するための親会社の賠償責任も厳格に定められており、グループガバナンスのあり方を根本から問い直す内容となっています。

本記事では、まずSp. z o.o.とSAという二つの会社形態の設立要件や機関設計について、日本の合同会社や株式会社との異同を明確にしながら解説します。次に、S24システムに代表される効率的な設立手続きの具体的なプロセスと、日本法との決定的な違いを浮き彫りにします。そして最後に、ポーランドのコーポレートガバナンスを大きく変革した「企業グループ法」について、その核心である「拘束力のある指示」制度、役員責任のパラダイムシフト、そして親会社が新たに負うことになった法的責任の範囲を、具体的な条文を基に詳細に分析します。

ポーランドにおける主要な会社形態と日本法との比較

ポーランドで事業を行う外国企業が選択する法人形態は、そのほとんどが資本会社(spółki kapitałowe)である有限責任会社(Sp. z o.o.)株式会社(SA)のいずれかです。これらの形態は、出資者の責任がその出資額に限定されるという共通点を持ちますが、設立要件、機関設計、そして想定される事業規模において明確な違いがあります。日本の経営者や法務担当者にとっては、これらの特徴を日本の合同会社および株式会社との対比で理解することが、最適な進出形態を選択する上での第一歩となります。

一般的な形態である有限責任会社(Sp. z o.o.)

有限責任会社(Sp. z o.o.)は、ポーランドで設立される商業法人の約8割以上を占める、最も一般的で柔軟性の高い会社形態です。特に、中小規模の事業や、大規模な資金調達を immediate には想定しない外国企業の子会社設立において、圧倒的な支持を得ています。

その最大の理由は、設立要件のハードルが低いことにあります。最低資本金は5,000 PLN(約1,100ユーロに相当)と非常に低額に設定されており、事業開始時の初期投資を抑えることが可能です。資本は金銭出資だけでなく現物出資によっても拠出できます。また、各持分の最低額面価額は50 PLNと定められています。

機関設計については、業務執行と対外的な会社代表を担う取締役会(Zarząd)の設置が必須です。取締役は1名以上で構成され、自然人である必要があります。一方で、取締役の業務執行を監督する監査役会(Rada Nadzorcza)の設置は原則として任意であり、会社の規模や株主の意向に応じて柔軟に設計できます。ただし、例外的に、株主が25名を超え、かつ資本金が500,000 PLNを超える場合には、監査役会の設置が法的に義務付けられる点には注意が必要です。株主の責任は、日本の合同会社と同様に、その出資額を限度とする有限責任であり、個人の資産が会社の債務から保護されます。

日本法との比較において、Sp. z o.o.は日本の合同会社に最も近い形態と言えます。両者とも、出資者の有限責任が確保され、比較的少額の資本で設立できる点が共通しています。しかし、重要な違いは機関設計の規律にあります。日本の合同会社では、原則として全社員が業務執行権を持ち、定款で別途業務執行社員を定めるなど、内部自治の自由度が非常に高いのが特徴です。これに対し、ポーランドのSp. z o.o.は、たとえ株主が一人であっても、法的に独立した機関である「取締役会」を必ず設置しなければなりません。この形式的な機関分離の要求は、G.K.のより柔軟な運営に慣れた日本企業にとって、留意すべき構造的な差異と言えるでしょう。

大規模事業と株式公開を目指す株式会社(SA)

株式会社(SA)は、日本の株式会社に相当し、大規模な事業運営、外部からの多額の資本調達、そして最終的にはワルシャワ証券取引所などへの株式公開を目指す企業に適した形態です。

その性格を反映し、設立要件はSp. z o.o.よりも厳格です。最低資本金は100,000 PLN(約22,000ユーロに相当)と、Sp. z o.o.の20倍に設定されています。このうち、少なくとも資本金の4分の1は、会社登記の申請前に払い込まれている必要があります。

機関設計における最大の特徴は、厳格な二層構造(two-tier system)が法的に強制される点です。SAは、業務執行を担う取締役会(Zarząd)と、その取締役会を監督し、会社の戦略的な方向性について助言を行う監査役会(Rada Nadzorcza)の両方を必ず設置しなければなりません。監査役会は最低3名の構成員からなり、経営の監督機能が制度的に担保されています。この明確な権限分離は、大規模組織におけるガバナンスの透明性と健全性を確保することを目的としています。 

株主の責任はSp. z o.o.と同様に有限責任ですが、役員の責任に関しては重要な違いがあります。Sp. z o.o.の取締役は、特定の状況下(例えば、支払不能状態に陥った際に適時に破産申立てを怠った場合など)で会社の債務に対して個人的な責任を負う可能性があります。一方、SAの取締役会メンバーは、原則として会社の債務に対して個人的な責任を負うことはないとされており、より高度な保護が与えられています。

