ポーランドの外国直接投資(FDI)規制を弁護士が解説

欧州における経済安全保障環境は、地政学的な緊張の高まりやサプライチェーンの再構築を受け、劇的な変化を遂げています。多くの日本企業が製造・販売拠点やシェアードサービスセンター(SSC)を構えるポーランド共和国(以下、ポーランド)も例外ではありません。同国では、外国直接投資(FDI)に対する監視体制が強化されており、M&Aや現地拠点の設立を検討する日本企業にとって、競争法(独占禁止法)と並ぶ重要な検討課題となっています。
ポーランドのFDI規制は、当初、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに対応するための時限措置として導入された側面がありました。しかし、ウクライナ情勢を含む安全保障環境の変化に伴い、この制度は2025年7月の法改正を経て恒久的なものへと移行しました。「特定投資の管理に関する法律」に基づくこの審査制度は、広範な業種を対象としており、違反した場合には取引の無効や巨額の罰金といった厳しい制裁が科されます。
本稿では、ポーランドへの進出や事業拡大を検討している日本企業の経営者および法務担当者を対象に、同国のFDI規制の詳細を解説します。特に、日本が加盟する経済協力開発機構(OECD)の投資家に対する「原則免除」の仕組みと、その例外となるリスク、そして2025年の改正によって変更された管轄官庁や審査プロセスの実務について、日本の外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」)との比較を交えながら詳述します。
この記事の目次
ポーランドFDI規制の二重構造
ポーランドの投資規制は、成立背景や目的が異なる二つの制度が並存する「二重構造」となっています。これらは同一の法律である「特定投資の管理に関する法律」の中に規定されていますが、適用対象や管轄官庁が異なります。日本企業が投資を行う際は、自社の計画がいずれの制度の対象となるかを見極める必要があります。
第一の制度は、2015年に導入された伝統的な投資規制です。これはエネルギーや防衛といった国家の存立に直結する「戦略的企業」を個別に指定し、保護することを目的としています。
第二の制度は、2020年に導入され、2025年7月に恒久化された広範な規制です。IT、食品加工、医療など多岐にわたる業種を対象とし、主にEU、EEA(欧州経済領域)、OECD域外からの投資を監視するものです。
以下の表は、これら二つのメカニズムの主要な違いを整理したものです。
| 比較項目 | 第1のメカニズム(戦略的企業規制) | 第2のメカニズム(広範な経済保護規制) |
| 導入時期 | 2015年(恒久法として制定) | 2020年(2025年7月より恒久化) |
| 主な目的 | 国家の安全保障、重要インフラの防衛 | 公衆衛生、経済的安定、広範な安全保障 |
| 対象企業 | 政令で指定された特定の戦略的企業(17社程度) | 売上高要件等を満たす広範な「保護対象事業体」 |
| 対象投資家 | 全ての投資家(国籍を問わない) | 非EU/EEA/OECD投資家 |
| 主な対象分野 | エネルギー、燃料、防衛、化学、通信 | IT、食品、医療、運輸、上場企業全般 |
| 管轄官庁 | 国有財産大臣、国防大臣など所管大臣 | 経済開発・技術大臣(2025年7月以降) |
2025年改正による制度の恒久化と管轄の変更
2025年7月24日に施行された改正法により、それまで時限措置であった第2のメカニズムが恒久化されました。これにより、日本企業はポーランドでのM&Aにおいて、FDI規制の確認を一時的な対応ではなく、恒常的なデュー・デリジェンスの必須項目として組み込む必要があります。
また、この改正により審査の管轄官庁が変更されました。従来、第2のメカニズムの審査は競争・消費者保護庁(UOKiK)長官が担当していましたが、2025年7月以降は経済担当大臣(現在は経済開発・技術大臣がその役割を担う)へと権限が移管されました。これは、審査が技術的な競争政策の枠を超え、より広範な経済安全保障政策の一環として運用されることを意味します。なお、改正法施行前に開始された審査案件については、引き続きUOKiK長官が担当します。
ポーランドで規制の対象となる「外国投資家」とOECD免除

日本企業にとって最大の関心事は、「自社は規制対象となる投資家なのか」という点です。第2のメカニズムにおいて、ポーランド法は投資家の属性に基づく明確な区分けを行っています。
