ポーランドにおける労働法および雇用契約終了の実務

ポーランドは欧州連合(EU)の加盟国として、西欧諸国と同様に手厚い労働者保護法制を有しています。日本企業が現地で直面する最大の課題の一つが、日本とは異なる解雇規制の厳格さと、それに伴う金銭的・時間的コストです。ポーランドの労働関係は1974年制定の労働法典(Kodeks pracy)および2003年の集団整理解雇法、さらにEU指令によって規律されています。
特に2023年の労働法典改正により、有期雇用契約の終了に関する要件が厳格化されるなど、その規制環境は常に変化しています。日本の「解雇権濫用法理」と同様に、解雇には「正当な理由」が求められ、その立証責任は雇用主にあります。また、法定の解雇予告期間や退職金制度は、勤続年数に応じて階段状に手厚くなる仕組みが採用されており、事前の緻密な労務戦略が不可欠です。
本記事では、雇用契約の形態、解雇の種類と要件、退職金、そして最新の法改正や判例を含め、経営者や法務担当者が押さえておくべきポイントを網羅的に解説します。
この記事の目次
ポーランド労働法の基本構造と日本法との比較視点
ポーランドの労働法制は、労働法典(Kodeks pracy)を中核とし、EU法(指令・規則)および個別の特別法によって構成されています。日系企業の経営者や法務部員がまず理解すべきは、ポーランドの労働法が「従業員の権利保護」に極めて重点を置いている点です。日本の労働契約法第16条における「解雇権濫用法理」と同様、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は無効とされますが、ポーランドではこれが成文法(労働法典第30条第4項など)として明記され、さらに手続き面での厳格さが求められます。
雇用契約の基本形態は、日本と同様に「無期雇用契約(Indefinite period contract)」「有期雇用契約(Fixed-term contract)」「試用期間契約(Probationary contract)」の3種類が存在します。従来、有期雇用契約の終了には理由は不要とされていましたが、2023年4月の労働法典改正により、有期雇用契約の解雇においても無期雇用契約と同様に「正当な理由(justified cause)」の提示が義務付けられました。これにより、有期雇用の雇い止めによる調整弁としての機能は大きく制限されており、日本企業は契約形態の選択において慎重な判断が求められます。
ポーランドにおける雇用契約の終了事由と法的プロセス

雇用契約を終了させる方法は、労働法典によって厳密に規定されており、主に以下の4つのモードに分類されます。当事者の合意による終了、解約告知(予告)による終了、解約告知なしの終了(即時解雇)、そして契約期間の満了です。
当事者の合意による終了
最もリスクが低い方法は、労使双方の合意による終了(Mutual agreement)です。これは日本の「合意退職」に相当します。この場合、後述する法定の解雇理由の提示や労働組合との協議は法的には必須ではありません。実務上、解雇リスクを回避するために、企業側が一定のパッケージ(上乗せ退職金など)を提示して合意退職を目指すケースが多く見られます。
解約告知による終了(通常解雇)
一方的な意思表示による終了であり、いわゆる「通常解雇」に相当します。この場合、雇用主は法定の予告期間(Notice Period)を遵守する必要があります。予告期間は、当該雇用主の下での勤続年数(Length of service)に応じて自動的に決定されます。
| 勤続年数 | 法定予告期間 |
| 6ヶ月未満 | 2週間 |
| 6ヶ月以上3年未満 | 1ヶ月 |
| 3年以上 | 3ヶ月 |
この期間は、日本の労働基準法が定める「少なくとも30日前」という一律のルールとは異なり、勤続年数が長くなるほど企業側の拘束期間が長くなる構造です。また、期間の計算において重要な点は、予告期間の満了日が「土曜日」または「月の末日」に設定されなければならないというルールです。例えば、勤続3年以上の従業員に4月2日に解雇通知を出した場合、3ヶ月の予告期間は5月1日から起算され、終了するのは7月末ではなく8月末となります。この計算を誤ると、給与支払いの義務が1ヶ月分余計に発生するため注意が必要です。
具体的な法令等の参照元として、労働法典の条文はポーランド政府の公式ポータルなどで確認が可能です。
ポーランドにおける解雇の「正当な理由」と判例法理
無期雇用契約(および改正後の有期雇用契約)を解約告知によって終了させる場合、雇用主は書面により「正当な理由」を明示しなければなりません。ここが日本法との大きな類似点であり、かつ最大の係争ポイントです。理由は「現実(real)」「具体的(concrete)」かつ「正当(justified)」でなければなりません。単に「能力不足」と記載するだけでは不十分であり、具体的な事実関係(数値目標の未達、度重なるミス、改善指導の経緯など)を示す必要があります。
信頼の喪失(Loss of Trust)
管理職などの解雇理由としてよく用いられるのが「信頼の喪失(utrata zaufania)」です。しかし、最高裁判所(Sąd Najwyższy)の判例は、これが主観的な感情であってはならず、客観的な事実に裏付けられている必要があるとしています。
例えば、最高裁判所1999年9月7日判決(事件番号 I PKN 257/99)において、裁判所は「信頼の喪失は、たとえ従業員に過失(fault)がなくとも解雇理由となり得るが、それは客観的な状況において雇用主がもはやその従業員を信頼し続けることが期待できない場合に限られる」という趣旨の判断を示しています。つまり、恣意的な解雇は認められません。
具体的かつ真実の理由
解雇理由は曖昧であってはなりません。ワルシャワ・プラガ地方裁判所の最近の判決(2024年、事件番号 VII Pa 74/24)でも、解雇理由の具体性(concreteness)の要件が改めて検討されています。雇用主が複数の理由を挙げた場合、その全てが正当である必要はありませんが、主要な理由が根拠を欠く場合、解雇は無効とされるリスクがあります。
ポーランドにおける懲戒解雇(Summary Dismissal)の厳格な要件

