弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

オーストリアの法体系と司法制度を弁護士が解説

オーストリアの法体系と司法制度を弁護士が解説

オーストリア(正式名称、オーストリア共和国)は、日本と同様に古代ローマ法に起源を持つ大陸法系に属し、成文法が主要な法源であるという点で多くの類似性が見られます。この法体系の共通性は、日本人がオーストリアの法制度を理解する上で大きな助けとなります。しかし、法の運用や司法の構造には、ビジネス戦略に直接影響を与えうる重要な相違点も存在します。

本記事では、まず両国の法制度の類似性を確認しつつ、特に重要な相違点である「判例の役割と実務上の意味合い」「司法の専門化と分離」「民事訴訟における裁判官の能動的な役割」という三つの論点に焦点を当てて、詳細に解説します。この記事を通じて、特に判例の役割、独立した最高裁判所の存在、そして専門裁判所の管轄権といった、日本とは異なる重要な側面への理解を深めていただければ幸いです。 

オーストリアの法体系

法の階層構造(Stufenbau)とEU法の地位

オーストリアの法体系は、法学者ハンス・ケルゼンが提唱した法段階説(Stufenbau)を具体化したものです。その最上位には、オーストリア連邦憲法(Bundes-Verfassungsgesetz, B-VG)や個々の憲法律、そしてEU加盟条約(EU-Beitrittsakte)が位置付けられます。その下には、連邦法や州法(Landesgesetze)が続き、さらにその下に政令や行政命令が位置する、厳格な階層構造を形成しています。 

この階層構造は、日本の憲法を最高法規とする法階層と形式的に類似していますが、オーストリアが1995年1月1日にEUに加盟した結果、EU法が国内法の最上位に位置付けられるようになった点は、日本にはない決定的な特徴です。このEU加盟は、単に国際条約を批准したという事実にとどまらず、オーストリアの国内法秩序そのものに永続的な構造変化をもたらしています。日本の法体系では、国際条約の国内法上の地位は議論されることがありますが、オーストリアではEU法が国内法に優越するという原則が明確に確立されています。その結果、EUが制定する特定の指令や規則(例えば、一般データ保護規則「GDPR」)は、オーストリア国内で直接的に法的拘束力を持つことになります。このことから、オーストリアでビジネスを展開する企業には、オーストリア国内の法令遵守だけでなく、EU全体の法規制動向を常に把握し、自社の事業に与える影響を評価する能力が求められると言えるでしょう。 

オーストリア一般民法典(ABGB)の歴史的意義

1811年6月1日に公布され、1812年1月1日に施行されたオーストリア一般民法典(Allgemeines bürgerliches Gesetzbuch – ABGB)は、フランス民法典(Code civil)と並ぶ、大陸法系を代表する世界最古の民法典の一つです。200年以上を経た現在も効力を有し、その根本原則はオーストリアの私法における主要な法源となっています。

ABGBは、啓蒙主義的な自然法思想の影響を強く受けていることで知られています。例えば、第16条では「すべての人は、生得の自然法上の権利を有し、個人として尊重される」と規定されており、個人の尊厳や自由が法体系の根幹に据えられていることが分かります。その思想的背景は、オーストリア法の理解を深める上で欠かせません。

ABGBは、日本民法典の起草にも影響を与えたとされています。例えば、契約の解釈に関する第914条や、不明確な条項を債務者に有利に解釈する第915条など、現代の日本法にも通じる法的規範がABGBに見て取れます。ただ、より正確に述べれば、以下の通りです。まず、明治時代に日本の民法典が制定される過程では、当初、フランスの法学者であるギュスターヴ・エミール・ボアソナード・ド・フォンタラビー(Gustave Emile Boissonade de Fontarabie)が招聘され、フランス法系の旧民法典草案が作成されました。しかし、その後の修正を経て、最終的にはドイツ民法典(Bürgerliches Gesetzbuch, BGB)の体系を色濃く取り入れた現行民法典が完成しました。そして、ABGBは、BGBやその他多くの大陸法系民法典の重要な源流の一つであり、間接的に日本の法体系の思想形成に影響を与えた広大な知的潮流の一部であることは間違いありません。「日本の民法が直接的にABGBを参照している訳ではないですが、ABGBは日本の民法の源流の一つではある可能性が高い」というのが正確な表現でしょう。

オーストリアの司法制度

オーストリアの司法制度

三つの独立した最高裁判所

日本の司法制度が最高裁判所一元的に民事、刑事、行政、憲法判断を担うのに対し、オーストリアの司法制度は、通常裁判所(Ordinary Courts)憲法裁判所(Verfassungsgerichtshof – VfGH)行政裁判所(Verwaltungsgerichtshof – VwGH)という三つの独立した最高裁判所が、それぞれ独自の管轄権を持つという点で大きく異なります。これらの三つの最高裁判所は、いずれもヒエラルキーの頂点に位置し、互いに優劣関係はありません。

それぞれの役割は明確に分かれています。最高裁判所(OGH)は民事および刑事事件の最終審を扱い 、憲法裁判所(VfGH)は法律の合憲性や政令の適法性などを判断する「憲法の守護者」です。直近の重要な判例として、気候保護法をめぐる「オーストリアの子供たち対オーストリア政府」訴訟(VfGH 2023年6月27日)や、安楽死の禁止が違憲であるとした判決(VfGH 2020年12月11日、G 139/2019)など、社会的に大きな関心を集める事案について専門的な判断を下しています。一方、行政裁判所(VwGH)は、税務、産業免許、難民問題など、行政行為の適法性を審査する最終審を担います。