OECD加盟国投資家に対する原則免除
法律上、第2のメカニズムの規制対象となる「外国投資家」とは、EU、EEA、またはOECD加盟国の市民権を有していない自然人、あるいはこれらの領域内に登録された事務所(本店等)を有していない法人を指します。
日本はOECD加盟国です。したがって、日本法に基づいて設立され、日本に本店を置く企業による直接投資であれば、原則として第2のメカニズムに基づく届出義務は免除されます。これは、日本の外為法が原則としてすべての「外国人投資家」を規制対象としつつ、免除リストを用いる方式とは異なり、法律レベルで明確に「OECD加盟国」をホワイトリスト化している点で、日本企業にとって有利な制度設計です。
迂回防止条項のリスク
しかし、この「OECD免除」には「迂回防止条項(Anti-Circumvention Clause)」という重要な例外が存在します。法の適用を回避するために形式的にOECD加盟国やEU域内に拠点を設けたと判断される場合、その投資家は規制対象とみなされます。
具体的には、以下のようなケースが審査の対象となり得ます。
- 投資家が実質的な事業活動を行っていない「ペーパーカンパニー」や「シェルカンパニー」である場合。
- 投資家が、EU/EEA/OECD域内に恒久的な施設、オフィス、または従業員を有していない場合。
- 一連の取引が、法の適用を回避する目的で作為的に構築されたとみなされる場合。
例えば、OECD非加盟国の企業が、日本に実体のない子会社を設立し、その日本法人を通じてポーランド企業を買収しようとする場合、形式的には「日本の投資家」であっても、実質的には規制対象の外国投資家による投資とみなされ、届出義務が発生する可能性があります。日本企業がタックスヘイブンやOECD非加盟国に設立した特別目的会社(SPC)を経由して投資を行う場合も、この条項に抵触するリスクがあるため注意が必要です。
ポーランドの保護対象事業体と広範な戦略的分野
審査の対象となる「保護対象事業体」の範囲は、日本企業が伝統的にイメージする「安全保障」の枠組みを大きく超えています。
まず、保護対象となる前提条件として、対象となるポーランド企業の国内売上高基準があります。具体的には、届出に先立つ過去2会計年度のいずれかにおいて、ポーランド国内での商品・サービスの売上高が1,000万ユーロ(約16億円相当)を超えていることが条件となります。この閾値は比較的低く設定されており、中規模なM&A案件でも容易に該当する可能性があります。
売上高要件を満たした上で、以下のいずれかのカテゴリーに該当する企業が保護対象となります。
- 上場企業
業種に関わらず、ワルシャワ証券取引所に上場しているすべての公開会社が対象です。 - 重要インフラ所有企業
「重要インフラ」として指定された施設、設備、システムを所有・運営する企業。 - IT・ソフトウェア・データ処理分野
エネルギー、水道、金融、医療、食品供給などの重要サービスの運営に使用されるソフトウェアの開発・修正を行う企業、クラウドコンピューティングサービス、データセンター運営企業などが含まれます。 - 戦略的産業分野
エネルギー、防衛、化学に加え、食肉・牛乳・穀物・果物・野菜の加工といった食品加工業が含まれている点が特徴です。ポーランドは農業大国であり、食料安全保障が国家の安定に直結すると考えられているためです。
ポーランドで届出が必要となる取引の基準
規制の対象となるのは、株式の過半数取得だけではありません。企業経営に対する影響力が生じる初期段階から、段階的に審査が行われます。
以下のいずれかの権利を取得する場合、事前の届出が義務付けられます。
- 重要な関与の取得: 対象企業の議決権、株式資本、または利益分配権の20%以上、または40%以上を取得する場合。20%という低い水準で最初の審査が行われ、40%を超える際にも再度審査が必要となる二段階構造です。
- 支配権の取得: 取締役の過半数の選任権を持つ場合や、契約により経営を支配する場合など、実質的な支配権を確立するあらゆる取引が含まれます。
また、本法は「間接取得」も明確に規制対象としています。例えば、日本企業が他国の企業を買収する際、その買収対象企業がポーランド国内に「保護対象事業体」である子会社を保有している場合、間接的な支配権の取得として届出が必要になる可能性があります。
ポーランドFDI規制と日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)の比較