日本の「懲戒解雇」に相当するのが、労働法典第52条に基づく「解約告知なしの終了(Termination without notice due to employee’s fault)」です。これは従業員にとって、給与や失業給付の面で極めて不利益が大きいため、適用要件は非常に厳格です。
認められる事由は主に以下の3点に限定されます。
- 基本的職務義務の重大な違反(Heavy breach of basic employee duties):無断欠勤、業務命令の拒否、職場での飲酒、横領など。
- 犯罪の実行:雇用契約期間中に犯罪を犯し、有罪判決が確定するか、犯罪が明白であり、雇用の継続が不可能となった場合。
- 資格の喪失:職務遂行に必要な資格や免許を、従業員の過失により喪失した場合(例:運転手の免許取消)。
特に重要なのが「1ヶ月ルール」です。雇用主は、解雇事由となる事実を知った日から1ヶ月以内に解雇の意思表示を行わなければなりません。この期間を過ぎると、第52条による即時解雇はできなくなります。最高裁判所2024年判決(事件番号 II PSKP 39/24)においても、この1ヶ月の期間計算の始点(雇用主が十分な情報を得た時点)について厳密な判断がなされており、内部調査に時間をかけすぎると権利を失う可能性があります。
ポーランドの人員削減と法定退職金制度
企業の業績悪化や組織再編に伴う人員削減(整理解雇)の場合、「2003年3月13日法(いわゆる集団整理解雇法)」が適用されることがあります。従業員数20名以上の企業において、30日以内に一定数以上の従業員(例:従業員100名未満の企業であれば10名以上)を解雇する場合、労働組合との協議や労働局への通知といった特別な手続きが義務付けられます。
この法律に基づき、または個別の整理解雇であっても雇用主側の理由による解雇の場合、以下の法定退職金(Severance pay)の支払いが義務付けられています。
| 勤続年数 | 法定退職金の額 |
| 2年未満 | 給与の1ヶ月分 |
| 2年以上8年未満 | 給与の2ヶ月分 |
| 8年以上 | 給与の3ヶ月分 |
なお、この退職金の額には上限が設けられており、解雇時点における法定最低賃金の15倍を超えない範囲とされています。日本には法的に義務付けられた一律の解雇手当(退職金)制度が存在しないため(就業規則による)、この点は事業計画上のコストとして明確に織り込んでおく必要があります。
近時のポーランド法改正と留意点:内部通報者保護
2024年9月、ポーランドにおいて「内部通報者保護法(Whistleblower Protection Act)」が施行されました。これはEU指令を国内法化したものであり、従業員50名以上の企業に対し、内部通報窓口の設置を義務付けています。この法律の施行により、通報を行った従業員に対する解雇や不利益な取り扱いは厳しく禁止されました。解雇のタイミングが通報と近接している場合、それが報復措置(Retaliation)とみなされ、解雇が無効となるリスクが格段に高まります。
まとめ
ポーランドの労働法は、従業員の権利保護を重視するEU法のスタンダードに、独自の厳格な手続き要件が組み合わさった体系となっています。無期雇用のみならず有期雇用においても解雇理由の正当性が厳しく問われるようになった現在、日本企業が現地で雇用調整を行うハードルは以前よりも高くなっています。以下に要点をまとめました。
- 解雇の難易度:有期・無期を問わず、具体的かつ正当な理由の書面通知が必須であり、立証責任は企業にある。
- コスト:勤続年数に応じた予告期間(最大3ヶ月)と法定退職金(最大3ヶ月分)のコストが発生する。
- リスク管理:即時解雇(懲戒)は1ヶ月以内の実行が必須。内部通報者などの保護対象者への解雇は高リスク。
- 日本との違い:解雇理由の明示義務が成文法で厳格化されている点、および法定退職金制度の存在。
ポーランドでの事業展開においては、採用段階から契約形態を慎重に選定し、万が一の契約終了に備えた文書管理(評価記録や指導記録の保存)を徹底することが肝要です。モノリス法律事務所では、こうした現地の法制度や最新の判例動向を踏まえ、貴社のポーランドにおける円滑な事業運営と労務リスクの最小化をサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