日本法との比較では、SAは日本の株式会社に対応しますが、ガバナンス構造の柔軟性に大きな違いがあります。日本の会社法では、株式会社は監査役会設置会社、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社といった複数の機関設計モデルから、自社の状況に合わせて選択することが可能です。これに対し、ポーランドのSAは、取締役会と監査役会からなる二層構造が唯一の選択肢であり、他のモデルは認められていません。このため、日本企業がポーランドでSAを設立する際には、この固定的なガバナンス構造を前提とした上で、役員の選任や権限配分を計画する必要があります。

Sp. z o.o. (ポーランド)合同会社(日本)SA (ポーランド)株式会社(日本)
最低資本金5,000 PLN1円以上100,000 PLN1円以上
出資者の責任有限責任(出資額まで)有限責任(出資額まで)有限責任(株式引受価額まで)有限責任(株式引受価額まで)
必須の機関取締役会原則としてなし(社員が業務執行)取締役会、監査役会取締役(会)、株主総会
想定される用途中小企業、外国企業の子会社中小企業、ベンチャー大企業、株式公開を目指す企業あらゆる規模の企業
機関設計の柔軟性比較的高い(監査役会は原則任意)非常に高い(定款自治)低い(二層構造が必須)高い(複数のモデルから選択可)

ポーランドにおける会社設立手続きの効率性と特有の制度

ポーランドの会社法制が外国投資家から高く評価される理由の一つに、会社設立手続きの卓越した効率性が挙げられます。特に、デジタル化を徹底したオンライン設立制度は、迅速な事業開始を可能にし、物理的な制約を大幅に軽減します。ここでは、伝統的な公証人を通じた手続きと、革新的なオンラインシステム「S24」を対比し、その利点と制約、そして日本法との決定的な違いを明らかにします。

伝統的な設立手続きとオンライン設立(S24システム)

ポーランドで会社を設立するには、大きく分けて二つの方法があります。一つは、公証人(notariusz)が関与する伝統的な手続きです。この方法では、設立者は公証人の面前で、会社の目的、資本金、機関設計、株主間の権利義務関係などを詳細に定めたオーダーメイドの定款(Articles of Association)を作成し、署名します。このアプローチの最大の利点は、株主間の複雑な合意事項や、特殊な種類の株式、あるいは将来の資金調達に関する取り決めなどを、設立当初から定款に盛り込める柔軟性にあります。しかし、公証人手数料や比較的高額な裁判所登録費用が発生し、手続き全体には通常1ヶ月から2ヶ月程度の時間を要します。

これに対し、もう一つの方法が、ポーランド法務省が運営する電子ポータルサイトを利用した「S24システム」によるオンライン設立です。このシステムは、有限責任会社(Sp. z o.o.)の設立に利用可能で、その最大の特徴は圧倒的なスピードと低コストにあります。S24を利用すれば、設立に必要なすべての書類を電子的に作成・提出し、電子署名で完結させることができます。公証人の関与が不要なため、関連費用が大幅に削減され、裁判所への登録申請から登記完了までが、早ければ24時間、通常でも3日から5営業日程度で完了します。

S24システムの利点と制約

S24システムの最大の利点は、前述の通り、時間とコストの大幅な削減です。ポーランドに渡航することなく、遠隔地からでも設立手続きを進めることが可能であり、迅速に法人格を取得して事業活動を開始したいスタートアップや、標準的な子会社を設立する外国企業にとって、非常に魅力的な選択肢となっています。 

しかし、この効率性にはトレードオフが伴います。S24システムを利用する場合、法務省が提供する標準化された定款のテンプレートを使用することが義務付けられており、その内容を自由に変更することはできません。つまり、優先株の発行、拒否権付株式の設定、複雑な株式譲渡制限、あるいは株主間契約で合意した特殊なガバナンスルールなどを、設立時の定款に反映させることは不可能です。このような個別のニーズがある場合は、まずS24で標準的な会社を設立した後、別途、公証人を通じて定款変更の手続きを行う必要があります。したがって、設立当初から複雑な資本構成やガバナンス構造を想定している場合には、伝統的な公証人を通じた手続きを選択する方が、結果的に効率的である可能性があります。 

日本法との相違点

S24システムの導入は、単なる手続きのデジタル化に留まらず、会社設立における法的なプロセスに、日本法とは根本的に異なる概念をもたらしました。それは、資本金の払込タイミングに関する規律です。

日本の会社法では、株式会社や合同会社を設立する際、定款の作成・認証(株式会社の場合)に続き、設立登記を申請する前に、発起人または設立時社員が定めた銀行口座等に資本金の全額を払い込み、その払込みがあったことを証する書面(払込証明書)を法務局に提出する必要があります。つまり、「資本金の払込」が「法人格の取得(登記)」の前提条件となっています。ポーランドの伝統的な公証人を通じた設立手続きも、これと同様のプロセスをたどります。