日本の経営者や法務担当者にとって馴染み深い外為法と、ポーランドのFDI規制を比較することで、その特徴がより明確になります。
| 比較項目 | 日本(外為法) | ポーランド(特定投資管理法・第2メカニズム) |
| 規制の構造 | 指定業種への投資に対する事前届出と、一般業種への事後報告 | 「保護対象事業体」への投資に対する原則事前届出 |
| 対象投資家 | 全ての外国人投資家(国籍による一律免除なし、包括許可制度あり) | 非EU/EEA/OECD投資家(原則としてOECD加盟国は対象外、迂回防止規定あり) |
| 対象業種 | コア業種(武器、原子力、サイバーセキュリティ等)とノンコア指定業種 | 戦略的企業に加え、食品加工、全上場企業、広範なITを含む |
| 審査基準 | 国の安全、公の秩序、公衆の安全、経済の円滑な運営 | 公の秩序、公の安全、公衆衛生 |
| トリガー(閾値) | 上場企業:株式の1%以上(事前届出の場合) 非上場企業:1株から | 議決権等の20%または40%の取得、支配権の取得 |
| 管轄官庁 | 財務大臣および事業所管大臣 | 経済担当大臣(2025年7月以降) |
| 制裁 | 株式売却命令、刑事罰 | 取引の無効、罰金(最大1億ズウォティ)、禁固刑 |
特に重要な違いは、日本法が上場企業に対して「1%」という極めて厳しい基準を設けているのに対し、ポーランド法は「20%」からの規制である点です。また、ポーランド法は「OECD加盟国」という枠組みを使って法律レベルで規制対象外としている点が、日本の制度とは大きく異なります。しかし、対象業種に一般的な食品メーカーが含まれる点や、取引自体が「無効」となる強力な私法上の制裁がある点は、ポーランド法の厳しさを示しています。
ポーランドFDI規制違反時の制裁とリスク管理
本法に違反し、必要な届出を行わずに投資を実行した場合、あるいは当局の禁止決定を無視して取引を行った場合、極めて重い制裁が科されます。
- 取引の無効: 法的に取引が無効とされ、株式の所有権や議決権の取得が認められません。M&A取引の根幹が覆されることになります。
- 罰金: 最大で1億ズウォティ(約38億円相当)の罰金が科される可能性があります。
- 刑事罰: 違反に関与した企業の代表者や担当者個人に対し、6ヶ月から5年の禁固刑が科される可能性があります。
ポーランドでのビジネス展開を検討する日本企業は、以下のステップでリスク管理を行うことが推奨されます。
- 投資主体の属性確認: 投資を実行する主体(SPVなど)がOECD加盟国に所在し、かつ実体のある事業活動を行っているかを確認し、迂回防止条項への抵触を避ける。
- ターゲット企業の精査: 買収対象となるポーランド企業の売上高および事業内容が、広範な保護対象(特にIT、食品、インフラ関連)に該当するかを初期段階で確認する。
- 契約書での対応: 株式譲渡契約等において、FDI規制に基づく当局の承認(または届出不要の確認)をクロージングの前提条件として明確に規定する。
まとめ
ポーランドのFDI規制は、2025年の恒久化措置により、一時的な危機対応策から国家の経済主権を守るための基盤的な制度へと変貌しました。
- 制度の恒久化と管轄変更: 広範なFDI規制は恒久化され、審査権限はUOKiKから経済担当大臣へ移管されました。
- OECD投資家の特例とリスク: 日本企業は原則として対象外ですが、迂回投資とみなされないよう、投資スキームの実体性に注意が必要です。
- 広範な対象分野: エネルギーや防衛だけでなく、IT、食品加工、全上場企業などが対象に含まれます。
- 厳格な制裁: 無届けでの取引は無効となり、巨額の罰金や禁固刑のリスクがあります。
ポーランドのFDI規制は、投資家の属性と対象企業の事業内容によって適用されるルールが複雑に分岐します。特に、自社がOECD免除の対象となるか、あるいは戦略的セクターとして別枠の厳格な審査が必要かという判断には、高度な専門知識が不可欠です。モノリス法律事務所では、海外法務に精通したチームが、現地の最新動向を踏まえたリーガルチェックや当局対応をサポートいたします。ポーランドでのM&Aや事業展開をご検討の際は、ぜひお気軽にご相談ください。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