この三元構造は、司法の専門性を極限まで高め、各分野における権力分立を徹底していることを意味します。日本の最高裁判所が「最後の砦」として幅広い案件を扱うのに対し、オーストリアでは「特定の分野のスペシャリスト」としての役割が明確に分かれていると言えるでしょう。

判例の法的拘束力

大陸法系に属するオーストリアでは、判例そのものに日本の判例法のように「法的拘束力」はありません。裁判官は成文法に基づいて個々の事案を判断することが原則であり、過去の判例はあくまで論拠として参考にされるに過ぎません。

この基本構造は、日本の運用実態と似ています。日本の裁判所法第10条は「裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定めており、この規定は判例が法的な拘束力を持たないことの根拠とされてきました。しかし、この形式的な建前にもかかわらず、日本の司法実務において、特に最高裁判所の判例は極めて強い影響力を持っています。これは、判例が裁判官の恣意的な「裁量」を統制し、法の安定性や予測可能性を確保するという機能的な必要性から生じる「事実上の拘束力」であると言えるでしょう。最高裁の判例は「判例法理」として実務に定着し、企業の行動規範に直接的な影響を与えています。

オーストリアの判例法もまた、日本と同様、形式と実態が乖離しています。最高裁判所(OGH)の判決は、形式的には下級審を法的に拘束する先例とはみなされていません。しかし、その権威は「法適用における明確性を与える」(provides clarity on the application of the law)という重要な機能を持つとされ、実務上は下級審がその判断に追従します。この運用実態は、日本の最高裁判所における「事実上の拘束力」と似ていると言えるでしょう。

ただ、オーストリアの司法制度には、日本と決定的に異なる点もあります。それは、最高行政裁判所(VwGH)が、特定の条件下で下級審の判断を法的に拘束する仕組みです。VwGHが、下級行政裁判所の判決を破棄して差し戻す場合、下級審はVwGHが示した法解釈に「拘束される」(bound to apply the interpretation)ことが明文で定められています。これは、日本の裁判所法にはない、より強い制度的な拘束力であり、行政法の領域における法の統一性をより強力に担保するものです。

オーストリア通常裁判所の構造と商事裁判所の役割

第一審裁判所の管轄権

オーストリアの民事訴訟では、第一審の管轄権は紛争の性質や金額に応じて決定されます。特に金額が重要な判断基準となります。紛争金額が1万5,000ユーロ以下の民事事件は地方裁判所(Bezirksgericht)が管轄権を有し、これを超える場合は州裁判所(Landesgericht)が第一審の管轄権を有します。また、地方裁判所は、金額にかかわらず、賃貸借、家族法、不動産関連など特定の事件についても管轄権を持ちます。この紛争金額に基づく管轄権の分割は、訴訟手続の効率化と、各裁判所における事件の専門化を同時に達成するための実用的な仕組みであると言えます。

ウィーン商事裁判所の専門性

ウィーンには、特別な商事裁判所であるウィーン商事裁判所(Handelsgericht Wien)が設置されています。この裁判所は、商業登記簿に登記された事業者間の紛争、知的財産権(特許、商標、意匠、実用新案など)、会社法(Aktiengesetz, GmbH-Gesetz)に基づく紛争、不公正競争に関する紛争など、特定の商業関連事件について第一審管轄権を専属的に有します。したがって、知的財産権が絡む紛争や、会社法上の問題に直面した場合、重点的に調査するべき対象は、ウィーン商事裁判所の判例や運用実務だということになります。

「能動的」な裁判官

オーストリアの民事訴訟実務において、日本の当事者主義的な訴訟実務との重要な違いは、裁判官の役割にあります。オーストリアの裁判官は、紛争解決に向けて非常に能動的(inquisitorial)な役割をに担っていると言われています。当事者とともに紛争の内容を調査し、法的論点を絞り込み、必要に応じて専門家を招致する権限を持っています。これは、当事者が主張と証拠を提出し、裁判官は提出された内容に基づいて判断を下す日本の訴訟実務とは大きく異なります。

日本の法務担当者は、自社に有利な証拠を網羅的に収集・提出する日本の訴訟戦略に慣れています。しかし、オーストリアでは、このようなアプローチは必ずしも歓迎されず、むしろ裁判官が求める特定の情報に焦点を当て、能動的な調査に協力する方が、より効率的な訴訟進行につながる可能性があります。この違いを理解することは、オーストリアで訴訟に直面した際に、現地の弁護士と密に連携し、現地の訴訟文化に合わせた戦略を構築する上で不可欠となります。

まとめ

オーストリアの法体系は、日本の法制度と起源を同じくする大陸法系であり、多くの類似点を有しています。しかし、司法制度の三元構造や、形式的には拘束力を持たないとされる判例の実質的な役割、そして高度に専門化された商事裁判所の存在、民事訴訟の実務における裁判官の能動的な役割など、ビジネスに直接影響を与える重要な相違点も存在します。

これらの違いを正確に理解し、現地の法務環境に合わせた戦略を構築することが、貴社のオーストリアでの事業展開を成功に導く鍵となるでしょう。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る