ところが、S24システムを利用する場合、この順序が逆転します。設立者は、まずオンラインで定款の作成と登記申請を完了させ、会社が国家裁判所登記簿(KRS)に登録され、法人格を取得します。そして、その登記日から7日以内に、株主は拠出する資本金を払い込む義務を負います。つまり、「登記が先、払込が後」というモデルです。 

2022年に改正されたポーランド「企業グループ法」の詳解

2022年に改正されたポーランド「企業グループ法」の詳解

2022年10月13日に施行された商事会社法典の改正、通称「企業グループ法(Holding Law)」は、近年のポーランド会社法における最も抜本的かつ影響の大きい変革です。この法改正は、企業グループ全体の経営という現代的な課題に対し、ヨーロッパでも先進的な法的解決策を提示するものであり、ポーランドで子会社を運営する、あるいは運営を検討する日本企業にとって、その内容を深く理解することは極めて重要です。 

法改正の背景

改正以前のポーランド会社法は、日本法と同様に、企業グループ内の親子会社関係を包括的に規律する特別な規定を欠いていました。支配・従属関係の定義は存在したものの、親会社がグループ全体の利益のために子会社の経営判断に影響を与える行為は、法的にグレーな領域にありました。子会社の取締役は、自社(子会社)の利益を最大化する善管注意義務・忠実義務を負っており、グループ全体の利益のために自社に不利益な決定を下した場合、株主代表訴訟などで個人的な責任を問われるリスクを常に抱えていました。この法的ジレンマは、効率的なグループ経営の大きな障害となっていました。 

この問題を解決するため、「企業グループ法」は、親会社と子会社が自発的に選択(オプトイン)することで適用される、新たな法的枠組みを創設しました。この枠組みに入るためには、まず子会社の株主総会において、特定の親会社が率いる「企業グループ(grupa spółek)」に参加する旨の決議を、議決権の4分の3以上の特別多数で可決する必要があります。そして、その事実を国家裁判所登記簿(KRS)に登記することで、初めてこの新法の規律が適用されることになります。この登記という公示手続きを経ることで、取引の相手方や債権者、少数株主は、その会社がグループ全体の利益を追求する特別なガバナンス下にあることを認識できるようになります。 

親会社による「拘束力のある指示」制度

この新法の核心は、企業グループに参加した親会社に与えられる「拘束力のある指示(wiążące polecenie)」を発出する権限です。これは、グループの共通利益(interes grupy spółek)によって正当化される限りにおいて、親会社が子会社の経営に関して法的拘束力を持つ命令を下すことができるという、非常に強力な権限です。 

ただし、この権限の行使には厳格な形式的要件が課されています。指示は書面または電子形式で発出されなければならず、少なくとも以下の事項を明記する必要があります。

  1. 指示の実行に関して子会社に期待される具体的な行動
  2. その指示の実行を正当化する企業グループの利益
  3. 指示の実行によって子会社に生じると予想される利益または損害
  4. 子会社が被る損害を補填する予定の方法と時期

子会社の取締役会は、この指示を受けて、それを実行するか否かを決議しなければなりません。そして、特定の状況下では、指示の実行を拒否することが法的に義務付けられています。具体的には、指示の実行が子会社の支払不能(insolvency)またはその危機を招く場合には、必ず拒否しなければなりません。また、完全子会社でない場合には、指示が子会社の利益に反し、かつその実行によって生じる損害が、指示の日から2年以内に親会社またはグループ内の他の会社によって補填されないという正当な懸念がある場合にも、実行を拒否する義務があります。

役員責任におけるグループ利益の優先と免責

「拘束力のある指示」制度がもたらす最も深遠な影響は、子会社の役員が負う責任のあり方を根本的に変えた点にあります。これは、日本企業のガバナンス実務にも大きな示唆を与えるものです。

伝統的な会社法の原則では、取締役の善管注意義務や忠実義務は、あくまで自身が所属する会社に対してのみ負うものでした。親会社の意向に従った結果、自社に損害を与えれば、その取締役は任務懈怠責任を問われます。しかし、ポーランドの新法は、この原則に重大な例外を設けました。改正後の商事会社法典第21条の5は、子会社の取締役、監査役、清算人が、法に定められた手続きに従って発出された「拘束力のある指示」を実行したことによって生じた損害については、責任を負わないと明確に規定しています。

これは、子会社役員のための法的な「セーフハーバー(免責港)」を創設するものです。正式な企業グループに参加し、適法な「拘束力のある指示」を受け取った場合、子会社役員の義務は、もはや自社の個別利益の追求から、グループ全体の戦略の実行へとその重心を移します。この考え方は、フランスの判例法理である「ローゼンブルム原則」にも通じるもので、グループ全体の利益を考慮した経営判断を法的に保護するものです。

このパラダイムシフトは、ポーランドで事業を展開する日本企業にとって、グループガバナンスのあり方を再考する契機となります。親会社は、法的に保護された形で、グループ全体の最適化を目指す戦略を子会社に実行させることが可能になります。しかし、そのためには、非公式な指示や暗黙の了解ではなく、法が定める厳格な要件を満たした「拘束力のある指示」という公式な手続きを踏むことが絶対条件となります。これにより、グループ内のコミュニケーションと意思決定プロセスに、これまで以上の形式性透明性が求められることになります。

親会社の子会社・少数株主・債権者に対する法的義務

子会社役員の責任が免除される一方で、その責任は実質的に親会社へと移転されます。新法は、親会社に対して、その強化された権限に見合うだけの重い責任を課しています。

第一に、親会社は子会社自身に対して責任を負います。「拘束力のある指示」の実行によって子会社に損害が生じ、それが指示書に記載された期限内に補填されなかった場合、親会社はその損害を賠償する責任を負います

第二に、子会社の債権者に対する責任が法定されました。これは、いわゆる「法人格否認の法理」を特定の状況下で成文化したものであり、極めて重要です。子会社に対する強制執行が功を奏さなかった場合、親会社は、子会社の債権者が被った損害に対して賠償責任を負う可能性があります。ただし、この責任が認められるのは、その損害が「拘束力のある指示」を子会社が実行したことに起因する場合に限られます。これにより、親会社が子会社を道具として利用し、リスクを子会社に押し付けて債権者を害することを防ぐ仕組みが導入されました。 

第三に、少数株主に対する責任です。親会社は、子会社の少数株主に対し、指示の実行の結果として彼らの保有する株式の価値が減少したことについて、賠償責任を負います。これにより、親会社が自らの利益のために少数株主の利益を不当に犠牲にすることが牽制されます。 

少数株主の権利保護強化

親会社の権限強化とのバランスを取るため、新法は企業グループ内における子会社の少数株主の権利を拡充しました。

まず、「セルアウト(株式買取請求権)」制度が導入されました。親会社が子会社の資本金の90%以上を保有する場合、残りの少数株主(資本金の10%以下を保有)は、親会社に対して自己の保有する株式を買い取るよう請求することができます。これは、支配的な親会社の経営方針に同意できない少数株主に対して、公正な価格での投下資本の回収機会を保障するものです。 

逆に、「スクイーズアウト(強制株式買取)」制度も整備されました。親会社が資本金の90%以上を直接保有する場合、株主総会決議によって、残りの少数株主(資本金の10%以下)からその株式を強制的に買い取ることができます。さらに、この90%という閾値は、定款の定めによって75%まで引き下げることが可能です。これまで主に株式会社(SA)で認められていたこれらの制度が、企業グループの枠組みにおいては有限責任会社(Sp. z o.o.)にも適用されるようになった点は、実務上大きな意味を持ちます。これにより、親会社は100%の支配を確立し、より迅速な意思決定を行うことが可能になります。 

まとめ

本稿では、日本企業がポーランドへ事業進出する際に不可欠となる、同国の会社法、特に会社設立とコーポレートガバナンスの核心部分について解説しました。

会社設立の側面では、ポーランドは極めて効率的な環境を整備しています。特に、有限責任会社(Sp. z o.o.)をわずか数日で設立できるオンラインシステム「S24」は、迅速な市場参入を可能にする強力なツールです。また、このS24システムにおける「登記が先、資本金払込が後」というユニークな制度は、設立時の資金的負担を軽減し、起業家精神を促進するポーランド政府の明確な意思の表れと言えるでしょう。これらの制度は、より形式的で時間を要する日本の設立手続きとは対照的であり、ポーランド進出の大きな魅力の一つです。

コーポレートガバナンスの領域においては、2022年の「企業グループ法」改正が、ポーランドの会社法をヨーロッパでも特に先進的なものへと昇華させました。この改正は、日本のように非公式な影響力や契約に依存するグループ経営とは一線を画し、「拘束力のある指示」という法的根拠に基づいた、透明で強力なガバナンス体制の構築を可能にします。子会社取締役の責任を免責し、親会社に直接的な責任を負わせるという大胆なパラダイムシフトは、グループ全体の利益を最大化するための合理的な経営判断を法的に後押しするものです。しかし、この強力な権限には、子会社、その少数株主、そして債権者に対する重い責任が伴います。この新しいガバナンスの枠組みを理解し、適切に活用することが、ポーランドにおける事業の成否を分ける鍵となります。

ポーランドの会社法制は、日本法とは異なる独自の発展を遂げており、その理解には専門的な知見が不可欠です。特に、企業グループ法がもたらす新たな機会とリスクを正確に評価し、自社のガバナンス体制を最適化するためには、慎重な法的検討が求められます。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る